25話 SE調伏
アークカンパニー。
都内に延床面積10万平方メートルの巨大自社ビルを構え、全国の行政や企業向けシステムを開発し、常駐型のSEを置いて保守料や委託料を稼ぐ超大手IT企業である。
正社員、約1000人。
関連企業の委託契約者、約3万6000人。
関連企業とは、100%出資の下請け子会社だ。
『つまりあれだ。システムエンジニアたちを、子会社に所属させる。みんな業務委託契約で個人事業主にするから、残業代を払わなくて良い。デスマーチで使い潰す。そのために子会社を作っているって訳さ』
そう主張するのは、会社で地縛霊になっているSEさんだ。
自殺するくらいなら仕事を辞めれば良いのに、それが出来ないほどに追い詰められて死んだ地縛霊。彼は、死後も職場に捕らわれている。
そんな地縛霊が居る事が、幽霊の主張を肯定している。
それが裁判で証拠採用されるかは分からないが
『でも、どうしてわざわざ子会社を作るんですか』
『それは簡単だ。アークカンパニーと、数ある子会社とは、別会社になる。子会社の一つが行政指導されても、親会社は傷付かない』
『はぁ、なるほど』
『いざとなれば、行政指導された子会社の社名を変えるなり、社長を入れ替えるなり、人を他の子会社に移して潰すなり、いくらでもやりようがあるからな。人材と一緒で、子会社も使い捨てなんだよ』
『へぇぇ』
なんとも恐ろしい企業である。
だが金さえ積めば、どんな無茶な開発や納期にも応じる便利な会社でもあるそうだ。
社会に必要とされていたので、しぶとく生き残った。
そして与党系の国会議員や、都道府県知事に政治献金を欠かさず、社会システムにもガッチリ食い込んだため、誰も潰せない企業にまで成長した。
具体例を一つ挙げれば、病院に電子カルテシステムを入れている。
電子カルテには、膨大な患者の治療データが入っている。発病の時期や程度検査数値やX線画像、手術記録や投薬の詳細、アレルギーはあったのかなど。それらのデータが失われれば、治療の継続が不可能だ。
そして電子カルテシステム更新の時期に、他のシステムにはデータを移せないと言い張れば、アークカンパニーとの契約を続けざるを得ない。
そのためアークカンパニーは、どれだけボッタクリ価格でも、契約を継続できる。病院から保守料と委託料を巻き上げ、国民の医療費を引き上げながら、半永久的に稼ぎ続けられるわけだ。
そういう類いのシステムが、官公庁の行政システムにも入っているため、社会は社会システム維持のために、アークカンパニーを潰すに潰せないのだ。
『アークカンパニーって、悪会社の英語読みですか?』
『大体合ってる』
そんな悪会社から、俺たちのドラマに声が掛かった。
「ドラマ少年陰陽師のゲームを出したいと考えまして」
「ゲームですか」
「はい。私どもはゲームの開発部門も持っています。年に何本かは、自社制作のゲームも出しているんですよ」
持ち込まれた話は、ドラマのゲーム化だった。
ゲームはアークカンパニーの独占契約では無く、他社でも出して良いという緩い契約だ。著作権料は発売済みの別タイトルと同等に支払うそうで、概ね真っ当な条件だった。
応対したアシスタントプロデューサーは精査の上で、プロデューサー、ディレクター、脚本家、そして俺と共に、アークカンパニーへ赴いたのである。
『アークカンパニーが独占契約をしないのは、契約条件を緩くして支出を抑える為だ。他所と競争しても、アークカンパニーより早く開発できる企業は無い』
『そうなんですか』
『そんなに作り込まないからな。粗い作りでも、最初に売った方が売れる。人気タイトルを大人数で早期にゲーム化して売れば、原作をなぞるだけのストーリーでも、そこそこ売れる。それで直ぐに次のタイトルに移る』
打ち合わせで地縛霊から裏事情を聞かされた俺は、アークカンパニーのやり方を素直に感心した。
ゲーム化した場合、アークカンパニーは、利益や実績が上がる。ドラマ側は、知名度が上がって、著作権料も入る。
一方でゲーム化しなかった場合、誰も得をしない。
自殺したSEには申し訳ないが、これでは著作権料が薄利でない限り、受ける方が得だ。
「プレイヤーは、デフォルト名こそ賀茂一輝ですが、ネーム変更も可能です。基本的に番組で放送されている除霊の追体験ですが、新しい術や妖怪、新規イベント、式神化できる妖怪の追加、別ルートも増やします」
「イベントの挿絵には、主人公が出ない形ですか」
「プレイヤーが主人公に投影できるように、挿絵も工夫します。もちろん賀茂一輝さんには、CMやネットの番宣番組での協力をお願いしますので」
「はーい。分かりましたーっ」
ゲーム内でハブられそうな俺は、それでも笑顔で答えた。
主人公をプレイヤーの自由にする意図は理解できるし、本質的にアークカンパニーがあくどいとしても、俺達との取引は真っ当だ。
それに俺が笑顔なのには、別の理由がある。
さっきから地縛霊が、打ち合わせをしている課長のカッパみたいになった頭髪の中心を、ペチペチと叩いているのだ。
『課長ちゃん、悪い事しちゃ駄目だよー。残った髪の毛、毟っちゃうよー』
木魚のようにペチペチと叩いていたかと思えば、急にドラムのようにベベベベチンベチンと打ち鳴らす。かと思いきや曲を中断して、『1本、2本……』と生え際の霊根を抜き始める。
俺は、この場で噴き出さないだけで必死なのだ。
地縛霊は課長に追い詰められて自殺した元部下らしいので、流石に止めてあげてとは言えない。
彼は課長の髪を弄りつつ、打ち合わせの要所で不満を言い続けている。
『はっ、他作のデータを使いまわして、人気タイトルの展開をなぞるだけじゃないか。適当に妖怪を出せば、オリジナル要素があるって誤魔化せるからチョロイよな』
彼のおかげで、俺はアークカンパニーの裏事情をすっかり理解できた。
だが周囲の大人たちは、隣に批判者が居る事に全く気付かないでいる。
俺は霊視・見鬼持ちというか、魔力を五感で感じ取れるので体感できる。だが回りの大人達は、それが出来ない。そのため打ち合わせは、気が散って口数の少ない俺を除いて、スムーズに進んでいた。
『いつも売れるタイトルだけ出して、実績と利益を上げておけって感じなのさ。ゲーム開発させておけば、常に俺たちを働かせられる。待機中の内職みたいなものだな』
『へーぇ』
『実績を作れば、他所での営業の役に立つし、制作の依頼も入る。大きな仕事が入れば、ゲーム開発を遅らせたり、自社の本数を減らしたりして調整できる。もはや流れ作業だな』
『良く出来ていますね』
発語はせずに、魔力に意思を篭めて会話を続ける。
これは異世界で修得した技術の一つだ。
スライムや八咫烏などの言葉が通じない相手や、声が届かない距離にいる相手の命令には、この方法が重宝する。
大人達は俺が話に入ってこないのを気にせず、打ち合わせを重ねている。
『ボクは、作り込まれたゲームをやりたいです。事務所を立ち上げたところからスタートで、仕事を引き受けたり、式神を増やしたり、従業員を雇ったり、事務所を大きくしたり。もちろんゲーム内のミニゲームも有りで』
希望を漏らすと、SEの幽霊は掌を横に振った。
『アークカンパニーでは、絶対にやらないな。費用対効果が不明だし、ゲームは長続きしない。売れるシステムを作って官公庁に入れた方が、使い回しと保守料と委託料で遥かに儲かる』
『でも最近は、アイテム課金制のネットゲームで儲かるんですよね』
『当たるかどうかなんて、売ってみないと分からないだろ。人件費もタダじゃない。確実に儲かる方に人を出すのさ』
なんとも夢の無い話だ。
確実に儲かる方に人材を振り向ける企業の考え方は理解できるが、せっかく小学生をやっているのだから、面白いゲームくらい作って欲しい。
俺は自分が面白いゲームをやりたい一心で、何とかならないかと考えを巡らせた。
アークカンパニーに期待するのは無駄だ。
他社も、アークカンパニー以上の事は難しいだろう。
だったら自分が作るしか無いが、西暦2000年には異世界へ連れて行かれた俺は、現代のパソコンの知識が皆無に等しい。
どこかに、ゲーム開発に詳しくて手が空いているSEでも居ないものか。
『あー、パターン化した事ばっかりで、つまんねぇ』
俺は、隣で不満を言っているSEの幽霊を眺めた。
『ところでSEのお兄さん』
『おう、何だ少年陰陽師』
『ちょっと聞きたいんですけど、自殺するSEさんって多いの?』
『そりゃあ多いぞ。ぶっちゃけアークカンパニーだけで、毎月2~3人は自殺してる』
『マジで?』
『おう。俺が知っているだけで、その数だ』
俺の思考が、自らの欲望に向かって走り始めた。
『お兄さん達って、今は暇なんだよね』
『そうだな。課長の髪型も見事なカッパになったから、もう弄り難いな』
『じゃあさ、ボクが式神化してこの会社から解放するから、この本社ビルに居る地縛霊さんたちを集めてきてくれない?』
『はぁ。俺達を式神にして、牛鬼みたいに戦えってか?』
『違うよ。さっき言った、アークカンパニーが作らない面白いゲームを作りたいんだよ。お兄さんたちにとっては、つまらない事ばかりしている会社への意趣返しになるんじゃないかな。予算と場所はボクが用意するからさ』
俺は勢いのままに、説明を畳み掛ける。
『納期が無くて、好きなだけ作り込めるし、ちゃんと休めるよ。連れて来ただけ手厚い人員配置。お兄さんもこの仕事をしていたなら、本当はゲーム好きだよね』
『ゲーム自体は嫌いじゃ無いけど、俺らのメリットは何だ』
『うーんと、まずは地縛霊から解放されます。自分を追い込んだ会社には、死んでまで居たくないでしょ』
『そりゃそうだがな。偉い奴は大体ハゲ散らかしたし、そろそろ飽きた』
すると重役会議では、みんなエイリアンのようにツルツルなのだろうか。
エイリアンが会議に並ぶ光景を想像した俺は、思わず噴き出し掛けて、なんとか笑いを堪えた。
『あとは、任意に身体を持てて、自由に活動できます。現金も渡すから、生前に出来なかった事をしてきたらどうかな』
『例えば?』
世の中を悲観したのではなく、仕事で追い込まれて視野狭窄に陥って自殺したのなら、まだやりたい事はあっただろう。
SEの地縛霊さんは30代に見えるので、けしからん遊びはどうだろうか。
『例えば、芸者さんと悪代官ごっことか。「お許し下さい、お代官様」「げへへ、よいではないか、よいではないか」「あーれー」。帯がクルクルクル-ッ』
『おいおい、小学生が何て事を言うんだよ。けしからん、実にけしからん、まったくけしからん、ああけしからん』
『でも嫌いじゃ無いでしょ。ゲーム作りを手伝ってくれるなら、身体とお金は用意できるよ』
『くっ、これが最近の小学生なのか』
残念ながら、俺は今どきのナウでヤングな小学生では無い。
死んで欲望に忠実になったSEは、どうやら籠絡された様子だった。
『急いで集めてきて下さい。打ち合わせが終わると、ボクは会社から出て行かないといけません。そうしたら、正門前で落ち合いましょう。そこまで来られない地縛霊さんは、式神化できないです』
『ちっ、分かった。だけど、突然だからみんな悩むと思うぞ』
『一度式神化した後でも、式神契約は解除できます。嫌だと思ったら、幽霊に戻れます。全員にまとめて説明しますから、とにかく声を掛けて、手分けして集めて来て下さい』
『分かった。声を掛けてくる』
SEの幽霊は、慌てて部屋から飛び出していった。
何処かから「止めてあげて、もう眠らせてあげて」と言う声が聞こえるが、あまり気にしないでおく。
なぜなら彼らとは、同意の上なのだ。それにアークカンパニーでも、これから偉い人の髪の毛が幽霊に毟られる事が無くなる。
地縛霊を助けて、霊の被害者も助ける。
これも陰陽師としての活動の一環ではないだろうか。
そうこうしているうちに打ち合わせが終わり、俺達は退出して正門に向かった。そこで霊と会話したいと言ってプロデューサー達と分かれて暫く待つと、地縛霊達がワラワラと集まってきた。
『本当は4倍くらい居たけど、ゲーム制作の役に立たない奴らと、病みすぎて話が通じない奴らは省いた』
『あっ、はい』
集まった霊は、37体。
この会社、社員を死なせすぎでは無いだろうか。
『それじゃあ、式神化しますね』
かくして俺は、大量の開発スタッフを手に入れた。
























