05話 ラジオ第5回(2031/4/29)
「一輝くんが作った御札、なんだか大騒ぎになっているみたいだけど」
「それって、ボクがファンクラブの会員さんに送った護符のこと?」
「うん。ネットオークションで、凄い金額になっているみたい」
「あれって、ホームセンターで買った木材を切って、呪力を篭めただけだよ」
「お守りの効果は、ちゃんとあるのよね?」
「うん。2階から飛び降りて、無傷の人の動画は見たかも」
「一輝くん。陰陽術の前に、常識を学ぼうね」
「はーい」
ラジオ冒頭のショートコントで、海月さんに注意されてしまった。
海月さんのセリフは脚本家が用意したものだが、多分本音も入っている。
プラス思考で、陰陽術の有意性を証明できたと考えようとしていた俺は、速やかに持論を変えて反省した。
その間に曲のタイミングが来たので、条件反射でタイトルを読み上げた。
「「陰陽師ラジオ」」
「皆様、こんばんは。テレビドラマ『少年陰陽師』、賀茂一輝役の賀茂一輝です」
「同じく、こんばんは。賀茂奏役の向井海月です」
「このラジオは、木曜の夜9時に好評放送中のテレビドラマ『少年陰陽師』をより一層楽しんで頂くための情報番組です」
「これから30分、のんびりとお付き合い下さい」
海月さんが曲のタイミングを見計らい、スポンサーを読み上げていく。
「陰陽師ラジオ。この番組は、大日本輸送、海千山千商会、株式会社エイシャン、ひな子プロジェクトの提供でお送り致します」
ラジオ番組のスポンサーは、ドラマと同じ会社だ。
紹介を終えた俺達は、そのままフリートークのコーナーに入った。
「2031年4月29日、今夜は第5回の放送です。ドラマは第4話まで放送されています。第4話は、鉄鼠の群れが巣くっていた話ですね。お姉ちゃん、覚えてる?」
「五箇山に行った時だよね。一輝くん、猫の式神が鉄鼠に追い回されて、本当に驚いていたよね」
「うん。だって猫が鼠に追い回されるなんて、ワケが分からないよ。こんなの絶対おかしいよ」
俺はドラマのシーンが印刷された紙を見ながら、結構前に調伏した鉄鼠という妖怪を思い出した。
鉄鼠とは、平安時代に僧侶が変じた妖怪だ。
当時、后に子が生まれず世継ぎを欲した白河天皇は、三井寺の僧侶・頼豪阿闍梨を呼び、后が懐妊するように祈祷を命じた。そして成功した暁には、褒美は望むものを与えると約した。
頼豪は100日間の祈祷を行い、やがて承保元年に敦文親王が誕生する。そして褒美に、三井寺に戒壇を建立したいと望んだ。
だが、当時勢いのあった延暦寺が横槍を入れる。天皇は、山門(比叡山)と寺門(三井寺)との争いになることを憂い、頼豪の望みを退けた。
約束を破られた頼豪は白河天皇と比叡山を恨み、「皇子を魔道の道連れにする」と口走りながら、断食の行の果てに死んだ。
ほどなく皇子が死に、それでも恨みの晴れなかった頼豪は鉄の牙を持つ大鼠に変じ、無数の鼠を従えながら比叡山に現われて、経典などを食い破った。
実際には皇子の死は、呪いとは無関係であろう。
平安時代の乳幼児の死亡率は推して知るべし。また比叡山の経典が鼠に囓られたのも、単なる管理不足だ。
だが世界が変質して以降、鉄鼠は実在している。そして実在するからには、由来通りに恨みが深く呪力も強い。
俺が出した猫の式神は、凶悪な鉄鼠に食い破られてボロボロにされた。
「でも仕返しに、口から火を噴く式神を作ったのは、やり過ぎだったかもしれないよ?」
式神を散々な目に遭わされた俺は、より強い式神で反撃に転じた。
周囲から木の枝と地面の土を集めて依代とし、木と土の世界神の祝福の力を篭めた木土猫を作成したのである。さらに木土猫に、火の世界神の祝福の力を篭めて、火も噴けるようにした。
世界神3柱の祝福の力を篭めた、3属性ウッドゴーレムの誕生だ。
相手が猫を食い破る鼠で来るなら、こちらは世界神チートを付ける。
ついカッとなってやった。今も反省していない。
「だってディレクターさん、ボクの式神符が食い破られた時に、良い画が撮れたって喜んでいたもん」
「新しい式神を出した後、こんなのは作り物だと思われるって困っていなかった?」
鉄鼠と火を噴く木土猫との戦いは、どちらかといえば怪獣大決戦であった。
「でも陰陽道を理解したら、式神が火を噴くのは不思議だと思わなくなるよ」
「それはどうして」
「無生物に霊力を篭めて作る式神は、陰陽師の魂が篭もった分身なんだよ。だから、ボクの分身がボクと同じ五行を使うのは、不思議じゃないよ」
「あの木土猫は、一輝くんの分身だったの?」
「うん、忍者が使う分身の術みたいな感じ」
「もしかして一輝くんは、忍者の分身の術も使えるのかな」
「うん、出来るよ。後で分身して、ラジオの公式ページに写真を載せる?」
俺の発言に、隣の調整室で収録を聞いていた大人達が喜んで拍手した。
ちなみにラジオの公式ページでは、収録時の写真を不定期に載せている。
不定期なのは、第5回と第6回の収録を立て続けに行う2本撮りが、同じ服の撮影で突っ込まれないように配慮しているためだ。
「収録前には、一輝くんに常識を学ばせようって張り切っていたスタッフさん達が、今は分身術に凄く喜んでいるね。わたしはどうしたら良いのかな」
「気にしないで、弟を可愛がる?」
「それじゃあ、わたしが常識を教える事にします。ちょっと厳しめで」
「う゛っ、スタッフさん助けて」
オチが着いたところでフリートークにOKが出て、確認作業の後に次のコーナーに入った。
オープニングテーマ曲とは打って変わって、軽めの音楽が流れる。
「これであなたも陰陽師」
「このコーナーは、ドラマに登場した陰陽道や陰陽術を中心に、陰陽師のあれこれを紹介するコーナーです。一輝くん、今日は何を教えてくれるのかな」
俺がコーナー名を読み上げ、海月さんがコーナーの解説を行った。
「今回は式神術について、少し変わったお話をします」
「前は、ハトの式神を話したよね。それとは違うの?」
「はい。式神術は、3つあります。1つ目、陰陽道系の鬼神・神霊を使役するもの。2つ目、異界より喚び出す護法神的なもの。3つ目、道教呪術系の紙や木片に自分や誰かの呪力を篭めるもの」
「2つ目の護法神って、何かな」
「神社の稲荷とか、お寺の金剛力士などです」
「そうなんだ。一輝くんが普段使っているのは、3つ目だよね」
「はい。ハトの式神は、ボクの呪力を紙に篭めています。でも今日は、紙では無く、実際の生物を使う式神をお話します。ちょっと怖いお話です」
俺が怖い話であると強調すると、音響さんが少し暗い曲を流し始める。
「実際の生物を使う場合、殺した動物の怨念で式神を作る方法があります。例えば犬の式神を作る場合……」
犬神の式神を作る場合、犬を顔だけ出して土に埋めるか、何かに縛り付ける。そして口がギリギリ届かないところに食べ物を置いて、餓えで食べ物に欲望を集中させる。
何度か食べ物の種類を変えて置き直すなどして、犬を嬲り苦しめた後、食べ物に首を伸ばしたところで首を斬り落とし、怨念を封じて敵方に送り込む。
恨みを深くするほど怨念が強くなるので、術者の呪力が弱くても強大な式神を使役できる。
但し術を破られると、術が解けて自由になった式神に復讐される。
よく創作物で見るような『式神を倒された術者が苦しむ姿』は、解放された怨念が一番恨み深い相手に仕返しをするからだ。
すなわち紙に呪力を篭めて作った式神が破られても、怨念は返って来ない。紙の式神で怨念が返っている漫画や小説などは、単にその作者の知識不足である。
「一輝くんは、そういう術は使うのかな」
「式神術は、怨念系が一番ハイリスクでハイリターンです。怨念系は危ないから、ボクは使わないです」
危険なのは、怨念系の式神が敗北して術が破れた時だ。
術が破れた時、術者は術を破った妖怪と、解放された怨念系の式神を2体同時に相手取る事になる。
術を破られる時点で、相手の戦闘力を読み間違えているので、そこに最も強力な怨念系の式神まで加わると、殺されかねない。
怨念系は危険すぎて、とても使えないのだ。
「使ったらダメだからね?」
「はーい」
「リスナーの皆さんも、絶対に真似しないで下さいね」
「お姉ちゃんの言うとおりです。普通の人は、犬を死なせるだけで終わります。中途半端に才能がある人は、犬の怨念を生み出して、式神化できずに自分が呪われます。本物の式神を作り出せるのは、プロの一部だけです」
「昔の陰陽師は、どうしてそんな術を生み出したの?」
「凄く強い式神を使役できたからだと思います。戦いでは、強い方が勝ちますから。今日は、式神術の怖い話でした」
「皆さんも番組で疑問に思った陰陽術があったら、メールを送って下さい。アドレスは公式ホームページをチェックして下さいね。以上、『これであなたも陰陽師』のコーナーでした」
音楽と効果音が流れ、休憩が入って、次のコーナーに移る。
どうやら一発OKだったらしい。
「「ふつおたコーナー」」
「このコーナーは、リスナーさんからの普通のお便りを紹介するコーナーです」
「ジャンルは不問で、ドラマに関係の無いわたしたちラジオパーソナリティに対するお便りでも大丈夫です」
ジャンル不問なので、他のコーナーに比べてお便りの数が多い。
そのため読み上げられるまでの競争率は、かなり高くなっている。
「それじゃあお便りを紹介します。まずはボクから。ラジオネーム、お菓子職人YHさんから頂きました」
ラジオネームには、第一回のプレ放送で海月さんがケーキ屋さんになりたいと言っていた事から、それに関連する名前が多く使われている。
俺もお菓子好きをアピールしたから、それも兼ねているのかもしれないが。
「『海月さん、一輝くん、こんばんは。いつもラジオ楽しく聞いています。ところで前回放送で、一輝くんは空を飛ぶ妖怪を調伏したいと言っていましたが、どんな妖怪を考えていますか。八咫烏とかですか。それではこれからも、ドラマ頑張って下さい』お菓子職人YHさん、ありがとうございました」
「ありがとうございました。一輝くんは、空を飛ぶ妖怪が欲しいんだよね」
「はい。牛鬼は力が強いですけど、陸専用ですから。空を飛べるようになったら、お姉ちゃんも連れて行ってあげるね」
「ありがとう。少し怖いけど、ちょっと楽しみかな」
「リスナーの皆さん、八咫烏を見かけたら番組にメールを下さい。多分、三重県南部の熊野市から、奈良県南部の吉野町までの範囲に出ると思います。東回りに進んだので、東側に居るはずです」
「八咫烏って、どんな鳥なの?」
八咫烏は、天照大神が神武天皇に遣わした案内役の鳥だ。それによって天皇は、熊野(和歌山県南部~三重県南部)から大和国(奈良県)の吉野川の末流まで辿り着いたと書かれている。
従って出現位置も、その範囲のはずだ。
「3本足のカラスです。神の遣いの鳥なので、人を乗せる力は充分あると思います。情報が使役に結び付いた場合、情報提供者のリスナーさんには御礼を送ります」
「お礼?」
「特製の守護護符と退魔符です。ファンクラブ特典の倍くらい強いやつを作りますよ」
「一輝くん、反省してないでしょ」
「日本中の神社が売っている護符と同じで、ボクのは効力が高いだけなのに」
「効力が高いから問題なんじゃ無いかな」
「ちゃんと懲りたので、お礼に差し上げるのは使役に結び付いた情報だけです。3本足のカラスの写真とか、巣の場所とか、教えて頂けると嬉しいです」
「一輝くんは、反省すること」
「それじゃあ海月さん、次のお便りをお願いします」
俺のお便りが終わり、次は海月さんがお便りを読み上げる。
鉄鼠が出た五箇山がある地元高校の生徒からのメールで、五箇山には世界遺産の他にも郷土芸能の『こきりこ』などが有名だから是非一度は見て欲しいというものだった。
本当に普通のお便りだが、ドラマで放送した地元からのメールと言うことで取り上げられた。
ラジオの時間的には余裕が無いので、俺と海月さんが一通ずつ読み上げて、ふつおたのコーナーは終了した。
そして最後に、異常事象の相談を海月さんが読み上げて俺が答える『教えて陰陽師』のコーナーに入る。
相談内容は、肥前(佐賀県・長崎県)、肥後(熊本県)の海に現われる怪火についてだ。
最初は1つだけ現われるが、次第に増えていき、やがて数里の範囲に及ぶ現象があるらしい。7月の夜中には良く現われるが。これが何なのか、危なくないのかという質問だった。
これは不知火と言って、かつては龍神が灯明を出したのだと怖れられて舟の航行を禁じられた事もあった事象だ。
「最初にお話ししておきますと、不知火は漁火でも光学現象でもなく、紛れもない妖怪です。ミレニアムゾンビ事件以降、全ての妖怪が人間の想像通りに現われている以上、不知火だけ自然現象では有り得ません」
「危険はあるの?」
「伝承通りに知能の高い龍神が灯明を出しているのだとしたら、龍神を怒らせると、危険があるかもしれません。調伏依頼を出されても、危なすぎてボクは依頼を受けられませんので、龍神は怒らせないで下さい」
「そういえば海の収録は無いよね」
「はい。ボクには水中で戦う能力がありませんから」
回答してコーナーを終えると、スタッフさんがOKを出してくれた。
「第5回の収録はOKです。30分後に、第6回の収録を始めまーす」
ラジオは2本撮りと言って、1度の収録で2回分を収録する形式だ。
俺は収録の合間を見計らい、海月さん持参のお菓子に手を伸ばした。