いただきます。ごちそうさま。
風呂上がりパンイチでうろつく貴族のとーちゃん
食堂に現れたエルグランダーク子爵はゆったりとしたシャツにダボッとしたズボンという大変くつろいだ格好でやってきた。
主人が席に着いた事で、食事が始まった。
「そういえばカイン。部屋に土産が届いていたよ。ありがとう、後であけてみるな」
「直前まで乗り合い馬車で帰るつもりでしたので、急に用立ててしまったんです。気に入っていただけると良いんですが」
子爵夫妻にはサイリユウムの茶葉と菓子、それに酒の肴として売られている長期保存の効く食べ物を買ってきた。
大きな体に大きな声、おおらかでいちいち動きが大きい子爵だが酒があまり好きではない。見た目から酒豪だろうとよく言われるそうだが本人はお茶の方が好きだとカインは聞いていた。
お茶に関しては、サイリユウムの物の方が香りが高くて飲みやすい。カインが気に入っていたのでお土産にと買ってきた。
保存の効く食べ物は、本来は酒の肴として売られているものだが、騎士団の長である叔父には携行食の参考になればと思って買ってきたものだ。
「どうせ、最初は鞄いっぱいにディアーナのお土産ばかり詰めてたんでしょう?」
「それがね、お母さま。カインったら自分の荷物は下着三枚しか入ってないっていうのよ!」
からかうような夫人の言葉に、コーディリアがカインに代わって返事をした。
「あらあら。それでどうやってここまで来たの?ユウムの王都からだって四日は掛かるでしょう?」
「なぁに、今の時期なら夜のうちに洗濯をして干しておけば朝には乾く。カインは男なんだし移動は馬車だし、昼は裸でいたって構わんしなぁ?カイン」
「行軍中の騎士団と一緒にするなよ父さん」
「そうよ!カインは公爵子息なのよ!子爵当主なのにお風呂上がりに下着でウロウロするお父さまと一緒にしちゃだめよ!」
カインが返事をする前に家族内でどんどん会話が進んで行く。とてもにぎやかだ。
実際のところ、カインは旅程の初日は宿に入るなり着ている服を洗濯して室内の窓辺に干していた。そして、イルヴァレーノと二人きりであるのを良いことに宿屋の室内ではパンイチで過ごした。
頭を抱えたイルヴァレーノが自分の服をカインに着せる事で二日目と三日目をやり過ごした。やたらと立派な馬車に使用人服を着た少年が二人乗っているという、傍からみたら何が何やらわけがわからない状況になっていた。
一夜明けて馬車で出発を待っていたアルノルディアは、使用人の格好をした少年が二人で宿から出てくるのを見て爆笑していた。
「夏は洗濯物の乾きが早くて助かりました」
カインがそう言って苦笑いの表情を作ると、子爵はほら見たことかと笑い、夫人とコーディリアは目を丸くし、キールズは目頭をつまんで頭を振った。
「だったら、明日は街へお洋服を買いに行ったらどうかしら?」
「あ、じゃあ私も!私も一緒に行って見てあげるわ」
夫人が胸の前で手を合わせて買い物を提案した。良いアイディアだわ!というのが顔に書いてある。コーディリアがそれに乗っかって手をあげてついていこうとしている。カインはニコニコと笑いながら返事を保留にしている。
「服なら俺のお下がりをやるよ。折角の休みなんだから買い物とかめんどくさい事で一日潰さないで遊ぼうぜ」
「お買い物だって楽しいじゃない!街に行くのだって楽しいし、お洋服を買う他にも美味しいもの食べたりアクセサリー見たりするのも楽しいわよ?」
「こっから街に行くのにも時間かかるじゃないか。カインが来たし明日は釣りに行こうと思ってたんだよ。最近魔魚がでるようになったから大物ねらえるぞ」
「釣りなんてつまんない!ね、カイン、街に行こう?一緒にお買い物しようよー」
キールズとコーディリアの間で言い合いになってしまっていた。釣りか買い物か。カインはニコニコと二人のやり取りを眺めていたが、隣で味わい深い顔をして豆のスープを食べていたディアーナに向き合った。
「ディアーナは明日、何がしたい?」
カインにそう聞かれて、一生懸命『苦手な物を食べてるわけでは有りません』という顔をしていたディアーナはゴクンと豆を飲み込んでカインの顔を見上げた。ちょっと小首をかしげてからテーブルの向いに座るキールズとコーディリアの顔をみて、ニッコリ笑った。
「ディは明日釣りが良いな。あのね、キー君が言っていたんだけど、ディと同じぐらいおっきいお魚が釣れるんだって!お兄様はおっきいお魚釣れるでしょ?」
「そうなんだ?すごいね、おっきいお魚見てみたいよね」
明日の予定は釣りに決まった。
カインを動かしたかったら、ディアーナに根回しをする必要があるんだった事をコーディリアは思い出して遠い目をした。