18話 何でも霊能解決団
「陰陽師系の新番組ですか」
俺の首が、斜め45度に傾いた。
半年前から放送中のドラマ『少年陰陽師』は、平均視聴率20%台、瞬間最高視聴率30%台、第9話の雪女調伏回には40.3%を記録した大人気番組だ。
「ええと、人気に便乗するのが目的ですか」
「そのようです」
プロデューサーは眉を顰めながら、心底嫌そうに話した。
内容は、霊障や霊具を調べたり、祓ったりする番組らしい。
鑑定料や除霊料はタダで、視聴率を上げて広告料とスポンサー収入で採算を合わせる形だ。
既に企画は通っており、現在は収録も始めているそうだ。
「あんまり危なくない霊障だけやるのかな」
無料という部分が、除霊の精度を示唆している、
有料で契約を交わす形であれば、仕事には相応の責任が発生する。
だが無料で行う善意のボランティアであれば、契約書の記載事項を遵守する義務などは発生しない。
『鑑定してみましょうか?』
『お願いします』
『これは○○かもしれません。○○だと思われます』
鑑定結果が間違っていたところで、責任など追及出来るはずも無い。
調伏も無料であれば、塩を撒くとか、お経を唱えるとか、その程度でも充分だ。
「それで陰陽師の要素って、どこにあるんですか」
「出演者には古物商などの他に、安倍晴明の子孫も居るそうです。名前は安倍晴也だとか」
素朴な疑問に、意外な答えが返ってきた。
「でも安倍晴明の子孫って、室町時代からは土御門を名乗っていましたよね。しかも安倍氏嫡流の土御門家は、平成6年に36代目が亡くなって途切れています。娘さんは居たはずですけど、その人は本当に子孫なんでしょうか」
安倍晴明は1100年前の実在の人物で、36世代を重ねた。
1世代毎に子孫が2倍ずつ増えた場合、子孫は数百億人にもなる。
地球にはそれほど人類は存在しないが、要するに血を引いた子孫であれば、日本中にどれだけ居てもおかしくは無いわけだ。
だが本家嫡流は断絶しているので、安倍姓を名乗って子孫を自称される事には、違和感を覚える。
「企画したのは私の先輩ですが、先輩は数字のために何でもやる性格です」
「つまり、どういう事でしょうか」
「陰陽師を探して、芸名で安倍姓を名乗らせるくらいはやります」
「その陰陽師は、式神は使役できますか」
「鷹の式神を持っているそうです」
「へぇぇ」
西暦2000年からそういう世界に変わっており、文献を読み解けば呪法を実現できるとは言え、実際に式神を持てるのは極めつけに優秀だ。
つまりそれだけ優秀な陰陽師の血筋という事である。
安倍晴明の子孫の一人という話は、案外本当なのかも知れない。
「それであちらの番組から、式神対決を申し込まれました」
「それって、話題作りのためですよね。ボクが紙で作る鳩の式神と勝負して、勝って箔付けしたいとかですか」
「誠に遺憾ながら。速さなど、あちらに有利な項目の勝負でしょう」
鷹の式神であれば、紙で作った鳩の式神には勝てるだろう。
しかも俺が頑張って勝ったところで、何のメリットも無い。
「勝ってもボクには何も良い事が無いので、勝負はお断りします」
「それが可能であれば、一輝君には説明していません。既に先輩の起案書は、局長が決裁済みです」
「それで断ると、どうなるんですか」
「ドラマは制作会社からの買い取りでは無く、自社制作です。こちらが断ると、撮影スタッフや機材の融通で不利益を受けます」
「ドラマの視聴率が良いのにですか?」
「先輩は、自分の起案が通れば構わないタイプです。局長も、自分の決裁に逆らうとは何事だと、プライドで判断します」
まるでパワーハラスメントの見本市である。
普段はなるべく見ないようにしているが、業界では派閥力学や事務所のごり押し、パワハラ、セクハラ、虐め、枕営業などが日常茶飯事だ。
俺の場合は、低身長な小学5年生という見た目、陰陽道という代替えの効かない特殊技能、2年間の地方局での下積み、ドラマの実績等があって、そういう世界には巻き込まれ難いが、それでも完全に無縁ではいられないらしい。
「分かりました。勝負は受けます」
俺はプロデューサーの顰めっ面に向かって、顰めっ面を返した。
都内には、テレビ撮影用に貸し切りが出来る施設が、山ほどある。
その1つである陸上競技場のフィールドで、紋付き袴姿の青年が、高らかに名乗りを上げた。
「うはははははっ、俺が安倍晴明の子孫、安倍晴也だ!」
言葉に違わぬ、自信溢れる表情である。
見た目は、大学生から新社会人の間くらいで、言葉やしぐさの端々から活力が溢れている。
ざっと看たところ、晴也の魔力は30くらいだ。
俺の父親は、小さな除霊で細々と上げて、魔力30くらい。
20歳前半で魔力30の晴也と、40歳で魔力30の父親とを比較すると、晴也の優秀さが際立つ。才能があり、式神も使役出来ているのだから、自信に裏付けされた力を持っている感は否めない。
晴也の魔力に異世界の魔法技術が加われば、絡新婦の1体は使役できる。そんな彼と同等の魔力を持つ者が十数人でチームを組めば、絡新婦の母体も討伐出来るだろう。
子孫云々はさておき、晴也は陰陽師を名乗るに充分な力がある。
「おはようございます。賀茂陰陽師事務所の賀茂一輝です。今日はよろしくお願いします」
俺は淡々と、他人行儀に挨拶を返した。
すると相手のプロデューサーが、途端にダメ出しを入れてくる。
「駄目駄目駄目っ、カメラ回してるんだから、もっと愛想良くしないと駄目じゃん。声も小さいじゃん。キミは何年テレビに出てるの。ドラマも出てるんでしょ。しっかりやってくれないと、こ・ま・る・よ・!」
俺の口元が、無意識にヒクヒクと引き攣った。
だが先方はこちらを見ておらず、手を叩いて取り直しを指示した。
「はいはいはーい。それじゃあ、テイク2。3、2、1、キュー」
「安倍晴明の子孫ですか、それなら、もしかして式神も持っていますか」
俺は撮り直しの指示を無視して、話を続けた。
すると晴也も、そのまま話に乗ってくる。
「その通りだ。見ろ、これが俺の式神だっ!」
俺は意図的だが、彼は間違いなくアホである。
そんなアホの影から、鷹の式神が飛び出してきた。
「ピィイーッ、ピィイィーッ」
鷹の式神はバサバサと翼をはためかせると、甲高い鳴き声を上げながら、晴也の腕にしがみついた。
「わあーっ、可愛いっ!」
これは本音だ。
小動物の甘える仕草と鳴き声が可愛いのは、生物としての仕様だ。それでいて元来が格好良い鷹なので、ギャップ萌えもある。
俺はこの鷹の式神を、すっかりと気に入ってしまった。
そんな急にテンションの上がった俺に、先方のプロデューサーも苦虫を噛み潰したような表情でリテイクを思い止まった。
そんな鷹の魔力は、6ほどだ。
使役するための魔力は1.5倍ほどで、晴也は魔力30のうち9を鷹の維持に費やしている。
だが、それでも使役できる事自体が凄い。
甘える鷹の様子から察するに、ヒナの頃から飼っていたのだろう。
自分の陽気を与えながら育てて、自分に従うのが自然な状態にすれば、従属させる魔法知識が不足していても、使い魔は作り出せる。
その他には、2年半前に俺が牛鬼を調伏した映像を模倣したのだろう。
「君もハトの式神を使うようだが、鷹の方が強い!」
「うーん、結構凄いと思います。もしかすると式神術は、ボクのお父さんより上かも知れませんね」
「ふふん。なかなか分かっているじゃないか」
晴也は得意気に胸を張った。
俺の父親は、式神を持っていない。経験者と未経験者とでは、経験者の方が上なのは事実である。
父親も晴也と同じ事は出来るだろうが、式神を持てば息子と比較される。
それは俺的にも心苦しいので、俺は自分よりも遥かに詳しい陰陽道の知識や、未成年の俺では出来ない事務所経営などを褒めて、そちらの活動を促して来た。
父親に確立させたのは、稀代の陰陽師を育てた教育者という立場である。
「まあ、それでもボクの式神には負けちゃうんですけど」
「なんだとっ、だったら勝負で白黒付けてやるっ!」
晴也が俺にビシッと指を差したところで、裏方からオッケーが出た。
「はいはいはいっ、大オッケー。グッド、グッド。ここでルール説明の映像を差し込むから、次の撮りに移ろうか。速さ対決だから、よ・ろ・し・く・!」
対決は、競技場で100メートル走の距離を、式神でどれだけ速く飛べるかを競うそうだ。道理で撮影場所が陸上競技場な訳である。
これは鳥類の造形的に、鷹に物凄く有利な勝負である。
急降下速度と巡航速度の何れで勝負しようと、ハトより鷹の方が速い。
先方のプロデューサーも、嫌らしい表情で笑っていた。
「ほなら、俺から行くでぇっ!」
晴也が準備を整えると、競技場らしく100メートル走と同じ合図が出る。
「On your marks …………Set…………BANG!」
晴也が構えると、スタートを告げるピストルの乾いた音が鳴り響いた。
直後、晴也が腕を振って鷹の式神を加速させた。
加速と共に飛び立った鷹は、瞬きよりも速い羽ばたきと共に、空中を滑空しながら一気にゴールをすり抜ける。
電光掲示板のタイムは、5秒72と表示されていた。
「5秒72」
「おっしゃあああっ、まずまずやな」
喜びを露わにした晴也。
ところで式神遣いが加速を手伝っても良いのだろうか。
仮に良いとしても、成人男性の晴也が振る腕の加速と、小学生の俺が振る腕の加速とでは、圧倒的にあちらの加速力が上だが。
全く以て、何もかも卑怯だ。
「質問でーす。今、式神を飛ばす時に腕を振って加速していたけど、ボクもその場から動かなかったら、加速させるのはありですかー?」
「主人と式神は一心同体や。牛鬼とか、式神を2体使わなければええで」
「じゃあ、ボクの術で加速しますね」
「おう、次はお前の番や!」
「はーい」
俺はスタートラインに立つと、影から式神を取り出した。
構えたのは、黒光りする長い物体だ。
物体の名称は『89式小銃』。
1990年代から陸上自衛隊の主力となっており、海上保安庁でも使われているアサルトライフルである。
作動方式はガス圧利用(ロング・ストローク・ピストン方式)で、初速は秒速920メートルに達する。
有効射程は500メートルで、最大射程は3300メートル。射撃は連射、3点バースト、単射を切り替えられる。
銃身の下にある二脚を出して地面に設置し、俺もその場に伏せて構えた。
この銃の入手元は、ひだ型の幽霊巡視船だ。
そして撃ち出す弾丸は、木属性の世界神の祝福で生み出した『木弾』である。
「ま、まてまてまてっ、何やそれはっ!?」
「えっ、ボクの式神ですけど」
「どこがやねん。バリバリの銃器やないかい!」
「この銃は、木属性の呪力で出来ています。紙は木から出来るものだから、飛んでいる途中に木から紙製のハトの式神に変わるんです」
「そんなアホな話があるかっ!」
「ここにありますよ。撃ってみて良いですか?」
俺はカメラの後ろに居る先方のプロデューサーを見た。
するとプロデューサーは、オッケーサインを出している。
「くそっ、やってみい」
「はーい。それじゃあカウントお願いしまーす」
俺は魔力で出来た銃を構え、合図を待った。
「On your marks …………Set…………BANG!」
「BABABABABABABABABABANG!」
スタートの合図が響いた直後、ピストルの乾いた音に被せて、アサルトライフルの銃声が鳴り響いた。
地面から上向きに撃ち出された10発の弾丸は、ゴールを通り過ぎる前にハトに変化し、そのままゴールを突っ切って競技場を飛び出した。
飛び上がったハトたちは、10羽の群れを作りながら競技場の上空を大きく旋回し始める。
電光掲示板のタイムは、0秒72と表示されていた。
「0秒72」
「ボクの勝ち~」
「アホかいっ。無効や無効!」
「えー、陰陽師が呪力で作った術だよ。おじさん、考え方が古いんじゃないかな」
「ぐぬぬっ」
悔しがる画が撮れたところで、先方のプロデューサーが割って入った。
「ストーップ。カット。はい審議、審議。どうしちゃおうかね。セーヤ君、カモ君」
「駄目なら、さっきの面白映像、使えなくなっちゃいますよ?」
「ん、んーっ、それはバッドだね。オッケー、オッケー、オッケー牧場。セーヤ君、ここは小学生に先手を譲っちゃって、次の勝負で挽回しよう!」
「くっ、分かりました」
「やっぱり式神は、直接対決しないとね。それで続けてね。それじゃあ、カメラ回して、再開、3、2、1、キュー」
どうやら彼らは、自分たちの負けを認めたくないらしい。
俺は上空を旋回しているハトの式神を指差した。
「速さはボクの勝ちですね。次は直接対決です。おいで、ボクの式神!」
皆が上空を見上げたところで、俺は10羽のハトになっていた陽気を1つに束ねる。
一塊になった陽気は、晴也の鷹の5倍ほど大きなオオワシに変化して、俺の肩まで降りてきた。
「さあ、ボクの式神と勝負です!」
俺が宣言すると、肩に乗ったオオワシもバッサバッサと翼を大きくはためかせながら、晴也の肩に乗る鷹を威嚇し始めた。
「ギャワワッワワワワッ」
「ピーッ、ピーッ」
威嚇された鷹は、鳴きながら晴也の頭の後ろに隠れた。
「おい、しっかりしいや。怖くない、怖くないで」
「ピーィッ、ピーィッ」
「ギャワッギャワッギャワッワッワッワッワッ」
オオワシは首を大きく振りながら、容赦なく威嚇を続ける。
「あかん、髪を引っ張るなや。ああっ、逃げた」
怯えきった晴也の鷹は、晴也を置き去りにして大空へと飛び立った。
「ピーーッ、ピーーッ」
「待て、戻ってこい!」
逃げた鷹を追って、晴也が駆け出していく。
だが100メートル走を5秒72で飛ぶ鷹に、紋付き袴姿の人間が追い着けるわけが無い。
「ボクの銃で、撃ち落としましょうかー?」
「せんでええ! ちくしょう。覚えてやがれっ! うおおおおっ」
カメラは、晴也が負け惜しみを言いながら駆け出す姿をしっかりと撮した。
これはこれで面白いから、多分使われるだろう。
かくして俺は、別番組との対決に勝利したのである。