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少年陰陽師・賀茂一輝  作者: 赤野用介@転生陰陽師8巻4/15発売


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31/32

31話 がしゃどくろ調伏

「……何だ?」


 身体に怖気が走るのを知覚し、熟睡状態から一気に覚醒した。

 目覚まし時計に手を伸ばせば、4月28日の深夜2時を過ぎたところで、藁人形に釘を打ち込むのに最適な丑三つ時である。


(海月さんにラジオで注意されてから、誰にも呪いは掛けてないけどさ)


 今日は水曜日で、目が覚めれば学校に行かなければならない。くだらない事を考えているくらいなら、さっさと寝た方が良い。

 だが眠りたいのに、全身を走る怖気は止まらない。

 マンション周辺の絡新婦と八咫烏を介して、周辺の気配を探ったものの、異常は見つからない。


「おかしな気配は無いけど、肌がゾワゾワする」


 リモコンを手繰り寄せてテレビを付けたが、ニュース速報は一切出ていなかった。

 近場なら式神達が気付くし、遠くても大きければテレビが報道する。

 そう判断した俺は、式神達に警戒を強めさせて、再び眠りに就いた。

 約4時間後、目覚めて朝食のためリビングに入ると、深夜の怖気の原因が大々的に報じられていた。


『本日5時10分、魔物災害の発生により、特別避難命令が発令されました。該当地域の皆様は、直ちに安全な場所へ避難して下さい』

『対象地域は、静岡県駿東郡小山町、南の御殿場市です。避難地域は、今後拡大される可能性があります。対象地域におられる方は、全国瞬時警報システムが携帯電話、スマートフォンに受信されます』


 中継ヘリが空から撮しているのは、大きな建物が無い田舎町だった。画面右上には、静岡県小山町上空と表示されている。

 その小山町を、巨大な骸骨が闊歩していた。

 高さは3階建ての建物の3倍くらいだろうか。ビル9階建ては、高さ30メートル級で、まさに見上げるような高さだ。

 巨大骸骨は巨躯に見合った大きな歩幅で、迷走しながらも徐々に南側へと進んでいた。

 だが不思議な事に、足元に居た人は動けなくなり、植物も萎れているものの、巨大骸骨が踏んだはずの民家や電柱は一切壊れていなかった。


「一輝さん、おはようございます」

「おはよう、沙羅。何があったんだ?」


 沙羅は、いつも俺のマンションで食事を食べている。

 これは沙羅に専従させた幽霊看護師たちが、俺のマンションに俺と沙羅の2人分を作りに来るからだ。

 以前、「どんな時でも沙羅を最優先して、いつでも沙羅の味方をして下さい」と指示した結果、幽霊達は俺と沙羅をくっつけようと画策し始めたらしい。

 俺を食事で釣るのは、策略の一端だろう。そして美味しい食事と可愛い女の子で釣られた俺に、断る術は無かった。


「正体は分かりませんけど、大きな骸骨が1体です。冨士霊園の方から来て、少しずつ南の御殿場市側に向かっているそうです」


 沙羅は、五鬼童一族の娘だ。

 五鬼童一族は、修験道の開祖・役行者の弟子であった前鬼・後鬼の子孫だ。彼らは役行者との約束を守り1300年以上、62代に渡って宿坊を守り続け、義理を果たす事が種族特性になっている一族だ。

 俺が五鬼童一族の娘である沙羅の命を、父親や兄、姉、その他親戚5名らと共に救い、絡新婦の母体に切断された沙羅の左脚も治した結果、沙羅は俺を盲信するようになった。

 俺が海月さんを好きだと知ると、髪型や口調を真似ましょうかと平気で言ってくる壊れっぷりだ。家族や親類も五鬼童なので、歯止め役も居ない。

 取扱いは要注意だが、俺が真面目に聞けば絶対に嘘を吐かないので、情報の確認には適している。


「冨士霊園って、何人くらいが埋葬されているんだ?」

「10万人くらいで、その殆どが無縁仏だそうです」


 沙羅の説明を聞きながら、テレビの映像を眺めること暫し。

 俺は未だに確信を持てないまま、妖怪の名前を口にした。


「がしゃどくろ……かなぁ」


 がしゃどくろとは、昭和40年代に山内重昭の「世界怪奇スリラー全集2 世界のモンスター」で創作された新しい妖怪である。

 それによると、野原で野たれ死にした人々の恨みが集まると、巨大な妖怪『がしゃどくろ』が生まれるらしい。昼間は姿を見せず、夜になるとガチガチと音をさせながら歩いてきて、人を見つけると襲い掛かるそうだ。

 テレビの中で闊歩する巨大骸骨を、がしゃどくろと確信できない理由は、昼には姿を見せないと記された部分だ。


 但し、山内重昭よりも知名度の高い昭和の妖怪研究家にして、ゲゲゲの鬼太郎の作者でもある水木しげるの著書では、がしゃどくろの紹介欄に似通った妖怪として、『日本霊異記』に登場するどくろを挙げており、それは夜が明けてからも姿を見せていたと記されている。

 地球に魔物が出現した原因である管理神は『彼方の魔物たちは、貴方たちが想像する由来と造形に合わせた』と宣っていた。

 つまり俺達が想像する「がしゃどくろ」が、様々な著名人に性質を肉付けされていった結果として昼にも姿を見せると想像された場合、それが現実に起こり得るわけだ。

 俺はテレビに映る妖怪を、一先ず「がしゃどくろ」と仮定した。


「どれくらい危険な妖怪ですか?」

「発生源が冨士霊園だとすれば、10万人分の怨念を持っているかな。悪霊10万体を除霊する手間を考えたら、どれくらい面倒か想像できるか」

「私は、50体くらいが限界です」

「安全に戦うなら、それくらいの方が良いな。俺は千体なら倒せるけど、それ以上の相手とは戦いたくない」


 無縁仏であれば、大半が何かしらの怨念を抱えている。

 訓練を一切受けていない一般人は、魔力1だ。だが10万体の怨念を合わせれば、合計魔力は10万になる。

 そんな存在が現われたからこそ、真夜中に悪寒がしたのかもしれない。


『巨大骸骨が通り過ぎた場所では、住民が倒れています。直接触れなくても、倒れて動けなくなる方が沢山おられます。巨大骸骨の半径数百メートルは危険です。近隣住民の方は、すぐに逃げて下さい』


 巨大骸骨は静岡県を南下中のため、東京都の俺の登校に影響は無い。

 まるでテレビの台風情報を見ているかのような感覚に陥った。


「朝ご飯を食べて、学校に行こうか」

「あれを倒すお仕事、来ませんか?」

「富士山なら、自衛隊の演習場とか学校、駐屯地も沢山あったはずだ。そういう人達の仕事になると思うな」


 インターネットの書き込み情報に寄れば、小山町や御殿場市の西には、陸上自衛隊の富士演習場があるそうだ。

 富士演習場には、滝ヶ原駐屯地、板妻駐屯地、駒門駐屯地など沢山の駐屯地が連なっているらしい。

 挙げられているのは、普通科教導連隊、教育支援施設隊、教育支援飛行隊、第34普通科連隊、第3陸曹教育隊、機甲教導連隊、第1高射特科大隊、第1戦車大隊……等々。

 教導と付くのは、他の部隊を教育する超エリート集団だそうで、第1戦車大隊は読んで字の如く戦車大隊だが、機甲教導連隊はさらに大規模かつ強力な戦車部隊だそうだ。

 連隊も千名規模で、隷下には射程十数キロの重迫撃砲中隊も抱えている。その気になれば、今すぐ巨大骸骨を砲撃できる。

 巨大骸骨が怨霊で無ければ、瞬く間に破壊できるだろう。


(但し懸念材料を挙げるなら、「物理攻撃にどれだけ効果があるのか」だな)


 魔物とは、管理神が瘴気を消費させるために生み出した存在である。

 すなわち巨大骸骨は、人類が体系化した生物学に則って誕生しているのでは無く、管理神が逸話通りに「人々の恨み」で生み出した存在だ。

 生物を倒すには、砲撃が効果的だろう。

 だが人々の恨みに関しては、砲撃で倒せるとは到底思えない。

 朝食を摂って登校すると、学校でも朝から巨大骸骨の話題で持ちきりだった。


「ヤバイ、マジでゴシラだ」

「放射火炎とか吐かないから、それよりは弱いだろ」


 芸能科とは言え、カメラが回っていない場所では小学生男子らしく、無邪気に大喜びだった。仮に校庭にヘリコプターが不時着したり、校内に野生動物が侵入してきたりしても、やはり同様に彼らは大喜びだろう。

 そんな無邪気さを持つが、小学6年生なのでスマホの検索はお手の物だ。

 休み時間には情報収集して大声で報告してくれるため、何もせずとも情報が入ってくる。


「自衛隊が攻撃するって!」


 もっとも報告内容は、小学生らしく極めて大雑把だが。

 俺はテレビを映しているクラスメイトのスマホを覗き込んだ。


『西田防衛大臣が、陸上総隊司令官を指揮官とする統合任務部隊を編制しました。これから自衛隊による全面的な攻撃が始まるようです。我々報道各社のヘリコプターにも、退避するよう命令が出されました』


 市街地での砲撃は、旧来ならば有り得なかった。

 だが地上をゾンビが闊歩し、空をワイバーンやドラゴンが飛び回り、海洋では海竜が船を沈め、世界的には軍隊が対応するのは常識になっている。

 国民を守れなければ非難されるため、自衛隊の立ち位置は西暦2000年のミレニアムゾンビ事件以降、わずか数年で大きく変化した。


『自衛隊は、AH-64Dヘリコプターで、巨大骸骨を攻撃しながら西側の富士演習場方面へ誘導するようです。我々報道ヘリは、その誘導の邪魔にならないように富士演習場側から最大望遠で中継を継続します』


(いや、そこは指示通りに退避しろよ)


 思わず突っ込みを入れたが、残念ながら俺もメディア側の人間だ。

 餓死寸前の生活を長らく経験したため、金を払ってくれる相手には表立って文句も言えない。サラリーマンの悲しい性である。


 そんなテレビ局の傍若無人によって中継される現地の様子は、2時間目の授業を終えるまでに大きく動いた。

 自衛隊による攻撃が、開始されたのだ。

 戦車部隊が120mm滑腔砲を撃ちまくり、徹甲弾が雨あられと降り注ぐ。

 弾着、今っ!と聞こえてきそうな砲撃の嵐を浴びて、がしゃどくろは上半身に多数の白煙を上げながらも、御殿場市へと侵入しつつあった。

 御殿場市は人口8万人で、小山町の5倍近い。

 市街地では、未だに避難できていない人達が、自衛隊の進路を塞ぎながら四方八方へと逃げ回っている。そのせいで身動きが取れなくなった自衛隊が、市民ごと蹴散らされている。

 相変わらず民家や車輌は無事だが、周囲の人間は倒れまくっている。


「攻撃の予告から2時間も経っているのに、なんで逃げていないんだよ」

「報道で富士演習場に誘導するとか言っていたからじゃないか」

「そんなの信じるなよ」

「でもテレビに騙される人がいないと、俺達も稼げないだろ」


 未だ現実感に乏しいのか、男子小学生達は口さがなく言いたい放題だ。

 そんな彼らに、高宮優子が物申した。


「ちょっと、不謹慎よ」

「だって逃げない奴が悪いだろ。自衛隊とか、めっちゃ迷惑してるし」

「高齢者の自宅介護とかで、逃げられなかったかもしれないじゃない」

「それって全体の何パーセントだよ」

「何パーセントでも、山田が文句を言った人かも知れないじゃない。家族の命を守るためにギリギリまで残っていたかもしれないでしょ。山田だったら見捨てるの!?」


 怒っている女性とは、口論してはいけない。

 これはミレニアムゾンビ事件の前後で変化しなかった、宇宙の法則である。

 クラス内で口論が繰り広げられる間に休み時間が終わり、3時間目の授業を挟んだ次の休み時間には、再び状況が動いた。


『ご覧下さい。自衛隊の輸送機から、沢山の隊員がパラシュート降下しています。政府の発表によれば、全員が魔法技能を所持する特殊作戦群の第二部隊を投入したとの事です』


 巨大骸骨からやや離れた上空を、複数のC130H輸送機が飛んでいる。

 その後部ハッチからは数百名の隊員が、、偵察用バイクに乗ったままパラシュート降下を行っている姿が映し出されていた。

 最速で現地へ到達した彼らは、手早くパラシュートを片付けると、すぐにバイクで巨大骸骨に向かって行った。


「うぉおお、やべぇ」

「なんでバイクごと降りられるの。マジで凄すぎる」


 クラスの男子達のように表出こそしなかったが、俺も特殊部隊の行動には驚愕していた。

 大きなパラシュートだったが、それを西洋式の風魔法で下から押し上げて減速していたのだろうか。陰陽道は木火土金水で、西洋式のような風属性が無いため、俺には自衛隊と同じ事は出来ない。

 あのような光景を見れば、西洋魔法が人気になるのも致し方が無い。

 華麗に登場した特殊作戦群の隊員達は、すぐに巨大骸骨の西側へ展開すると、数名で連携しながら火魔法と風魔法を合わせて撃ち始めた。

 すると魔法攻撃を浴びた巨大骸骨が、隊員達の方を向き、次いで北西に向かって歩き始めた。


『自衛隊は、巨大骸骨を富士演習場に誘導して倒すようです』


 テレビ報道に、思わず感嘆の溜息が出た。

 4時間目の授業を挟んで昼休みに入った頃には、巨大骸骨は自衛隊に引き寄せられるように、進路を御殿場市から小山町に戻していた。

 そして俺のスマホには、プロデューサーからメッセージが届いていた。


『一輝くん。巨大骸骨の報道は確認していますか。政府の魔物災害対策本部から少年陰陽師の制作委員会に、今のやり方で倒せるのか問い合わせが来ています』


 沙羅や紫苑、高宮優子らと共に給食を食べながら、俺は暫し熟考した。

 散々砲撃を加えても健在なため、自衛隊の通常弾に効果は無さそうである。効果が無い理由は、管理神の意図や推定「がしゃどくろ」の特性で理解できる。

 怨念への対抗手段は、魔力を用いて、魔素を変換させて行使する陰陽術や魔法攻撃だ。

 自衛隊は、特殊作戦群の第二部隊300名を投入した。それに関しては、効果がある点では正解だ。

 だが300名の魔力を平均10と見積もって合計3000と仮定しても、がしゃどくろの最低10万以上には遠く及ばない。

 地球人類の魔法は、発生から32年しか経っておらず、未だに石器時代だ。すなわち魔力を相手に直接ぶつける単純な殴り合いである。つまり10万から3千を引くと、がしゃどくろが9万7000残るので勝てない。

 特殊作戦群は、攻撃後に休んで魔力を回復させる事が出来る。

 だが巨大骸骨も、野たれ死にした人々の恨みを集めて、元の状態まで回復できる。

 数年掛けて10万から3千を引き続けても、9万7千になるだろう。

 結論を出した俺は、スマホを操作してメッセージを返した。


『結論=現状では不可能。理由=推定「がしゃどくろ」は、冨士霊園の無縁仏約10万の怨念集合体。魔力は最低10万で、対する魔法攻撃隊の総魔力は数千。自衛隊が魔力を回復できるように、相手も回復可能。10万引く数千を何度くり返しても、調伏には至らない』


 送信して昼食を再開すると、数回箸を付けただけで返信が届いた。


『自衛隊が勝つ方法はありますか?』

『魔法攻撃だけで、小鬼ゴブリンを殺せるレベルの隊員を2万人集めて、その全ての魔法を巨大骸骨にぶつければ、勝てるかもしれません。がしゃどくろの魔力が、最低値の10万だった場合に限りますけど』


 特殊作戦群の魔法力が高ければ、小鬼程度は倒せるかもしれない。

 そんな特殊作戦群に匹敵する隊員が、さらに1万9700人ほど居て、それを全て現地へ投入できれば、巨大骸骨に勝てる可能性がある。

 巨大骸骨の魔力が、あくまで最低値の10万だった場合に限るが。

 スマホを操作し続けていると、見かねた沙羅が声を掛けてきた。


「一輝さん、手が離せないなら、私が食べさせてあげましょうか?」

「ちょっと沙羅、何を言っているのよ」

「一輝さん、忙しそうですから」

「だからって、何を言っているか分かってるの。それって口を開けて、あーんよ、あーん。週刊誌にすっぱ抜かれるわよ。ちょっと紫苑も、沙羅に言ってあげなさいよ」

「……沙羅は週刊誌なんて、気にしないんじゃないかな」


 考えながらメールを打っているので、心を掻き乱さないで欲しい。

 だが俺は、「怒っている女性とは、口論してはいけない」という絶対的な宇宙の法則に従い、黙して返事を打ち込んだ。


『がしゃどくろは、人を襲う習性があります。戦車の砲撃で進路を変えなかったように、魔法攻撃に倒される危険が無いと判断した場合、攻撃を無視して人を襲える都市へ向かうかもしれません。東に進んだ場合、首都圏に入られます』

『一輝くんなら、どう対処しますか』


 まずは小学校で、学校給食を食べます。女子に、あーんしてもらいつつ。

 そう返すと、プロデューサーにメッセージを書かせている偉い人達にキレられるだろうかと妄想しつつ、渋々と返信を続けた。

 やがて昼休みが終わり、清掃と5時間目が過ぎた頃、スマホに召集令状が届いた。




 それから日が落ちて、再び昇った。

 今日は祝日で、本来であれば多くの国民が休日をゆっくりと過ごしただろう。だが多くの人は、固唾を飲んでテレビを見守っていた。

 巨大骸骨は、自衛隊が一昼夜に渡って苛烈な砲撃を浴びせたにも拘わらず、未だに健在だった。

 そしてテレビが、恐ろしい可能性を報道した。


『全長30メートルの巨大骸骨が、小山町から東に2時間歩けば、そこは東京都です。進路上には横浜市、川崎市、目黒区、世田谷区、杉並区……。巨大骸骨の半径数百メートルに入った方は、殆ど死亡しています』


 自衛隊が防げず、巨大骸骨が歩いて来て、いつの間にか殺されました。

 そんな危険性を指摘された人々は、テレビに釘付けとならざるを得なかった。


「巨大骸骨は、こちらで引き付けている」


 怒気を押さえながら吐き出す。

 自衛隊で一番偉い役職の男性は、不安を煽るテレビに怒りを隠そうとはしなかった。なぜなら自衛隊は、テレビが指摘する事態が起らないように引き付ける任務と引き替えに、数十名の殉職者を出していたからだ。

 がしゃどくろの『昼間は姿を見せず、夜になるとガチガチと音をさせながら歩いてきて、人を見つけると襲い掛かる』という本性によって、巨大骸骨は瘴気を浴びせる範囲が夜間に急拡大した。

 特殊作戦群は全員無事だったので、魔力が少ない一般隊員が耐えられなかったのだろう。そんな数多の犠牲と引き替えに、標的は小山町に足止め出来ている。

 小山町周辺には濃厚な瘴気の霧が立ち篭めており、一寸先も見通せない。あたかも冥府に迷い込んだかのような、そんな錯覚に陥らされた。


 そんな濃い霧から西へ、約5キロメートル。

 高身長で逞しい体格の男性が、その体格に見合った朗々たる力強い発声で指示を出した。


「それでは賀茂一輝君、よろしく頼む」


 指示したのは現職の防衛大臣である西田孝一郎だ。

 62歳の彼は、ミレニアムゾンビ事件以降に12回行われた衆議院議員選挙で悉く当選し、厚生労働大臣、経済産業大臣、総務大臣を経て現職にある。

 医療、経済、通信、軍事の国務大臣を歴任した現職の重要閣僚であり、通信事業者にも絶大な影響力を持つ。

 その西田大臣が、魔物災害対策本部から少年陰陽師制作委員会を経由して、俺に巨大骸骨の倒し方を問い合わせた張本人だ。


 西田大臣の売りは、ミレニアムゾンビ事件以降に政治家へ求められた即断即決だ。

 立場に見合わぬフットワークの軽さで独自に情報収集を行い、派閥や党に根回しを行い、官僚と意見が対立しても民意で選ばれた政治家として決定を下す。

 それが、官僚の前例踏襲主義に苦しめられた国民から強い支持を受け、12期の衆議院議員当選の原動力となった。

 そんな大臣命令で俺に問い合わせが行われ、やがて対策本部に呼ばれて1時間以上も問答させられ、対策本部の作戦が俺への調伏要請に切り替えられる事と相成った。

 西田大臣の要請は、民間人で小学生の俺には拒否する事も出来た。

 だが断れば、政府からテレビ局に対して「妖怪退治が危ない? だったら危ない現場に子供を出すな」と正論で行政指導が行われ、俺と海月さんが共演するドラマやラジオが潰されてしまう。

 そんなテレビ局に絶大な影響力を持つ大臣に対して、抗う術はなかった。


「依頼はお受けしますけど、代わりに僕が出演している少年陰陽師のドラマとラジオに防衛省の後援を入れる件、よろしくお願いします」

「防衛大臣の要請を受けて、あの巨大骸骨を倒すような専門番組であれば、防衛大臣である私の名で後援する。官僚が抵抗しても、閣議決定で実現させる」


 西田大臣は、隣にいる統合幕僚長に聞こえるように、ハッキリとした声で明言した。

 番組に付いているスポンサーと後援とは、性質が全く異なる。

 スポンサーが制作費などの予算を負担してくれるのに対し、後援とは後ろ盾になって、公益性が高いとお墨付きを与える事だ。防衛省が後援する場合、番組が日本国民の安全に寄与するから応援するという意味になるわけだ。

 番組が後援された場合、防衛省が応援している番組にケチを付ける事は、誰であろうと非常に難しくなる。


 そんな大臣の表明に対して、統合幕僚長は首を縦にも横にも振らなかった。

 但し不満があろうとも、民主主義国家における軍隊は文民統制だ。

 彼が革命を起こして軍国主義国家を興す意思を持たない限りは、現職の防衛大臣の指示に従うだろう。

 統合幕僚長が断固として譲らなかったのは、別件についてだ。


「大臣と統合幕僚長さん、本当に同行するんですか」

「勿論だ。君の作戦が安全なら、問題ないだろう」

「民間人の小学生と、国民の代表者を危険な戦場に赴かせる。それだけでも受け入れがたいのに、作戦中に自衛隊は安全な場所に居たとなれば、もはや自決するしかない。つまり一緒に行くか、この場で自決するかだ」


 絶対に意志を曲げない偉い人と、連れて行かなければ死ぬと主張する人。

 プロデューサーに視線でアイコンタクトを送っても、「諦めて下さい」と送り返される。


「では、これより巨大骸骨の調伏作戦を開始します」


 依頼人の要求に折れた俺は、彼らと連絡要員と言われた自衛隊員2名、沙羅、紫苑、プロデューサーとカメラマンを乗せた大型輸送幽霊ヘリコプターEC225を発進させた。

 機体が赤い光を点滅させながら、ローターを力強く回して浮かび上がる。

 大型ヘリの飛翔に合わせ、地上の自衛隊からの魔法攻撃が停止した。流されているラジオから、テレビ局が周囲の状況を伝えている。


『スタジオ、スタジオ聞こえますか』

『こちらスタジオです。現地で何があったのですか』

『こちら現場では、たった今、自衛隊による攻撃が変化しました。今までは市街地に向かおうとする巨大骸骨と、魔法攻撃で富士演習場に引き込もうとする自衛隊の攻防だったのですが、それが一斉に止みました』

『巨大骸骨の様子はどうなっていますか』

『はい。巨大骸骨は停止して、周囲の様子を窺っているようです。あ、今動き出しました。ゆっくりと身体を北に向けて、歩きました。巨大骸骨の向かう先に、ヘリが1機飛んでいます。自衛隊のヘリでは無いようです。メディアの取材ヘリでもありません』


 俺は深呼吸すると、ヘリの中央に置いていた木箱を眺める。

 この幽霊ヘリは救助用で、中にはストレッチャーが乗せられていたが、今はストレッチャーを取り外して木箱を置いている。

 その木箱の蓋を取り外すと、1000個以上の木板が姿を現わした。

 1枚の大きさは、ライトノベルス2冊分くらいだ。それが木箱の中に、整然と敷き詰められている。


「それが、君が力を封入した式神符か」


 俺は発声せず、集中力を高めながら僅かに頷いた。

 この身に与えられた、木、火、土の3世界神による祝福、それぞれ魔力2000相当。

 地球の魔法技術では、石器時代のように敵へぶつけるしかない。

 だが異世界では、力を電池のように貯え、任意に発動させる事も可能だ。

 そして魔力100は人間の種族的な限界値と同量だが、俺は1日に何度も篭められる。1日に3枚作り、1年で1000枚を用意した。

 これは奥の手で、自分が生命の危機に陥っているわけでも無いのに使うのは、想定していたタイミングとは全く異なる。


(結論は出ているし、いつまでも未練がましくしても無意味か)


 目を瞑り、呪印を結びながら、言霊を紡ぐ。


『臨兵闘者皆陣列前行、天元行躰神変神通力。天地間在りて、万物陰陽を形成す。今ここに、神々の陽気を根源とする新たな命が誕生す。陰を討つべく生まれし存在也。されば汝ら、木の身体、土の血、火の気を纏う神鳥となりて、汝等の敵を討滅せよ。急急如律令』


 今までに蓄えてきた全ての呪力が次々と姿形を変えて、火を纏うキジのような姿に変化していく。


『アイツの首を落とせ』


 この世界に産声を上げた火鳥たちは、創造主の命を受けて次々と木箱の巣から飛び立ち、開け放たれたヘリのドアから勢い良く飛び立っていく。

 天空で一塊の巨大な火矢と化した火鳥の群れは、巨大骸骨の首元へと突き進み、その首を盛大に吹き飛ばした。



本作完結のお知らせ


本作をお読み下さり、真にありがとうございました。

私事で恐縮ですが、この度、別作品を書籍化して頂ける事になりました。

『乙女ゲームのハードモードで生きています』

https://ncode.syosetu.com/n6685ep/


書籍化作品は、出版社様やイラストレーター様など、

私以外の方々にも、貴重なお時間を費やして頂いております。

そのため私も、書籍化作品に全力を尽くしたいと考えております。


以上の理由により、陰陽師は更新が出来ないため、今話で一度完結します。

申し訳御座いませんが、何卒ご了承下さい。

書籍化の方も応援して頂けましたら、大変嬉しく存じます。


改めまして、ここまでお付き合い下さり、真にありがとうございました。

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本作リメイクが、TOブックス様より刊行されました。
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― 新着の感想 ―
[一言] 転生陰陽師賀茂一輝の本編?からきました。此方も大変面白く読ませて頂きました。個人的にはこのストーリーも大好きです。 転生陰陽師賀茂一輝は電子書籍も購入しました。これからも応援してます。頑張…
[良い点] 面白かった。新作?の少年じゃない版も読もうと思います。 [一言] そこで終わるんかーーい!! →と思ったらそういう理由か。納得っちゃあ納得 →ああだから新作なのね という流れがありました…
[良い点] 再会されると聞いて戻ってきました! [一言] 何度も繰り返し読んだほど、作者様の作品の中でかなり気に入っているので、楽しみに待ってます。
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