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15話 絡新婦調伏・下 依頼無視

 白神山地で絡新婦を駆除している間に、1週間が過ぎ去った。

 ドラマは週1回の放送なので、1つの仕事に1週間以上を掛けると、やがて放送が収録に追い付いてしまう。

 1回の放送で1つの依頼達成が出来ないのは番組的にもマズい。

 そろそろ仕事に区切りを付ける頃合いである。


「一定以上の力を持つ絡新婦約30体のうち、13体を駆除しました。自衛隊も人化個体を2体。五鬼童さんのところでも充分な成果が挙がったようですし、母体の排除を以て依頼達成にします」


 県職員を交えた打ち合わせで、依頼が達成されそうだと報告した。


「確かに五鬼童さんのところでも、沢山の絡新婦が駆除されています。ですが『一定以上の力を持つ絡新婦』の基準が分かりません」


 ここで魔力が50以上でD級の個体です。と説明しても、理解は得られない。


「絡新婦は繁殖するために人間に似るので、人化した姿が、人間に近いほど力を持っていると判断できます。見た目に繁殖できそうな個体が、強い個体です」

「人ではなく、蜘蛛の姿で現れたら、どう判断するのですか」

「呪力の強さで判断します。五鬼童家が同行させた一番下のお子さんより少し下程度で、一定以上の力です。五鬼童の皆さんは、どれくらい倒されましたか」


 五鬼童家の面々は顔を見合わせ、駆除数を数え始めた。


「うちは4ですね。姉さんの所は何体ですか」

「アタシが3、息子達で2だったかしら」

「俺達だけで3だよ」

「すると合わせて6ですか。義輔さんの所はどうです」

「こちらは合わせて4だ」

「では4+6+4で14ですね。もっとも我々は、力の弱い絡新婦も駆除していますが」


 俺が13体で、五鬼童家は14体。

 だが五鬼童家は不満だったようで、それ以外の戦果も強調した。


「もちろん分かっています。弱い個体も将来的には強くなる可能性がありますから、五鬼童さんがされた狩りは、後のリスクを減らす事に繋がったと思います」


 俺は道沿いに狩り、彼らは上空から山中を捜索した。

 道沿いは、人間を狩れる地域で、繁殖可能な強い個体の縄張りだった。

 山中は、人間を狩れない地域で、弱い個体が小鬼と捕食し合っていた。

 そのような事情から、成果には偏りが出た。

 但し、五鬼童一族は、子供達に魔物を倒させて魔力を高める事を目的にしていた節があるが。


「母体と強い個体を概ね駆除すれば、繁殖のために人を攫うリスクが激減できます。約30体中29体は、ほぼ全てで充分な成果です」

「県側としては、30体全てを駆除して頂きたいのですが」

「本当に30体ピッタリ生息して居るのか不明です。隠れ潜んでいるか、他の魔物に食われたか、同族と共食いしたか、他所に行ったか。もし被害が出たら、報酬さえ頂けるなら倒しますよ」


 山狩りは俺と五鬼童一族だけではなく、自衛隊や警察も動員しての活動だ。

 一日ごとに経費も掛かっており、その分だけ県に負担が発生する。

 県職員は、活動継続の利害を計算した後にようやく頷いた。


「母体の居場所は、高倉森付近でしたね」


 高倉森は、白神山地を構成する山の一つだ。

 北と東に県道28号が通るため、人間が定期的に手に入る。

 菖蒲たちが育った結果を見れば、巣くっていた位置は正解だったと言える。

 同じ位置には子供も多かったので、俺と五鬼童は周囲の子供から倒し、相手側の戦力を減らしていた。


「それでは全員で移動して、五鬼童さんの方で駆除をお願いします」

「…………分かりました」


 俺は僅かに躊躇った後、依頼人に従う事にした。

 俺の式神達の情報によれば、絡新婦の母体は、推定魔力230程度だ。

 そして五鬼童家は、親たち3人が120程度、高校生2人が80程度、中学生3人が70程度、小学生の女子2人が55程度。

 これがどのような差になるのか、握力で例えれば分かり易い。

 20代前半の男性が46kg、13歳の女子が24kg、10歳女子が16kg、9歳女子が14kg、8歳女子が11kg。

 これを5倍すると、絡新婦の母体と五鬼童一族の推定魔力になる。


 つまり絡新婦の母体が、20代前半の成人男性1人。

 五鬼童一族が、13歳の女子3人、10歳の女子2人、9歳の女子3人、8歳の女子2人だ。

 しかも絡新婦は、捕食者として牙や霊糸など獲物を狩る能力を持っている。つまり成人男性の方が、強い武器を持っているわけだ。


(五鬼童では勝てないな)


 だが五鬼童は、県職員の依頼を当然の如く受け入れた。


「承知したよ。出発は明日の朝にしよう」


 俺は注意喚起すべきか、判断に迷った。

 俺と五鬼童は、共に県から魔物駆除を委託された対等な業者同士だ。しかも絡新婦狩りは、13対14+αで、五鬼童の方が高い成果を挙げている。

 この場合、俺に県職員と五鬼童を制止する発言力は無い。

 彼らが絡新婦の脅威を正しく理解できていない以上、成果が低い側の焦りや嫉妬だと誤解を受ける。

 相手が子供なら制止すべきだが、判断を行ったのは40代の成人男性たちで、死も含めて自己責任だ。

 俺は、依頼人の間違った指示を仕事として受け入れることにした。


 翌朝、俺たちは高倉森方面に向かって移動を開始した。

 目的地は県道28号の最短位置で車を降りて、1kmほど進んだ先だ。


「我々は多少跳べるが、君は使役した絡新婦にでも運んで貰うかね」


 天狗の子孫たちは、優越感の滲み出る表情を浮かべていた。

 天狗の鼻は高いと言われるのも、彼らを見れば納得だ。


 現段階まで、俺は戦果確認で同行していた自衛隊に移動速度を合わせて、特異な移動は行って来なかった。

 だが今回は、県からの信用度が高い五鬼童と一緒に移動するので、自衛隊に合わせる必要が無い。


「最後の調伏ですし、こちらを使います。青龍、朱雀、黄竜」


 名前を呼んだ次の瞬間、俺の影から八咫烏たちが次々と飛び上がった。

 青龍たち3羽は、世界神による祝福の力で育てられ、式神になって俺の魔力と繋がった結果、既にD級の魔力を獲得している。

 D級は、五鬼童の小学生や式神化した絡新婦たちに劣らない。


 身構えた五鬼童の前で、魔力で巨大化した大翼が広がった。

 翼開長時の大きさは7メートル。

 地球上に実在した鳥では、人類誕生以前に南米に生息していた鷹科のアルゲンタヴィスに匹敵する大きさだ。


「カァーッ、カァーッ」

「カァア、カァア」

「カッカッカッ」


 青龍たちは、バサバサと翼を羽ばたかせながら、広大な森に出された事を喜んでいる。

 せっかくなので、俺は残る5羽も出してやる事にした。


「木代、火代、土代、金代、水代、出ておいで」


 呼び掛けた直後、俺の影から5羽の魔怪鳥が飛び出してきた。


「カアァッ」

「カァーッ、カァーッ」

「クアッ、クアッ、クアッ」

「カァア、カァア」

「カッカッカッ」

「それ、さっき朱雀と黄竜が言ったから」

「クワァッ?」


 5羽の怪鳥は、青竜たちの6割ほどの大きさで、魔力も6割程度だ。

 俺を乗せるほどの力は無いが、鬼1匹とは充分に戦える。


「先に出した3羽は、それぞれ人間を1人乗せて飛ぶくらいは可能です。カメラマンさんも連れて行けますし、調伏した絡新婦の霊糸で縛りますので、落下の心配はありません。それでは行きましょう」


 移動距離は、式神なので呪力が尽きるまでだ。

 鼻を明かした俺は、呆気にとられた五鬼童や、怯えるカメラマンと共に、高倉森に侵入した。


「五鬼童は飛ぶと言うより、跳ぶかな」


 移動する五鬼童一族の背中には、翼が生えていた。

 だが空を完全に自由に飛べないらしく、跳躍し、滑空しての移動だった。

 森の茂みから跳び上がって、木の高さを超えてから茂みに落ちていく。それを繰り返しながら、標高800メートルの山頂を目指して進んでいた。

 一番遅い小学生の子供に合わせて、移動速度は抑え気味だ。

 この速度であれば、絡新婦の母体は逃げる事も出来るだろう。

 だが母体は、逃げずに五鬼童を待ち構えていた。


 深い樹木が視界を遮って、上空からは細部を窺い知る事が出来ない、深い森の中。

 跳び上がった五鬼童が、霊糸に絡め取られ、森に引きずり落とされた。

 直後に木立が激しく揺れ動き、そこに向かって五鬼童一族が殺到していく様子が窺えた。


「戦闘が始まりました。高度は下げません。撮影はこのまま行って下さい」


 俺は取り急ぎ、マイクでカメラマンに指示を出した。


「式神達、見てこい」


 紙吹雪から変化したハトの式神達が、次々と森へ突入していく。

 魔力を繋げると、数十のテレビ画面が同時に並ぶような感覚が生み出され、その中に絡新婦の母体と五鬼童が争う姿が幾つも映し出される。

 合金製の槍が、鋭く突き出された。だが槍は霊糸に絡め取られ、手にしていた五鬼童は易々と弾き飛ばされていった。そして木立に衝突し、森を激しく揺らしているのだ。

 それは10頭のゾウと、1頭の肉食恐竜との戦いだった。

 ゾウは肉食恐竜に体当たりするが、肉食恐竜は意に介さず、巨大な足で蹴り飛ばす。

 長い鼻の代わりに伸ばした槍は奪い取られ、恐竜の足代わりの毒蜘蛛の足が獲物を踏み付けた。

 大人が3人同時に掛かれば、少しはダメージを与えられるようだが、擦り傷と引き替えに、内出血するような打撲を負わされている。

 子供はもっと一方的だ。


「一輝くん、状況はどうなっていますか」


 耳に付けたイヤホンから、同行しているカメラマンの声が入ってきた。


「大人3人が、蹴散らされながらしがみついている。高校生は居た方がマシ。中学生は居ても居なくても変わらない。小学生は居ない方がマシ。そんな感じです」

「勝てそうですか」

「五鬼童が、力の出し惜しみをしているのでなければ無理です。もしかすると五鬼童は、自分と同格までしか力量を測れないのかもしれませんね」


 言っている傍から、五鬼童のリーダーの姉が、牙で噛み付かれた。

 この段階に至っては、確実に実力不足だと断言できる。鬼神と大天狗の力の一部を得て、弱い個体と戦いすぎて、慢心したのだろう。

 噛み付かれた大人を助けようと、小学生が絡新婦の足にしがみついて、空に投げ飛ばされた。

 俺は青龍に高度を下げさせると同時に、使役している絡新婦に指示を出す。


鈴蘭すずらん、拾え」


 式神化した絡新婦4体の中では、鈴蘭の協調性が最も高くて扱い易い。

 影から現れた鈴蘭は、すぐに霊糸を伸ばして小学生を回収した。

 霊糸で絡み取ったのは、五鬼童のリーダーが連れて来た一番下の娘だ。霊糸で引き寄せた彼女を抱え込むと、青龍は高度を上げて射程圏内から離脱した。


「鈴蘭、よくやった」

「ボクにお任せだよ」


 鈴蘭は自らをアピールした直後、素早く影に戻っていった。

 彼女が影に戻ったのは、重量の問題だ。

 回収したのは、一輝と同年齢の小学5年生女子だが、2人合わせれば撮影機材を抱えた成人男性と変わらない重さになる。

 そこに鈴蘭まで加われば、今の青龍では飛ぶだけで精一杯になる。


「離れた場所で下ろすから。でもこのままだと全滅するから、キミだけでもベースキャンプまで逃げた方が良いよ」


 大人3人のうち1人が致命傷を負った事で、形勢は完全に定まった。即座に決着は付かないだろうが、後はジリ貧だろう。

 回収した子供は、激しい混乱と焦燥を受け止めきれず、感情を吐き出した。


「どうしてあんなに強いの!?」

「アレが親で、他が子供だったから。力の差を例えると、アレが包丁を持った小学5年生、キミたちの親が鉛筆を持った小学1年生、キミたちは積み木を持った幼稚園の年少組」


 青龍が滑空しながら森の中に降りていく。

 彼女は焦燥感に駆られながら俺に問い質した。


「空を飛んでいるあなたは、どれくらい強いの」

「アレくらいは倒せるよ」

「だったら倒してよ」

「依頼人さんが、アレは五鬼童に任せるって言ったからね。ボクは仕事で来ているから、依頼人に従わないと行けないんだ」

「だって、負けちゃうんでしょ」

「負けたら、ボクに倒してって依頼が来るかもね。最初からボクに全部任せれば良かったのに。勝手に委託先を増やして狩り場を掻き乱して、同行者も増やして高速移動も阻害して。おかげで無駄な苦労ばかりさせられたよ」

「そんな大人の話は分からない! お父さんとお姉ちゃんを助けて!」


 青龍は森に降り立ったが、彼女は俺を掴んで離そうとしなかった。

 俺は溜息を吐きたくなった。

 俺は既に県から


「依頼人は、五鬼童が倒すって決めたんだよ。ボクは依頼を受けた側で……」

「お願い、助けてよ!」

「ああ、もう。君はボクに報酬を払えるの?」

「お父さんとお姉ちゃんを助けてくれたら、一生掛かってもあたしが絶対に払うから」

「はぁ……。じゃあ、やってみるよ。キミの名前は?」

五鬼童ごきどう紫苑しおん

「分かったよ。紫苑が依頼人だね」


 引き受けると、ようやく彼女が離してくれた。


「カメラさん。これから戦闘に参加します」

「分かった。一輝くん、小型カメラは回っているかい」

「ずっと回していますよ」


 報告後、俺は手を離した彼女を逆に抱えて、直ぐさま青龍で絡新婦の所へ向かった。

 戦闘は未だ続いており、居場所は激しく揺れる木立で直ぐに分かった。

 2人を救えという依頼を受けた俺は、青龍から飛び降りつつ絡新婦の母体に躍り掛かった。

 霊糸が伸びてくるが、それらは全て炎で焼き払う。

 だが1人が足を噛まれた状態で、炎を浴びせるわけにはいかなかった。

 炎の代わりに、木の世界神の祝福を受けた力で四肢に木槍を撃ち込み、動きを阻害したところで胴体にも木槍を叩き込む。


「いやああああああっ」


 絡新婦は噛み付いた少女を離さず、さらに力を込めながら身じろぎした。


「離せっ!」


 俺は絡新婦に接近して、胸元と頭部に直接二本の木槍を叩き込んで、絡新婦に致命傷を与えた後に口をこじ開けて少女を介抱した。


大椿オオツバキ、叩き潰せ」


 影から飛び出した牛鬼が、雄叫びを上げながら絡新婦に金棒を叩き付ける。

 串刺しの絡新婦は、金棒が叩き付けられる度に身動ぎした。

 だが4回目の打ち据えからは動きが弱まり、10回目辺りからは殆ど動かなくなった。

 20回繰り返された攻撃で絡新婦が完全に動かなくなると、牛鬼が下がった代わりにスライムの京を出して、絡新婦の全身を溶かして吸収させた。


「紫苑、お父さんとお姉さんは無事か?」

「無事だけど、叔母さんと沙羅が噛まれているの」


 周囲を見渡すと、五鬼童は惨憺たる有様だった。

 大人3人のうち1人が牙に倒れ、2人は満身創痍だ。

 高校生2人は、1人が疲労困憊、1人は左腕が折れている。

 中学生3人は、1人が倒れ、1人が足を引きずり、1人はボロボロだ。

 小学生2人は、1人が牙に倒れて、もう1人の紫苑は俺に保護された。


「絡新婦の毒は、陰気を流し込むタイプの呪いだ。毒を注入されると、陰気で身体が蝕まれる。でも陽気を流せば、中和できるはず」

「どうすれば良いの」

「叔母さんは、首を噛まれて時間が経ったから俺には無理だ。でも沙羅って子は足だから、根元を縛って止血する。それと同時に陽気を流して、ベースキャンプの治療所まで飛んで運ぶ」

「お願い」

「やってみる」


 俺は沙羅という子の足の根元を縛って止血し、陽気を流し込みながらベースキャンプに運んだ。

 ベースキャンプで応急処置を受けた彼女は、病院に搬送されて、左脚を切断する事になりながらも一命は取り留めた。

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