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「ふわぁー・・・」
制服を着た青年が大きな欠伸をした。
うっすらと目をあけると木陰からのぞく木漏れ日が眩しく、手で遮る。今日はいい天気だ、と彼は呟いた。
授業中の学校という特殊で静かな空間で昼寝をすることは、彼にとってお気に入りの時間だった。
青年がもう一眠りしようかと目をとじかけたとき、「崎本!!」と大きな声がした。反射的に飛び起き、辺りを見渡すと、同じ制服を着た女生徒が含み笑いをしながらこちらに歩いてくるのが見えた。
軽くため息をつき、苦笑いを浮かべながら崎本と呼ばれた青年は再び目をとじた。
「あはは、悠のその驚いた顔、本当面白い。びっくりした?似てたでしょ」
青年––––崎本悠の顔の近くまできた陰は可笑しそうに頭上から声をかけた。
「いや、普通に驚いたわ」と言いながら彼が寝返りを打つ。見えてはいけないものが見えそうなのか、顔が赤くなっている。
楽しそうな女生徒の笑い声が続いた。
「まぁ、先生かなり怒ってたけどね」
若干体を震わした悠にまた微かに笑うと、女生徒の陰がまた大きくなった。見なくてもわかるほど距離が近くなり、彼の顔の熱さが一層増した。
「教室戻らないの?」
「んにゃ、まだここにいる」
「ていうか、なんでこっち向いてくれないの?」
少し怒ったように女生徒が言う。
「・・・え、いいの?それじゃあ遠慮なく––––」
わざと戯けたように悠は彼女に向き直った。思ったより近くにあった顔に一瞬戸惑ったが、それを誤魔化すように手で目のところに丸を作る。
しゃがみ込んでいる彼女の足の方に目を向け、「あらー、いい眺め」と彼は女性口調で言った。
「都ちゃんの今日の色は・・・」
都と呼ばれた女生徒は膝に肘をついて意地悪そうに笑っている。悠のお目当てのものはちょうど足に布を挟み込む形でうまい具合に隠れていた。
「残念でしたー」
驚いたように都の顔を見た後、彼は赤みがかった顔を更に染めてまた顔を背けた。
「そ、そもそもお前の下着になんて需要ないしな」
「・・・あっそ」
つまらなそうに、都は立ち上がった。
お互いに無言になる。悠は寝たふりを決め込み、目を閉じていたが、気になるのか、さり気なく都の様子を伺うような仕草をしていた。
静かな心地の良い風が、2人の距離を埋めるように流れる。都のその姿は華やかで、彼は時折見惚れては我にかえるを繰り返した。
暫く経って校舎からチャイムが聞こえてきた。
悠の存在を思い出したかのように、都は下を向いた。
「まだここにいるの?」
不意に話しかけられ、慌てた様子で彼は俯いた。
「あぁ、俺まだここにいるわ。じゃあねー」
手を挙げ適当に振る悠を尻目に、都は「まったく・・・」とため息をつくと、そのまま駆け足で校舎に戻っていった。
チャイムが鳴り終わるのを待ち構えていたかのように強い風が吹き抜けた。悠は深呼吸を1つする。春の暖かさと草木の匂いを感じるようだった。
「こんな気持ちの良い日に、教室で授業なんか受けてられるかっての」
鼻歌を歌い、それと共に口元も緩む。
風が頬を草花を優しく撫でるように通り過ぎていった。
瞼の重さに対抗することなく呑まれていく。そして悠はそのまま再び夢の世界へと落ちていった。
––––この子が・・・適正者なの?
どこからともなく声が聞こえたが、悠が気づくことはなかった。変わらず、どこか満足そうな表情を浮かべ寝ている。
––––ミスレディ・・・あなたの好きにはさせない。
––––絶対間に合わせる。