キールズ君がんばってー(棒読み)
ネルグランディ城には食堂が四箇所ほどある。
ほど、というのは「食堂かな?食堂としても使えそうだけどホールかもしれないな?」という部屋も幾つかあるという事らしい。
城の本体は歴史ある建物らしいが、その時その時の城主の気分で改装や増設が施されているということで一部作りが複雑になっているのだ。
カイン達は、複数ある食堂のうち庭に面した大きな窓の有る明るい食堂で昼食を食べていた。
「今日の午後にお茶会を設定しちゃったから時間がない。ツメツメで行こう。結局あのバカ息子氏は誰なの?」
「誰だかもわからずに小作人とか言ってバカにしたのか」
「話の流れからなんとなくは察してるよ。で、誰なの」
キールズは呆れた顔をして鶏肉のソテーを口に放り込んだ。コーディリアとディアーナも外遊び用の服から可愛いワンピースに着替えてパンをかじっている。
「ネルグランディ領主直轄地の土地管理官代理の息子だ。爺さんの代からやってもらってるって話だよ」
エルグランダーク公爵家が王家から賜っているネルグランディ領はやたらと広い。さらに、国境の領地だから国防のための騎士団も運営しているので、領主の仕事は多い。
なので、領地内をさらに幾つかの地域に分けてそれぞれに土地管理官を置いているのだ。領地が県で領主が県知事なら、各地方は市区町村で土地管理官は市長や町長と言ったところだろうか。
地区内をさらに分けて分地長を設定しているところもあるそうだが、そのあたりはそれぞれの裁量にまかされているらしい。
で、領主直轄地はその土地管理官も領主ということになるのだが、領主は騎士団の運営をしなくては成らない上に領地全体を見て回らねば成らないために細々とした面倒までは見られない。なので、土地管理官代理を置いているのだ。
それが、バカ息子氏の両親ということになる。そういうことであれば、小作人はたしかに言い過ぎの悪口と言えるかも知れなかった。
「でも、コーディリアに前から言い寄っていたんだろ? 流石に雇い主と雇われ人という関係だし貴族と平民だしなんとかなったんじゃないのか」
「アイツも昔はあんなじゃなかったんだよ。よく遊んでくれる気のいい近所の兄ちゃんって感じだったんだ。おばちゃんとおじちゃんも、ふかし芋くれたり麦もちくれたりしたし」
「兄さんは、イタズラした時に良く叱られていたよ。おばちゃんにおしりペンペンされてたんだけど、それで終わりにしてお父さんお母さんには言わずにいてくれたり、叱った後にはおやつくれたり」
思い出したのか、コーディリアがクスクスと笑っている。バカ息子氏の恐怖は薄らいだようだ。
しかし、思ったよりも家族ぐるみのお付き合いというか、小さい頃から知っている家族だからという気後れみたいなものはあるようだ。
まぁ、そりゃそうだ。男性で体格差があるのを利用して迫ってくる男性とすれば怖いが、昔は一緒に遊んでもらった近所の兄ちゃんだと思えばそうそう貴族強権を使って排除するというのは出来るものではないだろう。
「それと、もう一つ理由があるんだよ。スティリッツはアーニーの妹なの」
「スティリッツっていうのは……昨日話題にでた、キールズの好きな人?」
「そう」
なんということでしょう。そりゃ、バカ息子氏あらためアーニーの両親を土地管理官代理から辞めさせるとかアーニーそのものの排除とかはやりにくい。
というか、だ。カインは首を捻った。
「だったら、話は簡単じゃないか。キールズがさっさとスティリッツに告白して婚約を成立しちゃえばいいんじゃないか?」
「はぁ?」
キールズが口に入れかけていたパンをボロリとこぼした。コーディリアが床に落ちる前にキャッチしてキールズの皿に戻している。運動神経良いね。ディアーナがパチパチと拍手している。
「だってそうだろ。土地管理官と土地管理官代行の子ども同士で縁を結んで実質的には土地管理官としてまとまろうってんなら、キールズとスティリッツでもいいじゃないか。キールズとスティリッツの婚約が整えば、少なくともこの理由をお題目として掲げてコーディリアに求婚はできなくなるだろ?」
その上、キールズの婚約者が決まることで、カインルートの「ディアーナの望まない結婚と不幸せな結婚生活」という結末は回避できるのだ。カイン的には一石二鳥である。
「こ、心の準備が!!それに、スティリッツの意志というものがあるだろ!?こここ、こ、断られたらどうするんだよ!スティリッツの方が年上だし、俺なんか弟としてしか見られてない気がするし」
「コーディリア。スティリッツさんとやらは、キールズに対してどんな感じなの?」
慌てふためくキールズを無視して、コーディリアに感想を聞く。こういうのは第三者目線というのがだいじなのである。
コーディリアは少し考えてから、カインに向き合ってニコリと笑った。
「まんざらでも無いと思うよ。こんな兄さんだけど、やっぱりこの辺の男の子達と比べると所作が綺麗だし女の子に優しいし。私が言うのもなんだけど、そこそこかっこいい顔してるしね。でも、いつかは何処かの貴族からお嫁さんもらうだろうしって遠慮してるぐらいなんじゃないかしら」
「へぇ。良かったじゃん、キールズ」
「そそそ、そんなことないだろ、スティリッツは美人だし、ねらってるやつは多いし、年上だし」
キールズが膝の上に置いていたナプキンをイジイジとねじり始めてしまった。こんなキャラだったかなとカインは苦笑しつつ、皿に残った人参を鶏の皮でくるっと巻いて口に入れた。鶏皮の上から人参がはみ出さないようにそっと噛むと、お茶と一緒に飲み込んだ。
「まぁ、こっちはちゃんと正式な手順をふもうじゃないか。お茶会には間に合わないが、今夜のうちにキールズは叔父様叔母様にスティリッツとの婚約を打診だ。お茶会では、そうするつもりだと言ってアーニーを牽制しよう」
「まてまてまて。だから、スティリッツ自身の気持ちはどうする!?仮にも貴族からの婚約の申し出なんて嫌だったとしても断れないだろ?俺は無理強いなんていやだ!」
「だったら、今から行って告白してきなよ。コーディリアのために!」
そして、ディアーナの未来の為に!とカインは心の中で付け足した。
「兄さん、がんばって!」
「キー君、がんばって!」
「キールズ様、がんばってー」
どさくさに紛れて、壁際に待機していたイルヴァレーノも声をかけていた。うぐぐぐぐ、と顔を真っ赤にしてナプキンを引きちぎりそうに引っ張っているキールズ。
「万が一告白して振られたら、別の作戦立てなきゃいけないんだから早めに頼むよ、キールズ」
「カイン……おぼえてろ」
ガタリと音を立てて椅子から立ち上がり、キールズは握っていたナプキンを椅子に投げつけた。まぁ、マナーの悪いこと。
その時、会話の途中で部屋から居なくなっていたサッシャが花束を持って戻ってきた。
「キールズ様。僭越ながらパーシャル様にお願いして花束を用立てて頂きました。ぜひ、スティリッツ様にお持ちください」
そういって、キールズに花束を差し出した。さすが、完璧侍女を目指す女サッシャ。ちなみに、パーシャルというのはこの城の執事である。
「あああああああああもおおおおおおおおおお!!!覚えてろよお前ら!!!!」
サッシャからひったくるように花束を奪うと、キールズは叫びながら窓から外へと飛び出して行ったのだった。
おまけ。初めて領地に連れてこられた時のこと。
キールズ「キールズ兄様って呼んでもいいぞ」
ディアーナ「ディのお兄様は、お兄様だけだよ?」
キールズはコーディリアに「兄さん」と呼ばれるので、お上品に「兄様」と呼ばれてみたかった。
背後では天に召されそうになっているカインがいた。