29話 日本陰陽師協会
日本陰陽師協会の発想が生まれて3週間。
不満があった日本魔導師連盟の規約を父親と共に添削して、弁護士事務所と行政機関を往復した結果、『日本陰陽師協会』が設立、届け出された。
またドラマ内とコラボして、父親役の俳優には副理事長になって貰った。
そして陰陽師協会の設立について、ドラマ内でも取り上げる事になった。
「フットワーク、軽すぎかな」
「良い事だろう」
撮影準備の合間、父親役の俳優である上原陽空さんと雑談を交わす。
「はい。不満とかじゃなくて、単に凄いなぁって思っただけです」
「そうだな。確かにすぐ作られたな」
迅速な設立が出来たのは、全てを懇意な仲間内だけで進めたからだ。
理事長に父親、理事にドラマの父親役、その他の役員も俺と幽霊船員。ここに一人でも部外者が居れば、設立まで1年くらいは掛かっただろう。
幸いな事に上原さんは、話の分かる悪ガキが成長したような人だ。
魔導師連盟がどのように気に食わなくて、どのような陰陽師協会を設立したいのかを資料持参で説明したところ、悪い笑みを浮かべながら自発的に協力してくれた。
「協会加入者へのサービス事業は、呪力測定、調伏能力認定、証明書発行、専用サイトでの情報共有です。将来的には増やしますけど」
今すぐに出来る事は、その程度だ。
証明書はIDカードで、表には会員No、顔写真、有効期限などが入る。
専用サイトはIDとパスワードでログインできて、斡旋可能な依頼の概要を見ることが出来る。
また連絡掲示板があって、加入者同士でやりとりも出来る。
「ドラマで処理できない仕事の斡旋もあるんじゃなかったか」
「はい。でもそれは、今日の収録が放送されて、公式サイトの依頼投稿フォームの仕様を変えた後ですね」
何でもかんでも直ぐに、とはいかない。
それに投稿フォームで「依頼を他の協会員に対応させても良い」と回答してもらったところで、解決能力が無くては話にならない。
「加入してくれた人に紫苑たちくらいの能力があったら、依頼の5割くらいは任せても大丈夫なんですけど」
「それは凄いな。あの子たち、そんなに強いのか」
上原さんは本当に驚いた様子だった。
俺が番組で対応している魔物は、牛鬼、鉄鼠、雪女、山姥、絡新婦、幽霊船、虎狼狸、村上海賊など、機関銃では解決できない連中が多い。
それらを思い浮かべて、5割と聞けば、驚くのも無理はない。
だが、それは誤解である。
「ボクが番組で対応している魔物って、強くて報酬も高い案件が多いです。他所に回すのは、そんなに強くなくて報酬も低い案件です」
「そういう事か」
上原さんは納得した様子だった。
但し報酬が低い案件であっても、1件で数百万円は堅いが。
「各都道府県支部も設立するんだよな」
「そうしたいです。でも支部を立ち上げられそうな陰陽師さんが居ても、様子を見ながら少しずつかなぁ」
「一輝くん、結構稼いでいるんだろ。いっそのこと、専門の人たちを雇って、都道府県の支部も作って、立ち上げを協力させて回れば良いんじゃないか」
共演者の上原さんは、俺が大きな調伏料を得ている事を知っている。
だが散財し過ぎた事は知らない。
「それが、ゲーム会社の設立と億ションのまとめ買いで、貯めていたお金が殆ど飛んで行っちゃいました」
「…………借金はあるのかい」
「いえ、なんとか大丈夫です」
「だったら良いけど、借金だけはするなよ」
「はぁぃ」
俺の場合は、貧乏人に金を持たせても身に付かない典型的なパターンだ。
大金を持ったことが無いので、収支のバランスを保ちながら計画的に使っていく事が出来ない。
お小遣いを貰って、お菓子を買い、財布を空にする子供と同じだ。
まあ実際に、今は小学生なのだが。
そのため残念ながら、支部設立の支援に資金を提供する事は出来ない。
精々が、うちの事務所で幽霊船員に会員IDを管理させ、情報共有サイトを運営させる事くらいだろうか。
そもそも俺が、私財を投じてまで各支部を作る必要があるのかは疑問だ。また大金が入れば考えようと思う。
「それで陰陽師協会の認定は、どういう方式になるんだ」
「魔導師連盟よりも、分かり易くしますよ」
魔導師連盟の場合、認定試験に実際の魔物を用いている。
初段=ゾンビ1体を倒す。受験資格は13歳以上で、要一級。
二段=霊体1体を倒す。受験資格は14歳以上で、要初段。
三段=小鬼1体を倒す。受験資格は16歳以上で、要二段。
ゾンビや小鬼を鎖に繋ぎ、受験者にエリア内で模擬戦をさせる。あるいは墓場などに漂う霊体を1体除霊させる。
それで一定時間以内に魔法で倒せれば、合格して各段位を貰える形だ。
この明確な基準のお陰で、どんな試験官が、いつ、どこで試験を行おうと、安定した試験を行える。
日本魔導師連盟は巨大な天下り組織であり、与野党を問わず巨額の政治献金も行っているため、公益性が高いという名目で人の死体であるゾンビや霊を取り扱える。
ちなみに陰陽師協会には、魔物の使用許可など降りない。
そのため試験は、自前で行う必要がある。
「具体的にはどうするんだ?」
「先ずは呪力の測定ですけど、呪力測定板で調べます」
俺が夏休みの宿題で作った呪力測定板は、魔力100まで調べられる。
誰かが魔力を篭めれば、受容板が白く輝いて反応する。その範囲を調べる事で、1枚で最大100までの魔力を測定できるのだ。
板は暫く放置すると、魔力が引いて茶色に戻るので再利用できる。
数年は保つので、体温計くらいお手軽だ。
世界神の祝福が無ければ作れない物なので、誰かに模倣される心配も無い。
(連盟に使われないように、板に『日本陰陽師協会』と彫っておこうかな)
我が家から収入の2割を取ろうとした連盟は、悪の組織である。協力など以ての外だ。
陰陽師協会だけが調べられる魔力は、魔物と戦う際の目安となる。
G級=1~4(一般人、村上海賊、怨霊、ゾンビなど)
F級=5~14(魔カラス、安倍晴也の鷹の式神、小鬼など)
E級=15~49(八咫烏、魔怪鳥、鎌鼬、安倍晴也、鬼など)
D級=50~199(雪菜、絡新婦、紫苑、沙羅、大鬼など)
C級=200~499(大椿、絡新婦母体、槐の邪神など)
B級=500~999(幽霊捜索救難ヘリなど)
A級=1000~1999
S級=2000~(幽霊巡視船など)
魔力があっても術を知らなければ意味は無いが、魔力が30ある俺の父親や安倍晴也などは、E級の鬼辺りと渡り合う事が出来る。
自衛隊が重火器で倒した方が早い場合もあるが、霊体が相手だと効果が無い。
霊体を攻撃できる魔力は、霊体との戦闘では生命線だ。
そんな数値を把握する事は、調伏活動にあたっての大前提だ。
「魔物の呪力は、こんなに強いのかい」
「実際に、この通りです。魔導師連盟の三段は、F級を倒せただけですよね。E級以上の霊体が相手だと、結構な犠牲を出すと思います」
現代の調伏は、被害を出しつつ、数で押し切るのが一般的だろうか。
魔法を使える者が100人居る集団で挑めば、魔力の平均値が5でも、総量500の浄化を行える。
もちろん無茶なやり方なので、魔導師にも相応に犠牲が出る。
だが陰陽師であれば、連盟と同じ物量作戦を採ったとしても、遠方から式神を飛ばせば術者の犠牲を皆無に出来る。
だから陰陽師には、魔導師には無い可能性があるのだ。
「撮影に入りまーす」
収録の準備が整った合図が届き、俺と上原さんは撮影に向かった。
「実は、日本陰陽師協会の副理事長になった」
「はあっ?」
母親役の坂下郁乃さんが、困惑した表情で、語気を強めながら聞き返す。
役柄の勝気な性格的には「何言ってるか分からないから、もう一度言い直して」的な印象がある。
対して父親役の上原さんは、大して気にせず言い直した。
「親戚の一則さんが、日本陰陽師協会を設立したんだ。そこで俺にも打診があって、副理事を務める事にした」
「また勝手に変な事を受けて。それで報酬はあるんでしょうね」
「いや、役員報酬は無い」
「何でよっ」
家計を握る坂下さんが軽くキレてみせたが、上原さんは受け流した。
「協会は明朗会計、所属会費無し、役員報酬無し、天下り全面禁止だからだ。本部の運営費は、本部が斡旋した仕事の5%を斡旋料に充てる。支部内の斡旋には、本部は斡旋料を取らない。ほら、役員報酬を払う余地なんて無いだろう」
「そんなの、運営自体が出来ないでしょうが」
「いや。本部の運営費は、軌道に乗るまで一則さんが出すから大丈夫だ」
「うちはお金を出さないのよね?」
「おう」
「だったら良いけど」
坂下さんが不承不承に矛を収めた所で、爆弾がさく裂する。
「それと陰陽師協会では、呪力測定、調伏能力認定、証明書発行、専用サイトでの情報共有を無償で行う事になっている」
「それで?」
「呪力測定は、夏休みに一輝が作った『呪力測定板』を使う事になった。調伏能力の認定は、一輝が手に入れた槐の邪神の式神を使う」
「いくらで!?」
「もちろん無償だ」
「はああっ!?」
坂下さんがキレた。
「調伏に行く交通費だって、退魔符の作成だって、お金が掛かるでしょう。だったら、稼げるところで稼がなくてどうするのよっ」
「アレはあまりに突飛で、買い手が付かなかっただろう。陰陽師協会で使っていけば、いずれ信頼性も上がる。槐の邪神も、一定の呪力で顕現させれば、あとは前を通るだけで勝手に測定してくれる」
「信頼性が上がっても、タダだったら何の意味も無いじゃないっ」
「だが我が賀茂家は、二大陰陽道の宗家の一つだ。歴道系の賀茂として、陰陽道の普及と発展に尽くす使命が……」
「1869年に陰陽寮が廃止されてから、陰陽道は廃れ切ったでしょうが。名誉の前に、ご飯代を稼ぎなさい!」
坂下さんは、演技に熱が入り過ぎではないだろうか。
俺は内心で怯えつつ、割って入る。
「お父さん、お母さん、喧嘩しないで。ボクの牛鬼が怯えているよ」
「お父さんは喧嘩してないぞ。それと牛鬼の顔だけを影から出して、ワザと怯えさせるのは止めなさい。怖いから」
「お母さんだって喧嘩してないわよ。それと牛鬼は仕舞いなさい」
「はーい」
『グモオオオオッ』
顔だけ出ていた牛鬼が、白目を剥きながら地面に沈み込んでいった。
「お母さん、『呪力測定板』はボクの呪力で作るから、元手は0円だよ。それに槐の邪神は、切った木と残った森で、2体が同時に出ていたよね。式神化してもその特性が残ったから、ボクは幾らでも増やせるよ」
「0円で作れても、プロなら稼ぎなさい」
「あうう」
父子共にフルボッコである。
それを見かねた体の海月さんが、助け船を出してくれた。
「テレビのコマーシャルみたいな宣伝費って思えば良いんじゃないかな」
「どういう事かしら」
「陰陽師もちゃんとやっていますっていう宣伝費。先に説明しておけば、初めて依頼する人も、少しは理解して安心してくれるよね。タダで宣伝できるなら、良いんじゃないかな」
「はぁ。奏、あまりお父さんと一輝を甘やかしたら駄目だからね」
「「えーっ」」
父子が同時に不満を口にして、坂下さんに一睨みされて沈黙した。
すると海月さんが、話題を逸らす。
「ねぇ一輝くん。一輝くんは、試験官が出来るんだよね」
「もちろん出来るよ」
「それならお姉ちゃんも、その試験受けて見て良い?」
「うん、良いよ」
これは認定試験のデモンストレーションだ。
俺や紫苑たちが見本を見せても、大抵の陰陽師には敷居が高すぎて他人事だ。
だが日本国民が広く知る子役で、陰陽師歴が1年の海月さんが受かる事によって、協会加入への敷居は一気に下がる。
『カット。オッケーです。次はオモテで、認定試験の撮影でーす』
ADさんの誘導に従い、屋外に出る。
オンエアされる時は、どこかのコマーシャルが流されるだろう。
そういえばスポンサーの八百万グループが、試供品として異様に高い化粧品を無償でくれたのだが、俺は一体どうすれば良いのだろうか。
海月さんは勿論、既に番組に出演している紫苑も沙羅も貰っているので、あげる相手が居ない。
父親に渡すと義母に横流しされるので、クラスメイトの優子にでもあげるべきだろうか。
『それじゃあ、始めて下さい。5、4、3、……、……!』
目を瞑り、槐の大木を思い浮かべる。
脳裏に思い描いた大木から、F級と分類される、僅か5の魔力を分離させて地面に投げ飛ばした。
『出でよ、延寿』
呼び掛けた地面からは、俺の背丈と変わらない程度の若木が生えてきた。
「準備できたよ。お姉ちゃん、式神を出してから、木の前を歩いてみて」
「それじゃあ出すね。火柱、出ておいで」
海月さんが呼び掛けると、彼女の影から1羽のカラスが飛び出してきた。
「クアァッ、クアァッ」
カラスは翼を羽ばたかせ、海月さんの小さな右肩にストンと降り立つ。
「おい一輝、それはお前の式神じゃないか」
「そうよ。それじゃ試験にならないでしょ」
上原さんと坂下さんが否定したので、俺は得意気に言い返す。
「火柱は、お姉ちゃんに譲渡したよ。だから、お姉ちゃんの式神だよ」
「はぁあっ、そんな事できるのか!?」
「そうよ、聞いてないわよ」
「出来るよー。それに今言ったよー」
異世界式の契約術式は、極めて高度だ。
俺が式神を維持する魔力は、八咫烏などの卵から育てた個体が約1割、承諾や充分な術式を組んだ個体が約2割、菖蒲たちのように不承不承で術式も不充分な個体が約3割、反抗的だと約4割の消費になる。
海月さんに譲渡した八咫烏は、俺が契約を結んだ時より消費が上がったが、それでも2割で済んだ。
今の海月さんは魔力8なので、魔カラスの魔力15の2割である3を引いても、魔力が5ほど余る。
産まれて半年の魔カラスは成長していくが、海月さんの魔力も式神を使えば成長するので、将来的にも維持できると判断した。
「お姉ちゃんだけズルいぞ。お父さんには無いのか」
「お父さんは自分で出来るでしょ」
「お母さんにはあるわよね」
「無いよ。だってお母さん、ボクとお父さんの監視に使いそうだし」
「なんですって」
俺の頬が、坂下さんの指先に摘ままれて、うにょんと伸ばされた。
「いひゃい、おかあひゃん」
暫くの間「うにょうにょ」されていたが、やがて解放された。
そのタイミングで、海月さんの助け船が通る。
「そろそろ始めて良いかな」
「うん、お姉ちゃん頑張って」
海月さんが歩き出し、槐の若木の前を素通りする。
すると貢ぎ物を差し出されなかった槐の邪神が、黒い鎧武者の姿で木の根元から湧き出した。
気配は随分薄くて、魔力の濃度は僅か5だ。
それでも鎧武者は日本刀を構え、海月さんを追いかけ始めた。
『クワアアアアアアアアアッ』
海月さんの肩に留まっていた火柱が、直ぐさま警告の鳴き声を発する。
火柱はそのまま飛び立ち、前面に野球ボールほどの火球を生み出して鎧武者に撃ち放った。
『ウオオオオオオッ』
鎧武者は日本刀を上段に構え、火球を切り捨てようとした。
だが火球は日本刀に触れる直前に10個に分裂し、散弾となって鎧武者の全身を撃ち抜いた。
右頬、左上腕、右前腕、右脇腹、左大腿。
散弾が命中した部分の霊体が吹き飛ばされ、小さな穴が穿たれた。
霊体の一部を吹き飛ばされた鎧武者は、そのまま力を失って膝を付く。
『クワァアアアッ』
動けなくなった鎧武者に対して、火柱が先ほどよりも小さいゴルフボールくらいの新たな火球を三つ、立て続けに放つ。
『ウォオオォォッ』
一球目は、迎え撃った鎧武者の日本刀を半ばから折った。
二球目は、身を捩って躱そうとした鎧武者の右肩を撃ち抜いた。
三球目は、鎧武者の腹部に命中して、そこから霊体を燃え上がらせた。
燃え上がった鎧武者は、次第に身体が薄れていき、力尽きて消滅した。
周囲には、勝ち誇る火柱と、槐の若木だけが残される。
『クワックワックワァ』
火柱が翼を羽ばたかせながら、勝利の鳴き声を響き渡らせた。
「はい、合格~。今日からお姉ちゃんは、F級の陰陽師だよ」
拍手と共に宣言し、予め用意していた海月さん用の陰陽師資格証を手渡した。
「ありがとう。延寿は大丈夫かな」
「うん。ボクからの呪力供給は断っているけど、地脈と霊脈に根付かせているから、分体の若木さえ無事なら何度でも復活するよ。ここくらい地脈と霊脈が強い場所で呪力5程度なら、数分で回復するよ」
地脈や霊脈を使う人間が殆ど居ないため、それらは手付かずの資源として日本中に溜まっている。
おかげで槐の邪神は、膨大な埋蔵量の天然資源を使い放題だ。
試験会場に10本ほど植えておけば、何百人でも試験を行えるだろう。
「そっか。それでF級の陰陽師って、どんな事ができるの」
「陰陽師専用サイトで、F級の力量に合った仕事の依頼を受けられるよ。100万円の依頼なら、本部が斡旋料5万円で、残り95万円がお姉ちゃんのもの」
「凄いね」
「うん。斡旋できるのは、依頼の投稿フォームで斡旋可にチェックした依頼だけだけどね。仕事は個人情報を守る契約書にサインして、事務所単位で受けてね」
陰陽師協会のシステムを説明し終わると、上原さんが話し掛けてきた。
「一輝」
「何、お父さん。魔カラスはあげないからね」
「違う。その若木、危ないから片付けておきなさい」
「あっ」
上原さんが指差した先では、火柱が復活した鎧武者に、第2ラウンドを仕掛けようとしていた。
























