10話 魔物飼育
八咫烏の卵24個は、鳥の人工孵卵器へと移された。
人工孵卵器は、1時間毎の転卵や温度・湿度調整など、孵化に必要な事を全て行ってくれる。
孵卵器の温度は37.5度、湿度は45度に保ち、孵化の2~3日前からは転卵を止めて、湿度を65%まで上げて孵化を試みた。
同時に、大半の卵には、孵化前から俺の魔力も送り込む。
これは異世界に居た時、卵から孵化する魔物は、親からの魔力を浴びなければ、魔力を溜める能力が育たないとされていたからだ。
8つの巣にあった24個の卵は、同じ巣の卵が被らないように分けた上で、人工孵卵器8機に3個ずつ分けた。
五行の全てを送り込む孵卵器1機。
五行のいずれか1つを送り込む孵卵器1機ずつ。
魔力を送り込まない孵卵器2機。
送り込む力は、大中小に分けた。
結果として24個の卵から15羽のヒナが孵り、3本足は3羽だった。
五行=孵化0/3。
木行=孵化3/3。八咫烏1(大)、魔カラス2(中、小)。
火行=孵化3/3。八咫烏1(大)、魔カラス2(中、小)。
土行=孵化2/3。八咫烏1(大)、魔カラス1(中)。
金行=孵化2/3。魔カラス2(中、小)。
水行=孵化2/3。魔カラス2(中、小)。
無し=孵化3/6。カラス3。
八咫烏は、木の大、火の大、土の大から産まれた。
魔物は陰気の存在であるが、八咫烏は太陽の化身ともされており、火属性や陽気でも育つようだった。あるいは神の遣いとされているため、世界神の祝福の力でも育った可能性がある。
足輪を付けられたヒナたちは、「ピヨッピヨッ」と鳴きながら、物音がする度に口を開けて餌を強請った。そして満腹になると、口を開けなくなる。
産まれた直後は雪菜が餌を与え、24時間以内にテレビ局が港区海岸に借りた広い貸倉庫に運ばれる。
そこで番組スタッフ、売れない役者、高額で縁故採用されたバイトたちが、常に数名体勢で給餌や糞の始末などの面倒を見る。
「イツキ、名前はどうするの」
ヒナたちを送り出していた雪菜が、名前を尋ねてきた。
孵化前から見守ってきた雪菜は、既に愛着が沸き始めている様子だ。愛情が深いのは、雪女の性だろうか。
「3本足の八咫烏は、木・火・土行から1羽ずつだっただろ。だからそれに由来する名前が良いと思うんだ」
「うんうん、それで?」
「3羽の名前は、青龍、朱雀、黄竜かなぁ。それぞれ、木、火、土の属性を司る霊獣なんだ」
「青龍って、水属性じゃないの」
「いや、水行は玄武っていう亀の霊獣。金行は白虎っていう虎の霊獣。五行全てを送り込んだ卵から八咫烏が産まれていたら鳳凰って名前でも良かったけど、駄目だったからなぁ」
5行全ての力を受け止めるのは無理なのかもしれない。
あるいは、三行の世界神から祝福を受けている俺だと、五行のバランスが悪すぎるのか。
もしかすると孵卵器に問題があったのかもしれないが、そうは思いたくない。
「青龍、朱雀、黄竜かぁ。全部、飛ぶ名前だから、良いかもね」
雪菜は力強く頷いて、賛意を示した。
「それで、あとの12羽は?」
「うーん。属性と強さで、木中、木小、火中、火小、土中、金中、金小、水中、水小、無壱、無弐、無参なんてどうだ」
「適当過ぎるから駄目!」
「名前だけで、何属性か、どの程度の力か分かる真名なんだけど」
「全然可愛くないから」
先程までの賛同とは打って変わって、雪菜は断固拒否の姿勢を見せる。
「でも人間は、マジカルナンバーって言って、7±2以上の事は同時に覚えられないんだよ」
「じゃあ、順番に覚えれば良いじゃない」
全く以て正論である。
だが属性ごとに壱、弐、参と付けて、足輪の色を変えて右脚、左脚、両脚の3パターンにしたら、一目でわかる。
五行の色は、木=青、火=赤、土=黄、金=白、水=黒だ。
全属性を紫、無属性を緑にでもすれば一目瞭然だ。
赤大は、赤の足輪が右に付けられた個体。
土中は、黄の足輪が左に付けられた個体。
金小は、白の足輪が左右に付けられた個体。
なぜ効率を重視するのかと言うと、式神は戦闘で使うからだ。
顔を見分けられれば良いが、カラスの顔は分からない。
戦闘中に一目で判断して指示を出すには、一目でわかる工夫が要るのだ。
「駄目、駄目、駄目。そんな名前は駄目!」
「それなら、雪菜には何か良い名前の案があるのか」
「花の名前で良いじゃない。木属性なら青色で朝顔とか紫陽花。火属性なら赤色で石榴とか睡蓮」
「1羽とか2羽なら良いけど、10羽を超えると無理」
「でも駄目だからね」
かくして命名は、八咫烏3羽を除いて一旦保留になった。
貸倉庫に運ばれたヒナたちは、70坪の倉庫に作った擬似的な庭森で、スクスクと育った。
交代制の人海戦術は、非常に有効に機能している。
1羽だけ、無属性で産まれたヒナが3日後に突然死したが、想定の範囲内だろう。
「どうして死んじゃったの」
「ヒナは突然死する事があります」
雪菜は悲しんでいたが、ちゃんと墓を作って供養したら受け入れた。
14羽になったヒナたちには、俺が魔力と5行の力を篭めた餌を食べさせて育てる。これは俺の魔力との親和性を高める事が目的だ。
式神の使役には、大別して3種類がある。
1つ目、鬼神・神霊を、呪力と術で使役する陰陽道系。
2つ目、異界より喚び出す護法神。(神社の稲荷、寺の金剛力士など)
3つ目、紙や木片に、自分や誰かの呪力を篭める道教呪術系。
このうち八咫烏と魔カラスたちは、1つ目にあたる。
俺と同じ魔力を持てば、呪力で使役する際に、俺が自分の魔力を操るように自在に操れるようになる。
八咫烏は神武天皇を大和まで案内した賢さを持つ存在だが、空を飛ぶ式神として使役するには不安もある。
飛行させて自分が乗る事まで考えた場合、信頼度は少しでも高い方が良い。目的から考えても、俺との魔力の親和性が高い方が安心できる。
それもあって、俺は通学や仕事の合間を縫ながら、なるべくヒナたちと接するようにした。
1ヵ月ほど経つと、ヒナたちは若鳥と見違えるほど成長した。
「「カァーッ、カァーッ」」
未だ少し高めだが、鳴き声は既に「ピヨッピヨッ」ではなくなった。
元が八咫烏とのハーフだからか、それとも給餌や水に鳥用の栄養補助食品を混ぜたからか、通常のカラスに比べて身体も随分と大きくなった。
知能も、人間の顔を認識して後を追ったり、紙コップ2個のうち片方に餌を隠して当てる遊びを覚えたり、庭森のミミズを突っ突いて食べたり、急速に成長している。
プールで水浴びしたり、餌を洗ったりと、カラスの習性も持っているが。
教育係や遊び相手になっているのは、沢山の協力者たちだ。
彼らは、ネットの飼育動画からカラスの遊びを調べて、それを八咫烏たちに再現している。
基本的にカラスが出来る事は、八咫烏たちも出来る。
そして八咫烏らしくなのか、子犬くらいの賢さを持ち、人間の言葉を理解して、簡単な指示を覚え始めた。
協力スタッフは、俺が群れのリーダーだと教え込ませている。
そして俺は、集合、追跡、観察、攻撃、撤退を、魔力を放つ合図に合せて実行する訓練も行った。
練習には紙でハトの式神を出して目の前で動かし、それを追わせたり、攻撃させたりする訓練も行う。
「カラスの魔力は、卵の時期からどれだけ魔力を浴びたかが重要みたいです」
結果としてヒナたちは、次のように育った。
木行=八咫烏(超)、魔怪鳥(大)、魔カラス(中)。
火行=八咫烏(超)、魔怪鳥(大)、魔カラス(中)。
土行=八咫烏(超)、魔怪鳥(大)。
金行=魔怪鳥(大)、魔カラス(中)。
水行=魔怪鳥(大)、魔カラス(中)。
無し=カラス2羽
特に魔力を与えなかったカラスは、ごく普通に育った。
なぜそんな育て方をしたのかと言うと、魔物と既存の野生動物との混血が、どう育つのかの検証だったからだ。
普通のカラスだと判明した個体は、大学が研究用に引き取る案もあったが、飼育担当の役者が自分で育てる提案をしたので、そちらに引き渡す事になった。
俺も少しは育てて愛着もあったので、その方が良いと思った。
相手が売れない役者だと分かっていたので、カラスの飼育費は1羽500万円を出す事にした。
資金源に関しては、本当に八百万グループ様々である。
ちなみに各個体の名前は、次の通りだ。
木行=青龍、木代、木柱。
火行=朱雀、火代、火柱。
土行=黄竜、土代。
金行=金代、金柱。
水行=水代、水柱。
「大を代に、中を柱にしただけじゃない」
「代は、五行の代行とか、代理とか、依り代とかの意味があるんだよ。柱は、支柱とか、そのままの意味の柱とか。大きいとか、小さいじゃないから」
「本当なんでしょうね?」
「分かり易さも考えた上でだけど、命名の意味は、間違いなくそっち」
「だったら良いけど」
雪菜の承認も得て、カラスたちはそれぞれの名前が付けられた。
そして運用の目途が付いたところで、プロデューサーに状況を報告する。
「青龍、朱雀、黄竜と、五行の大5羽は、戦闘と補助用にします。五行の中は、安全な範囲での偵察用にします」
「すると式神は12羽ですか。24個の卵のうち、半数でしたね」
「はい。でも普通は、こんなに強くは育たないと思います」
さもなくば日本中に、八咫烏、魔怪鳥、魔カラスが溢れる事になる。
それからも訓練は続き、八咫烏3羽、魔怪鳥5羽、魔カラス4羽が俺の式神に加わった。