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13話 絡新婦調伏・上 白神山地にて

 番組の放送開始から3ヵ月。

 依頼者の中に、行政機関の名も連なるようになってきた。


『青森県から依頼が来ているのですが……』


 特異事象の発生現場は、ブナの原生林が広がる白神山地。

 白神山地は、青森県から秋田県の約1300平方キロに渡って広がり、その一部は世界遺産にも登録されている。

 東京都全体が2191平方キロなので、都の約6割の面積だ。都民が1000万人なので、面積だけなら白神山地は600万が暮らせる広さがある。

 そんな白神山地に、絡新婦じょろうぐもが住み着いた。


 絡新婦は、人化能力を持つ、女郎蜘蛛の妖怪だ。

 魔力で紡いだ糸で獲物を絡め取り、捕食する。

 あるいは捕らえた獲物を、子蜘蛛の糧にする。

 白神山地は世界遺産があるが故に、いくつもの監視カメラが設置されており、近郊で捕獲されて巣に運ばれる人間が何人も映っていた。

 そこで青森県は、自衛隊に協力を要請し、地元県警と共同の駆除作戦を立案した。

 ヘリ上空から索敵し、武装した自衛隊と県警が山狩りを行うそうだ。

 そんな陰陽師の『お』の字も出てこない作戦に、なぜか俺への協力要請があった。内容は『自衛隊の指揮下で守護護符や退魔符を提供し、魔物退治の補助を行う』だ。

 しかもドラマ放送では、「県が主体となって動き、自衛隊と警察が活躍し、陰陽師は指示に従って協力した形で」と、編集まで細かく指示されている。


「これは酷い」


 依頼主の目的を要約すると、テレビを安全性の広報に利用すると同時に、守護護符や退魔符の調達・研究まで目論んでいるわけだ。

 そんな一石二鳥の思惑を概ね理解した俺は、次のように返信した。


 題名:

 ボク小学5年生。よくわかりません。やめておきます。

 本文:

 平素より大変お世話になっております。

 先にご連絡頂きました『白神山地』の件につきまして、

 以下の8点を危惧いたします

 1 白神山地は広大であり、絡新婦の根絶は不可能である点。

 2 相当数を駆除できても、再発生・再繁殖が危惧される点。

 3 守護護符や退魔符は販売しておらず、提供は出来ない点。

 4 編集された放送の場合、依頼料が不当だと誤解される点。

 5 絡新婦の人化能力や知能を、全く考慮に入れていない点。

 6 陰陽道の知識を持たない人間が、陰陽師に命令を行う点。

 7 番組の趣旨や引受条件を無視し、要求だけ押し付ける点。

 8 1~7の如く、無謀かつ不誠実な相手が依頼人である点。

 以上に鑑み、受諾は不可能と判断、依頼は断固拒否致します。

 追伸:

 表記の「よくわかりません」は、何故このように不当な要求をされたのか理解不能であり、契約には絶対に応じられない意思を示したものです。

 10歳の私に自衛隊への従軍を強制する事は、日本が1994年に批准した『児童の権利条約』の第38条3項(15歳未満の従軍禁止)に違反します。

 日本国憲法第98条第2項には『日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする』と定められており、批准した国際条約は、憲法を除く全ての国内法に優先されます。

 行政機関が、法治国家の原理原則を遵守される事を願います。


「ポチッとな」


 誤解しようのない拒絶の意志を送信した後、プロデューサーにも個別メッセージを送って念押しした。

 それから暫く後、俺は呼び出されて、県職員たちと引き合わされた。


「こちらは青森県の危機管理・国民保護課の方々です」

「はあ、始めまして」


 もしかして彼らは、メールの文面を読んで、「嫌よ嫌よも好きのうち」などと思ったのだろうか。

 俺は断じてツンデレキャラでは無い。

 誤解があるのなら、今すぐ解いてほしい。


 そんな現実逃避をしながら聞いた話によれば、俺が依頼を断った後、自衛隊と警察で山狩りを行って失敗したそうだ。

 山狩りで分散したところを複数の絡新婦に襲われ、作戦に投入したヘリも絡新婦の飛ばした糸に回転翼を絡め取られて撃墜され、ベースキャンプに撤退してからも襲われた。

 相手にも損害は与えたが、こちらも予想外の損害を受けた事から作戦の練り直しを行う事になったが、撤退後は近隣住民の被害が劇的に増大した。

 そのため、改めて専門家の俺にも話を聞きに来たそうである。

 一言で纏めると「依頼時より状況が悪化したから手伝って」だ。

 知らんがな。


「その依頼は、キッパリとお断りしたはずです」

「メールの内容は拝読しました」


 県職員は、俺がメールで指摘した8点全てに答えを持って来た。


 1 根絶では無く、可能な範囲の駆除を以て依頼達成とする。

 2 再発生・再繁殖に関して、乙の責任は問わない事とする。

 3 今回の依頼において、護符並びに退魔符は一切求めない。

 4 委託料支払い配慮し、外部の指摘を受けない配慮を行う。

 5 絡新婦の能力に関しては、乙の指摘を従事者が共有する。

 6 乙事務所は業務委託先とし、魔物退治の詳細は委託する。

 7 番組の放送では、依頼者の立場を悪くしない配慮を行う。

 8 全ての契約内容は、甲乙双方の話し合いによって定める。


 お役所にしては、物凄く妥協した方だと思う。

 本来であれば「番組の趣旨や引受条件を無視した時点で、お受け出来ません」と断るのだが、お上が相手では番組側も譲歩せざるを得ない。


「それでは、9番目に『契約違反があれば、契約は即座に終了する』という項目を加えて、『着手金3000万円』と『絡新婦1体ごとの駆除料金1億円』を明記して頂ければ、依頼に応じます」

「金額が高いのではありませんか」

「自衛隊の小銃小隊を撤退させて、1機10億以上のヘリを落とした相手ですよね。次に失敗すると、身の危険を感じた絡新婦は各地に分散します。このまま同じ失敗を繰り返すのと、プロに依頼して解決するのと、どちらが正しい選択でしょう」

「キミ、本当に小学生?」


 直接交渉をし過ぎたからか、県職員が疑いの眼差しを向けてきた。

 俺は両手を広げて、小柄な身体を見せつける。

 そんな不遜な態度に苛立ちを募らせた県職員は、頭ごなしにプロデューサーと直接交渉を始めた。

 提示額は値引きされても良いように多少吹っ掛けてあるので、交渉で下げられるのは構わない。プロデューサーは交渉に応じる姿勢を見せつつ、ドラマ放送には口を出さないよう条件を整えていく。

 担当職員は持ち帰って協議すると答えたが、人間への報復を覚えさせてしまった県としては、もはや放置できないだろう。

 かくして俺の夏休みは、山伏生活と相成ったのである。


「白神山地は広大ですが、県道28号線の白神ラインが縦横無尽に伸びています。道沿いに入浴施設・電気・ガス・水道の整ったコテージもあって、私たちもコテージを利用できるようです」


 交渉にあたったプロデューサーは、ちゃっかりと文明の利器を確保した。


「それは良かったです。機材の充電も出来て、撮影には便利ですね」


 かくして『なんちゃって山伏』が誕生した。

 俺達が予想外だったのは、俺以外にも魔物退治の委託先があった事だ。

 それも自衛隊や警察などの組織ではない。

 自衛隊や警察と一緒に現れたのは、ハイキングに向いた格好をした3つの家族だった。

 親世代は、40代が3人。

 子供世代は、高校生から小学生まで計7人。

 ここが魔物の出現する危険地帯で無ければ、夏休みで山に来た家族程度に見えただろう。もっとも魔力が高すぎて、近寄れば直ぐに違和感を覚えただろうが。

 そんな彼らは、五鬼一族だと名乗った。


「五鬼一族ですか」

「そうだよ、賀茂一輝くん。君の事は、テレビを見て知っている。ところで君は、我々の事を知っているかね」


 40代の男性が、代表して俺に話し掛けてきた。

 内面から滲み出るような自信に満ち溢れた表情は、どこかのIT企業の社長だと名乗られても全く違和感がなかった。


「五鬼………5つの鬼の家系ですね。ちょうど今年の5月に、奈良県の天川村に行ったところです」

「ほう」


 天川村は、俺が八咫烏を調伏しに行った地域だ。

 そこには修験道の寺院である大峯山寺おおみねさんじがあって、修験道の開祖である役行者えんのぎょうしゃの魂が眠っている。

 役行者は、前鬼・後鬼という鬼神を使役した事でも知られ、前鬼は後に日本8大天狗の1狗である大峰山前鬼坊となった。

 役行者自身も、日本8大天狗を上回る力を持った別格の天狗として、石鎚山法起坊の名も持っている。


 俺は空を飛ぶ式神を探した際、真っ先に天狗を思い付いた。

 天狗は空を飛べるので、使役すれば俺も運んで貰えるのでは無いか。

 そんな風に考えて、役行者について調べたところ、逸話が凄すぎて使役は難しそうだと断念した経緯がある。

 その際、前鬼・後鬼の子供5人の子孫である、五鬼助ごきじょ五鬼継ごきつぐ五鬼熊ごきくま五鬼上ごきじょう五鬼童ごきどうのうち、五鬼助が今も役行者との約束を守って宿坊を続けていると知って、なんと義理堅いのかと感心した。


「天川村の大峯山寺おおみねさんじには、役行者の魂が眠っています。そして役行者の弟子であった前鬼・後鬼の子供5人の子孫が、五鬼を名乗っていますね」

「よく知っているな」


 男性は細目を僅かに開いて、驚きを示した。


「我々は、宿坊を廃業した五鬼童の末裔だ。ミレニアムゾンビ事件の時、五鬼童を名乗っていた我々に、鬼神と大天狗の力の一部が宿った。それ以来、こうして政府にも協力している」

「確かに、呪力が人間では有り得ない高さですね」


 彼の魔力は120ほどで、人間の限界を超えている。

 何の訓練もせずに魔力を使えるとは思いたくないが、他の魔物も使えている以上、彼らも本能的に鬼や天狗の力を使えるのだろう。


「五鬼の血脈は、全員がその力を持ったのですか」

「いや。ミレニアムゾンビ事件の西暦2000年時点で、五鬼姓を名乗っていた者だけだ。嫁に行った者や、その子孫には力が現れなかった。何故だかは分からないがね」


 それは管理神が分類した際、五鬼一族と、人間とで分けたのだろう。

 異世界に世界神を創った時よりも遥かに大雑把に、自動で振り分けた結果としか思えない。

 そして振り分けた後は、魔物や混血種などと同様に、五鬼一族もそういう存在として確定させたのではないか。


「もしかして、力が発現した後で嫁に行った者は力が維持されて、その女性の子供にも力が宿りませんでしたか」

「何故、そう考えたのだ」

「世界中で、伝承や逸話通りの存在が発生しています。だったら鬼と天狗の子孫を名乗る五鬼一族も、その力を宿したと考えるのが自然です。そして力が宿った後は、消えたりしないし、遺伝もするでしょう。但し……」

「但し?」

「貴方は力が発現した第一世代ですけど、これから子孫が人間と混血したら、鬼と天狗の血が薄まって、力も弱まりますね。お子さんの呪力は、親の半分程度ではありませんか?」

「ふむ」


 男性は長年の疑問に得心がいったらしく、一族の方に視線を送って頷いた。会話を聞いていた五鬼童一族も、納得の表情を浮かべている。


「素養はありますから、子供の頃から鍛えれば、今くらいの力は代々継承できると思います。それに先祖返りの伝承もありますから、必ずしも子孫が弱くなるとも限りません」


 子供の魔力はD級の範囲内で、大鬼と同程度だ。

 魔力を最大限活用すれば、アフリカゾウ辺りとも張り合える。

 まともな魔法技術を持たない事を考えれば、驚異的な数値だろう。鬼神と8大天狗の子孫だけのことはある。


「実に興味深い話だった。テレビは話半分だったが、実際に言葉を交わして事実だと理解したよ」

「ドラマも半分はノンフィクションなので」

「ところで君は、独自に絡新婦を狩ると聞いたが」

「はい、そのつもりです」

「見たところ君の力は、私たちの子供以下のようだが、式神を使うのか」

「そうですよ」


 俺の力は、50程度に抑えている。

 人間としては高値でも、五鬼童一族から見れば脆弱なのだろう。案の定彼は、忠告めいた事を告げた。


「無謀だな。我々は3体狩ったが、強さは下の子供たちと同程度だった。君が森の中で不意打ちされれば、それだけで死ぬ事になる」


 力が同格で、相手には地の利があり、霊糸という射程差もある。

 確かに無策に森へ踏み入れば、稀代の陰陽師であっても、無謀の誹りを免れないだろう。


「ご忠告、ありがとうございます。でも五鬼童一族が鬼神と大天狗の力を持っているように、ボクも表に出していない力があるので大丈夫です」

「ほう」

「依頼人からも魔物退治を委託されて、自由行動を許可されています。ですからボクは、勝手に狩らせて頂きます」

「そうか。では君が無事に絡新婦を狩れる事を祈っているよ」


 委託先が複数あった事は予想外だったが、調伏は予定通りに行えるらしい。

 俺はテレビ局のスタッフと共に、宛がわれたコテージで一夜を明かし、翌朝から行動を開始した。

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