第四幕
<第四幕>
申の刻
老女、浪人、虚無僧、薬売り、四人には各自銘々暇を持て余す。だが、老女は虚無僧にまだ経を詠で貰っていないのが気がかりになっている。
虚無「何か嫌な予感がする。ちょっと、その辺を見回ってくる」
浪人「俺は厠じゃ」
薬売「どっちかは、居てくれまへんか。わては婆さんをよう守らんで」
浪人「商人、ここでしろと言うんかぇ」
虚無「すぐに戻るから心配するな」
薬売「へいへい、お侍様もお坊様も、はよう帰ってきてや」
浪人と虚無僧、二手に分かれ、この場を離れる。
薬売「婆さん」
(声)「ぎゃあ」
耳をつんざくような悲鳴が境内に響き渡る。
虚無僧がこの場に急いで戻ってくると、老女が首のない状態で倒れ込んでいる。
薬売「化け狐や九尾の狐や」
薬売りが指差した方向から浪人が駆け込んでくる。
浪人「何事じゃ。婆様が死んどるやないか。誰やったんじゃ。化け狐か、殺しちゃやる」
薬売「出てきた、出てきたでおま」
虚無「薬売り、貴様の口許についている血は、どういう事なんだ」
薬売り、慌てて口許を拭う。
浪人「商人、てめえがやっぱ化け狐か。いま時売りもんやておかしいやろ。誰も銭なんぞあるか」
薬売「わて、化け狐なんかちゃいまっせ。堪忍してや」
浪人「問答無用じゃ、婆様の仇、死ねや」
浪人の刀が薬売りの体を引き裂く。薬売り、即死する。
浪人「どういうことや、死んだら化け狐の変わり身なくなるんちゃうんか」
虚無「薬売りは人間……」
虚無僧、額に両手を当て考えこむ。
虚無「お侍様、薬売りは九尾の狐がお侍様の来た方に逃げた、と言ってた。それに、お侍様はいま時売りものなんておかしい、とも言った。お侍様は九尾の狐の肝や肉を売る為に、九尾の狐を退治するの、やね」
浪人「なんや、クソ坊主、俺が化け狐とでも言うんか。クソ坊主、てめえ、俺を嵌めたつもりかもしれんが、甘いんじゃ。なぜ婆様の為に経を詠んでやらんかったんじゃ。怖いんじゃろ、お経が。それにほんまに商人の口に血があったんか。俺はてめえの言葉を信じて商人を斬った。けどなあ、俺が見た時、商人の口に血はなかったんじゃ。てめえこそが化け狐じゃろが」
浪人、虚無僧に刀を向ける。そして虚無僧は懐刀を出し対抗する。
虚無「愚かな」
浪人「くそ坊主、やっぱてめえが化け狐じゃねーか」
肉を斬る音、ダンと何かが倒れる音がふたつ。
<終幕>
廃寺にて
マタギの独白。
又鬼「可哀想にのう。首のねぇ、仏さんが三人も居はる。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。みんな痛そうじゃ。刀で殺られたんやな。どれ、わいが葬ったるさかい、成仏しいや」
了