03話 ラジオ収録開始
2031年3月。
ドラマ放送を間近に控えた俺に、ラジオ収録の仕事が舞い込んだ。
ドラマの放送開始に合わせてラジオも放送し、宣伝を強化するらしい。
前世ではラジオ体操くらいしか縁が無かった俺にとって、ラジオ収録はテレビ収録以上に未知の世界である。
「お姉ちゃん。どうしてボクたち、ラジオ収録のブースに居るの」
「それは、ドラマ『少年陰陽師』の世界を、ラジオを通して沢山の人達に知って貰うためみたい」
「ボクとお姉ちゃんでラジオをするの?」
「そうみたい。大丈夫かな」
「う゛―ん」
ラジオは映像が無い分だけ、テレビよりも情報伝達の難易度が上がる。
だがこのラジオは、俺が海月さんと二人きりで居られる素晴らしい企画だ。そしてラジオのブースにはお菓子も置かれる。
俺は輪廻転生者の全力を以て、そつなく熟して置こうと決意した。
「偉い人が居ないから、撮り直しが楽で上手く行くと思います!」
「スタッフさんに迷惑が掛かるから、撮り直しは少なくしようね」
「はーい」
オープニングのコントが終わると、ドラマで使われている挿入曲が流れる。
太鼓や笛の音を入れた曲調で、冒頭のコントと合っているとは言い難いが、話を切り替えるのには良いかも知れない。と、プラス思考で番組の方針を肯定しておく。
とりあえず陰陽師っぽい、おかしな曲の区切りに合わせて、二人でタイトルを読み上げた。
「「陰陽師ラジオ」」
「皆様、こんばんは。テレビドラマ『少年陰陽師』、賀茂一輝役の賀茂一輝です」
「同じく、こんばんは。賀茂奏役の向井海月です」
「このラジオは、2031年4月3日木曜の夜9時から放送予定のテレビドラマ『少年陰陽師』を、より一層楽しんで頂くための情報番組です」
「これからの30分、のんびりとお付き合い下さい」
番組紹介を終えた後、海月さんがスポンサーを読み上げる。
「陰陽師ラジオ。この番組は、大日本輸送、海千山千商会、株式会社エイシャン、ひな子プロジェクトの提供でお送り致します」
各コーナーは決まっており、タイムキーパーが時間管理をしてくれる。
だが話す内容に関しては、本当に俺達へ丸投げだ。
大人達からは『キミたち、絶対に小中学生じゃ無いよね』や、『むしろ小中学生が話すから良いんだ』などと、おかしな主張で押し通された。
「今回から放送開始のラジオ・少年陰陽師。小5と中1に任せる冒険的な番組ですが、芸歴9年の海月さんに、色々と振って乗り切っていこうと思います。確か海月さんは、ラジオの経験がありますよね」
「一応あるけど、少年陰陽師は一輝くんが座長だから、一輝くんも頑張らないとダメだよ」
「はーい、頑張ります。それではコーナーを説明する前に、今日はボクたちの自己紹介をしますね。スタッフさんが、10の質問を用意してくれました」
流石に制作サイドも、大雑把には方向性を示してくれる。
「10の質問って、何かな」
「はい。今回は第1回目の放送なので、お便りは届いていません」
「うん、そうだね」
「その代わりにボクたちが、自分自身に関する10個の質問に答えて、皆さんに自己紹介をするそうです」
「そうなんだ。お便りは、沢山届くかな」
「届くと嬉しいです。お便りは、番組の公式サイトから送れます。皆さん、沢山送って来て下さいね。ちなみにボクは、海月さん宛てに毎週3通送ります」
「それはスタッフさんに却下されると思うよ」
10の質問に関しては、予め答えを用意してある。
その回答用紙を引き寄せると、海月さんから俺に質問した。
「まずは、わたしから一輝くんに質問するね」
「はい、お願いします」
「1つ目、名前を教えて下さい」
「賀茂一輝です。本名です」
「どうして役柄と、芸名と、本名が、全部一緒なの?」
「芸能界に入る前から、本名で陰陽師をしていたんです。芸能事務所に入っていなくて、芸名を付けるタイミングも無かったです。それとドラマは、半分ノンフィクションですから」
芸能事務所は、芸能人に芸名を名乗らせようとする。
それは事務所が芸名の使用権を持てるので、芸能人が売れて独立しようとした時に、「今まで使っていた芸名は名乗れなくなるぞ」と脅して、独立を阻止できるからだ。
一方、本人が実名を名乗る事は自由だと法律で定められている。当然だが、実名を名乗る事を禁止できるわけがない。
本名を名乗る俺は、事務所に縛られない、芸能界の少数派なのだ。
「芸能界で本名は珍しいよね。じゃあ次の質問、生年月日はいつですか」
「2020年12月24日生まれで、10歳の小学5年生です」
初収録の3月時点では4年生だが、放送に合わせるため5年生と名乗った。
「誕生日はクリスマスイブだね」
「はい。クリスマスと誕生日プレゼントが、一緒にされる悲しい日です」
実際には、どちらも貰った記憶が無い。
食卓で1品増えたくらいはあったが、それは誕生日プレゼントにカウントしても良いのだろうか。
これでは母親が出て行くのも無理はない。
「3つ目、芸能界に入った切っ掛けは?」
「地方局で、お父さんが牛鬼捜索に参加した時、一緒に着いていきました。そこでボクも陰陽術を使ったら、その後もテレビに呼ばれるようになりました」
「牛鬼の調伏は、ニュースにもなったよね。4つ目、好きなことは?」
「陰陽術です。簡易式神符に封じる動物が、少しずつ増えています」
「鳩の式神は、牛鬼を調伏した時に飛ばしていたよね。他は何があるの?」
「今はフクロウがマイブームです。ドラマの第一話では、ハトとフクロウ以外の鳥も、空を飛びますよ」
「はい。それじゃあ5つ目、苦手なものは?」
「黒くて飛ぶ、カラスじゃないヤツです」
「6つ目、今欲しいものは?」
見事にスルーされた。
「身長が欲しいです。同級生の中では、かなり前の方なので」
原因は、幼児から小学校低学年までの栄養不足である。
今は栄養事情も改善しているので、早く伸びて欲しい。
「7つ目、自分の性格を動物に例えると何かな」
「うーん。犬かなぁ」
とりあえず海月さんには飼い慣らされている。
海月さんもそれを分かっているのか、何も突っ込みは入れない。
「8つ目、宝くじで10億円当たったらどう使うかな」
「毎日ハンバーグを食べたいです」
「ちゃんと野菜も食べようね」
「はーい」
「9つ目、芸能界以外だと、どんなお仕事をしてみたいかな」
「ゲームのアフレコをしたいです。プロデューサーさん、少年陰陽師をゲーム化する時は、よろしくお願いします。陰陽師豆知識とか、色々ご協力も出来ます!」
「それは叶うかもしれないね。最後の質問、目の前の共演者に一言」
「ラジオでもよろしくお願いします」
俺はペコリと頭を下げた。
「こちらこそ。はい、これで賀茂一輝くんの事が、皆さんに少し伝わったと思います。それじゃあ交代ね」
「はーい、では第一問です。お名前を教えて下さい」
「賀茂奏役の、向井海月です」
「向井海月さんは、本名では無いんですよね。どうやって決まったんですか」
「3歳でデビューしたから、お母さんと事務所が相談して決めました」
「お母さんが付けたのだったら、第二の名前ですね」
「そうだね。向井はお母さんの旧姓だし、どっちもわたしの名前だよ」
海月さんは満足そうに頷いた。
「第二問、生年月日を教えて下さい」
「2018年9月9日生まれで12歳、中学1年生になりました」
但し3月の収録時点では、まだ小学6年生である。
「9月9日は、陰陽道では重陽の節句がある日ですね」
「重陽の節句って、なに?」
「9は陽数で、9月9日は陽数同士が重なるので、重陽の節句と呼ばれます。大吉とされる日で、少し細かい説明をすると……」
9月9日は朝廷で、菊の花を浮かべた酒を飲む催しがある。菊は中国で延命長寿とされ、漢の時代から菊入りの酒を飲む習慣があった。
日本では、天武天皇が菊花の宴を挙行し、平安朝から例年の儀となっている。
重陽の前後にある9月8日と9月10日、菊の花に綿を被せ、翌朝その綿で身体を拭うと長寿になるという呪法もある。
「そうなんだ。効果はあるの?」
「本人の呪力次第ですけど、陰陽術はボクが使っている通り本当にありますので、効果も少しはありますよ」
魔力で魔素を操り、身体に働きかける事で長寿は実現する。
つまり本人の魔力と意志による。
魔力の高いエルフが長寿になるようなものだとイメージすれば、分かり易いだろうか。
但し、長寿であっても不老では無いが。
「それでは第三問、芸能界に入った切っ掛けを教えて下さい」
「お母さんが、子役に応募しました。小さい時には照れ屋で内向的だったから、外向的にしたかったみたい」
「そうなんですか。効果は、ありましたか」
「うん、きっとあったと思うよ」
「お母さんの作戦、大成功でしたね。第四問、好きなことは何ですか」
「フィギュアスケート観戦。お母さんが大好きで、見に行く事もあります」
「お気に入りのスケーターは居ますか」
「うん。わたしは過去動画のニース落ち。ロシアの動画だと雄叫びが聞き取りやすかったよ。これで分かる人は、同士です」
「海月さんは、お母さんがニース落ちで、母子感染しちゃったんですよね。そしてボクは、海月さんからフィギュアスケートの専門用語を教わりました」
ニース落ちの他に、ソチ落ち、ぴょん落ち、衝突事故の時、2017ワールドのホプレガ、青ファントム様など、様々な落ち方があるそうだ。
そんなご贔屓の代表的なプログラムの1つが陰陽師であるため、俺は海月さんのお母さんから陰陽師補正なる謎のプラス補正を受けている。
「それでは第五問、苦手なものは何ですか」
「虫全般です」
黒くて光る奴の話をした時、道理でスルーされたわけである。
俺も敢えて触れない事にした。
「第六問、今欲しいものは何ですか」
「わたしもドラマだと陰陽師だけど、本当に陰陽術を使えるようになって、式神も欲しいかな」
「どんな式神が欲しいですか」
「そういう選択も含めて、自分でやってみたいかな。陰陽師になるのって、大変?」
「うーん。陰陽道は知識と技術なので、ちゃんと習えば誰でも少しは使えます。でも呪力の強さは血統や才能が強く影響するので、式神まで使える人は少ないかもです」
「そうなんだね」
「はい。西洋なら魔女の血を引いている。とかでしょうか」
人間の種族的な限界値は、魔力100だ。
もっとも魔力100に至るには、ゲームなどでレベル100に上げるくらい魔物を倒さなければならない。
魔力1の差でも、レベル1つ分の差があると思って良い。
血統や才能の影響も大きく、どうやっても魔力10に至れない人も居る。
そして苦難の果てに魔力を得たところで、地球には魔法陣、触媒、精霊力、霊脈などの力を借りる技術が無い。
現時点では、陰陽師を職業にするのは難しい。
俺の父親も陰陽師だが、子供は空腹で目が回り、妻は娘を連れて家を出て行った。
そう考えると、敷居の低い西洋魔法が流行るのも無理はない。
「そっか。残念」
「海月さんはドラマで鳩の簡易式神を操るシーンがありますけど、それくらいの式神符でしたら、ボクがプレゼントします」
「作るのって、大変じゃないの?」
「いいえ。皆にあげるのは無理ですけど、海月さん1人なら大丈夫です」
「本当?」
「はい。ラジオ放送の開始記念です!」
「ありがとう。それならわたしも、何かお返しするね」
「やった、お菓子~っ」
「はーい。一輝くんのお菓子の好みは、大体分かっているから」
俺はサクサクな手作りクッキーを思い浮かべて唾液を飲み込むと、脱線しかけた話を元に戻す。
「それじゃあ、第七問です。自分の性格を動物に例えると、何ですか?」
「猫かな」
「猫ですか?」
「うん。飼い主が近付いてきたら気の無い振りをするのに、飼い主が無視したら、こっそり近付いていって視界に入る場所に居座る猫」
「それは紛れもなく猫ですね」
その猫、どこのペットショップで売っていますか。
俺は海月さんにツンデレ属性が有るかも知れないと、心のメモ帳に赤マジックで記しつつ、次の質問に移った。
「第八問。宝くじで10億円当たったら、どうしますか」
「もしも自由に使えたら、世界遺産巡りをしてみたいかも」
「海月さんは、外国語会話の番組で世界の風景を見ていますからね。第九問、芸能界以外だと、どんなお仕事をしてみたいですか?」
「小さなお店を持って、自分のペースで出来るお仕事をしてみたいかな。ケーキ屋さんとか。でも経営は大変そうだから、経営ができる人に計算を任せて、作るのに専念したいかも」
「ええと、全国のケーキ屋の息子さん、お嫁に来ませんかメールは、送らなくて結構ですからね。これは振りとかじゃないです。それじゃあ第十問、目の前の共演者に一言お願いします」
「ラジオも頑張ろうね」
「はい、よろしくお願いします。以上、10の質問コーナーでした~」
俺が言い切ると音楽が鳴り、コーナーが区切られた。その後は、今後放送するコーナーを紹介していく。
ドラマの収録裏話や、雑談をする「フリートーク」。
ドラマで出た陰陽道や術を紹介する「これであなたも陰陽師」。
リスナーさんからの普通のお便りを読み上げる「ふつおた」。
異常事象の相談を海月さんが読み上げて俺が答える「教えて陰陽師」。
それらの紹介を終えて、4月から始まるラジオ放送の初収録を終えた。