カツ丼くうか? 2
「王族がそこに居たと知っていようが知っていまいが、『王族の逗留している城に不法に侵入し攻撃をしかけた』というのは動かない事実ですわね?」
王妃殿下の問いかけに、マクシミリアンはほんの僅かに首を縦に振った。よくよく観察していないとわからない程度の動きの小ささではあったが、王妃殿下はちゃんと気がついたようでそのまま言葉を続けた。
「そうであれば謀反の疑いありとみなして、あなたは処刑、ご実家は降爵もしくは廃爵という処罰でも重たくはありませんのよ。そこまではよろしくて?」
マクシミリアンの、膝の上に置かれた手がわかりやすく震えている。王族の逗留を知らなかった午前中の尋問での、ふてぶてしい態度は見る影もない。
震えるマクシミリアンから返事はなかったが、王妃殿下は気にしないようだった。
座ってマクシミリアンを見たまま、片手を上げて指をちょいちょいと上下に動かして「こっちにこい」というジェスチャーをした。それを見たディスマイヤが息を吐かずに態度だけでため息を付いてみせると足を前に出し、王妃殿下の座るソファーの脇に立った。
「強い風に吹かれて、とある人の帽子が王宮の塀の上に載ってしまったとしましょう? その人は帽子を塀の上から落とすために石を投げました。さぁ、法律ではこの人は罪になるかしら?」
「王宮の外から、王宮の壁越しに石を投げ込もうとしたのですから、王家への反逆罪として罪になります」
王妃殿下が弾むような声で問いかけて、ディスマイヤが嫌そうな声でそれに答えた。
「私が町の孤児院に慰問に行っている時に、孤児院の子たちが喧嘩をしてしまったの。ケンカはだめよみんなで仲良くしましょうねって私が声をかけたのに対して『うっせぇオバハン』と答えた女の子がいたのよね。さぁ、法律ではこの女の子は罪になるかしら?」
「王妃殿下へ侮蔑の言葉をかけたのですから、不敬罪として罪になります」
「ある日、王宮の廊下を歩いている時に窓の掃除をしてくれているメイドが居たの。廊下が何時でも明るいようにと大きくて高さのある窓でね、はしごを使って拭いてくれていたのだけれど手が滑ってしまったのかしらね、その子が落っこちてきてしまったの。幸いにもそばに居た騎士がその子が落ちる前に抱きとめてくれたのだけど、勢いがついて腕の中から転げ落ちてしまったの。メイドの子は咄嗟に私のドレスを掴んでしまって、倒れた拍子にドレスが破けてしまったのよね。さて、コレは法律では罪になるかしら?」
「メイドは、王族の持ち物を破損させた罪を問われます。また、法律ではありませんが、騎士は王妃殿下を守りきれなかったということで、職務放棄として騎士団内で罰せられるでしょう」
二人の後ろで聞いている限り、カインにはどれもこれもどうしようもない事例な気がしてならない。外にその事実がもれなければ、もしくは「不敬だ!」と声に出して問題視する人がいなければ「ごめんなさい」で済むような話だと思った。しかし、相手が王族であるというのはそれほどまでに尊重しなければならないことなのかもしれないと、今更ながらにこの世界における王の重さを思い知ったような気がするカインである。
「さて、じゃあコレで最後にしようかしら? 王太子であるアルンディラーノがとある女の子を突き飛ばしてしまったの。それを見て怒った女の子のお兄ちゃんがアルンディラーノに掴みかかって来て、魔法で頭を燃やそうとしてしまったのよ。幸い未遂ですんだのですけれどもね。これは、法律では罪になるかしら?」
「……」
王妃殿下は、とても意地がわるい。カインはわかりやすくへの字口になって眉間にシワを寄せた。ソファーに座っているアルンディラーノがちらりちらりとカインの様子と母である王妃殿下の横顔の間で視線を行ったり来たりさせていた。
「王族殺人未遂ですので、極刑ですね」
ディスマイヤの回答を聞いて、王妃殿下は「ほほほほほ」ととても楽しそうに笑った。
ここまでの王妃殿下とディスマイヤの問答を聞いて、マクシミリアンの顔色は青を通り越して真っ白になってしまっている。なんか真っ白に燃え尽きちゃったボクサーみたいになってしまっている。
最後の例はともかく、みな悪気があってやったことではない事例ばかりなのにそれでも「罪ですね」と断じられてしまっているのだ。
知らなかったとはいえ、王族が療養中の城を襲撃したとなればどんなに言い訳しようとも罪からは逃れられないと思い知ったのだろう。
ガクガクと震えつつ真っ白になってしまっているマクシミリアンをひとしきり眺めた王妃殿下は、組んでいた足を解いて背もたれに背を預けた。
「さて、法務省事務次官のエルグランダーク公爵? なにか付け加えることは無いかしら」
口元を隠していた扇を顔からはなし、ゆったりと自分の首元を扇ぎだした王妃殿下。ディスマイヤは、今度は遠慮せずに深く息を吐き出してため息をついた。
「王宮に向かって石を投げた者、王妃殿下に『オバハン』と言った者、転んでドレスを掴んで破いてしまった者、……王太子殿下に掴みかかった者も、実際には罪を問われておらず処罰を受けてはおりません」
「……え?」
ディスマイヤの声を聞いて、マクシミリアンが顔を上げた。ローテーブルのまんなかあたりをさまよっていた視線がディスマイヤの顔へと移動する。
「メイドを受け止めて、そして落としてしまった騎士だけは処罰をうけました。といっても『練度が足りない』と騎士団長からお叱りを受けて、特別居残り訓練をさせられた程度ですけどもね」
「ふふふっ。勢いがあったとはいえ、女の子一人しっかり受け止められないのでは駄目よねぇ」
ソファの背もたれに頭をのせて顔をディスマイヤに向けてそういうと、パチンと扇を片手で閉じた。王妃殿下から顔を向けられたディスマイヤは、フイッと顔をそむけてしまった。
王妃殿下は姿勢を正すと、マクシミリアンへと向き合った。
「法があって、それを皆が守って行動を律してくれることで国の秩序は保たれているのよね。でも、締め付けてばかりでも民は疲弊してしまうし、厳しいばかりでは王家や高位貴族への信頼はゆらいでしまうでしょう」
ディスマイヤが下がり、カインの隣へと戻ってきた。もう、王妃殿下から何か話を振られることはないと判断したようだ。
「そもそも、害意がないと分かる場合や実害がなかった場合は注意喚起で終わらせてしまうことがほとんどよ。もちろん、一度は私や陛下に話が通ったうえでよ。恩赦の判断をするのは、陛下でなくてはなりませんからね」
「何故ですか? 王宮の塀に石を投げたなどの些細なことまでお母様や陛下がいちいち判断していては、お仕事が回らなくなりませんか?」
アルンディラーノが首をかしげて質問をした。王妃殿下がそっとその頭に手をのせてゆっくりと撫ではじめた。
カインからは、その顔は見えない。
「陛下の威光を、陛下の温情を知らしめるためよ。『陛下が許す』という事が重要なの。もちろん『私が許す』という場合もあります。でも、国王陛下が、王妃が許したというのが重要なのよ。自分たちを統べる者は寛大である、というのを心に刻み込んでもらう為よ」
些細な罪でも罪であると一度は断罪し、その上で許す。王は寛大で偉大であるという意識を埋めるプロパガンダの一種かなとカインは思った。
許されたことで恩を感じれば、恩義を返そうと王家へ尽くすようになるかもしれない。
アルンディラーノの頭から手をもどし、王妃殿下がマクシミリアンに向き合った。
「でもね、意志を持って不法侵入し、私が保護している女性を攫おうとした。コレを許すわけにはいかないということぐらいはわかるかしら? マクシミリアン・サージェスタ」
少しだけ、色が戻ってきていたマクシミリアンの顔が再び真っ青になってしまった。