違和感をメモするタイプ
誤字報告、感想いつもありがとうございます。
ティルノーアの言う「幸せにし隊でまとめた情報」は、
1.リベルティはサージェスタ侯爵家に専属針子として雇われ
2.そこの若様に見初められて恋仲になったが身分違いを理由に反対され
3.駆け落ちするも見つかり若様は家へ、リベルティはアルフィス公爵家へ引き取られる
4.引き取られた先で妊娠が発覚し、公爵家の誰かに襲われそうになって逃げ出したところを王妃殿下に拾われた
というものである。
若様とリベルティの仲を裂いておいて、取り返しに来たというのもおかしな話だ。
「私としては、彼女を保護したつもりだったんだがね。彼女と君の兄上の仲を裂いたのは君の家ではなかったかい?」
ディスマイヤが低い声でそう問いただす。
カインたちがまとめた話では、リベルティを保護したのは王妃のはずだが、おそらくディスマイヤは意図して王家の関わりを匂わせないようにしているようだ。
カインはちらりとティルノーアの方へ視線をなげると、ティルノーアも小さくうなずいて見せた。
マクシミリアンが、リベルティやティアニアが王家に連なる人間の可能性があることを知っていて襲撃してきたのか、知らずに襲撃してきたのかでだいぶ対応が違ってくる。
「行き違いがあったようですね。わたしは兄の恋路を応援していますよ」
「君は三男なのだろう? 君に応援されてもしかたがないだろう」
「……っ! 三男なのは関係ないでしょう!? 弟が兄を慕って助けようとして何が悪いというのですか!」
「悪いなんて言っていないよ。ただ、家督について口を出せる立場でもない君が『家』が追い出した娘を取り戻したとしてだ。いったい何ができるというのかね」
恋路を応援すると言う割に、最初に口に出した「兄の愛人とその子」という言葉が引っかかる。
カインはミステリ小説を読むときも謎解きゲームをするときもメモを取りながら話をすすめるタイプだった。
そういった物語では、言葉尻の違和感が伏線となっていることがよくあるので、こういう所にどうしても引っかかってしまうのだ。
応援している恋人同士の片割れを『愛人』などと言うだろうか。
ディスマイヤから「何ができる」と言われて、マクシミリアンは悔しそうな顔をしながら黙り込んでしまった。癖なのか、頻繁にズレてもいない眼鏡の位置を直している。
「もう一つ聞かせてもらおうか。彼女たちが、この城にいると誰から聞いたのかね」
ディスマイヤが、質問をする。
リベルティとティアニアは王妃殿下と王太子殿下と一緒にネルグランディ城へとやってきた。表向きは、王妃殿下の療養という事になっているが、赤ん坊を連れての馬車旅なので隠そうと思って隠せるものではないだろう。
しかし、公爵家から逃げて馬車にひかれそうになったところを王妃に拾われ、そこから赤ん坊を産むまでは王宮に匿われていたらしいし、風魔法をつかって音声遮断もできるティルノーアが馬車に同乗して居たのであれば、王都から出て最初の宿泊場所まで馬車に赤ん坊が乗っている事を隠すことぐらいはなんてこと無くやってのけるだろう。
王妃と王太子がこの城に来たことはわかっても、リベルティとティアニアを連れてきている事はなかなか知り得る情報ではないと思われた。
「兄の愛人をずっと探していたんですよ、わたしは。有象無象のそれこそ怪しい占い師や情報屋も使ってさがしていたのです。そうして、とあるスジから彼女たちは、誘拐されてこの城にいるとの情報を得たんです」
「そのスジとは?」
「筆頭公爵家のご当主に言うようなものではありませんよ」
ディスマイヤが、低い声・怖い顔で話しかけながらも、激高するような喋り方をしないせいなのか、怖い顔に慣れてきたのか、マクシミリアンは背をソファーの背もたれにあずけて少し楽な姿勢をとった。そして、なげやりな口調ではぐらかすような事を口にした。
それをみて、ディスマイヤは足を組み直して組んでいた手を膝の上に置いた。
「君は、自分の立場がわかっていないようだ。『襲撃犯に貴族はいなかった。領法にしたがって処分した』として、『後々、侯爵家の子息が混じっていたという噂もあるがもはや調べようがない』状態にしてしまうことも私にはできるんだよ」
「……」
「こう言っては何だがね。君の二人の兄上はとても優秀だと聞いている。どちらも家の為にすでに尽くしているそうだね。他家の領地に入り込み、領主の城へ不法侵入した三男など家から見捨てられても仕方がないものだと思わないか」
「わたしだって優秀だ! サージェスタ侯爵家に生まれ、優秀な家庭教師たちから教育を受けその才能を褒められて来たのです! 兄二人にだって負けていない! 産まれた順だけで私だけがいずれ平民にならなければならないなんて、そんな理不尽があっていい訳がない!」
ディスマイヤの「家から見捨てられる」という言葉に反応したのか、マクシミリアンはいきなり声を荒らげて叫びだした。
マクシミリアン曰く、自分は優秀で兄二人に負けていない、ということらしいのだが。
(魔導士試験に落ちて教師になったんだよね……。頭悪ければ教師にはなれないとは思うけど、貴族としてとびきり優秀かというと微妙な気がするんだけど)
ゲームでのマックス先生の設定を思い出し、微妙な気持ちになるカイン。そういえば、ティルノーア先生もマクシミリアンのことを「センスがない」と言っていた。
「家に従い、おとなしくしていれば貴族家の令嬢へ婿入りするという道だってあっただろう。そうすれば貴族であり続けることはできたはずだよ」
「婿入りなど……っ」
「……でも君は、爵位が上である公爵家の城に侵入し、私の家族を傷つけようとした。あくまで兄上の恋人を取り戻すだけのつもりだったとしても、この城に忍び込めばその過程でエルグランダーク家の人間を傷つける可能性があることぐらい、わかるよね。とても優秀なのだから?」
「家人と遭わずに愛人とその子だけ連れ出すつもりだった! 風魔法で遮音もしていたし、闇魔法で宵闇にうまく紛れていたんだ! 誰にも気づかれずに、誰も傷つけずに出来るはずだったんだ! それを、そこの魔導士が!」
急に、マクシミリアンがディスマイヤの後ろに指を突きつけてきた。
その先にいるのは、ティルノーアである。
「冗談でしょう〜? 風魔法で遮音はたしかに出来ていたけど、風が動いちゃってて君の周りと部屋とで空気の流れ違っちゃってたからさぁ、そこに何かいるなぁってのバレバレだったしさぁ。闇魔法は多分使ってたの君じゃないよねぇ? 周りに見えないように闇をまといすぎてて逆に浮いちゃってたよ? 昨日の夜は星が綺麗だったからね。ホンットにセンス無いんだから」
「うるさい! 王宮魔導士がいるなんて思わなかったんだ! 実際、気がついたのはお前だけだったじゃないか! それを! おまえが爆裂魔法なんかでわたしたちをふっとばすから!」
カインは勢いよく首をまげてティルノーアを見た。
あの夜、爆発音を聞いて離れの部屋へ駆けつけたカインである。てっきり、襲撃犯が部屋を爆破しようとしたのだと思っていたのだが。
「あれ、ティルノーア先生だったんですか!?」
「『たぁ〜すけて〜』って叫ぶ代わりにねぇ〜。実際、カイン様が駆けつけてくれたでしょ?」
ティルノーア先生は、悪びれもせずにカインに向かってウィンクしてみせた。