友達をつくりましょう
「百年後の遷都……」
ジュリアンがカインの言葉を反芻している。
ジュリアンの手をニギニギしていたカインは、その手の体温が上がってきたのを感じるとパッと手を離した。
小さくバンザイするように肘先を上げると、顔の脇で開いた手をひらひらと振って見せた。
「そうですよ、次回の遷都です」
カインは立ち上がると、学習机の椅子を引き出して背もたれをまたぐように座った。
背もたれの上で腕を組んでその上に顎を乗せる。
「六年で遷都に必要な最低限の施設を用意したとして。一般の住民や政治に関わる者たちの家族やらは後追いで来るとして。国を回す人たちだけが居て、国民の居ない街なんて本当に王都といえるのでしょうか」
カインは、ゆるい笑顔を顔にうかべて問いかける。
「後から後から、五月雨式に増えていく家や商店や公共施設の配置は雑然としてしまうでしょうし、後から必要だと気がついた施設は、王城から遠い場所に配置されてしまうかもしれません。突貫工事で『とりあえず』作った都市は、『とりあえず』のまま発展してしまいます。とても、使い勝手の悪い街になるんじゃないでしょうか」
腕の上に乗せていた頭をコテンと倒してジュリアンの顔を見つめ続ける。
「百年後の遷都を目標にすれば、準備期間が十分取れます。僕たちはまだ一年生で十二歳です。ジュリアン様が王位を継承されるまでにもまだまだ時間がありますよね。王子という立場も十分忙しいとは思いますが、国王様に比べれば自由になる時間は多いでしょう?」
「学業を優先せよと言われておる。己の為の人脈を作れとも」
「良いですね。作りましょうよ、人脈」
カインは椅子に座ったまま上半身をねじると、机の上のかばんから教科書を取り出した。政治学の教科書をパラパラとめくると、最初の方のページを広げて目を落とす。
「えーと。街を作るのに有効なのはどの部署ですかね。……ユウムには土木省はないんですね。この、建築部というのがそれなのかな。建築部の重鎮の息子とか学校にいませんか?育英部の大臣の息子とか、流通通商部の息子とか。えーと、後は?あの魔女の村に一番近い領地の子息や令息は学校にいませんか?国内各所に支店を持っているような商会を持っている貴族の子息とか、林業に精通している貴族の子息とかはいませんか?」
「ちょ、ちょっと待て。待たぬか、カイン」
「はい」
教科書から目をはなし、ジュリアンへ顔を向けるカインの顔は楽しそうだ。
「国の政治に関する役職は世襲ではないのだ。現在城で働いている者達の息子といえど、将来その地位に付くとは限らないぞ」
「そうなんですね、そこはリムートブレイクと一緒ですね。では、将来そういった役職を目指している!という若者を探して友人になるのが良いですかね」
「そんな、打算的というか……利用できるから友人になるというのは、どうなのだ。なんか、嫌ではないか?」
「百年かけて取り組む一大事業ですよ。信用して信頼して一緒に歩いていける人と一緒じゃないとダメでしょう?一緒に街作ろうぜ!って話し合える仲になるなら、やっぱりその関係は友人なのだと思いますよ」
上司と部下、王と臣下、それと友人。兼任できないわけじゃない。それに今は学生なのだ。学生のうちに作る人間関係はやはり友人なのだとカインは思う。
「別に、遷都の役に立たない人とは友人になってはいけないなんて言っているわけじゃありませんよ」
「わかっておる」
「友人になるきっかけが、同じクラスになったからとか、食堂で隣に座ったら話が合ったからとか、体育で組体操のパートナーになったからとか、そういったきっかけの他に、一緒に遷都について考えてくれそうな人だからって理由が追加されるだけですよ」
ジュリアンが、自分の指先同士を合わせるように手を組み、そこに額を乗せてうなりだした。
カインの言ったことを、一生懸命考えているようで、ぶつぶつと何事かをつぶやいている。
ジュリアンは、おそらく王宮に呼ばれて「そろそろ遷都について決めろ」とか言われたのだろう。その上「候補の都市から引越し先を選べ。それ以外の選択肢はない」みたいなことでも言われたんだろう。
遷都は無理とカインに言われてショックを受けたように落ち込んでいたから、はっきりと新規の土地への遷都は諦めろと言われたのかもしれない。
サイリユウムの貴族学校に入学してしばらく経つが、どうもジュリアンには将来側近になる予定の貴族などが決まっていないようだった。
ジュリアンの乳兄弟が同学年にいるらしいのだが、カインは見たことが無かった。ちなみに、学校の食堂で一緒にいたユールフィリスはシルリィレーアの乳兄弟らしい。ユールフィリスの母がシルリィレーアの乳母だったそうだ。シルリィレーアが王子妃、ゆくゆくは王妃となった時には侍女として侍りたいのだそうだ。
そのためにも勉強を頑張っているそうで、彼女の入れるお茶は絶品らしい。
ほぼ、ジュリアンが次代の王である事は間違いなさそうなのだが、ジュリアンは今のところ『王太子』ではないらしい。貴族たちは息子をどの様に立ち回らせるかは保留にしているのかもしれない。
「ジュリアン様」
ぶつぶつと言いながら、段々と頭が下がっていってまもなく額が膝に付きそうになっているジュリアンにカインが声をかけた。
自分の世界に入り込んでいたジュリアンが顔を上げたので、その目を見つめてカインは感情を込めて訴えた。
「とりあえず食堂に行きませんか。僕、お腹が空きました」
窓の外を見れば、もう空は真っ赤にそまっており、上の方は藍色へとグラデーションがかかっていた。