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「そうは言ってもねぇ。表沙汰にされては困る事情があるのはこちらなのよね」
右手のグラスをテーブルに置き、左手を軽く頬にそえてわざとらしい困った顔を作った王妃殿下がそう言った。
カインたちが収監棟から食堂に戻り、昼食にしようと席に着くと王妃殿下とアルンディラーノも食堂にやってきたのだ。
その他の子どもたちは別室でリベルティたちと一緒に食べるらしい。
ディスマイヤが聴取内容を王妃に話し、どうしますかと聞いた返答が冒頭の台詞だった。
「カインは将来法務省の役人になるのが希望なのだったかしら? 法律の勉強はもうしていて?」
くし切りにされているトマトをさらに一口大に切り分けながら、王妃がカインに問いかけた。口の中の玉子を咀嚼しながら頷いたカインは、飲み込んでから、
「大項目についてはあらかた目を通しています。中項目や小項目、過去の事例はまだまだ手を着けられていません」
と答えた。
王妃は「学校の勉強もあるものね」と言いながら頷くと一口大のトマトを口に入れてすぐに飲み込んでしまった。
「マクシミリアン・サージェスタの罪はなんで、どのような処罰を与えるのが良いと思う?」
王妃はニコリと笑いかけながらカインにさらに問いかける。参考意見として聞こうというのではないのはその表情を一目見ればわかった。
面白がっているような笑みを浮かべているのだ。
「……。不法侵入がまず一つ目。自家より高い爵位家の敷地に無断で侵入しているので重くなります。その目的は家人ではなく客人の誘拐でしたが、客人の身分が平民なので窃盗ですね。見つかって武器や魔法を使っていましたので、ただの窃盗ではなく強盗になります。これが二つ目。それで……」
そこまで言って、カインはちらりと王妃殿下の様子を窺う。王妃はカトラリーを置いてニコニコとカインに向き合って言葉の続きを待っていた。
「仲間を使って罪人を解放しました。脱獄、逃走幇助が3つ目。マクシミリアン・サージェスタの罪はこの三つでしょうか」
「まぁ、そんなものかしらね。それで、どの様な処罰を与えましょうか?」
カインは、あえて王族滞在中の邸への侵入と言わなかったのだが王妃はそこはそのままスルーしてくれたようだ。目が三日月の様なかたちに細められているので、面白がっているのは間違いない。ここはあえてスルーしておいて、後でツッコミをいれてくるかもしれない。
「政治犯の脱獄、逃走幇助なので本人への厳重注意、再確保に掛かった費用と賠償金の請求、サージェスタ家へ遺憾の意を表明した上で本人の家からの放逐……もしくは数年の禁固刑でしょうか」
「不法侵入と強盗への処罰が抜けているよ、カイン」
カインの回答に、アルンディラーノがツッコミを入れてきた。その顔は心配そうに眉をさげている。カインはアルンディラーノの方へ顔を向けてニコリとわらい、ゆっくりとひとつ頷いた。
「強盗犯が盗もうとしたのはリベルティ嬢とティアニア様なんだけど、この二人の存在が微妙なんですよ、アル殿下。実際にはこの城に居るわけですが、今ここに居てはいけないんですよ。ですから、それを盗みに来たという罪をかぶせるわけに行かないんです」
「?」
カインの説明に、アルンディラーノが首をかしげた。
「ティアニア様は、半年後に王妃殿下がお産みになる予定の赤ん坊なんです。今は、まだ王妃殿下のお腹の中にいるという設定なんですよ。だから、ティアニア様はまだこの城には居ないし、とうぜんその母親であるリベルティ嬢もここにいてはいけないんです。だから、王都の審議の場で『兄の恋人とその子を連れ戻す為に不法侵入し、女性一人と赤ん坊一人を盗もうとした』という罪で争うわけにはいかないんです」
「あっ」
現国王陛下と王妃殿下の子としてティアニアを引き取るため、誕生日を半年ずらすという話を思い出したようだ。アルンディラーノは隣に座る母の顔を仰ぎ見た。
「アルフィス公爵には、リベルティが身ごもっていたことは口外してはならぬといい含めて居たのですけれどもね。駆け落ちを諦めさせて、アルフィス公爵家に引き取られた時にはまだ体形にも出ていなかったはずだし、サージェスタ家がティアニアの存在を知っているわけはないのよ。……本当ならね」
王妃殿下は、カインが話をしている間に朝食を食べ終えていた。朝食は控えめに取る主義のようでかんたんなサラダとお茶だけで済ませている。
執事のパーシャルが、食後用の香りの高いお茶を新しいカップに注いでいる。
「やっぱり、カインはなかなか思慮深いわねぇ。さすがエリゼの子だわ。役人なんて目指さないでアルの側で働いてほしいわ」
「お言葉はありがたく頂戴いたします。将来についてはまだ、なんともお答えできかねます」
カインの返事に、王妃はホホホと笑った。
「アルフィスには、文句を言ってやらなければなりませんね。ラシュディ嬢を見失った上にリベルティ嬢を危険な目に合わせ、さらに口も軽いときた。さっさと代替わりすればいいんだ、あそこのクソジジイも片足棺桶に突っ込んでるくせに口ばっかり達者で」
「ディスマイヤ」
トマトにグッサリとフォークを刺しながら、グチグチといい出したディスマイヤに王妃がきつめの声でその名を呼んだ。
ハッとして顔をあげたディスマイヤは、「こほん」と空咳をすると背筋を伸ばして椅子深く座り直した。
「うちに勝手に忍び込んで、うちで預かってるお嬢さんを攫おうとし、さらにウチの息子や娘に怪我させたかもしれない。牢屋に入れておいた元子爵たちを勝手に逃して騎士たちに時間外労働もさせて、私としてはもう罪状とか関係なく、領法として処分してしまいたいところなんですがね」
ディスマイヤは片手の平を首にあててぐるりと首を回した。食事中にする仕草ではないが、昨晩から色々あって肩や首が凝っているのかもしれなかった。
「サージェスタ侯爵家は現当主がとにかくめんどくさい人で、体面や矜持を非常に重んじる人です。長兄は好人物だがアイスティアから出てくる気はないし、次兄はとにかくだらしがなくて侯爵家を任せるには不安がある。三男に至ってはアレだ。事を荒立てて現当主が責任を取って引退するなんてことになったら王都が混乱する。リベルティとティアニアを絡めてしまえば、アルフィス公爵家も出てくるから話はややこしくなる。僕はとにかくアルフィス家が大嫌いなので、関わりたくない。もう、王妃殿下に丸投げしたい気持ちです」
ディスマイヤが諦めたように弱々しい声で、それでも饒舌にそう言ってがっくりと首を前に倒した。それを見て、なぜだか嬉しそうに笑う王妃はいつの間にか手にしていた扇を広げて口元を隠しつつホホホと声が漏れている。
「カインの、罪の認識と処罰の考え方はなかなかいい線をいっていたわね。バランス感覚が良いのかしらね」
「法律が書かれている本はこんなに厚いのに、貴族間のいざこざについて考慮すべき点は全く書かれていないので困ります」
「全部書いていたら、地面から城の見張り塔の高さ分より分厚い本になってしまうだろうね」
「ほ、法律ってむずかしいですね?」
カインが「こんなに」と言いながら親指と人差し指をめいいっぱい広げてみせたが、ディスマイヤは手首を曲げた腕をぐぐぐっと頭の上まで伸ばして見せた。
その父子ふたりの様子を交互にみながら、アルンディラーノが目をまるくしながら首をかしげたのだった。