サッシャとカイン
「ディアーナのお土産をみんなで見に行こうよ」
カインはイルヴァレーノとコーディリアの頭を掴んでベリベリと剥がすと、ディアーナを持ち上げて床に降ろした。
椅子から立ち上がって手を差し出すと、当たり前のようにディアーナがその手を握る。カインは部屋を出るときにサッシャとすれ違いざま
「お土産の仕分けありがとう。サッシャへのお土産もあるから、一緒にディアーナの部屋に行こう」
そう声をかけた。
サッシャは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに澄ました顔になって小さく会釈した。
「私はディアーナ様の侍女ですので。ディアーナ様がお部屋に向かわれるのでしたら当然私も向いますわ」
「可愛くないの!」
サッシャの物言いに、カインは面白そうに笑ってツッコミを入れた。
アラサーサラリーマンの前世があるカインから見ると、サッシャは短大卒業直後の新卒採用社員みたいなものだ。年齢的にもちょうどそのくらい。
ド魔学を卒業し、王城に務め、その後公爵家令嬢の侍女になる。なかなかの出世コースだ。
残念ながらカインとは年齢差が有るので「見初められて公爵夫人に」というのは希望薄ではある。カインの理想の結婚相手が「ディアーナを愛してくれて、カインがディアーナを優先しても嫉妬しない人」なのでチャンスが無いわけではないだろうけれど。自分がエリートであるという認識があるサッシャは、ディアーナの侍女という仕事で失敗しないためにも、カインを牽制したいのだろう。カインは、舐められるものかと虚勢をはる姿は微笑ましいとさえ思っていた。
領地の城では、ディアーナの部屋はカインの隣だ。
手をつないで短い距離を歩く二人の揺れる髪の毛をイルヴァレーノとサッシャが後ろから見ている。夏で暑いので、ディアーナも髪を上げて2つに分けて三編みにしている。三本の三編みがゆらゆらと同じ方向にゆれている。
「ふたりとも、歩き方そっくり」
「基本の動きが美しいのは良いことです」
ディアーナは、領地に来てから「仮の姿」の仮面がボロボロに剥がれてしまっている。ひとえに叔父であるエルグランダーク子爵の性格によるものであるが。
キールズやコーディリアと一緒だと廊下も走るし口を開けて笑う。しかし、何もなく歩けば姿勢は良いし足の運び方や体重移動のスムーズさなど、歩く姿は美しい。基本がしっかりできているからだ。その点については、サッシャはちゃんと理解していたし評価していた。
だからこそ、打ち明けられた後は『真の姿』を見ても場を弁えてさえいれば何も言わなかったし、周りにバレないように協力もしている。
ディアーナの部屋はカインからのお土産で一杯になっていた。
おもちゃや文房具などの雑貨類、絵本や参考書などの本類、お菓子やお花などのすぐに開けたほうが良いものに仕分けられていた。
カインはそのうちの本の山へ歩いていくと、背表紙を指でなぞりながら順に見ていき、やがてひとつの本を見つけると手に取った。
「はい、コレはサッシャへのお土産だよ」
手にとった本をそのままサッシャへと差し出した。サッシャはおずおずと両手を出して受け取ると、タイトルを読もうとして目をひそめた。
「ユウム語ですね」
「うん。サッシャはユウム語できるって聞いて」
「できると言うほどではありません。勉強中ですわ」
「うん。それね、ディヴァン伯爵の初恋って小説なんだけど、ユウムでは定番で大人気の恋愛小説なんだって」
カインは、ディアーナからもらう手紙でサッシャが読書や観劇が好きだという情報を得ていた。騎士と姫の悲恋ものなどが好きだということも。
「存じております」
「あれ、読んだことあった?それなら申し訳なかったけど」
「……いいえ。タイトルは知っておりましたが、リムートブレイクの本屋にはありませんでしたので」
「そう?それなら良かった」
サッシャはまじまじと本の表紙を眺め、そっと右手で箔押しになっているタイトルをなでている。
「それね、実話がもとになっているらしいんだけどさ。ユウムの貴族学校の同級生の高祖父のお話らしいよ」
「!」
「それ読んで、話が面白かったら聞いてきた裏話とかも教えてあげられるよ」
「あ、ありがとうございます」
サッシャのぎこちない一礼に、カインはニコリと笑ってみせた。
サッシャはディアーナの味方になってくれたとディアーナからの手紙で知っていたが、カインに対してはどうにもまだ警戒が解けていないようだった。
まぁ、カインが見合いをした令嬢の姉やら母やらが、サッシャの友人や王城時代の同僚に居たとすれば印象は良くはないだろう。そもそも、カインがディアーナの世話を焼き過ぎるのもあってディアーナ専属侍女が募集されたという噂もある。それであれば、父ディスマイヤからカインに関してなにか言われている可能性もある。
カインは、サッシャからの悪印象をなるべく払拭したかった。ディアーナを大切にするもの同士、ディアーナの幸せのためには敵対するのではなく協力体制をとった方が良いだろうと考えている。
「コーディリアとキールズ宛のお土産は、それぞれ部屋に届いていると思うよ。そうでしょ?イルヴァレーノ」
「はい。その様にお願いしました」
馬車の荷物をカインの部屋に運び込む際に、何処に運び込むかをこの家の使用人に指示していたのはイルヴァレーノである。カインに問われて、しっかりと頷いた。
「カイン、あたしお土産見てくるね!夕飯のときにまた!」
自分たちにも土産があると聞いて、居ても立っても居られなくなったコーディリアは廊下を駆けて自分の部屋へと向かっていった。
カインは軽く手をふって見送ると、くるりと振り向いてディアーナを持ち上げた。
「さぁディアーナ!リボンやブローチも買ってきたよ!色々身につけて見せてくれるよね!」
その場で、ディアーナの土産を次々と開けてはミニファッションショーが行われた。
ディアーナが一番喜んだのは、サディスの街のおもちゃ屋で買ってきた布製の聖剣アリアードだった。
イルヴァレーノとサッシャはそれを見て、喜ぶ方も喜ぶ方だけど買ってくる方も買ってくる方だな。と揃ってため息を吐いた。