知らないでは済まされない
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「はぁ〜」
ティルノーア先生とカインの前でディスマイヤが大きなため息を吐いた。カインとティルノーアは顔を見合わせると、姿勢を正して視線をマクシミリアンに戻した。
「君の……下の兄上はつい最近結婚なさったのではなかったか。時期を考えれば、君が取り戻そうとした女性と恋仲だったころ、すでに婚約されていたのでは? いまさら追い出した女性を取り返しても良いことなど何もないと思うがね? それとも、それが狙いなのかな? サージェスタ家三男の、マクシミリアン・サージェスタ君」
リベルティの若様がすでに結婚しているというのにカインは驚きつつも、ディスマイヤのセリフに納得もいった。
「あぁ、兄が失脚すれば自分の順番が回ってくると思ったのか」
「せこいねぇ」
カインは独り言のつもりで小さくつぶやいたのだが、すぐとなりに立っていたティルノーアには聞こえてしまったようだ。やっぱり独り言のような小さな声で合いの手が打たれた。
ティルノーア先生の言ったように、せこい。考え方がとてもせこい。小物感がすごすぎる。ゲームでの、優しくて物知りで影がありながらも大人の余裕のようなものを見せてくれていたマックス先生の面影はまったくない。
どうしてこうなった。ここから、どうしたらあの優しいマックス先生にたどり着くというのか。カインには見当もつかなかった。
「上の兄上は、他家の領地の代理管理なんかで喜んで王都に戻ってこない。下の兄上は女性にだらしなく、婚約者がいるにもかかわらず駆け落ちまでしようとした。どちらも家に執着していないのならば、わたしが家を継いだって良いはずだ! そのためには、兄に身分の低い愛人がいて子どもまでいると、義姉上に突き付ける必要があるんだ。 愛人を持つまでは、まぁよくある話かもしれませんがね、子がいるとなれば後々に家督争いが起こって面倒なことになりますからね。兄上の瑕疵で離婚ということになるかもしれない。そうなれば、兄上は改めて駆け落ちすれば良いし、家は残った私が継ぐしかなくなる。やはり兄上たちではだめだ、後継はわたしでなければ、と両親もきっと目を覚ますはずなのです」
何かスイッチが入ったのか、マクシミリアンが饒舌になっている。
が、マクシミリアンが喋ればしゃべるほどカインのテンションは下がっていき、うんざりとした気持ちになってくる。
マクシミリアンがリベルティを『愛人』と言ったのは、まさしくリベルティの立場が『愛人』でしかないからだった。
長兄は領地に引っ込んで王都に戻ってこないということであれば、リベルティの若様は次兄だったんだろう。リカルドは長男じゃなかったわけだ。それで、サッシャの元結婚相手リストで引っかからなかったわけだ。
その上、リベルティとの駆け落ちに失敗して引き離された後、程なくして次兄は結婚してしまっているということであれば、リベルティと恋仲にあったときにはすでに婚約者がいた可能性もある。
「……若様とヨリを戻す、というのは幸せを考える会的には却下って感じになってきました」
「……お貴族様ってせっかちだよねぇ」
「後ろの二人、うるさいよ」
小さい声で喋っていたつもりが、ディスマイヤに聞こえていたようだ。ティルノーア先生とカインはビシッと腕を伸ばして立つと、まっすぐと前を向いて口をつぐんだ。
「そろそろお昼時だね。話を聞くのはまた後にしようか」
「わたしは兄上の愛人とその子を取り戻しに来ただけです。その目的が兄の愛のためでも兄の破滅のためでもそれは公には関係の無いことでしょう。もともとはこの城の住人に危害を加える気はなかったし、そこの魔導士が邪魔しなければそれは達成されていたはずです。さほど重い罪にはならないはずですよ」
ディスマイヤが立ち上がるのを見上げながら、マクシミリアンがそんな事を言った。
ソファの前からドアへの方へとゆっくり移動しながら、ディスマイヤはマクシミリアンの顔を見下ろした。
「君の罪は不法侵入だけではないよ」
「怪我をおった騎士はいたかもしれませんが、こちらからはしかけてないはず。正当防衛ですよ。実際にエルグランダーク家の人にはけが人はいないはずです。不法侵入も身内を取り返すためだったと言えば情状酌量が得られるはずです」
ディスマイヤはドアの前で立ち止まった。
カインとティルノーアもディスマイヤに合わせて移動しているので、ドアの近くの壁際に立っている。
「君は、牢屋に入れておいた犯罪者を放っただろう。陽動の為にね。それらを追いかけるために騎士が出払ってしまって城が手薄になった。犯罪者の逃走幇助だよ」
「知りませんね。わたしに手を貸してくれた者が勝手にやったことです」
カインは、表情を変えないように気をつけつつ、胸の中で「あちゃー」と言いながらおでこを叩きたくなった。
仲間が勝手にやったから知らないなんて言い訳が通じると本当に思っているのなら、甘いとしか言いようがない。
犯罪を起こした相手が平民であれば、手下の平民を切り捨てる方法も使えたかもしれないが、相手は身分も上の公爵家である。
それは通らない。
「君は、手を出しては行けない所に手を出した。……昼食を運ばせるからゆっくりと味わって食べるといい」
「エルグランダーク公は法務省にお勤めでしたよね。公爵といえど、法を超えて権力をかざすことは出来ないのではないですか? 法に携わる仕事をなさっているのならなおさらでしょう」
最後のマクシミリアンの言葉に、ディスマイヤは答えずに部屋を出た。
マクシミリアンといえば、そのスキにドアから出ようとか反抗しようなどという気はないらしくゆうゆうとソファに座っていた。
ティルノーアとカイン、ドア前を守っていた騎士までが部屋からでると外から鍵がかけられた。皆がだまって廊下をあるき、階段を降りていく。
マクシミリアンの部屋から十分に距離を置いたところでディスマイヤが盛大にため息を吐き出した。
「はぁ〜〜〜〜」
ディスマイヤのため息を受けて、カインが感想を漏らす。
「サージェスタ子息は、知らないようですね」
地下牢からマクシミリアンを出し、貴族用の監禁部屋へと移動させる時に守りを固めていたのは青い騎士服の騎士たち。つまり、ネルグランディ領の騎士たちだ。
ディスマイヤもこちらの情報をほとんど明かさなかった。
法の前には公爵といえど無茶は出来ない。それはマクシミリアンの言った通りではある。相手は侯爵家という高位貴族でもあり、相手の体裁というものも考えなければならない。
法律というものはあるものの、貴族同士のいざこざについてはバランスを取る為の調整が入ることが多いのだ。
「王妃殿下と王太子殿下が滞在している建物に襲撃かけて、ただで済むわけないじゃないねぇ〜」
ティルノーアが、呆れたような声でそう漏らす。
貴族同士のいざこざなら、いわゆる「和解」で終わりにしてしまう案件というのは多い。実害がなければなおさらだ。
しかし、相手が王家となればそうはいかない。王を頂点に頂いている王政国家に於いてそれは絶対なのである。
いるなんて知らなかったではすまないのだ。