釣りざお二刀流
キールズとカインとイルヴァレーノで川の端に石を積み、簡易的な生け簀を作って準備完了だ。
カインはディアーナを呼びに行ったが、ディアーナとコーディリアは揃って昼寝をしていた。敷物の上に並んで横になり、頭に日傘を立て掛けていた。頭だけのテントというのが前世のアウトドア用品にあったなぁと思い出しながら、その場はサッシャに任せて川へと戻る。
「ディアーナとコーディリアはなんか寝ちゃってた。僕らで釣りはじめとこう」
バケツの中から適当に一匹摘んで針先につけると、ポイッと軽く川に向かって糸を放り投げた。三人ならんで川べりに座り、魚が掛かるのをまつばかりだ。
「魔魚が出るっていうのはこのあたりなの?」
「いやぁ。このへんは浅いし、出たって話はきかないな。そんなのが出る場所には流石に父さんも行って良いとはいわねぇよ」
「魔獣って美味しいよね……。魔魚も美味しいんだろうか」
「カインは魔獣を食ったことあるのかよ。おっと、ヒット」
糸を垂らして、最初に魚を釣ったのはキールズだった。竿をあげて魚を手元に寄せると、器用に魚を外して石で囲って作った生け簀に放り込んだ。
「それでさ、スティリッツさんていうのはどんな人なの」
「……。カイン、糸が引いてるんじゃないか?」
「引いてないよ。スティリッツさんていうのはどこの人なの」
キールズは、黙ったままバケツに手を突っ込むと新しい餌をつかんで針につけていく。イルヴァレーノは会話が聞こえないフリをして川にしずんでいる糸を凝視している。
「スティリッツの名前をなんで知ってるんだよ」
「昨日、キールズが逃げた後にコーディリアとディアーナが教えてくれたんだよ」
「チッ。コーディめ。後で締める」
「女の子には優しくしないとダメだよ」
「それだよ、それ!カインのそれがコーディを勘違いさせてんだよ。お前どうするつもりだよ」
釣り竿を握ったまま、キールズが顔だけをカインに向けて睨んできた。カインは「しまった」という顔をして顔をそらしたら、イルヴァレーノと目があった。イルヴァレーノが「それな」という顔をしていて、カインはちょっと裏切られた気持ちになったのだった。
万が一も億が一もありえない話ではあるが、物語がカインルートに行ってしまった場合にディアーナと結婚することになるのがキールズなのだ。恋人が居るキールズに、親同士の都合でディアーナとの結婚が決まってしまうことで、ディアーナは愛されない結婚生活をすることになるのだ。
なので、カインは今のうちにキールズと恋人を婚約者まで関係を進めさせられないかと考えていたのだが、やぶ蛇でカインの八方美人な性格について言及されてしまった。
「どうするもなにも。告白もされていないのに振るわけにも行かないだろう。そんなの、どんだけ自意識過剰野郎だって話じゃないか」
「コーディに惚れられてるって認識はしてるんだな」
「わからないわけないだろ。僕はそこまで鈍くないよ」
「だったら、もうちょっとなんとかしろよ。コーディが可哀想だろ」
キールズが半眼でカインを睨んでくる。カインは肩をすくめて眉毛を下げただけで、答えられなかった。
「ヒットしました」
イルヴァレーノが声をあげて竿を上げる。腹の部分が薄緑色に光る中々の大きさの魚が糸の先に付いていた。
「おお、大物だ!すごいね、イルヴァレーノ」
「キールズ様。カイン様は誰に対してもあんな感じの態度なんです。ディアーナ様以外には、まんべんなく優しい」
「イルヴァレーノ……」
イルヴァレーノに救われたと思って話題を変えようとしたのに、イルヴァレーノに会話を戻されてしまった。カインはへにゃっとした顔でイルヴァレーノが針から魚を取る様子を眺める。孤児院で日々の糧として近くの川で魚釣りもしていたイルヴァレーノは手早く魚を外してしまう。
「コーディリアは従姉妹だし、妹みたいに思っているんだよ。普通に可愛いと思っているし、邪険になんて出来るわけないじゃないか」
「邪険にしろって言ってるわけじゃなくてさぁ。うーん」
「カイン様、竿が二本とも引いてますよ」
イルヴァレーノに言われて目を川にむければ、カインが持っていた竿が二本とも糸が引いていた。ディアーナの為に用意した竿を使ってカインは二刀流で釣りをしていたのだ。
イルヴァレーノが自分の竿を横において、カインの右手の竿を何も言わずに受け取って引き上げ始める。イルヴァレーノに一本渡して自分の竿だけになったカインは、腰を浮かせて竿をあげる。
イルヴァレーノが釣ったのと同じ魚が糸の先にぶら下がっていた。ピチピチと手元で跳ねる魚を掴みながら、口を抑えて無理やり開けさせて針を抜く。立ち上がって生け簀に魚を投げ込むと、腰に手を宛てて体をねじって背をのばした。ずっと座りっぱなしで体が固まってしまったのだ。
「僕もディアーナが可愛いし、妹を思う気持ちはわかるよキールズ。僕もディアーナが誰かに好意を寄せているのにすげなくされていたら……相手を殺すかも知れない」
「俺はそこまでじゃない」
キールズに真顔で否定されてしまった。同じ妹を持つ兄同士、キールズとはもっと理解し合えるはずだとカインは思っている。カインは、自分の顔が整っているということを理解しているし利用しているところもある。ディアーナの年の近い女の子の友達としてコーディリアには優しく接しているが、カインとしては親戚への親愛の範囲を出ない態度のつもりだったのだが。
「だいたいな、カインは顔が良すぎるんだよ。なんとかしろ」
「そんなの、どうしようもないじゃないか」
キールズに意地悪そうな顔で見上げられ、カインは眉尻を下げて困った顔を作ってキールズを見下ろした。顔をなんとかしろと言われても、カインは困る。この顔は生まれつきだ。
カインから受け取った竿の魚を外して生け簀へ投げたイルヴァレーノがキールズとカインの後ろに立って首をかしげてみせる。
「カイン様の顔をなんとかすれば良いんですか?」
カインを見つめていたキールズが、イルヴァレーノに視線を移す。イルヴァレーノは静かな表情で、キールズの顔を見つめ返した。
「カイン様のお顔を崩せばいいんですね?」
そう言うとイルヴァレーノは木の根元、敷物の上で寝ているディアーナの方へ視線を向けたのだった。