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11話 オカマ芸人と雪女

「はい、みんな注目。今日は転校生が来るわよ。入っていらっしゃい」


 オカマ芸人が司会を務めるコーナーの収録が始まった。

 今日のオカマは、河童の着ぐるみでは無く、キャミソールにロングスカートだ。

 金髪ロングのストレートで、眉も金の付け眉毛、お目々もパッチリメイク。

 そんな格好には、ゴツくて筋肉質な体格と、髭を剃った青白いアゴが映える。

 大半は可愛い姿なのに、河童よりおぞましさが際立つのは、何故だろう。


 そんな怪異の体現者であるオカマが、教室セットの裏側に声を掛けた。

 すると教室の引き戸が開かれ、俺が式神化した雪女が入ってきた。

 雪女は真っ直ぐに教壇まで歩み寄ると、白板にマジックで名前を『雪菜』と書き連ねる。

 使役するにあたっては、名前が有った方が良い。

 俺が最初に使役した牛鬼は、椿の根の神霊である事から、中国古代の伝説上の大木の名前である『大椿』を真名とした。但し読みは、「ダイチン」ではなく「オオツバキ」だ。

 スライムは、超強酸の1京倍から取って『けい』。こちらはとても読み易い。


 雪菜の出演理由は、俺がレギュラーの番組で、断り難かったからだ。

 ドラマで雪女回が放送された後、雪女に対する世間の関心が高まった。それに伴い、メディアからは様々な出演依頼も舞い込んだ。

 その殆どは断ったが、雪菜本人が出演に乗り気だったので、俺と繋がりのある番組だけは受けた。


「賀茂雪菜。雪女で、長野県の白馬大雪渓から来たわ。イツキはアタシの契約者。よろしくね」

「はい、みんな拍手ー」


 指示を受けた番組出演者の子役たちが、一斉に拍手をした。


「雪菜ちゃんは、一輝くんの隣に座ってね」


 オカマが俺の隣の席を指差し、雪菜が歩いてくる。

 なお雪菜を枠に入れるため、数合わせのエキストラが一人消えた。

 テレビ業界で生き残るためには、視聴率という数字を伸ばすのに貢献するか、偉い人に気に入られなければならない。

 芸能界は、子役時代から弱肉強食なのだ。


「みんな、雪菜ちゃんは雪女で、雪山から都会に引っ越してきたのよ。みんな仲良くできるわよね」

「「「はーい」」」


 ジュニアタレントたちが声を揃える。

 その様子を満足げに眺めたオカマが、雪菜に話を振った。


「雪菜ちゃん、東京の印象はどうかしら。雪山とはだいぶ違う?」


 雪山と東京は、様々な点で大きく異なる。

 雪菜は大きく頷いて肯定した。


「凄く高い建物が沢山あって、人が凄く沢山歩いていて、一日中見ても飽きないわ。楽しかったから、変装してグルグル歩いて回ったわよ」

「でも不便な事もあるんじゃないの?」

「雪が無いのは困るけど、それは何とかなるから。それに女の子には、他のものも必要なのよ」

「うわっ、わかるぅ」


 オカマ芸人に、一体何が分かると言うのか。

 いや、説明しなくて結構だが。

 訓練された子役達も空気を読んで、突っ込みは入れなかった。


 ちなみに雪菜が必要だと主張している物は、日本で使えるお金である。

 八咫烏の育成時、色々と欲しい物があったようだが、俺からのお小遣い制である雪菜は、随分と我慢を強いられた。

 そのためお金を稼ぐ事に、興味を持ったようだ。


「色んな人が気になっていると思うけど、雪女って、男の人の精気を吸うんでしょう。雪菜ちゃんは、その辺どうなの?」

「アタシは大丈夫。一輝がくれる気が、普通の人の何倍もあるから」


 俺は高魔力で、雪菜は一般人の数倍の魔力を、常に吸い続けているに等しい状態だ。

 これだけ魔力を供給されれば、他人の魔力など不要だし、暑い東京でも雪山のように快適に暮らしていける。


「一輝くんって、人の何倍も精気があるの? い~や~ら~し~い~っ」


 黙れオカマ、ぶっ飛ばすぞ。

 そんな罵声を、強い意志で飲み込んだ俺は、高らかに挙手した。


「はい先生!」

「何かしら、一輝くん」

「先生。雪女が吸うのは、精気ではなく陽気や陰気です。草食動物が草を、肉食動物が肉を食べるように、魑魅魍魎も人の気を食べます」

「あら、そうなの?」

「はい、そうです。だからゾンビは『気を持つ人間』を襲うし、『瘴気で動くゾンビ』は襲わないんです」


 ゾンビの生態については諸説あるが、多くは未だに判明していない。

 俺の説明を聞いたオカマは、俺を冷やかすよりも視聴者の関心を引けると計算したのか、すぐに食いついてきた。


「ゾンビが人を襲う理由は、気なの?」

「はい。視界を塞がれたゾンビや、眼球の無いスケルトンが人を追える理由は、気に反応するからです。胃が機能していない彼らが人を食べているのは、人の血肉ではなく気です」

「それって、マジなのかしら」

「めっちゃマジですよ。なあ雪菜」


 俺が雪菜に視線を投げると、雪菜も肯定した。


「アタシ達は、自然界のエネルギーで存在できるわ。イツキは瘴気って呼んでいるけど、その瘴気が人間にとっての空気や水と同じ。でも成長するには、栄養も必要。それが陽気や陰気ね」


 つまり瘴気が空気や水で、陽気や陰気が栄養素である。

 人を食べた鬼が強くなるのは、人の気を糧に成長するからだ。


「視力の無いゾンビが気で追っている事は、気を篭めた札で証明出来ます。魑魅魍魎の行動原理は、全て理論で説明できますよ。ボクが唯一理解できないのは、乙女心だけですね」

「うふふ、男の子には永遠の秘密なのよ」


 オカマが両手を頬に当てながら、クネクネと腰を振った。

 俺は白目を剥いて天を仰ぎ、ソレを視界から外す。

 カメラにはしっかりと撮られているが、これは芸人同士のリアクションの一つなので、失礼にはあたらないはずだ。

 オカマが文句を言ってきたら「あまりにセクシーだったので、照れて目を逸らしてしまいました」と答えようと思う。


「一輝くんは、今日の補習決定ね。はい、それじゃあ授業を始めるわ。今日は七夕よ。みんな、短冊に願い事は書いたかしら」


 どうやら俺は、後戻りできない道に進まされそうだった。

 俺のSAN値、保つだろうか。

 茫然とする一人を置き去りに、催促された生徒たちは、事前に書いた短冊を机の上に並べていった。


 七夕は、星辰信仰から発生した陰陽道の年中行事の一つだ。

 起源は中国の乞巧奠きこうでんで、牽牛と織姫の二星を祀るものだ。願い事を書いた短冊を七夕の最後に燃やすのは、道教儀式に由来している。

 日本では、奈良時代に朝廷の行事に採用されて公武に広まり、江戸時代以降には庶民へと普及している。

 だが俺自身の願いを考えると、すぐには思い浮かばなかった。

 俺は芸能活動をしているが、これは夢の自己実現では無く、通帳の残高が減ると不安で落ち着かなくなるので、稼ぐ行為を止められないでいるからだ。

 差し当たって俺が願ったのは、即物的なものだった。


『お兄ちゃん、外に出て、はたらいて』

『海竜が日本に来ませんように』

『うちゅう進出』

『おじいちゃんに、かみの毛が生えますように』

『けい気回復して欲しい』

『お母さん、オニにならないで』

『月収20万、あと牛鬼に勝つ!』

『凄い式神を使役する』


 各自の願いは複数書かされて、事前にチェックもされている。

 その際に番組として都合が悪そうな願いは、大人の事情で変更させられた。内容に偏りがあるのは、そのような裏事情である。

 オカマ芸人は、願いのいくつかをピックアップした。


「優子ちゃんのお兄さんは、働いていてないのかしら?」

「はい、先生。お兄ちゃんは『ミュージシャンになる』って言って、ずっと家でギターを弾いて、動画を載せているだけなの」

「あら、目標があって、行動もしているのね」

「でもお兄ちゃんが動画を上げているのは、お金が入らないボコボコ動画なの。曲もオリジナルじゃなくて、人気歌手の流行曲だけなの。この調子だと、100年経っても変わらないと思う」

「それは困ったわね」

「お兄ちゃんがニートになっても、私は養えないよ」


 優子は良い子で困った振りをしているが、一輝はこの話が収録前に軽く打ち合わせされた内容だと知っている。

 彼女の本性を考えれば、兄を蹴飛ばして働かせるか、無視するはずだ。もっとも番組でネタに使っている分、さらに容赦がないのかもしれないが。


「プロでもヒット前のミュージシャンは、兼業でアルバイトをしている事が多いわ。お兄さんにもそれを教えてあげて、フリーターになってもらうのが良いかもしれないわね」


 オカマ芸人は、兄のプライドを保ちながら折り合いを付けられそうなラインを引いて優子の両親に丸投げした。

 オカマと生徒達の問答は暫く続き、やがて雪菜の番になった。


「ちょっと雪菜ちゃん。この『月収20万、あと牛鬼に勝つ!』って、どういうことなのっ!?」


 オカマが大げさに驚く。

 ちなみに出演料系の願いは消される対象になるはずだが、雪菜だけは何故か採用されている。


「自分で稼がないと、自由に使えないでしょう。一輝はケチだし」

「とっても偉いわぁ。でも一輝くんは、男の甲斐性を見せないとダメよ」

「先生、ボクはイソップ寓話のアリで、雪菜はキリギリスです。冬に生き残るためには、地道にコツコツが良いですよね」

「小学生は、夢を持たないとダメよ」


 オカマに生き方を諭された。

 …………解せぬ。


「それで雪菜ちゃん。『牛鬼に勝つ!』って、どういうことなの?」

「式神契約した後も、強くなれるから。今は牛鬼がC級で、アタシはD級なんですって。だから、頑張って強くならないと」

「雪菜ちゃんは、どうして強くなりたいのかしら」

「魔力が強くなったら、雪女でも真夏の沖縄で泳げるって言われたの」

「すごく素敵だわ。先生、応援しちゃうっ!」


 沖縄で泳ぐ雪女など、地球の46億年史でも前代未聞のはずだ。


「目標はC級ね。でも使役する式神が多いと、イツキの陽気が足りなくなるかもしれないから、式神をあまり増やさないでほしいなぁ」


 雪菜がチラチラと俺の方を窺った。

 俺は使役している式神に、常時魔力を与えている。

 また式神が戦闘で消耗すれば、その回復分も魔力を消費する。

 そのため式神を増やせば、雪菜が成長可能な幅が狭まるのは事実だ。


 もっとも式神の種類数が少なければ、汎用性が低くなる。

 牛鬼だけだと陸上生物としか戦えないし、雪女だけだと暑い場所で不利だ。そのため、単純に魔力が高い1個体だけを持てば良いわけではない。

 それに俺の式神契約は、異世界方式で低コストだ。保有魔力には、まだ相当の余裕がある。


「契約者の一輝くんは、『凄い式神を使役する』って書いたわね」

「イツキ、アタシじゃ不満なの?」

「あらあら、悪い男ね」

「一輝君、わるーいっ」


 オカマと、雪女と、ジュニアタレントが、俺に連携攻撃を仕掛けてきた。


「先生、式神を増やすと、こんな事も出来るようになりますよ」


 俺は数の暴力に対抗すべく、スライムの京くんを分裂させ、生徒たちの机の上に出現させた。


「うわぁ!?」

「何これっ」


 スライムたちはウネウネと動きながら、すぐに子犬のような姿に変わる。

 木属性と土属性の魔力を使って、魔力で動かす枝の骨格、土色の皮膚、植物・果実・鉱石の色彩を持ったのだ。

 先ほど宣言した式神の獲得だけでは不可能な演出だが、これが異質である事を分かる人間は、こちらの世界には俺しか居ない。

 おかしいと指摘できる人間がいない以上、世の中やった者勝ちである。


 さっそくお子様達が、スライム子犬を触り出した。

 今出しているスライムは、霊体の一部を顕現させた安全な身体だ。

 さもなくば、今頃はスライムを触った手が溶けて、スタジオは泣き叫ぶ子供達で阿鼻叫喚の地獄絵図だろう。


「一輝くん、コレは何なのかしら?」

「カッパに次ぐ我が奥義、スライム大変化の術です」


 俺は自信満々のドヤ顔で、適当に思い付いた名前を答えた。


「大変化の術? この子犬たちはスライムなのかしら」

「はい。スライムは自由に姿形を変えられます。式神が増えると、こんな風に色んな事が出来ます。それじゃあ、アンケートでーす。ボクが式神を増やすことに賛成な人、手を挙げて。えいっ!」


 俺は子供達の前に並べた子犬の片足を、一斉に挙げて見せた。

 すると雪菜を除いた18人の手が、子犬に釣られて続々と伸び上がる。

 クレームを出すのは、ただ一人。


「イツキ、卑怯! 子犬で釣った。不正、不正!」

「くっくっく、これが人間界なのだよ」


 雪菜が抗議の声を上げたが、俺は越後屋風の悪人面で諭した。


「そっちがその気なら、こっちにも考えがあるから!」

「ほほぅ?」

「ミツキに、言っちゃおうかな」

「はあぁっ、なんで海月さんが出てくるんだよ。なんて言うつもりだ」

「イツキが、可愛い女の子の式神を増やしたい。って、言ったって」

「言ってない!」

「じゃあ増やさないの?」

「くっ、式神は増やしたい。式神の性別は、分からない」

「報告しちゃおうかなぁ」


 越後屋の表情が、スケさんとカクさんに手下を蹴散らされる場面のように、醜く歪み始めた。もちろん俺の顔の事であるが。


「雪菜、人間界では、話し合いがとても大切だ。お互いに納得できる結論を出した方が良いと思う」

「へぇ、お互いにね? 良いわよ」

「ぐぬぬぅ」


 七夕回の放送後、越後屋は『式神使い』の他に、『式神使われ』という斬新な称号も与えられた。

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