エルグランダーク子爵夫妻
おそくなりまして。
カインの土産の中には、まるでコスプレではないかという可愛さに極フリされ過ぎていて普段遣いにはちょっと……という洋服も紛れていた。そういう服を着せる度にカインはのけぞり、うずくまり、体をねじって悶えていた。
そんな様子にイルヴァレーノは呆れていたが、意外とサッシャは怒ったり嫌悪したりということは無いようだった。カインの事は視界に入らないようにしていたようだが、それは嫌悪感からというよりは悶えるカインをみて笑ってしまうからのようだった。
イルヴァレーノは見た。カインから目をそらしたサッシャは、凛として姿勢を伸ばし、澄ました顔でディアーナを一心に見つめていたが、小鼻が膨らんで口の端がピクピクと動いていた。笑うのを必死に堪えている顔だった。
サッシャは、コスプレ紛いの洋服についても拒否感は無いらしく、むしろノリノリで服に合わせた髪型を作ったりディアーナにポーズを取らせたりしていた。
世を忍ぶ仮の姿と、極親しい人にだけみせる真の姿。どちらのディアーナに対しても厳しく接する事の多いサッシャではあるが、ディアーナの事は可愛いと思っているし真の姿がばれない為の工作等にも協力的だった。
特に、カイン一押しの真っ白い騎士服風の上下セットを箱から取り出したときには目玉がこぼれ落ちるかと思うほどに目をかっぴらき、着せたときにはディアーナの頭の先から足の先まで穴があくほどにガン見し、布製の聖剣アリアードを構えたときには目頭を押さえて涙を堪えていた。
なんだカインの同類か。とイルヴァレーノはぬるい視線でそんなサッシャを見上げていた。
「なんかね、サイリユウムの建国祭では騎士たちのパレードがあるらしいんだけどさ、その時に子ども騎士パレードってのもあるんだって。それ用に子どもサイズの騎士風の服も色々売ってたんだよ」
近衛の白、王都警邏の紺、その他各領地カラーの騎士の隊服。
少女騎士ニーナの絵本ではニーナは白い騎士服を着ていたので、カインは迷わず白を買った。
「イルヴァレーノの分も買ってきたけど」
「無駄な買い物をしましたね」
イルヴァレーノは無表情でかぶせ気味に拒否した。カインは苦笑いで頷くとディアーナに向き合った。
「あとでそれを着てニーナごっこして遊ぼう」
「悪党カイン!」
「フゥーハハハハハ!我は悪党カイン!女の子のスカートもめくるし上手に結んだリボンだってほどく大悪党!……ディアーナ、後でね、後で」
ディアーナに悪党カインと指をさされてノリノリで悪党役のポーズを取ったカインだが、さすがにサッシャの冷めた目線で我に返った。
「間もなく夕飯のお時間ですので、そろそろ片付けて移動いたしましょう」
そう言ってサッシャが騎士服に合わせて上げていたディアーナの髪をほどく。
カインの大量の土産を開けていたら、いつの間にかそんな時間になっていた。
食堂に向かうべく廊下を歩き、玄関ホールを抜けようとしたところでカインは声をかけられた。
「カイーン!久しぶりだな!元気だったか!」
「カイン!お帰りなさい!長旅お疲れ様だったわね!」
ちょうど帰宅したところらしい、カインの叔父と叔母。つまりエルグランダーク子爵夫妻が玄関ホールに立っていた。
子爵夫人が大きく手を広げてニコニコ笑っている。
「叔父様!叔母様!」
カインは駆け出して子爵夫人の腕に飛び込んでハグをする。叔母である子爵夫人は、貴族としては珍しくふくよかな体型をしている。ふくふくとした夫人とハグをするたびに、カインの脳内ではドーラと抱き合うシータがよぎる。
背中を優しくポンポンと叩かれて、カインは夫人と離れると次は子爵に抱きついた。
子爵は背も高くがっしりとした体格で、今はプレートメイルも着込んでいるので抱きつくとゴツゴツして痛い。
「大きくなったな!留学するときに寄ってくれなかったから一年半ぶりか?」
「留学が急に決まった事だったので時間が取れませんでした。僕もお会いしたかったです」
子爵はバンバンと大きな手でカインの背中を叩くと「つもる話は夕飯で」と言って自室へと引っ込んでいった。夫人もそれについて行った。
ネルグランディ領は、領独自の騎士団を持っており、エルグランダーク子爵はその団長である。
ネルグランディは国境に接している領地であるため、国防のための騎士団である。しかし、過去に遡ってもリムートブレイクとサイリユウムが戦争をした歴史は無く、魔獣退治や盗賊退治、災害が起こったときの復旧作業等が主な仕事になっている。
ディスマイヤと違い、子どもの頃から領地で育ったという叔父は大変に朗らかで豪快で、まったく貴族らしくない。
ディスマイヤと子爵は体格が全然違うのだが、なんというかスポーツジムや筋トレ道具のビフォアアフター広告のようなのだ。
ディスマイヤがビフォアで、子爵がアフターである。その程度に顔や雰囲気はちゃんと似ている。
子爵夫妻はディアーナと思いっきり遊んでくれる大人なので、カインはこの叔父と叔母の事が大好きだった。