カツ丼くうか? 1
昼食も終わり、再び収監塔の最上階。貴族用の禁固部屋に場面がうつる。
ソファにゆうゆうと王妃殿下が座り、その後ろにディスマイヤとカインが立っている。
王妃殿下と同じソファの端っこにアルンディラーノがちょこんと座り、もじもじと居心地悪そうにしている。
部屋のドアの前には、白い騎士服を来た騎士が二人並んで立っている。そのうちの一人は近衛騎士団副団長のファビアンである。
今回は、囚人の移送はないのでティルノーアは来ていない。赤ん坊のいる部屋で空調係をやっている。
王妃殿下が座っているソファの向かい、ローテーブルを挟んだソファの前でマクシミリアンは土下座をしていた。
カインの前世でいう土下座とは少し形が違うのだが、最上級の謝罪の気持ちを現す姿勢であり、一般的に貴族はやらない姿勢である。
「何故頭を下げているのか、まずはご自分で説明してみてくださる?」
王妃殿下は片手を小さく振って扇を開くと、口元にあててホホホと笑いながらそうマクシミリアンに話しかけた。
マクシミリアンはビクリと肩を揺らすと、頭をさげたままで何事かを喋り始めた。
「ごめんなさいね。頭をさげているものだから声がこもって聞こえにくいみたいね。もう少し大きな声ではなしてくださらないかしら」
声が聞こえにくいから頭を上げて良い、とは言わない王妃殿下である。
「王妃殿下と王太子殿下がご滞在中とは存じ上げませんでした! この身は国王陛下、王妃殿下、王太子殿下、およびリムートブレイク王国に対して忠義を誓い、一生をかけて尽くす所存なれば! 決して御身に害為すつもりはございませんでした! ただただ、我が兄の想い人を連れ戻したい一心での出来心でございます! ひらに、ひらにご容赦くださいますよう、寛大なる配慮を賜りたく存じます! 兄弟愛、家族愛がゆえの行動と、実際には怪我人が出ていなかった事を鑑みてご判断いただければ幸いでございます!」
マクシミリアンは、床を眺めながら大きな声で叫ぶようにそう言って許しを請うた。眼鏡は顔から落ちて眼鏡ストラップで首からぶら下がった状態になっている。
「私がエルグランダーク公爵の領地で療養しているというのは、まだ公にはしていませんからね。……ですが、王家の紋章の入った馬車三台と大勢の近衛騎士を連れて王都を出たのは隠してもいませんからね。途中まででも付いてくれば行き先はわかることです。王族が滞在出来る環境が整っている領地というのは限られているのですから」
なるほどね、とカインは小さく頷いた。
王家が療養や避暑などの為に持っている離宮という名の別荘地や、視察や交流の為に王家を受け入れる体制が出来ている高位貴族の領地の城などが王妃殿下の行き先候補になるわけだが、それはさほど多いわけではない。王家の離宮がいくつあるのかはカインは知らなかったが、王家を滞在させられる領地を持っているのは公爵家三家ぐらいではないだろうか。辺境の領地は広いところが多いが、防衛のための砦としての意義が強くて貴賓を迎える設備が充実していない、ということがあるらしい。その昔しつけ担当の家庭教師、サイラス先生に習ったことがある。
つまり、王都の東西南北にあるどの門から馬車が出たかで大体の行き先は絞れるわけで、さらにもう少し先まで行き先を尾行するだけで大体どこに向かっているのかがわかってしまうわけだ。
「私は! 王都に王妃殿下がいらっしゃらないことも知りませんでした! 王妃殿下と王太子殿下がこちらに滞在していると知っていたらこんな事はいたしませんでした!」
「いい加減うるさい気がしてきましたわ。構わないから面をあげて椅子にお座りなさい」
王妃殿下の声に、バネじかけのおもちゃの様な勢いで立ち上がったマクシミリアンは、各関節を直角に曲げるような姿勢でソファに急いで座った。定規でも入れているかのように背筋は真っ直ぐに伸びている。
その姿を見て、アルンディラーノが目をまるくしながらも手で口元を抑えていた。面白かったようだ。
「あなたが取り返そうとした女の子たちはね、私といっしょにここに来たの。こちらに来るずいぶん前から私の手元で保護していたのよ。……カイン、どういうことかわかるかしら?」
突然、王妃殿下が振り返ってカインに話を振ってきた。
「……彼女たちがここにいることを知っているということは、王妃殿下がここにいることを知っていないとおかしい、ということでしょうか」
「そう。そのとおりね」
カインの回答に、王妃殿下は満足そうに笑った。扇に隠れて口元はみえないが、目元が細く弓なりになっている。
「知りません! 兄の恋人が王妃殿下に保護されていた事も、一緒にこちらへと移動してきたことも私は知りませんでした! ただ、ここに。ネルグランディ城に兄の愛人とその子が拉致されていると言われたから、それを取り戻そうとしただけなんです!」
「顔をあげさせたのだから、もっと静かに話しなさい。うるさいわ」
カインが、ちらりと隣にたつディスマイヤの顔を見上げた。その顔は苦虫を噛み潰したかのような厳しい表情になっていた。
そういえば、苦虫って何虫なんだろうか。カメムシだろうか?こちらの世界では『チャチャバナの実を飲み込んだような』って言うんだったなぁ。チャチャバナって食べたこと無いけどどんな食べ物だろうなぁ。と、カインはちょっとだけ現実逃避をしてみた。
「ふふふっ。さて、では? あなたにそれを教えたのは誰なのか? それを教えていただけるかしら?」
楽しそうな声でそう言った王妃殿下は、ソファに座ったままワンピースドレスの裾をそっとつまみ上げると、裾の中で足を組んだ。
おおよそ貴族女性が人前でするべき姿勢ではないが、どうも面白がってというか、興が乗ってきたという感じらしい。
カインは王妃殿下の後ろに立っているのでその顔はわからないのだが、ソファの端に座って母である王妃殿下の顔を見ていたアルンディラーノが青い顔をしているので、よっぽど怖い顔をしているのだろうとカインの背筋がブルリと震えた。