厨二病はとっても楽しい
カインが大きく右手を横に薙ぐように振れば、そこから強風が発生してバカ息子氏とそのお友達がバランスを崩した。かろうじて転びそうになるのを耐えた彼らは、台風の日に外出してローカルニュースに映されてしまった人たちのように前傾姿勢で強風をやり過ごしている。
自分の横で魔法をふるったカインをキールズが凝視している。信じられない物をみる様な目だ。
キールズからの視線には気づきつつ、カインは振り返ることなく楽しそうにバカ息子氏たちの方を見ている。
「ネルグランディ地方、領主城近辺は昼頃に突風が吹き荒れ、……ところにより雨が降るでしょう!!」
そう叫びながら腕を下から上に振り上げる。振り上げた腕の先、手は軽く握り人さし指が一本立てられている。
バカ息子氏たちも、キールズも、後ろにいた女の子達も、サタデーナイトフィーバーのポーズを取ったカインにあっけに取られ、カインの指先がさす方向……つまり、空を見上げた。
木々の向こうに、大きな水の塊が見えた。夏の日差しを湾曲して虹色ににじませているのが木の葉の合間から見える。
「み、水?」
お友達がつぶやいたその瞬間に、ザバーと音を立てて大量の水が落ちてきた。木の上から木の枝を、木の葉を揺さぶりながらザバザバと水が落ちてくる。
強い向かい風に耐えるように前傾姿勢を取っていたバカ息子氏とそのお友達は勢いよく大量に落ちてくる水に押されてその場に手をついてしまった。
髪も服もびしょ濡れになり、ボーゼンとしている。
空中に現れた水がすべて落ちきり、ぽたりぽたりと濡れた木の枝からしずくが落ちていく。
空は青いのに林の地面はじっとりと濡れて、所々に水たまりができていて、木漏れ日を反射してキラキラと光っている。
バシャと水音を立てて、カインがバカ息子氏の前に立った。腰に手をあてて首をかしげ、ニコリとわらってバカ息子氏を見下ろした。
「頭、冷えました?」
ぽかんとしているバカ息子氏が、膝をついて手も地面について、四つん這いになっている状態からカインを見上げている。
カインは、三編みの先を摘んで持ち上げるとその場にしゃがみこんだ。バカ息子氏の顔を覗き込み、真面目な顔をして目を合わせた。
「お話し合いを、しましょう。落ち着いて、きちんと、冷静に、お話し合いを、しましょう」
カインは、言葉をくぎってゆっくりとそう言った。
口角は上がっているが、目は笑っていないそのカインの顔をみて、バカ息子氏はゆっくりと頷くことしかできなかった。
カインは立ち上がると、摘んでいた三編みをポイと背中に放り投げ、くるりと反転すると軽い駆け足でみんなの元へと戻ってきた。
一応、自分でも魔法を打ち出して対抗しようとしていたキールズが腕を構えた体勢のままで立っていた。コーディリアはサッシャにしがみつき、ディアーナはイルヴァレーノに手首を掴まれてバンザイの格好をしている。
「悪者、やっつけないの?」
バンザイポーズのまま、ディアーナが不思議そうな顔をしてカインを見上げて聞いてくる。
カインは両手がふさがっているディアーナのほっぺたをツンツンつつきながら、最高に楽しそうな笑顔でディアーナに頷いてみせた。
「やっつけないよぉ。ココではね。リムートブレイク王国は一応法治国家なんだから」
「ほーちこっか」
「やって良い事と、悪いことを法律で決めている国の事だよ。そして、悪いことした人に勝手に罰を与えることは、法律では悪いことになっているんだよ」
カインは右の眉を下げて左の眉を上げるという味わい深い顔をしてイルヴァレーノを見た。イルヴァレーノは困った顔をしてカインを見つめ返す。
イルヴァレーノが、ディアーナの腕を放して側を離れた。ディアーナは自由になった手をそのまま前にだしてカインに抱きついて、頭をグリグリとカインの胸におしつけた。
「いじめっ子を退治するニーナは、ほーちこっかでは悪い子?」
「……そこかぁ。ディアーナはそこが気になるかぁ」
カインはポンポンとディアーナの肩を叩いて歩くように促した。
サッシャは手放していたバスケットと敷物を拾い、イルヴァレーノもバケツと釣り竿を手に持った。
城に向かって歩きながら、カインはディアーナに向けてなんて言おうか考えていた。
「うーん。現行犯逮捕なら有り? こっちに現行犯逮捕って法律あんのかな……。ちがうか。そうだなぁ」
「お兄さま?」
「そうだなぁ。ねぇディアーナ。法律もね、完璧ではないんだ。法律と法律の隙間をついて悪いことをしようとする人ってのがいてね。そういうのは、誰がどう見たって悪いことなのに、法律としては悪いことって言えない。そんな事もあるんだよ」
「悪いことなのに、悪くないの?」
「例えばね、『エルグランダーク公爵家の廊下を走ってはいけません』という法律は無いんだ。だから、ディアーナがウチの廊下を走っても警邏隊や騎士に捕まって牢屋に入れられたりはしない。法律では悪いことじゃないから」
「でも、お母様やパレパントルやサイラス先生には怒られちゃうよ」
「うん。廊下を走ると危ないからね。ディアーナが転んで怪我をする事もあるし、曲がり角で別の人にぶつかって相手を怪我させてしまうかもしれない。だから、お母様やパレパントルに怒られちゃう。廊下を走ると人を怪我させてしまうかも知れないから、悪いことだ」
カインはキリっとした顔を作って、ディアーナに向き合った。
「法で裁けぬこの世の悪を、退治てくれよう桃太郎!」
色々と混ざっているが、気にしない。些細なことにツッコミを入れる人はこの場にいないのだ。
「法律が助けてくれない人を、助けてあげるのが少女騎士ニーナなのかもしれないね」
「かっこいいね!」
ディアーナの肩を抱いて歩きながら、カインはニコニコとしたままキールズの方を振り向いた。
「キールズ、今日の午後に庭でお茶でも飲もうって勝手に決めちゃったんだけど大丈夫かな」
「あいつらと?茶を?」
「お話し合いだよ。バ……あの人は、色々勘違い?思い違い?をしているようだし。城の庭なら給仕係も側に呼んでおけるし、そうそう無茶はできないでしょ。ご招待できるのはバ……あの人だけだから、お友達も連れて来られないしね」
キールズはだいぶ渋い顔をしたが、カインがすでに約束してしまっている事なので最終的には頷いた。カインが振り向けば、サッシャが大きく頷いて「手配いたします」と端的に答えた。頼もしいことである。
「さ、そしたら城にかえって昼食を食べよう。無策でお茶会をしようとは思ってないからね。作戦会議を始めよう」
カインはディアーナの肩に乗せているのとは反対側の手を大きく振って、バンと音を立ててキールズの背中を叩いた。
いつも誤字脱字の報告ありがとうございます。助かっています。
感想も、なるほどそう受け取ってくれるのか。そこを掘り下げてくれるのかー。ととても参考になりますし、励みになります。