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17話 幽霊船調伏

 夏の時期だからか、お盆が近いからか、水系の依頼が沢山入っている。

 水の依頼は、基本的には受けていない。それは水の中にいる相手が見えないし、こちらの足場も不安定だからだ。

 水の中に引き摺り込まれたら、陸上生物の俺は死ぬ。従って「君子危うきに近寄らず」をモットーに、水系の仕事は避けている。

 但し今回は、妖怪の詳細が完全に判明していたので引き受けた。


「対応をお願いしたい幽霊船は、2隻です」


 乗船した捕鯨母船の上で、海上保安庁の職員から説明を受ける。

 これが木曜21時に視聴率30%台のテレビ番組だからか、それとも幽霊船の事情からか、説明してくれるのは一等海上保安正という結構偉い人だ。

 その偉い人と話しているのは、父親役の男性俳優である。


「幽霊船ですか。瀬戸内海などにも沢山出ているそうですが」


 幽霊船は、ミレニアムゾンビ事件以降に大量発生した幽霊あるいは妖怪だ。世界中で目撃されており、日本では船幽霊とも呼ばれている。

 幽霊船の時代は様々で、千年以上前の手漕ぎの船、大航海時代の帆船、近代の蒸気船、第二次世界大戦中の軍艦など幅広く出ている。

 船亡霊も、一般人、漁師、海賊、軍人など、海で死んだ者であれば多様に出る。

 船はボロボロの姿もあれば、綺麗な姿もある。また帆船でも海上を風に逆らって進むなど、生者には不可能な動きもする。


 日本で有名な船幽霊は「ひしゃくを貸せ」と言い、ひしゃくを貸すと、それを使って船に水を入れて自分たちの仲間を増やそうとするタイプだろうか。

 対処法としては、底の抜けたひしゃくを貸してやると、船を沈められなくて諦める。少しばかり頭の残念な妖怪である。

 賢い船幽霊の中には、沖の上で火を焚いて昔の灯台代わりにして、船を惑わすこともあるという。その船幽霊に惑わされると、仲間に引き込まれてしまう。


「ご依頼は、どのような船でしょうか」

「はい。1隻は民間船、1隻は海上保安庁の巡視船です」

「海上保安庁の巡視船と言う事は、新しい船なのですね」


 依頼を受けたときに詳細は知らされているが、父親役はテレビの視聴者向けに、敢えて尋ねた。

 すると一等海上保安正は頷き、幽霊船の詳細を語る。


「事故は2028年に発生しました。太平洋沖でクジラ漁を行っていた捕鯨船団が海竜に襲われたのです」


 今から3年前、俺が小学2年生だった時の話だ。

 国際捕鯨委員会を脱退した日本は、捕鯨を行っている。

 海竜に襲われた原因は、クジラに捕鯨砲で銛を撃ち込むキャッチャーボートが、クジラと間違えて海竜の子供に銛を撃ち込んだためだ。

 海竜の子供が鳴き声で群れを引き寄せてしまい、銛を撃ち込んだ第四勇新丸が大人の海竜たちに襲われて沈められた。

 第四勇新丸は全長70メートル、全幅11メートル、乗員20名。

 シロナガスクジラの2倍くらいの船体だが、それでも怒り狂った海竜の群れには敵わなかった。

 捕鯨母船は全長130メートルで沈められなかったが、こちらも損傷して海上保安庁に救援を求めた。


「救援要請を受けた海上保安本部は、直ちに救援を送りました。ですが救援に向かった巡視船も、海竜に襲われて沈められたのです」


 沈められたのは、ひだ型巡視船という全長95メートルの船だ。

 ひだ型巡視船の乗員は30名。

 さらに大学病院にも救援を要請して、海上保安庁の捜索救難ヘリ『EC225』で正副パイロット2名、救助要員4名、医師2名、看護師2名も着船させていた。

 その大型船が怒り狂う海竜の新たな標的となってしまい、丸ごと撃沈されて要救助者に倍する40名もの犠牲を出してしまった。

 日本には日本由来の妖怪や魔物しか発生しないが、西洋で発生した魔物が日本まで泳いでくる事は可能だ。

 思い込みが招いた悲劇である。


 救助する側が出した損害としては、史上稀に見る規模ではないだろうか。

 ひだ型巡視船は、約79億円。

 捜索救助仕様の大型ヘリ『EC225』は、約30億円。

 巡視船の船員30名は、海上保安大学校や海上保安学校で育てた職員達。

 ヘリの操縦士2名は、回転翼の操縦資格を持った現役パイロット達。

 ヘリの救助要員4名も、捜索や巻き上げを担当する海上保安庁の職員達。

 大学病院から救援に駆け付けた4名は、40代の外科指導医、40代の整形外科指導医、30代前半と20代後半の救急看護認定看護師でDMAT隊員たち。

 間違えて銛を撃ち込んだ第四勇新丸には、世間の批判が殺到した。その一方で、海上保安庁や大学病院には、同情的な意見が数多く寄せられた。


「幽霊船は、その2隻ですか」

「はい。第四勇新丸はクジラを穫れなかった事に未練があるようで、今でもクジラを穫ったと言っては、捕鯨母船に寄ってきます。巡視船は救援できなかった悔いがあるのか、第四勇新丸に寄り添うように現われます」

「承知しました。賀茂陰陽師事務所にお任せ下さい」


 なお、解決した場合の報酬は5億円。第四勇新丸が所属していた漁協から支払われる。

 これほど高額になった理由は、いくつか考えられる。

 第一に、幽霊船が巨大かつ海上で、調伏できる陰陽師が他に居ない事。

 第二に、幽霊船が寄って来る事で、海竜の群れまで誘き寄せるのではないかと不安がる漁協の組合員が多く、漁にならない事。

 第三に、海上保安庁から冷たい目を向けられている事。

 第四に、世間の評価が低く、魚の卸値が低いままである事。

 そんな漁協の報酬に俺が釣られた結果、今回の仕事と相成った。


 一等海上保安正との撮影を終え、母船で現場海域まで向かうと、第四勇新丸が近付いてきた。

 拉げて穴が開いた青い船体、折れ曲がった白い艦橋、昔のガレー船のような荒波を掻き分ける曲線の大きな船首もへこんでいる。巨大なクレーンは倒れている。

 そんな幽霊船の甲板に出てきた幽霊船長が、声を張り上げた。


「釣れたぞおぉっ! スロープから引き上げてくれいぃっ!」

「ピビャアアアアッ」


 幽霊船長は、ボロボロの衣服を纏った白骨姿だった。

 しかも船から繋がった銛の先には、海竜の子供の霊まで引っ張っている。

 海竜の子供は、捕鯨砲から伸びた巻き上げ式のロープに繋がれたまま、身を捩って鳴いていた。


「あれでは、海竜が怒るのも当然では?」


 父親役の俳優さんが、アドリブで一等海上保安正に訴えた。


「そうかもしれません」


 一等海上保安正も、努めて冷静に返す。

 こんな幽霊船が寄ってきたら、海竜に襲われないかと怯えるのも無理はない。というか俺でも、襲われないかと不安になって周辺海域を見渡したくらいた。ちなみに見えたのは、もう一隻の幽霊船となった巡視船だったが。

 こんな船が寄ってきたら、苦情が入っても無理はない。

 他の漁協からも、「日本の漁船が海竜に恨まれて、狙われたらどうする」と、苦情が入っているのではないだろうか。

 5億円という破格の報酬の理由が、大いに納得できた。


「お父さん、海上保安官さん、ボクが話してみますね」

「分かった。気を付けなさい」


 俺は周囲の大人たちに説明した後、捕鯨母船から幽霊船に向かって呼び掛けた。


「船長さん、あなたは3年前、クジラと間違えて海竜の子供に銛を撃ち込んで、海竜の群れに仕返しされて死んでいますよ。銛が刺さっているのは、その時の海竜の子供です。もう生きているクジラに銛は刺せません。それって分かっていますか?」


 俺はキッパリと事情を説明した。

 すると白骨姿の船長は、腕を上下に振って地団駄を踏んだ。


「いやじゃああっ!」


 まるで子供である。

 霊になって、欲望に忠実になったのだろう。

 だが、だからこそ交渉が出来る。

 俺は牛鬼を影から出して、魔力を送り込んで力を示した。


「むおおっ、なんじゃあぁ!?」

「船長さん、ボクと式神契約をしますか。そうしたらあなたたちは、ボクの隣に居る椿の神霊のように実体化して、クジラを穫れます」

「お、おおぉっ?」

「実体化したら、クジラに銛が刺さります。それでクジラ漁をして、捕まえたクジラを母船に引き上げて、漁協に売って、売って出た利益をあなた達の遺族に分配します。それで満足しませんか?」

「漁が出来るのかぁああっ!?」

「出来ますよおっ、やりましょう!」

「おぉ、おおおおっ、クジラ漁じゃあああっ!!」

「「「うおおおおっ!!」」」


 第四勇新丸の甲板に出ていた船員達が、一斉に腕を振り上げて雄叫びを上げた。

 俺もカメラさんの前で腕を上げて、船員達と一緒に盛り上がった。


「じゃあ、式神契約しますよ。クジラ漁をしたいなら、契約を受け入れて下さいね」

「おおっ、どんと来いいっ!」

『臨兵闘者皆陣列前行、天元行躰神変神通力。天地間在りて、万物陰陽を形成す。汝らを陰陽の陰と為し、我が霊気を対たる陽と為さん。然らば汝、この理に従いて、我が仮初めの従たる式神と成れ。急急如律令』


 俺の身体から、幽霊船と船員20人を使役するための巨大な魔力が抜き出されていった。


「うううっ、結構キツイ」

「一輝、大丈夫か」

「大丈夫、なんとかなるよ」


 俺の魔力が吸われて暫くすると、白骨船長達は魔力を基にして生前の姿へ戻り、肌にも赤みが差した。

 船も同様である。

 拉げて穴が開いていた青い船体は綺麗に修復され、折れた白い艦橋は空に向かって直立し、へこんでいた船首は綺麗な曲線を描いている。

 巨大なクレーンも復活し、大きな捕鯨砲もしっかりと見えた。


「ピギャアアアッ」


 実体化の瞬間に弾かれた海竜の子供の霊が、慌てて逃げていく。

 それを見送った俺は、船長に呼び掛けた。


「獲ったクジラは、母船に引き渡して下さい。利益は、漁協を通して遺族にお渡しします。クジラ漁、やりたいんでしょう。未練を無くして下さい」

「…………すまん」


 式神化して随分と知能を戻した船長は、沈痛な表情で謝った。


「すまんなんて言わなくて良いです。ありがとうで良いです」

「おう。ありがとう」

「じゃあ、ガンガン釣って下さい。ボク、まだクジラを食べた事が無いんです。給食で出るくらい釣って、ボクにも食べさせて下さい」

「よし、任せておけ。お前ら、釣るぞおおっ!」

「「「うおおおおおおっ!!」」」


 式神化した第四勇新丸は、生前を上回る船速で海上を走り出した。

 船の機能は完全に復活している。撮影スタッフも、母船から身を乗り出すようにして、躍動する船の姿を撮影していた。

 大漁を確信した俺は、少し休むと言って母船に引き返した。

 それから8時間を掛けて、大漁のクジラを揚げた第四勇新丸は、満足と共に成仏していった。


 最後に残ったのは、第四勇新丸に寄り添っていた巡視船だった。

 これまで守っていた船が消えて、所在なげに海を漂っている。

 そんな巡視船に近付いた俺は、ボロボロの衣服を纏った白骨姿の船長に呼び掛けた。


「船長さん、要救助船は成仏しました」

「分かっている。だが我々も、何かしたいと未練を持った。なんとかならないか」


 未練を持った幽霊は、それを解消しなければ消えない。

 生前に立派な人物だろうと、奥ゆかしさを持つ日本人だろうと、幽霊はそういう存在である。

 俺は捕鯨船と同じ事が再現出来るかを考え、自分の損得も計算した上で提案した。


「だったら、船長さん達も式神契約してみますか。ボクと契約すると、地縛霊から解放されます。それに幽霊船なので、補給もメンテナンスも無しで、人が行くのが困難な地域で人命救助とかも出来ます」

「地縛霊から解放されるのかっ?」

「はい。ですから、家族にも会いに行けます。活動でお金が入ったら手当も出しますから、両親とか子供に、稼いだお金でお土産を買って帰る事もできます」

「「「なんだってぇっ!?」」」


 白骨姿の船長と船員達は、顎を大きく開いて驚きを露わにした。


「でも皆さんがトラブルを起こしたら、使役しているボクの責任になります。だから奥さんとか旦那さんが再婚していたら、そっとしてあげて下さい。生前の恋人も解放して下さい。もし問題を起こすなら、式神契約を解除します」

「我々は式神になると、どうなるのだ」

「存在としては、魂だけになっていたところに、ボクが呪力で実体化できる力を与える感じです。ボクの術なので、ボクが死んだらみんな霊体に戻ります。あと、歳は取りません」

「「「おおおっ」」」


 船長達は、あまりよく分かって居なさそうだったが、感動はしている様子だった。

 霊になって、生前に比べて知能が落ちているのだろうか。

 だが流石に元が優秀だからか、俺の提案に対する問題点も指摘する。


「仮に海上保安庁が、我々の活動を認めなければどうするのかな」

「そしたら陰陽師のボクが、水系の依頼を受けるので、皆さんは式神として活躍して下さい。それで受け取った依頼料を、皆さんにも分配します」

「ところで陰陽師とは、どのような仕事だい」

「さっきの第四勇新丸みたいに海とか川で彷徨っている霊を助けたり、妖怪や悪霊に襲われている人を助けたりします。みなさんには、人助けとかを手伝って欲しいです」


 ひだ型巡視船には、警備救難艇や高速複合艇も搭載されている。川での依頼にも使えるので、活躍の幅は広いはずだ。

 それに船尾の発着ヘリコプター甲板には、救助用の大型ヘリ『EC225』が積まれており、パイロット、医師、看護師まで揃っている。

 うちの事務所にも仕事は来るので、未練があるなら、いくらでも活躍して欲しい。


「是非やらせてくれ!」

「分かりました。でもボクの呪力を使うから、呪力が不足してきたら契約を打ち切る日が来るかも知れません。それまでって事で納得して下さいね」

「構わん。みんな、要救助者を助けに行くぞ!」

「「「おおおおっ!!」」」


 こうして俺の式神に、大型救護ヘリ付き幽霊巡視船が加わった。

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