23話 村上海賊調伏
ミレニアムゾンビ事件以降、世界には様々なタイプの魔物が発生した。
物理法則に従うゾンビはまだ生易しい方で、幽霊は物理法則を無視する。幽霊船も例外では無く、潮流に逆らって移動する。
「対応して貰いたいのは、瀬戸内海の海賊だよ」
幽霊船の使役後、1ヵ月ほどで海上保安庁から依頼があった。
依頼者は、広島県にある第六管区海上保安本部の安全対策課長だった。
「瀬戸内海の海賊って、村上水軍の事ですか」
「おお、よく知っていたね」
一応エセ小学生なので、多少は仕事の下調べもする。
村上水軍は、南北朝時代頃から瀬戸内海の島々を拠点として、周辺海域を支配していた海賊集団だ。
彼らは積み荷を奪う海賊行為を行っていたが、戦国時代に村上武吉という人物が当主になった頃から『帆別銭』という通行料を徴収するようになった。
他の戦国大名も港に税を掛ける事はあったが、それは艘別で1艘300文(3600円)程度だった。
船主が他の港を寄稿先に変えれば、荷が入って来ない。漁民を殺しては、税が取れない。その程度の分別は、戦国大名も持ち合わせていた。
だが村上水軍は、瀬戸内海を片道航行するだけで積み荷の1割を取った。
しかも、1割を払わなければ襲い掛かって男を殺し、積み荷は残らず奪い、女子供は攫った。人攫いや人身売買が横行していた時代、攫われた女子供が何をされたかは、お察しである。
これは他の大名と異なり、瀬戸内海を航行する者が彼らの領民ではなかったからだ。領民ではないから奪い取る。領民ではないから殺す。
故に村上水軍は、戦国大名とは性質の異なる海賊である。
帆別銭を払わなかった相手を襲った有名な例は、1554年に戦国大名である大内家の家臣・陶晴賢が足利将軍家に献上品を送った際、大友水軍を利用して村上水軍に帆別銭を払わなかった事から、村上武吉が船団を率いて襲い掛かり、積み荷を全て奪い取った記録が残されている。
将軍家への献上品を襲うなど、大名では有り得ない行為だ。
現代では、村上海賊は実は水先案内人だったと主張する人も居るが、彼らの行為を現代風に言い直せば、強盗、殺人、放火、誘拐、強姦、人身売買である。
「その村上水軍って、どれだけの規模で、どんな武器を使いますか」
村上水軍の最盛期は、第一次木津川口の戦いがあった頃だ。
海戦では、大型船の安宅船、中型船の関船、小型船の小早船を組み合わせて運用し、火矢や鉄砲だけではなく、炮録という爆弾まで活用した。
当時の勢力は15万石、軍船600隻、最大動員数1万人とも評され、木津川口海戦では、毛利側に付いて織田信長の水軍を壊滅させている。
織田信長が鉄甲船6隻を建造させて、大砲や大鉄砲を積んだのは、敗戦の結果を受けてだ。
その後、村上水軍は豊臣秀吉に海賊停止令を出され、それに従わずに海賊を続けたことで九州に追放される。瀬戸内海に戻れたのは豊臣秀吉の死後で、毛利輝元によって広島県へ戻され、4700石まで力を回復させた。
だが関ヶ原の戦いで毛利家家臣として西軍に参加して敗北し、毛利家が2国へと減封された結果、村上水軍も長州藩船手組の一員として40から500石程度まで落とされた。
徳川幕府が安定期に入ると、西軍に付いた毛利の家臣である村上家に再興の余地は無く、ついに村上水軍は消滅した。
「多い時には、100隻を超える船団で現われる。火矢や爆弾も使って、海賊から逃げようとして犠牲になった人も居るんだ。瀬戸内海の海上輸送は、村上海賊のせいで大打撃を受けている」
そこで幽霊巡視船に、討伐依頼が来たというわけだ。
「分かりました。でもボクも、巡視船の40人にお手当を出さないといけないです。依頼料は幾らになりますか」
「海上保安庁は予算が少なくてね」
「えーっ。洋上救急で殉職した巡視船の乗組員さん達と、海保の要請に応じてくれた大学の先生と看護師さんですよ。せめて家族にお土産を買って帰りたいのに、出来ないんですか」
「いや、気持ちは分かるんだけどね」
「課長さんの部下が殉職して、幽霊でも頑張るから、せめてお盆くらいは家族にお土産を買って帰りたい。って思ったら、駄目なんですか」
第六管区海上保安本部の安全対策課長は、苦渋に顔を歪めた。
1管区の1課が使える予算など、たかが知れている。
だが本庁の航行安全課は、突然現われた幽霊巡視船をどう扱って良いか分からず、身動きが取れない。幽霊船を使って何かがあれば、責任問題なのだ。
「分かりました。それじゃあ調伏料は激安に抑える代わりに、同行者を増やすのと、ドラマ放送を2時間スペシャルの特番にしても良いですか」
「特番というと?」
「幽霊巡視船の広報を兼ねた特別番組です。課長さんの出演も多目にして、村上海賊の危険性とか、排除後の瀬戸内海の安全性とかを宣伝してください。それなら幽霊さんはお土産がなくても、遺族にお土産話が出来ますよね」
「持ち帰って協議したいんだが」
「はーい。ちなみに全国放送で、課長さんの判断で瀬戸内海の安全が回復したアピールをします。課長さんも、出世するかもです」
「ははは、頑張ってみるよ」
それから3週間ほどで、第六管区内の決裁が降りた。
またテレビでも雪女回以来の特番にすべく、村上海賊の特集を作り、第六管区の協力を得て幽霊船被害者の体験談を集めていった。
体験談に協力してくれた被害者の1人は、地元漁師だった人だ。
親から機材や漁船を受け継いで、定置網漁でスズキやタイを獲っていた。
「幽霊船は、決まった海域だけに出ていたんだ。だから大丈夫だと思っていたら、急に霧が出てきて……」
気付いた時には、霧に飲まれていたらしい。
慌てて逃げたが、行く手に村上水軍の舟が出て、矢を射掛けられた。
「矢が右目と左手に刺さって、絶叫しながら必死で逃げた。矢は霊体で、実際には刺さっていなかった。でもあれ以来、右目が見えないし、左手も動かなくなった。今はもう障害者だよ」
漁師は動かなくなった左手を見せた。
どんなに力を入れても、左手は僅かに震える程度だ。
漁師の次に映ったのは、遺影を両手に抱えたおばさんだった。
遺影には、高校の制服を着た笑顔の女子生徒が映っている。
2021年、当時高校生だったおばさんの娘は、家族で浜辺へ遊びに来ていた。そして浜辺で村上海賊に襲われた。
語ってくれた経緯によれば、おばさんが住んでいたのは480年前の村上海賊の拠点だった因島で、そのため海賊の霊達が上陸してきたそうだ。
「夫は殺されて、娘は連れ去られました」
おばさんは浜で殴り倒されて、そのまま放置されて生き残った。
人生50年と謡われた480年前の人達から見れば、女子高生の母親であるおばさんは、連れ去って子供を産ませるには、薹が立ち過ぎていたらしい。
捜索活動は行われたが、連れ去られた娘は二度と帰らなかった。
あの世に連れ去られた今は、海賊の妻にでもされているのだろう。
被害者たちの映像と共に、第六管区海上保安本部での収録も進み、いよいよ海賊退治と相成った。
「それじゃあ海賊退治、いってみよー」
「あたしたち、初出演だね。沙羅、頑張るよ」
「はい。紫苑、協力して絶対に成功させましょう」
ディレクターの掛け声と共に、紫苑と沙羅も含めたスタッフ一同で幽霊巡視船に乗り込んだ。
ちなみに紫苑と沙羅は、ドラマ上で俺の親戚設定で、双子の天才陰陽師という事になった。
今回はうちの手が足りないので協力を要請して来て貰った形で、次からは陰陽系の仕事が沢山ある都会に修行で来た形で参入していく。
今回は2時間スペシャルなので、紹介を入れる余地も充分にあった。
因島を出港して30分。
出現海域付近を航行していると、前方に霧が立ち篭めてくる。
「赤外線捜索追尾システムに反応多数」
「霧に入らないで、後退!」
ひだ型巡視船には、逆噴射も可能なウォータージェット推進器が4基ある。速力は30ノット以上で、時速55.5キロメートル以上だ。
対する村上海賊で一番速いのは、小早船だ。江戸時代に琵琶湖上15里を4時間で移動した記録があり、時速14.5キロメートルだ。
速力の勝負で、巡視船側が負けるわけが無い。
距離を保って後退する間、巡視船に乗っていたヘリの発進準備が出来た。
「紫苑と沙羅は、上空から頼む」
「任せて!」
「行ってきますね」
「2カメちゃん、3カメちゃん。良い画をバンバン撮ってきてね」
幽霊巡視船と一緒に式神化した大型ヘリコプター『EC225』は、元々が乗員2名の他に乗客24名を乗せて850キロもの距離を飛べるタイプだ。
それが幽霊船ならぬ幽霊ヘリコプターになった事で、重量を無視して自在に飛び回れるようになった。
撮影スタッフをまとめて乗せて飛ぶなど、お茶の子さいさいだ。
最大の欠点は、捜索救助仕様の専用装備を積載して幽霊になったため、ストレッチャー3台などの付属品が空間を圧迫して、乗客数を3分の1まで減らしている事だろうか。
ストレッチャーは取り外せる仕様だが、外した後で回収しなければ、その分だけ魔力を消費する。
救助活動には向いている一方で、移動用としては残念な部分がある。
紫苑と沙羅、固定カメラを確認したスタッフが乗り込むと、ヘリ甲板に鎮座していた大型ヘリが、赤い光を点滅させると共に、ローターを高速で回転させ始めた。
並行して機体のカメラや投光器を回転させ、次々と動作を確認していく。
「EC225、撮影班と一緒に離船して下さい」
「Roger,cleared for take off」
応答した幽霊ヘリは、無音のまま瀬戸内海の空に舞い上がっていった。
幽霊ヘリは爆音が響かないので、TVカメラに優しい機体だ。
しかも元々が海保のヘリコプターなので、ヘリコプター撮影画像伝送システムを使って、巡視船に映像を送る事も出来る。
「EC225の伝送システムから、海賊船団の全体像が送られてきました」
船内の戦闘指揮所に映し出された映像と画像には、霧から現われた大中小の木船が、百隻ほどで一塊になりながら迫ってくる姿が撮されていた。
拡大画像には、ふんどし姿の男たちが船を漕ぐ様子や、弓矢を構えた男達がヘリに矢を射掛ける様子なども映っている。
まるで今にも、船を漕ぐ威勢の良い掛け声や、海賊頭の矢を射掛ける指示が轟いてきそうだった。これまで浜辺で襲われた人が撮った動画は多少あれど、上空から全貌を捉えた映像は存在しない。
2時間スペシャルに相応しい、途方もなく壮大な光景だ。
「良いよ良いよ、どんどん撮っていって。ドローン飛ばしてる?」
ディレクターは大喜びで、撮影スタッフに無線で指示を出す。
『矢が多くて、ドローンを近づけると落とされるかも知れません』
「だったら矢を構えていない小さい船を撮して。ヘリはホバリング可能?」
俺にも振ってきたので、俺もヘリに無線で依頼を出した。
「撮影に協力してあげて下さい。暫く撮ったら、次のシーンに入ります」
『了解』
撮影の合間にも、伝送画像を手元の端末で確認する。
撮影された大型の安宅船には、のぼり旗が立てられている。のぼり旗には、『上』の一文字を円で囲んだ村上海賊の旗印が記されていた。
「のぼり旗って、誰かの手書きだったんだなぁ」
中々の達筆だ。
清書は寺のお坊さんにでも、頼み込んだのだろうか。
海賊船の旗を書くお坊さんというのも、想像するとシュールな光景だが。
20分ほど撮影時間が設けられた後、ディレクターがオッケーを出した。
「じゃあ海戦に移っちゃって。一輝くん、頑張って良い画を作ってね」
「分かりました」
調伏に関しては、陰陽師である俺の裁量で行われる。
誰からどんな要求を出されても、陰陽師としての調伏方法に関しては、俺が指示を聞かない。
ディレクターもそれは分かっていて、細かい事は言わなかった。
「第二次木津川口の戦いでは、鉄甲船の大砲で安宅船を攻撃された村上水軍は、逃げていきました。今回は殲滅が目的ですので、安宅船は後回しにします。手前の小さい船から順に、20ミリ砲で潰して下さい」
「逆噴射、停止。20ミリ砲、準備。標的、敵小型船」
「逆噴射、停止」
「諸元入力」
巡視船には、20ミリのJM61-RFSバルカン砲が装備されている。
20ミリ砲は現代の戦闘機の一部にも搭載されており、敵機を撃墜させる性能があるが、艦船用の20ミリバルカン砲はその強化版だ。
有効射程1.5キロメートル。多銃身機銃で毎分450から500発。射撃統制システムと連動して、敵の自動追尾や弾道計算を行い、弾倉を変えずに十分以上撃ち続けられる。
敵船に命中すれば、船舶を穴だらけにして、エンジンを破壊出来る。
相手は幽霊船なので、船体に穴が開いても沈まないが、霊からの直撃弾を浴びれば当然ダメージを受ける。
その砲身が敵小型船に向けられた。
「撃てっ!」
直後、ギュワーーンッとチェーンソーを作動させたような音が船首に鳴り響き、銃口から火花が出て白煙が噴き上がった。
過剰な霊弾の豪雨が、小早船の紙装甲に突き刺さっていく。
船体を吹き散らされた小早船は、次々と掻き消されていった。
「おおおおっ、凄い!」
海賊船を次々と除霊していく様に、同乗ディレクターが喝采を叫んだ。
射程内の数十隻が一掃された事を確認した俺は、前進を指示した。
「船体、微速前進して下さい。射程内の小早船は、射程に入り次第、順次殲滅して下さい。続けて40ミリ砲を用意。標的は、中型の関船です」
「船体、微速前進。40ミリ砲用意。目標、敵中型船」
巡視船には、20ミリ砲より遥かに強力な40ミリ砲も搭載されている。
有効射程は、10キロメートル。
射撃統制システムと連動しており、毎分330発が発射可能な対水上、対空機関砲で、巡航ミサイルも迎撃可能だ。
人に直撃すると、一撃で粉々に爆発四散する。
本当に粉微塵になって、ミキサーを使ったみたいに肉片が赤いシャワーと共に飛び散るので、心臓が悪い人は絶対に見ない方が良い。
「諸元入力」
「撃てぇいっ!」
40ミリ機関砲が、合図と共に4点バーストで砲撃を開始した。
先ほどの20ミリ砲の甲高い音とは大きく異なり、空気を「ズガンッ、ズガンッ、ズガンッ、ズガンッ」と重く振動させながら、砲弾が敵船を貫いていった。
関船の櫓が千切れ飛び、海賊が弾き飛ばされ、船底が吹き飛んでいく。
消し飛ばされた関船は、文字通り海の藻屑と化していく。彼らの墓標は、高らかに噴き上がる波飛沫だ。
「良いよ、良いよ。どんどん行っちゃって!」
ディレクターが大喜びでスタッフを煽る。
巡視船は小型船を20ミリ砲で一掃し、中型船を機関砲で吹き飛ばしながら、海賊船団に向かって進んでいった。
瞬く間に撃ち減らされた船団は、慌てて進路を反転させて逃げに転じた。
「敵船団、回頭、離脱を図る模様です」
「1隻も逃がさないで下さい。標的に安宅船を入れて下さい」
「40ミリ砲、目標追加、敵大型船」
「諸元入力」
「撃てええぇいぃっ!」
自動制御された40ミリ機関砲の砲台と砲門が素早く回頭し、鈍重な敵船団に向かって俺の腕ほどもある砲弾を次々と叩き付けた。
砲弾は直撃と共に爆発し、魔素の暴風となって船幽霊たちを吹き飛ばしていく。
「敵大型船5隻撃沈、残存0。中型船は残存5。小型船は数十隻です」
「相手は、手漕ぎの木船です。一隻も逃がさないで下さい。紫苑、沙羅、ヘリで逃げ切りそうな敵に先回りして、上空から鬼火を投げ込んで倒して」
『任せて。沙羅、行くよ』
『うん。船に当てて燃やせば良いんだよね』
紫苑と沙羅は、次々と鬼火を生み出して、上空から船に落としていった。
大天狗と鬼神の子孫である彼女達は、天狗と鬼の力を使える。
今使っているのは鬼の力で、鬼火を浴びた小早船の幽霊船は、次々と燃え上がって行った。
快進撃の幽霊巡視船と、空から次々と鬼火を投下していく幽霊ヘリ。
今や周辺海域は、吹き散らされ、炎上する海賊船団の葬儀場と化していた。
(夏に花火は見られなかったけど、これはこれで綺麗だなぁ)
海賊船団は最後まで抵抗し、やがて線香花火のように消えていった。
























