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少年陰陽師・賀茂一輝  作者: 赤野用介@転生陰陽師7巻12/15発売


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27話 槐の邪神調伏

えんじゅの邪神ですか。有名な魑魅魍魎ですね」


 俺の母親役の女優が、町長の輝く頭部を鋭い眼光で射貫いた。

 槐とは、中国が原産の10メートルほどの落葉高木だ。

 日本では街路樹や庭木として植えられており、つぼみを乾燥させると止血薬になる事でも知られている。

 そして槐の邪神とは、そんな槐の木に宿った邪神であるとされている。


「享保17年(1732年)の『太平百物語』でしたよね。ある貧しい農民が母危篤の連絡を受けて槐の大木前を通り、槐の邪神に追い回された逸話」


 槐の邪神は、現在の山梨県南巨摩郡身延町において、夕暮れを過ぎてから槐の大木前に現われたそうだ。

 槐の大木前を通る時には、金、銀、金目の物宝を払わなければならない。

 さもなくば、鎧姿の邪神に追い回されて殺されるそうだ。


「よくご存じですね。その槐の邪神です」

「追い回された農民は、後で金を払うと土下座をして許しを請い、約束通りに500文を納めた。でも槐の邪神は額が少ないと納得せず、農民を鍋で煮て食おうとした」

「そうです。そこを不動明王の童子が退治したそうです」


 随分と俗な邪神も居たものである。

 もしかすると「山賊が住み着く山には不用意に近付くな」と子供に教えるために、そのような話を考えたのだろうか。

 だが話の最後には、槐の邪神が集めた金銀財宝を農民が手に入れたと締め括られている。そのため危険に近付くなという警鐘は、効果が激減している。

 そんな話が誕生した経緯は不明だが、現世では、槐の邪神は実在している。


「町では実際に鎧武者が出て、何人も犠牲になったのです。財布を差し出した者も居ましたが、江戸時代の邪神には、1万円札は通じませんでした」


 紙幣を知らない相手から見れば、1万円札は小さな紙切れだ。

 紙幣には精巧な絵が描かれているが、浮世絵しか物宝扱いしてくれないのだろうか。


「身に付けていた真珠のネックレスを差し出した女性も居ましたが、それも駄目でした」

「江戸時代は、真珠の価値が高かったと思いますが」

「身延町では流通していません。鎧武者には通じなかったようです」


 価値があっても、槐の邪神が理解できなければ財物扱いされないらしい。

 随分と融通の利かない邪神である。


「槐の大木に対しては、何かされましたか」

「切り倒しました。ですが新しい木から次の鎧武者が現れて、伐採した者へ復讐しに来たのです。しかも、切り倒した木からも、鎧武者が出ました」

「それは、つまり槐の邪神が2体に増えたのですか?」

「その通りです」


 呆れる話だが、植物由来の魔物などには有り得る話だ。

 本体は槐の森にあって、伐採した大木にも鎧武者が宿ったわけだ。

 女優は暫し沈黙し、間を置いてから再び口を開いた。


「伐採した大木は、どうしましたか」

「焼いて粉々の炭になるまで破壊しました。すると、そちらから鎧武者は出なくなりました。ですが森の鎧武者は残っています」

「最初の状態に戻ったわけですね」

「そうです」


 町長は深い溜息を吐く。


「森は広大で、一度に全てを焼き尽くすのは不可能です。また復讐に来られると考えれば、もう伐採もさせられません。どうにかして下さい」


 確かに復讐されると分かっていれば、誰も切りたくは無いだろう。

 そこで陰陽師に依頼する事と相成った訳だ。

 こちらはプロなので、対価が見合えば無茶な仕事でも引き受ける。

 但し小さな町なので、提示された対価は、仕事の内容に見合わなかった。


「ご依頼に関してですが、不動明王の童子が戦うような相手に、報酬2000万円では安すぎます」

「そこを何とかお願いできませんか」

「町の対策として夜間の外出を控えさせても、急病人は避けられませんよね。そのせいで10人犠牲になるとして、町民の命は1人200万円以下でしょうか」


 母親役の女優さんが、キッパリと断った。

 ドラマでの俺の家族は、父親役の賀茂かも八雲やくもと母親役の沙智子さちこが高校時代の先輩と後輩で、陰陽術に関心を持った母親が陰陽師の父を追いかけ回して結婚に漕ぎ着けたストーリーになっている。

 母親は、旧華族の家柄でお嬢様だったことから、父親を金銭的も人員的にも支援して陰陽師事務所を立ち上げ、高卒後に自らは副所長に納まった。

 そして21歳で姉のかなでを生んで、23歳で俺を生んで、家族単位で陰陽道の活動を行いつつ今に至る。

 金銭的にしっかりしているのは、父親の補佐をするためだ。


「しかし、町の予算もありまして」


 事前に決めたセリフで有りながら、町長は本気で困っている。

 輝く頭部に汗が滲み、光の反射でさらに輝いた。


「人の命は、金銭換算が難しいです。ですが保険金や裁判で、一般的な相場は大まかに決まっています。少なくとも200万以下では無いでしょう。それに、あたしの家族に2000万円で命は掛けさせられません」

「では幾らなら?」

「6億円と、槐の邪神が集めた中で所有者不明の金銀財宝です。道路整備事業とでも考えて、予算を捻出して下さい。国に補助金の申請も出来るでしょう」

「金銀財宝ですか?」

「ええ。もしも発見できれば、警察に届けた後、町では無くこちらの事務所の物にします。そういう契約で宜しければ、不動明王の童子が戦うような邪神退治を引き受けます」

「はぁ。分かりました。町民の命には代えられません」

「それでは正式に契約を」


 事前交渉の結果をドラマでなぞっただけだが、女優の責め立て方は、わりと本気が入っていたように思えた。

 かくして俺達は、お宝探しを兼ねた邪神退治の依頼を引き受けた。


 そして番組は、すぐに町が切り倒した大木の元へ向かう。


「それで、本当に金銀財宝なんてあるの?」


 女優は、興味津々だった。

 調伏料は、実際に戦う俺の事務所が総取りだ。

 仮に10億円の調伏料が支払われても、それが戦闘と無関係な役者やスタッフに分配される事は無い。

 それと同様に、宝が見つかっても、槐の邪神に報復される恐れがあるため、俺以外が発掘や改修を行う事が出来ない。

 であるにもかかわらず、女性として金銀財宝には関心を持たずには居られなかったようだ。


「うーん。有るかも知れないし、無いかも知れないし」

「可能性はどれくらいなのかなー?」


 俺は管理神の言葉を思い出した。


『彼方の魔物たちは、貴方たちが想像する由来と造形に合わせた』


 槐の邪神は、『太平百物語』で人々から金銀財宝を奪って溜め込んでいた。

 あるいは海外では、ドラゴンの巣に財宝が見つかった話もある。


「ええと、逸話に忠実だと思います」

「つまり有るのね」

「多分。確率は8割くらい」

「よしっ、直ぐ行こう!」


 女優は燃えていた。

 そして現地で一気に冷めた。

 土の世界神の祝福の力で一気に掘った大木の根元には、金銀財宝が見つからなかったのだ。


「お宝は、新しい大木の方に移したのかも知れませんね」

「はぁ。あたしは東京に帰るけど、お宝が見つかったら教えてよ」

「はーい。お疲れ様でした」


 放送用の映像を撮り終えた女優は、先に東京へ戻った。

 今回は『神』の付く相手であり、不動明王の童子が戦ったという伝承も残っているため、役者を戦闘には参加させられない。

 撮影時の安全に責任を持つのは俺の仕事なのだ。

 1人で居残りになった俺は、夜に仕込みを行った。


(まずは位置特定だな)


 木の世界神の祝福の力で作った木箱10個を用意し、そこに調達した本物の小判10枚、大量の色つきビー玉とゲーセンのメダルを入れる。

 箱の中には土の世界神の祝福の力で作った土を敷き詰めて、発信器を仕込んだ。

それを運んで槐の大木前を移動し、相手に回収させて、切り倒した後の新しい大木の位置を特定するわけだ。

 俺たちは、刺すような視線を背中に受けながら、夜の森を立ち去った。

 貢ぎ物としては問題なかったらしく、槐の邪神は追いかけて来なかった。




 明けて翌日、俺はこの問題にどのような解決策を用いようかと思い悩んだ。

 例えば、このまま槐の邪神を利用するという手も使える。

 現状では、俺を介さずとも大木の植え替えで槐の邪神を増やせる。

 この大木をゾンビ被害に悩む地域に植えれば、夜間のゾンビの被害を防止できるだろう。あるいは無料の夜間警備として、銀行や企業、美術館に植樹する手もある。

 町は森を夕暮れから早朝まで封鎖して、救急搬送は森の反対側へ運ぶ事にする。そして槐の森を新たな産業にすれば良い。

 植樹でも切り倒された復讐をされるなら使えない案だが。


(完全に倒すしか無いな)


 槐の邪神が犯人を捕らえるのは良いとして、捕まえた犯人を鍋で煮て食べれば社会問題となる。

 それに植樹した木を増やされて、他所で悪用されても困る。

 自然発生した現象ならどうしようもないが、商売として行えば相応の責任を負わされる。自分のためにならない問題でのリスクは避けるべきだろう。

 そう決断した俺は、発信器が反応した地点に赴き、俺が作り出した木箱の魔力が感じ取れる槐の大木前に立った。


 大木からは、周辺に溢れ出すほどの強い瘴気が感じ取れた。

 流石に『神』の名が付くだけの事はあって、俺が2年間育てた牛鬼に匹敵する力が感じ取れた。


「スタッフさん、上空からヘリとドローンでの撮影に切り替えて下さい。この槐の邪神、呪力が牛鬼とか絡新婦の母体よりも上です」

「本当かい。どれくらい強いんだ」


 ディレクターが確認してきたので、俺は正直に脅威を伝えた。


「サイクロプスとか、トロールを斬り倒せる強さだと思います。体格的にはおかしいですけど、人じゃなくて邪神ですから」

「一輝君は逃げないのかい」

「ボクが逃げると、式神化は出来ませんよ。でも倒すんじゃなくて調伏するから、映像は面白味に欠けると思います。式神化した後に戦闘シーンを別撮りした方が良いのかも。まずは式神にするので、一時避難でお願いします」

「分かった。よし皆、移動しよう」


 ディレクターが同意すると、撮影陣は速やかに撤退していった。

 後顧の憂いを無くした俺は、改めて大木に向き合う。


『こちら宮繁。一輝君、カメラは回したよ』

『了解です。では始めます』


 頬をペシペシと軽く叩いて、気合いを入れる振りをする。

 そして両手を掲げて、掌を握り締めながら魔力を篭めた。


「よし、それじゃあ……急急如律令、土神招来っ!」


 両手を左右に振り下ろしながら、槐の邪神が回収した木箱10個の中に入れておいた土に魔力を送り込む。

 すると大木の下に埋まった土が、大木の根元で魔力の地層を作り出した。

 大木の根元にある全ての土が、土の世界神の力の支配下に置かれていく。やがて大木の根元は、コンクリートで固められたかのように、土の世界神に支配されて固められた。


 足元の地面が土の世界神の魔力で満たされた事を知覚した俺は、大地に伸ばしていた両手を握り締め、再び魔力を篭めて解き放った。


「急急如律令、木神招来っ!」


 次に震ったのは、木の世界神の祝福を得た魔力だ。

 根元に埋まった木箱10個が、俺の魔力を受けて形状を変化させる。

 箱の表面からは、鋭い刺が伸びて大木に突き刺さり、注射器で薬液を送り込むように木の世界神の力を送り込んだ。

 木の世界神の力を送り込まれた大木は、瞬く間に陽気で全体を浸食されて、俺の意のままに操られる存在へと成り代わった。


「出でよ、槐の化身たる武士もののふ


 大木から叩き出すように魔力を流すと、大木から魔力が溢れ出して1人の男の姿を形作った。

 それは鎧武者ではなく、日本刀と脇差しを腰に帯びた侍だった。

 20代後半の精悍な顔付きが、俺を睨み付けている。

 それを睨み返しながら、俺は呪言を唱えた。


『木の性質は陽。然れど槐の化身たる汝は、今や陰気の存在と変化へんげした。我は陰陽道を司る陰陽師也。今ここに、我が術と陽気、陣と地脈の力に寄って、汝を再び在るべき正常な槐の姿へと為さしむ』


 槐の邪神は、世界神の祝福の力を受けた土と木を根元に仕舞い込む事で、自ら調伏される陣の完成に手を貸した。

 彼らは逸話通りに動かなければならない定め故、愚かとは言わない。だが彼らの立場は利用させて貰う。


『臨兵闘者皆陣列前行、天元行躰神変神通力。天地間在りて、万物陰陽を形成す。我が氏は賀茂、名は一輝。我は陰陽の理に則って、汝を陰陽の陰と為し、我が霊気と血脈を対の陽とする契約を結ばん。然らば汝この理に従いて、我が陽気を受けて槐の本質を取り戻し、我が式神と成りて我を助けよ。急急如律令』


 陽気を流し込まれた槐の邪神は、時間経過毎に憤怒の表情から険しさが取り除かれていき、やがて穏やかな顔に行き着いた。


『汝を延寿えんじゅと名付ける。今後は我に慶事を齎せ』


 差し当って最初の慶事は、根元に埋まっている大量のお宝だ。

 そんな思いを内心に隠して神妙な顔で告げると、延寿は頷きを返して俺の影に溶け込んでいった。

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