04話 芸能科のある私立学校へ
西暦2031年4月。
新ドラマ『少年陰陽師』のテレビとラジオ放送が始まった時期に合わせて、俺は小学5年生から都内の私立学校に転校した。
現在の我が家の収入は、俺の調伏と芸能関係が大半を占めている。
父親の収入も、俺のマネジメント料が大半だ。残る仕事も、俺を育てた陰陽師としての本の出版や、講演依頼などの関連事業である。
そのため仕事の利便性を考えれば、都心に移るのは当然の選択だった。
「賀茂一輝です。得意科目は色々。あまり向いていないのは英語。苦手と言ったら本当に苦手になってしまうので、敢えて言いませんけど、ボクに英語は向いていないです」
俺の転校には、仕事以外にも理由があった。
それは今までの公立小学校で、酷い目に遭っていたからだ。
ミーハーな同級生とその親が、俺の写真を勝手に撮ってSNSにアップ。
式神符を寄越せと要求して、俺の机の中身を人質ならぬ物質に盗る。
テレビ人気に嫉妬して、下駄箱にある俺の内履きを隠す。
このように同級生による盗撮、脅迫、窃盗のオンパレードであった。
ちなみにそれらは、俺が一生懸命に稼いで買ったものだ。
やられたらやり返す。
それは物理的には簡単だ。
例えば、秋田県のナマハゲのように、悪ガキを牛鬼に追い回させて胴体を手で掴み「悪い子は食べちゃうぞ」をリアルで口に含む辺りまでやっても良い。
悪ガキに対するお仕置きとしては、充分に効果があるだろう。
だがそうすると、今度は悪ガキの親が暴れ出すのは目に見えている。悪い親たちまで食べ始めると、流石に牛鬼でも食あたりを起こしそうだ。
(昔なら物を盗んだ奴が叱られたで終わったのに、いつからこうなったのやら)
彼らには失うものが無いが、俺の芸能活動には生活が掛かっている。
そのため担任に訴えるという正当な手順を経て、事態の収拾を試みた。
だが担任は、犯人に盗んだ物を返させて終わりにし、なぜ盗んではいけないのかという根本的な部分は指導しなかった。
教師までゆとりの時代である。
結果、犯人達は反省せずに再犯し、行動もエスカレートした。
(俺は金が必要だったから、テレビ出演に後悔は無い。だけど後悔しない事と、被害を我慢する事とは別問題だ)
前の小学校に対して、俺は堪忍袋の緒が切れた。
激おこぷんぷん丸、ムカ着火ファイヤー、インフェルノ。
そして状況の改善が望めないと判断した俺は、言葉や常識が通じない猿山の猿たちを見限って、転校によって人里に下りたのである。
転校先は、芸能科のある私立学校だ。
芸能科コースには、芸能プロダクションや劇団に所属して、テレビ出演している子役や子供モデル、デビュー前の研修生などが沢山いる。
そのような学校のため、校則や保護者の倫理観もしっかりしている。
周囲の生徒を勝手に撮影してSNSにアップするような馬鹿は、校舎が分かれた普通科コースに移動させられる。俺が被害を受けたような窃盗や脅迫が行われれば、私立学校なので犯人は退学も有り得る。
そんな学校の情報をくれたのは、在校生だった海月さんだ。
大手芸能プロダクションに所属する子役の星は、対策がしっかりしている学校に通っていた。しかも小学校の先生に、俺の事をお願いしてくれていた。
海月さんのおかげで、俺のやる気もようやく回復した。
「体育はボールを使うよりも、走る方が得意です。特技は、陰陽道です。4月からテレビとラジオで放送している少年陰陽師では、主役をやっています。みなさん、仲良くして下さい」
「はい、みんな拍手」
新たなクラスメイトから一斉に拍手が送られ、俺はお辞儀をして見せた。
「賀茂くんは、窓際の空いている席に座ってね」
「はい、わかりました」
俺は頷き、「よろしくね―」などと言いながら教室内を横断し、増やされたであろう席に向かった。
おまけに座席には、大人の配慮までされていた。
「一輝、うちの学校に来たんだ」
「おっ、優子か」
俺に声を掛けてきたのは、子役の高宮優子だった。
彼女とは、オカマ芸能人が教師役を務める夜9時からの番組の1コーナーで、生徒役で共演している。
番組の内容は、小学生の子役などで1クラス20名を作り、子供たちにおかしな発言をさせて、オカマ教師が突っ込みを入れるお笑い系だ。
クラスは男女が10名ずつで、ジュニアタレントや子役、劇団に所属するエキストラなどで構成されている。
優子は、大手芸能事務所に所属している。
容姿が良くて、何本かのCMにも出演しており、演技も悪くない。
そのため事務所側は、将来の女優候補にしており、番組にレギュラー出演している。
陰陽師の俺は、テレビが売りたい子供には入るが、分類は芸人枠だ。
そんな俺が番組で一番頑張ったのは、変化の札を作って生徒全員に持たせ、オカマ教師が黒板を向いている隙に、生徒全員を河童の姿に化けさせて驚かせた時である。
俺達の方を振り向いたオカマは、突然現われたカッパの集団に「ギョエエエーッ!?」と野太い雄叫びを上げ、教卓に足を引っ掛けて派手にひっくり返りながら逃げ出すという、芸人として完璧なリアクションを返してくれた。
その放送は、今や伝説回である。
アップロードされたネット動画の再生数も、未だに伸び続けている。
異世界の魔法技術と、世界神から授かった祝福の力を用い、事前準備にチマチマと1ヵ月以上も掛けた甲斐があったというものだ。
その後、番組ではオカマ教師が河童の衣装で登場したり、番組のタイトルにカッパが現れたりと、一時は河童尽くしになった。
俺は輪廻転生してまで、一体何をやっているのだろう。
「一輝が転校して来たなら、うちのクラスは河童祭りかな」
「駄目だよ。転校早々に怒られたくないから」
「えー。河童、面白いのに」
「テレビでやっている事を、素人が安易に真似してはいけません」
「私たち、一応プロじゃん」
「素人を絡める時は要注意なんだってば」
優子の発言で周りがおかしな期待をする前に、しっかりと釘を差しておく。
ここで愚かな真似をして、新天地を自ら破壊するわけにはいかない。
俺は真面目くんを演出して、普通に授業を受ける事にした。
前世の記憶を持ち越した輪廻転生者にとって、小学5年生の授業は簡単だ。それに体育も、魔力で身体能力を強化すれば解決できる。
最大の弱点は、英語だ。
そもそも日本人の陰陽師が日本で暮らすのに、英語は要るのだろうか。そう考えてしまうと、どうにもモチベーションが上がらない。俺はやる意義を見出せないまま、小学生たちに混じって英語の授業を受けた。
授業が終わって休み時間に入ると、俺の席に優子が再来した。
転校生の俺に気を遣ってくれているのかは分からないが、最初から知り合いがいるのは心強い。ここは素直に感謝しておく。
「そういえば一輝、3月からファンクラブを作ったのよねー」
「うぐっ。痛い話を」
「ねぇ、どうしてファンクラブを作ったの?」
「うちは小さな陰陽師の事務所なんだよ。優子が所属している大手芸能事務所みたいには対応できないから、業務とファンからの郵送物を分けたんだ」
テレビに露出を始めてから、約2年。
ゾンビや魔物が出る世界において、西洋魔法とは異なる手法で問題を解決する俺は、世間から相応の関心を持たれている。
テレビやドラマでの露出も増えたため、ファンレターと仕事の連絡が混ざらないように連絡先を分けたのだ。
「へぇ、それで入会した人って居るの?」
ファンクラブの年会費は、2000円もする。
海月さんのように教育番組で何年もレギュラーをしていた子役ならともかく、俺にそんな金を費やす人間が沢山いるとは思えない。
ファンクラブ設立は、業務の効率化と共に、ファンの振りをした面白半分の連絡を減らす目的もあった。
だが世間には、意外と奇特な人が多かった。
入会費2000円にもかかわらず、入会者は普通に立て続いた。
「少しは居たよ。それと栄えある名誉会員は、向井海月さん」
「凄いじゃん」
「実際には、会費無料の名誉会員証を押し付けたんだけど。少年陰陽師でお姉さん役をしてくれているから、今後こんな事もしますって。むしろ、俺が海月さんのファンクラブの会員だったりするけど」
「へたれー」
「うぐっ。海月さんには、ファンクラブに入りましたって言ったぞ」
「へぇ、それで?」
「『ありがとう、一輝くん』って、言って貰った」
そう宣言すると、優子から呆れた顔をされた。
「はぁ。ダメだねー、一輝。ダメダメだねー」
「何がだよ」
「一輝が向井海月を好きなのは、テレビを見ている人は知っているから」
「なんだって!?」
優子の指摘に驚愕する俺。
聞き耳を立てていたクラスメイトの女子たちも、俺と視線が合うと頷いた。
「ど……どういうことだ!?」
「はっ。やっぱり男子じゃ、分からないみたいね」
テレビでは愛嬌のある子役として有名な優子が、動揺する俺を鼻で笑う。
「おい、『優しい子』と書いて優子。お前の優しさは何処へ行った」
「優しい子なら、優しいのは子供の時だけだし。私がしているのは、大人の会話だし」
「おまえは女優志望だろう。女で優しいと書いて『女優』じゃないのか」
「何言ってるの。『優れた女』を漢文読みして女優なのよ。覚えておきなさい」
小学5年生に言い負かされた俺は、次の授業が迫っていたこともあり、渋々と話を打ち切った。
海月さんの件はさておき、普通にファンクラブに入ってくれた人には、俺も色々と思うところがある。
業務整理が目的で始めたとは言え、2年前までの自分の食費の20日分に匹敵する金額を頂く以上、それなりの事はすべきだと考えたのだ。
そこで入会者には、早期入会特典として『守護護符』を贈る事にした。
守護護符とは、陰陽道の法則に則ったオリジナルの護符だ。
陰陽道では、大祓で罪穢れを背負って川に流される人形は、流した者の一部として扱われる。また相手の髪を人形に入れて五寸釘で打つ呪いも、相手の魂を人形に篭めている。
それらと同じ理屈で、予め自身の魂の一部を込めておき、本体が衝撃を受けて損じると、篭めていた魂が本体に還って、ダメージを塞いでくれる護符を作った。
作成費は、発送料も含めて2000円未満。
製作者の俺自身は、異世界の魔法技術を習得しており、世界神の祝福も得ている技術者でありながら、人件費が掛からない。
ホームセンターで調達した細長い木材をカットして、木の世界神の祝福で魔力を封入できる型に換え、土の祝福の力で土製の依代を入れ、火の祝福の力を篭めれば完成だ。
そこに使用方法と効果を記載した説明用紙をコピーして同封する。
使用方法は、符に髪の毛や爪の先などを切って入れ、使用者の名前を木片に手書きして、肌身離さず持ち歩く事だ。
効果は、魔力10ほどのダメージを守護護符が肩代わりしてくれる。
あるいはダメージが10を上回っても、10は軽減してくれる。
(魔力10でも、人の生死に関わるからな)
交通事故や通り魔など、持ち主が何かしらの危機に瀕すれば、効果の程が分かるだろう。
但し、通り魔が相手の場合、何度か刺されると効力は失われる。あくまで魔力10のダメージを引き受けてくれる護符だ。
その後、送付した守護護符は、世間で大変な騒ぎになった。
騒ぎの引き金は、1人の投稿者の検証動画だ。
投稿主がナイフで自分の腕を何度も斬り、その度に守護護符の木片に傷が付くだけで、本人の腕は全く無傷の映像が投稿されたのである。
俺は、人として恐怖を覚えた。
(この人たちは、どうしてこんな事をしたんだ)
西暦2000年に異世界へ行った俺には理解不能だったが、動画のコメント欄を読むに、彼はアクセス数を稼ぎたかったらしい。動画はアクセス数に応じて収入が得られるらしい。
動機が判明しなければ、俺はずっと怯えていたと思う。
そんな恐怖の動画が凄まじい再生数になった結果、模倣の動画投稿が増え、騒ぎが拡大してヤッフーのトップ記事に載る騒ぎとなった。
守護護符は、様々なネットオークションでも、1枚20万円以上で次々と転売された。
ファンクラブ入会者は、金が発見された金山に群がるように、次々と押し寄せてきた。ネットで登録できるクレジット決済だった事が災いして、有り得ない会員数が登録された。
あくまで早期入会特典だった為、1000人で守護護符を打ち切って退魔符に切り替えたところ、守護護符の最低落札価格が100万円以上に跳ね上がった。
さらに新特典の退魔符も、同じように転売されている。
瘴気を5ほど払う効果があるだけだが、野良ゾンビを駆除する動画が出たことで、お守り代わりに持ちたいという人が後を絶たなかった。
(魔力5程度の攻撃アイテムであれば、殆ど価値は無い)
そんな異世界の常識が、こちらの世界ではあまりに非常識すぎた。
あちらの常識である「ゾンビ1体の駆除ごとき」は、こちらでは通用しなかった。問い合わせが殺到して、うちの陰陽事務所の業務負担が増大し、事務員も増やす羽目に陥った。
公正取引委員会からも連絡が入って、父親からも普通に怒られた。
「お腹痛い」
第二次特典の退魔符も会員ナンバー3000で打ち切ったが、第三次特典マダー?と、ネットで煽られる日々である。
ファンクラブの会員数は、既に2万人を超えている。
インターネット時代の恐ろしさを痛感した俺だった。