選ぶ権利と選ばれる権利
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自分に何が起こったのか一瞬わからなかったのか、バカ息子氏はぽかんとした顔でカイン、キールズ、イルヴァレーノの順で顔を見上げてきた。
自分が地面に尻もちを付いている事に気がついたのか、慌てて立ち上がるとズボンの土埃をパンパンと手ではらってゴホンと空咳をしてごまかした。
「ちょっとカッとしてしまったよ。驚かせて悪かったね」
意外とキレない。見た目も発言も小物感が溢れていたので、カインはバカ息子氏はもっと怒鳴り散らして怒ったりするのかと思っていた。バカ息子氏という名前で呼ぶのは申し訳ないのかも知れない。
一旦落ち着いたバカ息子の姿を見て、イルヴァレーノは一歩さがった。顔は表情が無いままだ。
イルヴァレーノとは留学直前まで組み手などの相手をしたりしていたが、実際のそういう場面で繰り出されるのを見るのは初めてだった。移動したのは見えていたが、蹴った足は見えなかった。こわ。イルヴァレーノを怒らせるのは辞めておこうとカインは思った。
「じゃあ、こうしよう。コーディに決めてもらおうじゃないか。君と俺、どちらが良いかコーディに選んでもらうんだよ!」
パンと音を出して手をたたき、良いアイデアだとでも言うようにカインとキールズに向かっていい顔を向けてきた。キールズは眉間を寄せて不機嫌を隠さないし、コーディリアはサッシャに抱きついている。ディアーナはサッシャに肩を抑えられながら、いい顔でシャドーボクシングをしている。
「何を言っているんですか。あなたは馬鹿ですか」
「は?バカとはなんだバカとは!」
カインが、わざとらしいため息を漏らしながら吐き出すように馬鹿と言った。大人の態度を崩さぬよう振る舞っていたバカ息子氏だが、流石にカチンと来たようで声が荒れている。
「なんで、コーディリアの選択肢が僕とあなたの二択しか無いんですか? コーディリアの未来の可能性は無限に広がっているんですよ。コーディリアの輝かしい未来の選択肢に、僕とあなたの二択しかないなんてありえないでしょう?そんな事もわからない?」
「は……っ?」
「コーディリアは、来年にはアンリミテッド魔法学園か、サイリユウム貴族学校に入学する予定ですよ。そこには、侯爵子息も伯爵子息も居ます。サイリユウムの貴族学校なら一個上に王族だっています。コーディリアぐらい可愛くて明るくて社交的なら結婚相手なんてよりどりみどりですよ。政略というのであれば、ネルグランディに隣接する領地の関係者と縁を結ぶのだって構わないではないですか。南隣のサイネンディの領主にはキールズと同じ年齢の子息が居たはずですし、北隣りのアクエンディには二つ下の子息がいたと記憶しています。おそらくどちらもド魔学に入学すれば友人になれるでしょう。領地にはもどらず、魔法を極めて魔法師団に入団して国に尽くすという道だってあります。魔法師団に入った上で、護国の為にネルグランディ騎士団の支援魔法使いとして領地に帰ってくるのだって良いですし。叔父上の気性なら、お願いすれば女性騎士となるのだって有りでしょう。女性貴族の護衛が男性だといざという時に初動が遅れます。強くなれば王妃殿下の騎士となることだって夢では有りません。コーディリアならきっと強い騎士になることでしょう。コーディリアの未来には、無限の可能性があるんです」
カインは、まくしたてるように一気に喋った。バカ息子氏が何か言おうとしたのに被せて、淡々と、しかし朗々とコーディリアの未来について大いに語った。
バカ息子氏は目を丸くしてカインを見つめている。
カインの後ろで、キールズは苦笑しており、イルヴァレーノは思考を放棄した顔をしている。
「ここネルグランディの領主は僕の父、ディスマイヤ・エルグランダーク公爵です。キールズとコーディリアの父であるエクスマクス・エルグランダーク子爵は公爵から領地の管理を依頼されている領主代理です。父と叔父は兄弟ですから、僕とコーディリアの婚姻で縁を結ぶまでもなく、強固な繋がりがあります。それは、次世代になった時に従兄弟同士の僕とキールズについても変わりません」
カインは大人になったら、王都にとどまって法律関係の仕事をしたいと思っている。なので、未来では子爵を継いだキールズに領地を任せたいと思っている。初めて会ってから三年ぐらいしか経っていないが、キールズは裏表の無い良いやつだ。真っすぐで、裏表が無いからこそ、恋人を捨てられず、政略で結婚させられたディアーナとうまく行かないのだろう。ゲームのド魔学におけるカインルートはほぼ無いとは思っているが……。
「領主代理の子爵家に、農地の管理を任されているだけのあなたは、領主代行でも何でもない。ただの小作人です」
コーディリアの怖がり方をみれば。
『コーディ』と愛称で呼ぶ許可を取るのにどれだけ怖い思いをさせたというのか。婚約や結婚というのは家同士の契約にあたるので、いくらコーディリアを脅して『ウン』と言わせたとしても効果はない。だが、パーティにエスコートさせることで既成事実を作ることはできるだろう。
今回のように、パートナーになることを脅すようなことを過去にも何度かされたのではないだろうか。
優しい声で、優しい態度で接していたとしても。成長しきった体格の大人の男に追い詰められて、怖がらない女の子がいるだろうか。いや、いない。
「紳士的に接していればつけあがりやがって!長々とワケのわからんことを言って煙にまこうとしやがって、バカにしてんのか!」
ついに、バカ息子氏がキレた。
それに呼応して後ろに控えていた人相のあまり良くないお友達がゆっくり近づいてきた。
キールズは釣り竿を地面に投げると腰に手をやって舌打ちした。今日は散歩をかねて釣りに来ただけなので剣など持ってきていないのだ。
イルヴァレーノがすっと右手でベルトの腰の部分に触るのが目の端に入った。カインはツツツとイルヴァレーノに近づくと
「ディアーナを見てて。飛び出さないように上手いことなだめておいて」
と耳打ちした。
イルヴァレーノは非常に渋い顔をして「一番難しい注文を……」と言いながらスッと後ろにさがった。
バカ息子氏とそのお友達たちも、剣やナイフを持ち出そうという気はないらしい。そりゃそうだろう、15歳と12歳の少年に向かっていい年した大人が寄ってたかって剣を抜きましたなんて事になったら恥ずかしくて仕方がない。
「キールズ、ふっとばしていい?」
「あんまり怪我させないでやってくれ。あれでもご両親には世話になってるんだ」
「ふっふっふー」
「あと、火はやめろ。ここは管理林で秋になると高級なきのこが生えてくる」
「委細承知」
カインが、男のくせに髪を伸ばして結んでいるその意味を知らない愚か者は、得物を持たない少年を良いカモだと思って無防備に襲いかかってきた。