12話 ラジオ第16回(2031/7/15)
今世における俺のライフスタイルは、特殊技能を活かした妖怪退治だ。
そんな俺にとって『少年陰陽師』は、顧客獲得の宣伝活動である。
だが最近、そんな宣伝活動の一環であるラジオが、俺の癒しになっている。
テレビ収録時と異なり、命のやり取りをしていない事が理由だろうか。ラジオ収録をしていると非常に和む。
「番組の妖怪退治って、一輝くんがどの依頼を受けるか決めるんだよね」
「はい。ボクが倒せない妖怪は、そもそも引き受けられませんから」
「あまり行かないのは、海と川だよね」
「夏らしい依頼ですけど、ボクは五行で陰気の水と金が不得手なので、水系はなるべく避けています」
「そうなんだ。わたしも日焼けするとマネージャーさんに怒られちゃうから、海の撮影は少ないかも」
「女性は大変ですね。今後、日焼けしそうなシーンは、調伏した雪菜に身代わりで出て貰いますか」
「雪ちゃんに?」
「はい。後ろ姿とかなら、多分バレないと思います」
海月さんと瓜二つの雪菜は、スタントマンならぬスタントガールとして活躍出来るのでは無いだろうか。
日焼け対策に雪菜を使うのは、意外に良い考えかもしれない。
「それは可哀想だから、止めてあげようね」
「えーっ」
雪女を炎天下のビーチに立たせるアイディアは、海月さんに却下された。
隣に座る脚本家も、両手をクロスさせたバツを出している。
魔力供給が充分なら問題ないはずだが、解せぬ。
「「陰陽師ラジオ」」
「皆様、こんばんは。テレビドラマ『少年陰陽師』、賀茂一輝役の賀茂一輝です」
「同じく、こんばんは。賀茂奏役の向井海月です」
「このラジオは、木曜の夜9時に好評放送中のテレビドラマ『少年陰陽師』をより一層楽しんで頂くための番組です」
「これから30分、のんびりとお付き合い下さい。陰陽師ラジオ。この番組は、大日本輸送、海千山千商会、株式会社エイシャン、ひな子プロジェクトの提供でお送り致します」
ドラマの視聴率が好調なので、スポンサーに名乗り出ている企業は複数あり、プロデューサーが条件を調整中だ。
現行のスポンサーは継続枠で残しつつ、追加枠に条件の良い企業を数社入れるらしい。
「2031年7月15日、今夜は第16回の放送です。ドラマは第15回で、山姥退治でした。お姉ちゃんは、お留守番だったけど」
「うん。一輝くんが駄目って言ったからだよね」
「ごめんなさい。でもヤマンバは、本当に危ないんだよ」
一般人がヤマンバに持つイメージは、一体どのようなものだろうか。
1.山に住む老婆で、迷い込んだ旅人に一晩の寝床を貸し、旅人が寝静まった夜中に嗤いながら包丁を研ぐ姿。
2.3枚の御札に登場するような力の強い化け物で、寺の小僧が逃げながらお札の力で退けようとするも、全てを跳ね除けて追いかけてくる姿。
3.金髪に肌を黒く塗ったガングロの出で立ちで、世紀末に渋谷や池袋を闊歩していた姿。
山姥の姿は、福岡市博物館が所有する『百怪図鑑』(佐脇嵩之・1737年刊行)では、白髪で蓬髪のしわくちゃな老婆が、ボロボロの着物を纏って細長い杖を持つ姿で描かれている。
これは有名な『画図百鬼夜行』(鳥山石燕・1776年刊行)にも影響を与えており、多くの日本人が知る山姥の原典となっている。
では山姥の由来は、どのようなものなのか。
実は日本神話に登場する山の女神イザナミだとされる説がある。
イザナミは、天地開闢の際に兄であり夫でもあるイザナギと共に生まれ、神々が作り出したオノゴロ島に降り立って、日本列島を形成する多数の子を産んだ。
そして迦具土神を産んだ際、陰部に火傷を負って亡くなり、日本最古の書である『古事記』によれば比婆山に葬られた。
やがて夫であるイザナギが、妻であるイザナミを黄泉の国へ迎えに来た際、地上へ帰るために相談するから覗くなとの禁を破ってイザナギが見ると、イザナミの身体は腐乱して蛆が湧いていた。姿を見られたイザナミは夫の愛を失い、追い縋るが3度振り切られてしまう。
その腐乱した姿が醜女な山姥となり、3度振り切られた話が3枚の御札の物語に影響を及ぼした。
夫に捨てられたイザナミは最後に「1日に1000人殺す」と呪詛を述べており、イザナギは「産屋を建てて1日に1500人の子供を産ませる」と言い返している。
やがて伊弉冉尊は、黄泉国を支配する黄泉津大神となる。
すなわち山姥は、1日に1000人を殺すと誓った女神イザナミの成れの果てであり、海月さんが何を言おうとも、そんな危険な怪物がいる場所には連れて行けない判断に至ったわけだ。
「だから山姥は、本当に危ないんだよ」
「その話って、本当なの?」
美人の山姥も居るが、その場合は山姫とか山女郎と呼ばれるため、正確には山姥ではない。
姥捨てで山に捨てられた老婆などの説も唱えられるが、そんな老婆は若い男性を襲って食えるほどの力は無い。
「山姥は、零落した山の神とされる事が殆どで、神の由来はイザナミの成れの果て。1000人殺すために、1000の山姥に力を分けていたとしても、それだけ強いから」
海月さんは少し考え込んだ後、疑問を口にした。
「収録映像、ちゃんと見たんだからね。山姥が正体を現した直後に、術で土の槍を作って、直ぐに倒したでしょう。10秒かからなかったよね」
「う゛っ。でも海月さんに、怪我はさせられないから」
「一輝くんが過保護だから、わたしのお留守番が多いんじゃないかな」
「………リスナーさん、どう思ったかメール下さいね。以上、フリートークのコーナーでした~」
俺はスルーパスをリスナーに出して、強引に次のコーナーへ入った。もっとも海月さんは納得していない表情なので、いずれ配慮は必要だろうが。
「これであなたも陰陽師」
「このコーナーは、ドラマに登場した陰陽道や陰陽術を中心に、陰陽師のあれこれを紹介するコーナーです。一輝くん、今日は何を教えてくれるのかな」
俺がコーナー名を読み上げ、海月さんがコーナーの解説を行った。
「はい。今回は、山姥を倒した時に使った、五行相剋説の土剋水についてお話しします。そもそも山姥の属性は、陰中の陰である水だと思っていました。それは水属性が、死や北、死気を司る属性だからです」
そもそも五行は、世の万象を5つに分けたものだ。
木=東、春、生
火=南、夏、旺
金=西、秋、老
水=北、冬、死
土=中央、普遍(全てを含む。各季節の始まりの18日間は土用の日)
「黄泉国を支配する黄泉津大神となったイザナミは、明らかに水属性です。ボクが土属性で倒したのは、土剋水の土が水を堰き止める闘争の相を利用したからです。つまり相手の弱点を想像して、それに合った属性を使ったんだよ」
「土は、水に勝つんだね?」
「うん。五行は木、土、水、火、金、木の順で、優位が成立します。今日は、五行相剋説のお話でした」
「皆さんも番組で疑問に思った陰陽術があったら、メールを送って下さい。アドレスは公式ホームページをチェックして下さいね。以上、『これであなたも陰陽師』のコーナーでした」
ブースからオッケーが出たので、休憩を挟んで次のコーナーに移る。
次はお便りのコーナーだ。
「「ふつおたコーナー」」
「このコーナーは、リスナーさんからの普通のお便りを紹介するコーナーです」
「ジャンルは不問で、ドラマに関係の無いわたしたちラジオパーソナリティに対するお便りでも大丈夫です。最近、メールも増えてきたみたいだね」
「そうなんですよ。みなさん、ありがとうございます」
スタッフが放送翌日に出勤してメールボックスをチェックしたら、新着メールが200から300件あるそうだ。
これは『ふつおた』に限った話で、番組内の疑問に答える『これであなたも陰陽師』や、『教えて陰陽師』のコーナーにもそれぞれ沢山のメールが届いている。
なぜこんな事になったのかと考えてみたが、それはドラマの内容が、切実な現実問題になっているからだという結論に達した。
管理神によって地球に瘴気が逆流し、瘴気を消費する魔物も発生し、魔物を倒すと魔力も獲得できるようになった。
ではその現象にどう向き合っていけば良いのか。
その答えは、管理神の考え方、異世界のノウハウ、魔力の使い方を知っている俺が、テレビドラマを通して示している。
そのため回答しているラジオに連絡が集中するのだろう。
「それじゃあお便りをご紹介します。まずはボクから。ラジオネーム、倶利伽羅さんから頂きました」
この人は、毎週必ずメールをくれる人だ。
なるべく公平に沢山の人のメールを読む形が、新規を獲得する方法なのだろう。だが1度読んだらもう読まれないルールだと思われても常連を逃すので、その辺りのさじ加減は難しい。
もっとも、俺が読む分しか配慮できないが。
「『海月さん、一輝くん、こんばんは。ラジオ楽しく聞かせて頂いています。ところでドラマは半ノンフィクションだそうですが、本当の魔物を相手に危険は無いのですか。危ない時は、どうするのですか。他の陰陽師の人は、収録現場にいるのでしょうか。それでは安全に気を付けて、これからも頑張って下さい』。倶利伽羅さん、ありがとうございます」
「倶利伽羅さん、ありがとうございます。他の陰陽師は、昔は一輝くんのお父さんが居てくれたよね」
「そうですね。知らない陰陽師さんと組むと、連携に失敗して逆に危ないので、基本的には組みません。現地入りする役者と収録スタッフ全員には、簡易式神符と強い守護護符を持って貰います」
「依頼も安全なものを選んでいるんだよね」
「はい。危なそうな現場では、現地入りの人数を最小限にします。今までに妖怪で大怪我をしたスタッフは、1人も居ません」
「一輝くんは心配性だから、わたしの現地入りは少なめです。テレビドラマ『少年陰陽師』は、安全に配慮して撮影しています。倶利伽羅さん、お便りありがとうございました」
「ありがとうございました」
俺がお手紙を読み終えると、次に海月さんがメールを印刷した紙を読み始める。
「次のお便りです。滋賀県の川蛍さんより頂きました。『海月さん、一輝くん、こんばんは。いつも楽しく拝聴しております。ところでラジオには、まだゲストさんが一度も来ていませんよね。そろそろ来る頃でしょうか。初ゲストには、蘆屋道長役の平井翼さんをお願いしたいです。これからもドラマにラジオ、頑張って下さい』。川蛍さん、ありがとうございました」
「ありがとうございました。ゲストさんを呼んで欲しいという問い合わせは、他のメールでも結構頂いています。でも平井翼さんは無いです。駄目です。嫌です。ボクが泣きます」
平井翼は、俺より10歳年上のイケメンアイドルで、俺が海月さんに弁明した内容を世間に暴露した鬼畜野郎である。
脚本家には、魔物に襲われて死んだシナリオを作ってくれと頼んでいるが、人気俳優なので中々死んでくれない。
役柄的には主人公のライバル事務所のエリート陰陽師なので、俺が嫌がっているのも丁度良いと思われているようだ。
「一輝くん、泣いちゃうの?」
「泣きながら、平井さんの髪の毛がジワジワとハゲていく呪いが掛かるように、神仏にお供え物をしながら、一生懸命に祈り続けます」
「呪いなんて掛けたら絶対にダメ」
俺はブンブンと首を横に振って、必死に拒否の姿勢をアピールした。
その仕草はラジオで見えないため、海月さんが視聴者に向かって解説を入れる。
「一輝くんが首を何度も横に振っています。でもダメだからね」
「小学生を苛めた天罰なのにー」
「呪いなんて掛けたら、嫌いになっちゃうよ」
「絶対しません!」
俺は心の底から叫んだ。
今度会ったら、すぐに呪いを解かなければ。それと同時に気の巡りを良くして、既に薄くなった頭髪も回復して証拠も隠滅しておこう。
「ゲストさんが来てくれなくても、お姉ちゃんだけ居てくれたら良いです」
「わたしたちのどっちかが、撮影で収録できなかったらどうするの。1人だと、コーナー回せないよ」
「ボクが海月さんの都合の良い日に、収録日を全部合せます」
「インフルエンザとかに掛かったら、どうするの」
「…………あうぅ」
俺は反論を思い付けず、答えに詰まった。
インフルエンザの場合は、周囲も罹患させてしまうために、収録に来る事は出来ない。
「お父さん役の上原陽空さんとか、お母さん役の坂下郁乃さんとか、テーマ曲を歌ってくれている歌手の川上未玲さんとか、ゲストにどうですか」
「ブースの外で、プロデューサーさんも頷いているね。いつかゲストさんも来てくれると思います。以上、『ふつおた』のコーナーでした」
オッケーですと言われて、コーナー撮りが終わった。
すると海月さんが、呪いの件で「めっ」と注意してくる。
注意されてしょんぼりと落ち込んだ俺は、今度平井翼に会った時には、逆に全身の毛穴を活性化させて、凄い剛毛にする事を心に誓った。