なれるというのは恐ろしい
お茶会が終わり、馬車に乗ると御者から「準備ができたそうなので、お屋敷のほうへとまいります」と告げられた。
エリゼとディアーナが王宮でのお茶会に参加しているうちに、使用人たちで宿から邸への荷物の移動と宿の清算がすべて終わっているという事だった。
新しく購入した屋敷付きの使用人たちは働き者のようである。
「お母様。本日は外泊届を出してきましたので、僕も邸に泊めてください」
「まぁ、そういうと思っていたわ……」
「お兄様! 中庭にね、中庭に素敵なものがあるのよ!」
馬車の中には、エリゼとディアーナとカイン、サッシャとエリゼの侍女の五人が乗っている。イルヴァレーノは御者と一緒に御者席にいる。
ディアーナは、馬車の中で二回内見をしただけなのに邸を知る先輩としてカインに一生懸命に説明をした。邸自体はリムートブレイク王都のおうちより狭いけど大きなベランダがあって空が良く見える事や、お庭もリムートブレイクの邸より狭いけど花よりも木が多くて木の実が沢山拾える事、内緒だけど素敵なものがある事などを身振り手振りで一生懸命に伝えようとしていた。
カインも、うんうんと頷きながら、時々質問をしたりもして新しい家に到着するのを楽しみにしていた。
邸に到着すると、準備を終えていた使用人一同が玄関に並んで待っていた。
昔からこの屋敷で働いている使用人たちと、エリゼが連れてきた使用人たちが混ざって並んでいる。
この屋敷の執事であるダレンが、一歩前にでて挨拶をする。
「おかえりなさいませ、奥様、お坊ちゃま、お嬢様。万事準備整えてございます」
そう言ってダレンが深々と礼をすれば、後ろに控えていた使用人一同も合わせて深く頭を下げた。それを見たエリゼは満足そうに微笑むと、
「顔をあげてちょうだい。短い時間で良く整えてくれました。これからよろしく頼みますわね」
とねぎらいの声をかけた。その声を合図にダレンはじめ使用人一同は頭を上げると「誠心誠意お仕えいたします」と声をそろえたのだった。
お疲れでしょうから、とダレンの案内でそれぞれの部屋へと案内されると夕飯までくつろぐ時間となった。
ディアーナは先にカインと中庭に行きたがったのだが、もう日が落ちているから明日の明るい時間の方がより驚かすことができますよとダレンに言われて納得し、その代わり、夕飯の後に一緒に屋敷の中を探検する事をカインと約束して部屋へと引っ込んでいった。
「うぁー。疲れたぁ」
うなるような低い声でそう言いながら、カインは自分用として用意されていた部屋にたどり着くとソファーへと倒れこんだ。イルヴァレーノがすかさず横になっているカインを右へ左へとうまく転がしながら制服の上着を脱がせていく。
「おじさん臭いですよ、カイン様。お疲れでしたら、着替えてベッドで仮眠を取りますか?」
「学校から王宮まで全力で走って汗かいたから、このまま布団に入りたくない。イルヴァレーノぉ。お風呂沸かして」
「こちらの風呂は、薪で沸かす必要があるので時間がかかりますよ」
「えー……。あぁ、そうか」
ソファーからはみ出しているカインの足から靴と靴下を脱がせながら、イルヴァレーノが苦言を呈す。カインは聞き流しながらもイルヴァレーノにされるがままになっていた。普段はなんでも自分でやってしまうカインだが、今日は本当に疲れていた。
「では、桶いっぱい分のお湯を沸かすぐらいならすぐですから、せめて体を拭きますか?」
「いや、いいや。風呂場どこ? 自分でお湯はる……」
貴族学校で、ジュリアンから今日の王宮でのお茶会にディアーナが呼ばれている事を聞いたカインは、今日一日授業に集中できず、放課後になったと同時に飛び出して全力疾走して王宮へと向かったのだ。馬車に乗るために、馬車を手配する時間すら惜しんだ結果の汗だくである。
制服の上着と靴と靴下を脱がされたカインは、素足でペタペタと磨かれた石の床を歩いていき、風呂場に到着すると魔法で湯を出して浴槽を満たした。
「ディアーナの言う通りだよねぇ。最初っからお湯だせば簡単な話だよ」
「夏休みにやっていたやつですね。確かに、魔法で何もない所に水を出すんですから、水を出してから温めるんじゃなくてお湯を出せば良いというのは、わかってしまえば当たり前にも感じます」
「ディアーナって天才だよね。さすがディアーナだよ。かわいいだけじゃなくて発想力も素晴らしい」
そこから、カインはいかにディアーナが素晴らしいかを語りながら風呂に入った。衝立の向こうで着替えの用意をしていたイルヴァレーノはそれに対して適当な返事を返していたが、カインは自分がほめたいだけなのでそれで満足していた。
それぞれが自室で休憩したのち、食堂に集まって夕食を取った。エリゼが食後のお茶を飲みつつ執事のダレンや邸付きメイド長のユリアナなどからサディスの街の観光名所やこちらの貴族のしきたりなどについて情報交換をしているウチに、カインとディアーナとサッシャとイルヴァレーノの四人で屋敷内を探検した。
翌日は休息日で学校は休みである。カインは久々のディアーナを堪能するため、邸を探検しながらもディアーナと手をつなぎ、隙をついてはおでこやこめかみにキスを落とし、頭のてっぺんのにおいをかいでいた。
そんな感じのカインとディアーナの様子をみていた邸付きの使用人たちが、カインのデレ顔に若干ドン引きしていたのを見て、サッシャとイルヴァレーノは自分たちが慣れ過ぎている事を反省したのだった。
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