02話 芸能界進出
西暦2031年。
牛鬼の式神化から2年が経ち、俺は小学5年生になろうとしていた。
調伏の映像がテレビで放送されて以降、俺は少年陰陽師としてテレビ出演の機会が増えていった。
当初のテレビ局側は、俺の力を半信半疑だった。
いや、1信9疑くらいだっただろうか。
そもそも世界的に認知・研究されているのは、西洋式の魔法だ。
魔法を覚えるなら西洋式であり、陰陽術には誰も参入しない。術者の分母が違いすぎる上に、俺がやったことは常識から逸脱し過ぎていた。
ディレクターのヤラセや演出ではないか。
実は牛鬼が弱かったのではないか。
画面の外で父親が手伝ったのだろう。
何か別の外的要因が重なったのではないか。
疑われた俺は、世に溢れている様々な魑魅魍魎を退治させられた。
もっとも出演料や調伏料を提示されたので、仕事は喜んで受けたが。
そうして過剰な演出のサービス付きで魔物を退治する日々を年単位で続けたところ、ようやく世間から『こいつマジだ』と評価された。
(未だに色物扱いだけど)
だが本物だと認識された事で、多少の変化があった。
番組のコーナーで使うだけでは勿体ないと考えたテレビ局のプロデューサーが現われて、『少年陰陽師』がドラマ化される事になったのだ。
ドラマの正式名称は『少年陰陽師・賀茂一輝』である。
実在の依頼人から持ち込まれる異常事象を解決して、それを編集して放送するという、半ノンフィクションの斬新な内容だ。
来春に放送開始の予定で、既に撮り溜めも行っている。
それに加えて、放送予定のドラマの視聴率を上げるべく、主演予定の俺は同局の他番組に出されるようになった。
つまり今世の俺は、お金に釣られて働いていたら、いつの間にか芸能界で子役デビューしていたのだ。
どうして、こうなったのだろう。ワケが分からないよ。
これは今世の俺の容姿が、サイコロの5で優になったせいだろうか。
原因をサイコロのせいにしつつ、俺は今日も番組の収録に来ていた。
「海月さん、おはようございます」
業界では、昼夜を問わず挨拶は「おはようございます」だ。
そして収録時間より2~3時間前に現場入りして、先輩芸能人に挨拶すべく待機する。
これもワケが分からない。
世の中は、分からない事だらけである。
だが、そんな風習が苦にならない相手も居る。その相手とは、番組共演者である2歳年上の向井海月さんだ。
彼女は、俺より2歳年上だが、芸歴は既に9年だ。
3歳から芸能界デビューして、6歳の時には教育番組にレギュラー出演していた子役の星である。
「おはよう。一輝くん、いつも最初にわたしの所に来て、ダメだよ?」
「ボク、小学4年生だから、まだよく分かりません!」
「もう、めっ」
小学6年生の女子にお姉さんぶられて注意されるというシチュエーションに、俺はブルブルと小刻みに震えた。
俺にとって海月さんは、いつもお菓子を分けてくれていた女神様だ。海月さんがくれるお菓子は、俺の空きっ腹を満たす貴重な食糧だった。
世間一般では、これを『餌付け』というらしい。
だが理屈を理解しても、本能には抗えない。
かくして俺は、海月さんに飼い慣らされたのである。
「それじゃあ、わたしと一緒に挨拶に行こうね」
「はーい」
海月さんに連れられた俺は、素直に番組共演者への挨拶回りを行った。
ちなみに今日の収録は、ゴールデンタイムに放送される動物番組。
小6女子である海月さんは、動物と戯れる癒し系だ。
そして小4男子の俺は、動物園に連れて行かれて、猛獣の檻を掃除させられたり、猛獣と対峙させられたり、芸を仕込まされたりする流れがパターン化しつつある。
(何か、おかしくね?)
妖怪を使役出来るなら、大型動物が相手でも問題ないだろうという、おかしな理屈がまかり通っている。
容姿が優の評価は、一体何処へ消え失せたのだろう。
もっとも番組出演料を口に突っ込まれて、何も言えないのだが。
(給食費、払えるようになったからなぁ)
俺は小学生らしからぬ遠い目で、生活の変化を振り返った。
芸能活動のおかげで、ゴミ捨て場から服を拾わなくて良くなった。雨水が染み込む靴も履いていないし、月3万円の激安アパートからも引っ越し出来た。
人生に立ちはだかる問題の9割くらいは、お金で解決できる。
残る1割は、生活が安定した時には母親が再婚しており、子供もいた事だ。過ぎ去った時間だけは、もう戻らない。
「今日もスタジオには、素敵な動物さんに来て貰いました。海月ちゃん、何だと思いますか~?」
収録中のスタジオの中央に、台車に乗せられた大きな檻が運び込まれた。
檻には暗幕が掛けられており、中の様子を窺い知ることは出来ない。
但し内側からは、魑魅魍魎の類いと思わしき瘴気が漏れている。
「ヒントは何ですか?」
「ヒントは、大きな耳があります」
「それじゃあ、ウサギさんだと思います」
今日も海月さんは可愛かった。
「おおーっ。一輝くんは、何だと思いますかーっ?」
現実逃避から引き戻された俺は、檻に向かって構えてみせる。
「頭部の長い角のような部分に、呪力が感じ取れます。まさかアルミラージとか、言わないですよね?」
「ふっふっふー。それでは、オープン!」
司会者の補佐を務めるアイドルグループ上がりの女優が、ADに暗幕を外させた。
すると巨大な角を持つウサギの魔物、アルミラージが姿を現した。
角の長さは、約60センチメートル。
暗幕が外れた檻に向かって、鋭利な角をガンガンと打ち鳴らし始めた。
「ヴゥゥヴヴヴヴッ」
突然大勢の人間に囲まれた形のアルミラージは、滅茶苦茶興奮していた。
「一輝くん、大正解。海月ちゃんは、ニアピン賞でした」
「惜しかったですー」
「わーい、正解だー。じゃ、ないですっ。魔物を連れて来たの誰ーっ。ここ動物番組ですよねー」
なぜスタジオに、海外の魔物を連れて来たのだろうか。
嫌な予感がした俺は、この番組のプロデューサーを睨んだが、プロデューサーはどこ吹く風で素知らぬ振りであった。
「ここで少年陰陽師の収録開始を記念して、一輝くんにアルミラージを調伏して貰います。頑張らないと、一輝くんの大好きな海月お姉ちゃんが、ウサギさんをモフモフできないぞーっ?」
「やっぱりかいっ!」
俺は子供らしく地団駄を踏んで、分かり易いリアクションを付けた。
そして梅干しを口に含んだような顔をしながら、渋々と中央に進み出て、衣装の袖に手を入れた。
番組出演時の衣装は、ドラマ少年陰陽師の正装だ。
衣装の裾には収納ポケットが作られており、そこから札を取り出せる。衣装代は番組の制作費から出るので、俺の懐には二重に優しい作りになっている。
「ヴゥゥヴヴゥッ」
完全に俺を標的認定して、檻の内側から角を突き出すアルミラージ。
それを意に介さず、札を出して身構えると、素早く印を結んで呪を唱えた。
『臨兵闘者皆陣列前行、天元行躰神変神通力。天地間在りて、万物陰陽を形成す。汝を陰陽の陰と為し、我が霊気を対たる陽と為さん。然らば汝、この理に従いて、我が仮初めの従たる式神と成れ。急急如律令』
真名は口にせず、陣も張らない。
だが俺とアルミラージとの絶大な魔力差を用いて、一方的に仮契約を結んだ。
魔力の繋がりを感じた俺は、檻の鍵を開錠して、アルミラージを出した。
「はい、できました。アルミラージくん、起立、 気をつけ、礼、着席」
アルミラージは二本足で立ち上がると、長い角をベシッとスタジオの床にぶつけたお辞儀を行い、ペタンと座り込んだ。
「「おおおおっ」」
スタジオから一斉に、大きな拍手が鳴り響いた。
俺はアルミラージを抱きかかえると、海月さんの前に運んだ。
「はい、海月さん。もう抱っこしても大丈夫です」
「危なくないの?」
「仮契約だけど、明日の朝までは大丈夫です」
海月さんは手を伸ばし、ウサギの頭を優しく撫で始めた。
この番組において、海月さんだけが俺の癒やしである。
「持って見ますか?」
「うん」
「角には気を付けて下さいね」
「ありがとう。よいしょっと」
受け渡されたウサギを抱き抱える海月さんに、カメラが寄っていく。
俺が気を利かせて後ろに下がると、人気俳優から質問が飛んで来た。
「一輝くん、どうして仮契約なんだい」
それは、無駄な式神を増やしたくないからだ。
「式神と契約すると、維持するためにボクの呪力を消費し続けます。ボクに100の力があって、10の力を消費する魔物と契約したら、自由に使える力は残り90です。だから、あんまり式神は増やしたくないです」
「へぇ、そうなんだね」
「でも良い妖怪がいたら、契約したいです。安倍晴明も、十二の神霊を式神にしていたそうですし」
安倍晴明は、日本で最も有名な陰陽師だ。
『尊卑分脈』によれば、晴明は右大臣・安倍御主人から9代目の大膳大夫・益材の子で、晴明自身も大膳大夫を務め、左京権大夫、穀倉院別当などの官職を歴任した高貴な身分だとされている。
その晴明が使役した有名な式神が、十二神将である。もっとも晴明は、十二神将に留まらず、他にも様々な式神を用いたが。
晴明の母親は、父親が助けた狐であったそうなので、半妖の晴明は人間が持てる最大魔力を越えていたのかも知れない。
「アルミラージは、ボクの式神には増やせないです。でも恐竜の魔物なら式神に欲しいです」
「はははははっ」
これで本日の俺の仕事は、充分に達成出来ただろう。
やがて海月さんの兎モフモフ映像も充分に撮れたのか、他の女性共演者たちもアルミラージに向かっていった。
『抵抗するな』
俺は繋がった魔力を介して、仮契約したアルミラージを束縛した。
すると無抵抗になったアルミラージは、為されるがままにモフられる。
私的には、あまり嬉しくないオバさんとウサギが戯れる映像が撮れたところで、スタジオはお笑いコンビが動物園に行ってきた収録の紹介に移った。
お笑いコンビが向かったのは、ライオンの檻だった。
お笑い芸人達が対峙させられたライオンは、動物園で生まれ育って人に懐いており、じゃれるだけで本格的に襲ってきたりはしない。はずである。
それでもお笑いコンビは大げさに怯えて見せたり、相方の背中を押してライオンに突き出したりと、面白い画を提供して番組を盛り上げた。
まさにプロのお仕事だ。
そんなライオン相手に四苦八苦する芸人たちの映像に対して、スタジオのコメント撮りも行われる。
この辺りはひな壇に座っている共演者たちが面白いコメントを言って採用されるための場なので、俺は出しゃばらず、話し掛けられない限りは貝のように沈黙した。
ライオンの次は、アルパカを飼い始めた女性モデルの番になった。
番組が用意した古い一戸建ての住宅に、女性モデルとアルパカが暮らす。
そしてアルパカの毛を刈ってコートを作り、モデルとして着こなす。
自分が着る服を自分で調達する企画らしいが、西暦2000年に異世界へ連れて行かれた俺は、ちょっと最近の発想に付いて行けない。
(世の中、みんな大変だなぁ)
俺はテレビ業界の日常に達観しつつ、本日の仕事を終えた。