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悠が次に目を開けた時にはもう日が沈みかけていた。頭をかきながら大きな欠伸を一つする。
「・・・今、何時だ?」
木漏れ日は赤く染まり、辺りは大分暗くなってきていた。暖かい風は変わらず流れ続けている。
グラウンドが部活の生徒で賑わっているところをみると、もう下校時間は過ぎたのだろう。校舎の中からは楽器を演奏する音や廊下を駆けるような音がする。
「こんなに寝る予定じゃなかったんだけどな。あぁ、腹減った」
待ち構えていたかのように腹の音が鳴る。朝から何も食べていないことを思い出し、意識をすればするほど空腹感が増す気がして、悠はため息をついた。
「荷物取ってくるか」
彼は体を起こし、伸びをすると、そのまま一番近くの校舎へと続くドアに向かって歩き出した。
「ふわぁー・・・眠いし、腹減ったし、もう」
独り言を言って、ドアノブを捻る。校舎の中へ一歩踏み出した––––はずだった。だが、瞬きをした次の瞬間には周りの音が全部消え、目の前には見たことのない景色が広がっていた。
「––––え?」
悠は固まった。目の前の状況が呑み込めず目を瞬かせる。
振り返ってみたが、すぐ後ろにあるはずのドアはなくなり、緑色のクッション製の壁になっていた。部屋の様だが窓はなく、左右の壁側には天井まで続く本棚が一面に置かれてあり、彼のいるすぐ右側の少しだけ空いたスペースには勉強机が置かれている。
斜め左側にはキングサイズの四柱付きのベッドがあり、その上には手錠や鎖、目隠し用の布などが乱雑に放ってある。その横の床にはカッターナイフが何本も突き刺さり、クッションの中の綿が飛び出していた。右上には監視カメラのようなものが設置されている。
そんな緑の密室のような場所に悠は立っているのだった。
「なんだ、ここ・・・」
彼が呟く。
なぜ自分が今この場所にいるのか全く意味がわからないが、校舎に向かおうとして、ドアを開け、瞬きをした隙になにかが起こった––––らしいということはなんとなく理解していた。
寝ぼけているせいか慌てふためくことはなかったが、この状況をどうすればいいのかわからず、彼は再び目を瞬かせながら辺りを見渡した。
その時不意に腹が鳴る音がした。それが自分のものと気づかないほどには焦り、そして現状に対する緊張感とは他所に体は正直だなと、彼は苦笑いの様なものを浮かべた。すると可愛らしい効果音のようなものと共に彼の目の前にハンバーガーとポテトとドリンクののったプレートが現れた。彼が今まさに食べたいと一瞬思い浮かべたもので、帰りに寄ろうと思っていた店のものだった。
涎がとめどなく溢れてくるのがわかり、喉を鳴らす。
「それ・・・あげる」
恐る恐るといった感じでどこからか声が聞こえた。女のようだが変声機を使っているので、はっきりとはわからない。
彼の腹がまた鳴り、目の前のプレートに手を伸ばす。だが我に返り、堪える様な素振りを見せると「だ、誰だ!」と辺りを見渡しながら言った。
どこにも姿はない。スピーカーらしきものも見当たらない。この声はどこから聞こえるのか。
「なんで?食べ・・・なイの?」
悠は目の前のプレートを凝視する。出所もわからず、いきなり目の前にでてきたそれに毒が入っていないという保証はない。
「食べなイなら––––」と、声がした直後にプレート全体が一瞬細かい四角形のようになって消えかかるのを見て、悠は慌てて自分の側に寄せた。
「け、消すのはやめて!ちょっと落ち着いて考えさせて・・・ください」
お腹は尚も鳴り続け、涎も喉を流れていく。必死に目の前の食べ物を庇おうとしている自分に悠は恥ずかしさを覚える。
「て、ていうか質問に答えろ!お前は誰だ!」
悠は声を荒げた。
「ここはどこだ!早く出せよ!」
あの一瞬で拉致されたとは考えられないし、体は空腹以外特に問題なはい––––なぜこんな場所に迷い込んだのか、彼には全く想像も検討もつかなかった。
変声器の声は彼の質問に答えることはなく、暫しの沈黙が続いた。先程までは少しの余裕があった彼も不安になってきたのか、胸を押さえ、そのまま力なく床に座り込んだ。体がその柔らかさで少し揺れた。