それはまるでセイレーンのような
「昨日のファッションショー中にコーディリア様がおられれば手っ取り早かったのですが」
「イルヴァ、カインのデレ顔ならコーディもそこそこ見てる」
「イルヴァレーノ、僕だって人前で取り繕う事は出来ている」
二人から同時に反論されても、イルヴァレーノは肩をすくめただけだった。
「昨日は久々にまずいと思いましたよ?ディアーナ様の……ドラゴン?飛竜?ですか?アレの着ぐるみをディアーナ様が着たときのカインさま」
「ぐぁあ!」
イルヴァレーノが「飛竜」と言った瞬間にカインは両手の平で顔を抑え、首の骨が折れんばかりの勢いで天を仰いだ。
バタバタと座ったままで足をバタつかせ「尊い。エモい。可愛い愛らしい可愛い」と鳴き声を口から漏らしている。
「思いだして悶えてますね」
「絶対可愛いと思ってた!ちょっと高いなって思ってたけど帰省費用浮いたから買える!って思ったら買ってた!やっぱり可愛かった!」
椅子代わりに座っていた石から転げ落ち、河原の砂利の上をゴロゴロと転がりながら「あぁん。可愛いよぉ」と悶えているカインを見て、キールズはどん引きしている。
「ディアーナといる時によくだらしない顔するなぁとは思ってたけど……。えぇー」
「昨日、初めてディアーナ様が着ぐるみを着用なさった時は顔中の穴という穴から汁が垂れるという状態でした。お疑いでしたらサッシャにも確認していただいて結構ですよ」
イルヴァレーノが真面目な顔でキールズを見つめてくる。その向こうで「はぁぁあぁん」とか言いながらのけぞってブリッジしているカインが目に入ってしまい、キールズは変な汗が背中を伝っていくのを感じた。
「いや、その。穏便にコーディを諦めさせたいだけなんだ。がっかりさせたり幻滅させたりしたいわけじゃないんだ」
「そうですか」
キールズが目を泳がせながらそういうのに対し、イルヴァレーノは素直に頷いて理解を示した。
「なぁ、今日は午後から飛竜ごっこしないか」
「わぁ」
いつの間にかカインが戻ってきてイルヴァレーノの肩におっかかっていた。内緒話をするように、キールズとイルヴァレーノの間に入ってコソコソと話している。
「飛竜ごっこってなんだよ」
「人間の愚かさに怒り暴れる飛竜と、為すすべもなく飛竜にやられる人間のなりきり遊びだよ。飛竜の着ぐるみを着たディアーナに、床をのたうち回る僕たちが」
「やらねぇよ」
「遠慮します」
ちぇっと言いながら、カインは自分の場所に戻って竿を手に持って糸を川に投げた。もう気持ちは落ち着いたようだ。
その後しばらくは、男子三人で男子ならではの会話をしながら大人しく釣りをしていた。
「カイン、そろそろ火を起こしてくれよ。魚焼いて食おうぜ」
「分かった。イルヴァレーノ、薪になりそうな枝拾ってきて」
「かしこまりました」
川の端に石を積んで作った生け簀の中にはそこそこの数の魚が入れられていた。
キールズは釣り道具を入れてあるかばんから太い串をだし、生け簀の中の魚を掴むと口から串を二本ツッコミ、グリグリと回して内臓を抜いた。内臓を抜いた魚をザバザバと川にいれて余分な血を洗い流すと、新しい串をだして魚が波打つように串打ちして地面に刺した。
カインは川から離れた所の砂利を足で寄せて風よけ程度に山を作り、出てきた土部分を踵で叩いて浅い穴を掘っている。イルヴァレーノが薪第一弾として持ってきた枝の皮をナイフで削って火口を作り、ザクザクと積み上げた薪の下に入れて火魔法で火を付けた。
焚き火が安定してきた頃、キールズも釣った魚の下処理と串刺しがほぼ終わっていたので、手分けして串刺しの魚を運んで焚き火の回りに立てていった。
「そろそろ、お姫様たちを起こして来ようか」
「……カイン、そういうところだぞ」
イルヴァレーノが火の番をしているというので、カインとキールズで昼寝中のディアーナたちを起こしに行った。のだが、サッシャが目の前に立ちはだかった。
「淑女の寝起きの顔は、何人たりともご覧いただくことはできません」
「サッシャ……」
昼寝をしている淑女の兄達なのだが。そう言おうとした所を手のひらを差し出されて遮られた。そして、バスケットから小さな蓋付きのツボを取り出すと、そっとカインに手渡した。
「塩です。焼き魚には、塩をふるとより美味しくいただけるようになります」
「あ。うん。そうだね」
「お魚を美味しく焼いて頂いている間に、お嬢様方を起こしておきます」
「あ、はい」
カインとキールズは塩のツボをもって、とぼとぼと焚き火まで歩いて戻ってきたのだった。
魚の皮がこんがりと焦げはじめた頃、ディアーナとコーディリアとサッシャが焚き火のそばへやってきた。
座るのに手頃な石の上に、サッシャが先回りしてクッションを置いて行く。中々の侍女ぶりだ。
「今日の糧を神に感謝いたします」
「今日の糧を神に感謝いたします」
いただきますを言って、みんなで魚にかぶりつく。内臓は取ってあるので苦い事はないが小骨が歯に挟まる。サッシャは軽食用に持ってきていた小皿に魚を載せて、フォークで身を崩しながら食べていた。さすが子爵家のご令嬢である。イルヴァレーノはふぅふぅと魚に息を吹きかけている。
「ディアーナ。お魚さんがほっぺたについてるよ」
そういってディアーナの頬についた魚の身をつまむと、ポイと自分の口に入れるカイン。そんなカインを見てニコーっと笑って礼を言うディアーナ。風が吹いて木が揺れることで、木漏れ日の光が当たる位置が変わる度にキラキラと光るカインとディアーナの金色の髪。
魚にかぶりつきつつ、コーディリアは複雑な気持ちで兄妹の二人を見ていた。
自分は、カインが好きだと思っていた。はじめてあったときには王子様だと思った。兄や地元の男の子たちと違って軽口も悪口も言わないし優しいし、コーディリアを丁寧に扱ってくれるのは自分が特別だからじゃないかと思ってドキドキした。
しかし、昨日ディアーナが騎士服を着てポーズを決めているところを見てときめいたのも本当で。ディアーナは明るくて元気でいつも楽しそうで、その楽しいことをいつでもコーディリアに分けてくれようとする。
カインと二人きりになりたくて、意地悪までは行かないけれどちょっと邪険にしてしまったことだって有るのに、姉のように友のようにいつも慕ってくれていた。
今は、カインとディアーナが仲良くしている姿を見るとドキドキする。よく似た綺麗な顔が寄り添って優しい顔で笑い合っているのを見て、胸がきゅーんと締め付けられる。
「カインとディアーナ、二人を見てるとなんか変な気分」
コーディリアのつぶやきを拾ったサッシャが、ソソソと近づいてきてコーディリアに耳打ちをした。
「コーディリア様。悩む必要はございません。そういうのを表す言葉がございます」
ぼんやりと兄妹を見ているところに囁かれて、コーディリアはビクッと肩を揺らして振り向いた。サッシャが、慈愛に満ちた、全てを受け入れる慈母のような顔で微笑んでいた。
「そういうのを、箱推しというのでございます。コーディリア様」
サッシャは観劇が趣味である。男装の麗人が騎士役をやる悲恋ものなどが大好きである。特段好きな役者が居るわけではなく、騎士と姫のセットが好きなのだ。美しい顔が並んでいるのはご褒美なのである。
サッシャの優しい微笑みは、ハマると抜け出せない泥沼へと誘う歓迎の笑顔だ。
「……違うとおもうけどな」
誰にも聞こえないように、イルヴァレーノがぼそりとつぶやいた。
キールズの技は、つぼ抜きといいます。抜いた内蔵はポイポイと川に投げ捨ててます。