24話 記念放送 ラジオ第32回(2031/11/4)
2031年11月3日、文化の日。
今回のラジオ収録は、記念放送回で1時間スペシャルだ。
何の記念かというと、10月30日にドラマの2時間スペシャルが放送された事に対する記念放送だ。
2時間スペシャルの瞬間最高視聴率は、雪女回の40.3%を越えて、40.7%に達した。
これらは現在、今年の瞬間最高視聴率の2位と3位だ。双子の天才陰陽師姉妹というフレーズが視聴率を押し上げたのだろう。
そんなテレビの視聴者を呼び込もうと、ラジオもスペシャルになった。
無理矢理ねじ込んだため、まさかの放送日の前日収録だが。
俺は兎も角、海月さんは仕事が立て込んでいて、鬼のようなスケジュールだ。
今日は海月さんの微笑みに、有名な絵画のモナリザを連想した。モナリザの微笑みは、実際のところ笑っていない。長時間の拘束で、実際は『おこ』だ。
冷や汗が出てきた。
だが仕事は仕事なので、きちんと熟さなければならない。
「ねぇ、一輝くん」
「ひゃい、何ですかっ」
「…………どうしたの?」
「すみません、変な声が出ました」
慌てて弁明した俺に、海月さんが顔を近づけてくる。
なおさら鼓動を速くした俺に、海月さんは首を傾げながらも頷いた。
「ねぇ、一輝くん」
「はい、何ですか海月さん」
さり気ない録り直しである。
「幽霊船って、式神に出来るんだね」
「ボクもビックリしました」
素で呆れた感の海月さんに、俺も率直に同意した。
「その幽霊船には、ヘリコプターも付いて来たみたいだけど」
「はい。幽霊船ならぬ幽霊ヘリコプターですね。撮影を手伝ってくれて、とっても助かっています」
元々がヘリなので、同じ性質を持った幽霊への変化に違和感は無い。
しかも幽霊になった今は、自重が5トン以上から0キロまで落ちた。
5トンは、カバ2頭分、あるいはオスのアジアゾウ1頭分だ。
それだけ軽くなったため、物凄く高機動で飛び回れる。あるいは着陸地点の強度が低くても、スペースさえあれば羽のように軽々と着陸できる。
幽霊ヘリコプターは、幽霊船以上に使い勝手が良い。
「そこに、紫苑ちゃんと沙羅ちゃんも乗っていたね。経緯は、前に一輝くんに説明して貰ったから良いけど」
「はい」
海月さんに説明したのは、足を治した動画投稿でリスナーが反応した時だ。あの時にきちんと説明しておかなかったら、危なかったかも知れない。
「最近、一輝くんが何をやっても、あんまり驚かなくなってきたよ」
海月さんは悟りの境地に入ったのだろうか。
俺の行動に対して、泰然自若と受け入れている様子だった。
このタイミングなら、言っても大丈夫だろうか。
「ええと、正直に言うから叱らないで欲しいんですけど」
「言ってみて」
顔は微笑んでいるが、目は笑っていない。
俺は恐る恐る切り出した。
「幽霊船の船員さんたち、陸と海を2チームで交代しながら、陸に居る時は自分たちの家に帰ったり、うちの事務所で仕事を手伝ったりしてくれています」
一週間のうち5日はうちの事務所で12時間労働なので、仕事をしている時間が一番長いが。
「うん、それで?」
「それで、あとはボクに勉強を教えてくれたり、習い事を教えてくれたり、しているかも」
「何を習っているのかな」
海月さんは微笑みながら、だが確実にロックオンして尋ねてくる。
俺は生唾を飲み込んだ。
「お医者さんは家庭教師とか、パイロットさんは英語とか。でも整形外科の先生は、トランペットとかも」
「それで一輝くんに常識を教えてくれる人は、その中に居るのかな」
「…………居ないです」
「それならお姉ちゃんが、後でまた、人間の常識を教えてあげるね」
「あうあぅ」
全力で首を横に振ったが、海月さんは微笑んでいる。
俺は涙目になりながら、台本を指差し、ラジオをスタートさせた。
「「せーのっ、陰陽師ラジオ」」
「皆様、おは、こんばん、ちわ。テレビドラマ『少年陰陽師』、賀茂一輝役の賀茂一輝です」
「皆様、こんばんは。賀茂奏役の向井海月です」
「このラジオは、普段は木曜の夜9時に好評放送中のテレビドラマ『少年陰陽師』をより一層楽しんで頂くための情報番組です」
「前回のドラマは夜8時からの2時間スペシャルでした。今日はラジオも特別番組で、1時間放送になります。これから1時間、のんびりとお付き合い下さい」
いつも通りテーマ曲のタイミングに合わせて、海月さんがスポンサーを読み上げていく。
「陰陽師ラジオ。この番組は、大日本輸送、海千山千商会、株式会社エイシャン、ひな子プロジェクト、八百万グループ、日本電信、ジャップル製作所の提供でお送り致します」
10月に入ってから、番組のスポンサーが3社増えた。
このドラマのスポンサーは半年ごとの契約見直しだったが、1回目の更新では降りるスポンサーが無くて、新たに手を挙げたスポンサーが多かった。
CMの枠数にも限度があるため、新規希望の何社かは見送ったそうだ。
これだけスポンサーが増えれば、視聴率が劇的に落ちるか、主演の役者がニュース沙汰にならない限り、番組が潰れる事は基本的に無い。
このドラマで代替不可能な役者陣は、少年陰陽師の俺、姉役の海月さん、父親役と母親役の役者さんで4人だ。
もちろん俺は極めて常識人なので、何も問題ない……はずである。
一応、今のうちから賠償金を貯めておいた方が良いだろうか。
「2031年11月4日、今夜は第32回目の放送です。ドラマは10月30日に、第31話が2時間スペシャルで放送されました。今回は放送後の11月3日にラジオを特別収録しています。お姉ちゃん、テレビは見れた?」
海月さんには、事前にドラマを見ている事を確認済みだ。
「海賊船団、大迫力だったよね。船を一斉に動かしている様子とか、弓を射掛けてくる姿とか、昔はあんな風だったのかな」
「はい。ボクの式神の幽霊巡視船も、本物そっくりじゃないですか。だから幽霊海賊船も、同じくらいそっくりに再現されていると思います。480年前には、あの海賊たちが瀬戸内海を往来していたんですよ」
「でも、今はもう出なくなったんだよね」
「はい。ドラマの最後で、海月さんも瀬戸内海をクルージングしましたよね。もう出没海域でクルージングしても、海賊は全く出なくなりました」
瀬戸内海が安全になった事をアピールするために、海月さんを含めた家族でのクルージングしているシーンも入れられた。
撮影用の旅館も手配して、家族での宿泊シーンも撮っている。
「一度倒した幽霊って、もう出なくなるの?」
「うーん。一番象徴的だった時代の村上海賊が一掃されただけで、他の時代の海賊が出てくる事は有り得ます。でもドラマで倒した海賊は、あれだけ粉々に吹き飛ばされたり、灰になるまで焼かれたら、復活に千年はかかるんじゃ無いかなぁ」
「復活は、するんだね」
「復活するかどうかは分かりません」
俺は率直に答えた。
「でも幽霊は、肉体が無い代わりに、霊的なダメージを丸ごと受けます。あれだけ粉々にされたり、焼かれたりしたら、回復には相当の瘴気を使うから、復活には物凄く時間が掛かると思います」
フリートークにはOKが出て、次のコーナーに入った。
但し、先ほどの発言がどこまで採用されるかどうかは、スタッフのみぞ知る。
「これであなたも陰陽師」
「このコーナーは、ドラマに登場した陰陽道や陰陽術を中心に、陰陽師のあれこれを紹介するコーナーです。一輝くん、今日は何を教えてくれるのかな」
海月さんが話を振ってきたが、式神化した幽霊巡視船の無双回である。
幽霊巡視船など世界中のあらゆる文献に載っておらず、それについて細かく掘り下げる事は出来ない。
率直に言って、語れる事が殆ど無い。
「冒頭でも幽霊船について触れられたので、それを少し掘り下げたいです。そもそも陰陽道系の式神術は、術の方程式と、呪力のエネルギーを使って、鬼神・神霊を操る事です」
「うんうん」
「どうしてボクみたいな小さい人間の呪力エネルギーで、巡視船みたいに大きな幽霊を動かせるのか。答えは簡単で、自発的に動いてもらっているからです」
「自発的って、どういう事かな」
海月さんは見事に聞き役に徹して、話を促してくれる。
「ボクが式神にする相手って、自発的に協力してくれるか、追い詰められて物凄く弱っているかですけど、海上保安庁の幽霊船と幽霊船員さんたちは、協力してくれる意志が物凄く強かったんです」
本当の理由は、世界神の祝福で魔力量が非人間的な事と、異世界の契約術で維持魔力の大幅な軽減が出来る事だ。
もちろん、そんな事は言えない。
代わりに口にしたのは、「今回の幽霊船が、特別に協力してくれる意志が強かった」という、有り得そうだが再現は不可能な言い訳だった。
協力する意思があった方が魔力の軽減につながるので、自発性の有無が間違っているわけでは無いが。
「つまり元々自分で勝手に存在している幽霊さんを、その意思に沿った形で動かせば、殆どエネルギーがいらないんです。だからボクがお願した最初の依頼も、海上保安庁さんからのものにしました」
「それで大きな幽霊船を式神に出来たんだね」
「はい。だから今後の幽霊船さんの活動も、海の安全を守る仕事とかが多くなると思います。嫌な仕事なら、幽霊船はボクの術を拒否して海に戻るかもしれません」
ちゃんと海上保安庁の指示に従って動いていますよアピールである。
海の依頼に関しては、海上保安本部が出す依頼を中心に受けるので、どうせ既成事実化するはずだ。
だからと言って、どうせ自分たちの仕事を受けるだろうと足元を見られたら、仕事の選り好みやお断りもするが。
「という訳で、今日のお話しは、式神術で呪力消費を抑えるコツについてでした」
「はい。皆さんも、番組で疑問に思った陰陽術がありましたら、どんどんメールを送って下さいね。アドレスは公式ホームページをチェックして下さい。以上、『これであなたも陰陽師』のコーナーでした」
いつもの音楽と効果音が流れて、コーナー録りが終わった。
今回は2本録りではなく、2本目は元々放送を予定していた回の『日にち部分』を読み直す程度なので、負担的にはいつもと変わらない。
2回も同じコーナーをやらなくて済む分だけ、気は楽かもしれない。
そんな若干の精神的余裕と共に、俺は次のコーナーに移った。
「「ふつおたコーナー」」
「このコーナーは、リスナーさんからの普通のお便りを紹介するコーナーです。普通のお便りだから、ふつおたのコーナーです」
「普通のお便りなので、ジャンルは不問ですよ。ドラマとは直接関係の無い、わたしたちラジオパーソナリティに対するお便りでも大丈夫です」
但し読まれるとは限らない。
俺たちに渡す前に選別を担当するスタッフは、毎日凄まじい数の新着メールを処理し続けた結果、最近は死んだ魚のような眼になっている。
番組予算は充分にあるのだから、俺からプロデューサーに増員を提案した方が良いかもしれない。
「それじゃあ、最初のお便りを紹介します。ラジオネーム、妖怪・酒隠しさんから頂きました」
この妖怪は、冷蔵庫のビールを腹の中に隠す妖怪だろうか。
それとも夫のビールを隠して、飲酒量を減らす妻の妖怪だろうか。
同じ酒隠しでも、前者と後者で、まるで性質が異なってくる。
「『海月さん、一輝くん、こんばんは。初めてメールします。ドラマの31話を見ました。歴史を体験できたかのような、壮大なスケールの海賊船団でした。ドラマは今まで見ていませんでしたが、可愛い双子姉妹も出てきたし、これからは見ようと思います』」
妖怪・酒隠しさんは、ドラマ放送後にメールをくれた。
そしてせっかく前日録りしているのだから、ドラマのメールを読まずになんとするという感じで、このメールを選んだのだ。
「『ところで幽霊は、いつの時代まで遡って出ますか。恐竜も見えますか。ラジオで機会があれば、ぜひ教えて下さい。これから応援します』です。妖怪・酒隠しさん、ありがとうございました」
「妖怪・酒隠しさん、ありがとうございました。一輝くんは、どこまで古い幽霊とかを見た事があるの」
問われた俺は記憶を遡ったが、明確な答えは出なかった。
「幽霊は、平安時代の鉄鼠に変じた僧侶さんなら、ドラマで海月さんと一緒に見たよ。五箇山に行った時の巨大鼠。あの人は1000年前の人だよ」
「あれは幽霊なのかな」
「巨大鼠に変じたけど、あれも幽霊です。それと、妖怪や魔物がいつの時代まで遡って出るのかは、答えられます」
「えっ、分かるの?」
「はい。妖怪や魔物達は、全て人間の伝承や逸話を元に生まれています。ですからどれだけ古い魔物が出るかというと、日本なら『古事記』とか『日本書紀』で伝えられている天地開闢の時代から出る可能性があります」
何しろ魔物を創り出した管理神本人が『彼方の魔物たちは、貴方たちが想像する由来と造形に合わせたし、貴方たちが絶滅しないように力も調整したよ』と言っていたのだから間違いない。
「人間の霊も、伝承とか逸話にあれば出ます。でも縄文時代の人とかは、書物にも記されていないから、殆ど出ないと思います。恐竜も出ないかな。そんな感じです。以上、ボクの答えでした」
妖怪・酒隠しさんは納得してくれただろうか。
おそらく本人も、自分のメールを読まれるとは思っていなかっただろうから、それだけでも満足してくれそうな気がしなくも無い。
俺はタイムキーパーから追加で渡された、2通目のメールを印刷した用紙を手繰り寄せる。
「今日は1時間スペシャルなので、2通目のお便りも読みますね。ウラオモテヤマネコさんから頂きました。『海月さん、一輝くん、こんばんは』」
「こんばんは」
「『ドラマを見ました。そして考えました。全長95メートルの巡視船を式神に出来るのであれば、全高56メートルのスペースシャトルも式神に出来るのではないかと』……はぁっ?」
俺の口から無意識に、素っ頓狂な声が上がった。
「ええと、『スペースシャトルは135回の打ち上げで、2090億ドル掛かったそうです。発射準備には時間もかかり、天候にも左右され、失敗の危険もあります。でも式神なら、いつ、どこでも、無料で飛べますよね』」
メールの内容は、あながち間違っていない。
幽霊は重量が0だし、元々空を飛べた存在は、幽霊になっても飛べる。出現するスペースがあれば、どこからでも飛ばせる。
補助ロケットや燃料タンク、発射打ち上げ台は不要だ。
燃料を燃焼させないので、周囲を避難させる必要もない。
「『それが出来れば、日本単独で宇宙ステーションを建造できて、海外から料金を貰って様々な宇宙実験も可能です。宇宙旅行も実現するかも。そんな式神はどうですか。それではこれからも頑張ってください』です」
最後まで読み終えた俺は、これを読ませたタイムキーパーに向かって、暫く考え込む表情を送った。
「……ウラオモテヤマネコさん、ありがとうございました」
「ありがとうございました。一輝くん、スペースシャトルって、式神に出来るの?」
「そもそもスペースシャトルの幽霊が出ないと、式神化は不可能です。スペースシャトルは、日本にありませんよね?」
ブースの外にいる大人たちに問うと、その場で調べて無いと答えた。
船幽霊は年代を問わず世界中に出るので、宇宙船の幽霊船でも、いつか、どこかで出る。
問題は、スペースシャトルがアメリカの船である点だ。
幽霊巡視船には、国から見逃されるに足る理由がある。
・調伏は、漁協が海保の許可を得ており、海保も同行していた。
・俺の陰陽師活動は、テレビ放送で国民に広く認知されていた。
・沈没による廃船の処理済みで、公的な資産に何ら変更が無い。
・実質的には海保の委託船となっており、没収する意味が無い。
・国が没収しても維持できず、船と船員を失って非難を受ける。
・殉職した幽霊船員たちが、身体を得て家族にも会いに行ける。
すなわち現状は、取得の経緯、国民の理解、国有財産の問題、幽霊船の運用、最適な管理、人道の全てをクリアしているのだ。
逆にアメリカのスペースシャトルを式神化しても、同じ条件は満たせない。先方は、返還を要求してくるだろう。
『ウチュウセン、カエシテクダサーイ』
『幽霊の所有権に関する法律はありません。幽霊は、誰の物でも無いです』
『ファッ!? アレハ ステイツノ モノデース』
『式神は、ボクの呪力で身体を作っています。それにボク以外だと、呪力を供給できなくて、元の幽霊に戻りますよ』
『カエサナイナラ アナタ ドロボーデース』
『だから幽霊は、誰の物でも無いです。呪力を供給しないと、元に戻ります。つまりステイツは、幽霊宇宙船を持てないです。オッケー?』
『ノウッ! ニホンセイフニ アナタノ ヒキワタシ モトメマース』
スペースシャトルを式神化すると、物凄く面倒な事になってしまう。
「アメリカの偉い人に宇宙船を返せって言われたら、ボクは英語が出来なくて、怖くて泣いちゃいます。ぐすん」
俺は小学生の立場を最大限活用して、起こり得る国際問題を回避した。
























