26話 神絵師調伏
アークカンパニーから地縛霊37体を引き抜いた俺は、自分好みのゲームを作るべく、株式会社を立ち上げた。
株式会社デスカンパニー。
社名の由来は、社員が死んでいる幽霊で構成されているからだ。
史上稀に見る、最悪なネーミングかもしれない。
とりあえず、社名が他所と被る事は絶対に無いだろう。無いと思いたい。
法人設立の届け出と、社長の名前は、認定死亡の取り消しを行った海上保安庁の元職員にした。
指示した俺自身は、会社の非公開株式を買う形で出資し、株式で配当金を得る形にした。
こうする事で、課金制のネットゲームで稼いでも、俺の名前が表に出ない。サーバトラブルやバグが発生しても、クソ運営の主犯扱いをされない。ついでに収入は全て俺のものになるので、義母には一銭も入らない。
アークカンパニーのノウハウを活かした、鬼のような所業である。
そんな会社の場所は、俺が住んでいるマンションの空き部屋だ。頻回に行き来できれば、ゲームの要望を細かく出せる。
「と言うわけで管理人さん、4階の1LDKを並びで5つ、ゲーム制作の株式会社デスカンパニー名義で買いたいです」
管理人には、きちんと事情を説明しておく事にした。
「いや、下層階は不人気で空いているから、ちゃんと買ってくれるなら式神用だろうと全然構わないんだけどね」
団塊の世代の孫である管理人さんは、すんなりと受け入れた。
完成してから1ヵ月が経ったグレートガーデン青山は、霊障が無くなった事もあって、順調に売れていた……訳では無い。
一度付いた悪い風評は、なかなか払拭できないのだ。
賀茂一輝に依頼して霊障が無くなった事までは宣伝できるが、俺が住んでいると個人情報を漏らす事は出来ない。そんな事をすれば、住民情報を漏らす管理者だと見なされて、購入検討者に逃げ去られる。
そのためマンションの販売は、かなり苦戦気味だ。
語呂が死で悪い4階の部屋は綺麗に空いていて、直列に5部屋を買い取る事が出来た。しかも定価が1戸1億7800万円だったところを、1億2000万円で購入できた。
「幽霊は壁抜けが出来るから、区画単位で買ったようなものですね。6部屋を第1開発室から第5開発室と、サーバ室にします」
1LDKには、23帖のLDKと11帖の寝室がある。
LDKを仕事部屋、寝室には二段ベッドを詰め込んだ仮眠室にして、6戸の仮眠室に8人ずつを入れれば、最大48人まで働かせられる。
37体の式神で48人分の空間を確保した理由は、ゲーム開発に必要な人員が、アークカンパニーだけでは完全には揃わなかったためだ。
ゲームの制作にはグラフィックデザイナー、サウンドクリエイター、プログラマー、プランナー、PVアニメーター、イラストレーターなど様々な職種が必要だ。当然だが開発を急ぐなら、人手は多いほど良い。
だが集まった人材のうちイラストレーターだけは、アークカンパニーでも外注が多かったらしく、キャラクターデザインを任せられるような人材が居なかった。
ちなみに課金制ゲームで最重要な存在が、課金して貰える絵を描けるイラストレーターだそうである。
幸い……と言えるのかは不明瞭だが、アークカンパニーから連れて来た幽霊たちは、業界の自殺者や病没者を沢山知っていた。そして幽霊になっていそうな所へ、手分けして勧誘に行ってくれている。
対象は、ここ10年以内の死者から探す。
死因は、妖怪犠牲、自殺、事故、病気を一切問わない。
人数は、部屋の規模があるため、上手い人から順に6人まで。
対価は、肉体と現金を得て、生前にやり残した事が出来ること。
業界はブラックなので、直ぐ集まりそうだと太鼓判まで押されてしまった。
「用途はオンラインゲームを提供するゲーム会社なので、回線工事は式神さんと打ち合わせをお願いします」
「自社サーバにするの?」
「はい。レンタルサーバだと色々不便だって言われましたから」
オンラインゲームは、ゲーム中の演算を可能な限りサーバ側で行う事が望まれる。但し、データ送信量が多いとレスポンスが悪くなるので、システムエンジニアに最適化させるべきだ。レンタルだと色々制約があるが、自社サーバなら全てを自由に出来る。
カードのレアを引くだけの単純かつデータ送信量も少ないタイプなら兎も角、俺が望むようなゲームを作るには必須だ。
と、彼らは言っていた。
全く以てよく分からないが、プロが自社サーバにすべきだと言っているのだから、そうした方が良いのだろう。
その辺は、完全にお任せである。
「構わないけど、5戸で6億円。管理修繕費で月額35万円。賀茂一輝さんが25階西に持っている3戸と合わせれば、月額71万円。工事費も、別途請求するからね」
「ぐぇっ」
カエルが潰されたような呻き声が上がった。
「大丈夫。収支は合うはず」
「そうなのかい?」
管理人は、非常に疑わしげな目を向けた。
だが俺は、上手くいけば収支も合うと思っている。
こちらには、大手でゲームやシステムを作ってきたプロが揃っている。
彼らは、陰陽師と事務所の育成ゲーム『陰陽師オンライン』を作るにあたり、それが持続可能となるような課金要素を提案してきた。
無課金でも、事務所の立ち上げと調伏の受注、従業員の雇用と事務所の拡大、式神の獲得と強化が出来る。主人公の性別・年齢・容姿も変更可能で、愛着が湧くようにしている。
加えて課金では、何種類かの課金ガチャで、陰陽師・従業員・式神・装備・キャラ衣装・事務所の家具・消耗アイテムなどが手に入る。また課金で事務所拡大、式神の成長率増大、ステータスの振り直しなども出来る。
他プレイヤーとの共闘・対戦が可能で、収入、調伏数、式神獲得数、総合評価の月間ランキングが出るので、プレイヤー同士を競わせて課金させるようにもなっている。
また賀茂事務所も現実的な数字でランキングに載せて、プレイヤーをドラマに参加している風にも認識させる。
あとはプレイヤー数の増加などが課題となるが、これは通常の広報に加えて、ドラマのCMやラジオで俺自身が告知するなど、宣伝を強化していく事で事前登録者を増やすらしい。
少年陰陽師は視聴率が高いので、上手くいけば大きな黒字に化ける可能性が、無きにしも非ず。
「一応プロがやってくれますし、収支は合うと思います」
「大丈夫なのかい。投資話で『○○だと思う』なんて甘い事を言う人は、大抵失敗するよ」
「借金をして投資するんじゃないですよ。調伏の依頼料のうち、ボクに入った手取りから納税分を差し引いて、余ったお金を、株式会社の設立に使っているだけです。会社が倒産しても、ボクは借金を負いません」
「それなら良いけどさ」
納得したらしき管理人は、売買契約を行ってくれた。
「あとは絵師さんだけですね」
彼らに任せておけば、概ね問題ないと思う。
但し「ブラック陰陽師事務所を出そうぜ」とか、「こき使われて恨みを持った式神の反乱もリアルに出そうぜ」などと口走っていた点は、どこまで本気なのか心配になったが。
対価のお金、早めに渡しておいた方が良いかもしれない。
そんな風に思い悩んでいた矢先、イラストレーター発見の報があった。
「レジェンドな絵師を見つけたぞ!」
興奮冷めやらぬ捜索班からの報告に、俺は戸惑いを覚えた。
「レジェンドって何ですか」
「伝説の凄い絵師だ。キャラクターデザインをすれば、前作10万本だったタイトルの売り上げが30万本に化けて、次作以降も売れ続けて、3部作で累計100万本売れるような伝説の絵師」
「絵師さんだけで、売り上げが3倍になったって事ですか?」
「そうだ」
そんな事が、現実に起こり得るのだろうか。
だがレジェンドの逸話は、それだけに留まらなかった。
「それにイケメンなくせに、おかしなコスプレと変顔でオタクに強烈な衝撃を与えて、かと思えば声優や歌手デビューしたり、教育番組にデビューしたり。しかもナレーションも歌も上手いんだ」
「ええと、何の職業の人でしたっけ?」
「レジェンドな絵師だ」
ちょっと何を言っているか分からない。
「その人って、絵は上手いんですよね?」
「神絵師だな」
「神というのは、物凄く上手いって事ですか」
「神のように、大量の信者が付くほど上手い。って事だ」
「成程です」
神と呼ばれる所以は、信者が付くからであるらしい。
どうでも良い無駄知識が、脳に刻まれてしまった。
「柔らかい色彩で、丁寧に描く絵師だ。女性キャラには、ワンポイントのアクセサリーを必ず付ける。顧客の要望でリアルより少し盛った胸のキャラを多く描くが、本人は貧乳にも強い拘りを持つ変態紳士だ」
「はあっ??」
俺は指先でこめかみを押さえ、ブルブルと震えた。
そんな様子に説明が必要だと感じたのか、捜索班は言葉を継ぎ足す。
「つまりアレだ。男性目線で見た女性の魅力が描けて、女性目線で見た可愛さも描ける。ワンポイントの飾りは、女目線の可愛いってやつだ。それと貧乳好きの変態紳士だから、全裸とか露骨なエロは描かない」
「分かったような、分からないような、分かりたくないような」
説明は聞かなくても良かったかも知れない。
西暦2000年以降のネット社会になってから、日本は一体どうなってしまったのだろう。
世界から見た日本は、元から変だったかも知れないが。
思い起こせば、昔から変な漫画や小説も多かったかも知れない。
一呼吸置いて、その人物の死因について確認する。
「それでその人って、どうして亡くなったんですか」
「交通事故で、当時はニュースにもなった。高速道路を走行中に、後ろから衝突された弾みで車が蛇行して追い越し車線に飛び出して、後ろから走ってきた大型トラックに撥ねられて、壁面に挟まれたまま、ガリガリガリ」
「…………うわぁ」
「車の屋根が削ぎ落とされて、神絵師も削られた」
「分かりました。もう良いです」
事故をリアルに想像して、心臓が締め付けられるような気分になった。
だが突然の事故死なら、やり残した事も沢山あるのではないだろうか。
幽霊として存在している事自体が、現世に心残りがある証拠だ。
式神化で肉体を持てて、お金もある程度を使えるのなら、何かしらの悔いを晴らせるかもしれない。
そうであれば、俺との取引にも応じてもらえる可能性がある。
「絵が上手いなら、その絵師さんをスカウトしましょう」
本題は絵師のスカウトである。
この際、個人の趣味嗜好は置いておき、絵のプロに仕事を依頼する。
ようやく我に返った俺は、捜索班と共に、絵師の元へと向かった。
そして事故現場で、レジェンドな変態紳士に出会った。
視覚情報を文字化するならば、黒いバニースーツを着て、ウサ耳を付け、王冠を被り、マントを羽織った男に出会った。
むだ毛は全て綺麗に剃られており、美脚を堂々と晒している。
「ボクが兎田ピョン吉だピョン」
「あうぅ」
俺は泣きそうな顔で、捜索班に目線を送って助けを求めた。
だが俺の式神は、俺を助けずに首を横に振った。
「ボクが兎田ピョン吉だピョン」
「……ボクは、少年陰陽師の賀茂一輝だピョン」
俺がピョン語で返事をすると、兎田ピョン吉先生は、目をカッと見開いて口を大きく歪めて笑った。
こいつ、妖怪なんじゃないか。
むしろ人に精神的なダメージを与える妖怪だと言って欲しい。そうすれば、少なくとも俺はコイツの行動を理解できる。
「今日は何しに来たピョン」
腹から喉元まで、呻き声が込み上げてきた。
それを飲み込んで、俺は目の前の怪物を宇宙人だと思い込んだ。
宇宙人なら、理解できなくても仕方が無い。俺は異文化コミュニケーションを行う人類である。仕方が無いのだ。
「今日は、ピョン吉さんをスカウトに来たピョン。今、元アークカンパニーのゲーム制作が出来る社員の幽霊37人と、ゲームを作っているピョン」
「それは凄いピョン!」
ピョン吉は、その場でピョンピョンと跳び跳ねた。
俺は一度目を瞑り、深呼吸してから話を再開させる。
「でも、キャラクターデザインが出来るイラストレーターさんだけ足りないピョン。ボクは陰陽師だから、幽霊を式神化して、身体を与えられるピョン。資金も制作場所も用意できるピョン。手伝ってくれたら、対価も払うピョン」
「どんな対価ピョン?」
「元と殆ど同じ身体、それなりのお金、ちゃんとした休暇ピョン。手伝ってくれたら、法律に触れない範囲で、生前にやり残した事とか、好きにやってくれて構わないピョン」
対価を説明したところ、ピョン吉は暫く無言になり、やがて真面目な表情になった。
服装がスーツ姿に変わり、ウサ耳と王冠とマントが消え失せる。
「真面目な話をしても良い?」
「…………あ、はい」
「こちらの条件に応じてくれれば、手伝えるよ」
「それはどんな条件ですか?」
滅茶苦茶イケメン顔になったピョン吉は、俺の目を見詰めながら、真面目に語り掛ける。
ゾワゾワするので、正直止めて欲しい。そんな俺の内心などお構いなしに、真面目モードのピョン吉は条件を話した。
「そこに、3人の娘がいるでしょ。彼女達は、ボクが運転していた車に乗っていて、死んでしまったんだ」
ピョン吉が向けた視線の先には、3人の女性が居た。
外見年齢は、女子大生、女子高生、女子高生だろうか。
いずれも地縛霊が、意識はハッキリしていているようで、今もこちらの様子を窺っている。
「3人とも、コミケで売り子をしてくれた、ボクが描いたキャラのコスプレイヤーさん達なんだ。ボクはここで、こんなに若いのに死なせてしまった彼女達の気が、少しでも晴れるようにして過ごしてきたんだよ」
「そうだったんですね」
3人とも、かなりの美少女だ。
1人目の女子大生っぽい霊は、チアリーダー部に居そうな肉付きの良い女性だ。ヘソ出しが出来て、胸も程々にあって、いかにもコスプレ映えしそうだ。おそらく20歳前後。表情がハッキリしており、意思も強そうだ。
2人目の女子高生っぽい霊は、小柄で、可愛い小動物系の女子だ。貧乳で、妹系キャラのコスプレに向いているだろうか。中学生の制服を着ていれば、中学生と信じてしまうかもしれない。
3人目の女子高生は、アニメから飛び出してきたような整った顔立ち、絹糸のようなきめ細かい髪質、白くて綺麗な肌だ。表情はツンとしているが、デレ期に入らなくても大抵の男は初対面で落とされている。
3人の容姿は、サイコロを振って、5の優、6の凄、バグって7の極が出た感じだろうか。
1人目はグラビアモデルが出来て、2人目はアイドルグループのセンターが張れて、3人目はテレビでも見た事が無いレベルだ。
3人目の子は、男性で例えれば、冬に金メダルを連覇するような超絶イケメン並の容姿だ。女性では、例える対象が思い浮かばない。漫画やアニメから、飛び出してきたのかと思わせられる。
俺が自分の理想で作り出した雪女の雪菜に、容姿で全く劣らない。
ここまで美女だと、逆に物凄い違和感がある。
「だから条件は、彼女達3人もボクと同じように式神化して身体をくれる事、ボクの職場兼住宅に1戸、その隣に彼女達が住める3LDK以上の家を1戸。彼女達は、ボク専属のアシスタント。これで良ければ、何でも描くよ」
俺が3人目に見とれている間に、ピョン吉が条件を提示していた。
マンションは、階層を問わなければ空いている。
作業室兼住宅を2LDK、その隣に3LDKを用意する事は、可能だ。
購入資金も、高額報酬の依頼を優先して受ければ、不足しない。
「確認しておきますけど、式神化は蘇生ではありません。身体は魔素で作れても、幽霊同士では子供は出来ないと思います。もしかすると出来るかもしれませんけど、期待はしないで下さい」
「その他に注意する事は?」
「幽霊の式神は、身体はボクの術と魔力で実体化しますが、歳は取りません。契約を続けると力が増すので、いつか契約を解除した時には、今より出来る事が増えるかもしれません」
「つまり今の年齢のまま、身体を持って、しばらく過ごせるのかな」
「そうです」
俺の説明を聞いたピョン吉は、3人の女子に宣言した。
「分かった。みんな、ボクが責任を取る。着いてきてくれ」
「はーい。先生に、ずっと着いていきまーす」
「ふつつか者ですけれど、末永くよろしくお願いします」
「駄目って言われても、もう離れないから」
3人の女子はピョン吉に駆け寄って、全身で抱きついた。ピョン吉の方も、3人をまとめて抱き抱えている。
これは、リアルハーレムと言うやつだろうか。
捜索班を横目で見ると「イケメン爆発、イケメン爆発」と呟いている。
ピョン吉も真面目にすれば、凜々しい美男子だ。
しかも死後でも3人に寄り添って励ましていたそうなので、彼女達をハーレム化するのは、もう仕方が無いと割り切るしか無いのかもしれない。
だが3人とも凄い美女なんて、あまりに理不尽過ぎないだろうか。
俺は天を仰ぎ、神に向かって世の不条理を訴えた。
「イケメン爆発しろおぉぉっ」
「ぐわーっ、やーらーれーたー。だ、ピョン」
俺の叫びを耳にしたピョン吉は、顔芸まで付けてやられたフリをした。
かくしてゲーム会社は、俺の精神負荷と引き替えに、神絵師を獲得した。
























