岩の人形
疾走するバイクの上、よくわからなそうに八柄が言う。
「そのSNSとやらで、私たちが有名になっているのか」
「ああ、この前の戦いの時に撮られてたらしい。鉄騎士なんて呼ばれてらぁ、まったく面倒なことになった」
「あんな目立つところで戦っておいて、それはないだろう」
「仕方ねぇだろ、ああしなかったら死んでた」
「まぁ、いいじゃないか。神器を狙う者たちを引き寄せる、私にとって好都合だ」
「俺にとっては不都合だけどな。仕事の邪魔が次々入るってことだろ」
「それにしても、インターネットも進歩したものだな。21世紀の世に車は飛ばなかったが、代わりにワイファイが飛んだというわけか」
「話そらすな。あと、そんなに上手くねぇぞ」
「22世紀は、どうなるのだろうな」
「さぁな、興味もねぇ。その頃には死んでるだろうしな」
「そう言わずに、考えてみようじゃないか。一種の思考実験として」
「人工知能が発展して、人が仕事を失うなんて聞くが」
「それは大変なことだな。特に運び屋など、機械にたやすく取って代わられてしまいそうだ」
「ちょっと運び屋に失礼な気はするが、まあいい。大変なこたぁねぇよ。代わりはいくらでもいる、大いに結構じゃねぇか」
「これは驚いた。人間とは、代わりのいない何者かになろうとする生き物だとばかり思っていた」
「俺は、生きた証を残したくねぇんだ。俺が死んで誰かが悲しむ、そういうのって嫌だなって」
「優しいんだな。だが残念なことに、君が死んだら私が悲しむ」
「そんなこと言ったって、あと二日もすれば都に着く。そうすりゃ、お別れだ」
「だが君は私と契約した。君が死ぬまで、私は君以外には使えんよ」
それが何を意味しているのか、少しの間彼には理解できなかった。八柄は続ける。
「神器が奴らの手に渡ったら、まずいことになるからな。君が生きている限り、奴らは私を使えない」
「なんで先にそれを言わなかった。騙したのか」
「すまなかった。だが、これしか方法がなかったのだ」
「この仕事の依頼主も、多分神器の力を使おうとしてるんだよな。届けた瞬間殺される、とか勘弁してくれよ」
「大丈夫だ、君と私なら返り討ちにできる」
「そうじゃねぇだろ」
「君が死ねば、契約は解除される。どうしても嫌なら自害したらいい」
「嫌だね。仕事は大事だが、命の方が大切だ」
「そう言うと思ったよ」
「そうなっちまったもんはしょうがねぇ。都に着くまでに、この呪いを解く方法を探すとしよう」
「呪いとは、酷いじゃないか」
「事実だろ」
パーキングエリアにバイクを停め、自販機の缶コーヒーで喉を潤す。と、一人の少女が駆け寄ってくる。年の頃は16くらいだろうか。上品そうな身なりだが、ところどころ汚れている彼女は言う。
「追われてるんです。助けてください」
「悪いが、俺も忙しい」
「あなたしか頼れる人がいないんです。どうか、お願いします」
「見ず知らずの他人をよく頼れるな」
「いえ、私はあなたを知ってます。あなた、鉄騎士ですよね」
「違うよ。きっと、人違いだ」
「でも、鉄騎士と同じ剣を持ってました」
「ああ、あれは映画の撮影用だよ」
「でも」
「まあまあ、いいじゃないか。一華、その子を連れていこう」
八柄が、ポケットの中から割って入る。
「喋った。やっぱり、神器を持ってたんですね」
「八柄、余計なことを。ってことは、その鏡」
「沖津鏡、というものらしいです」
「それを狙う奴らに追われてる、と」
「父の形見なんです、渡せないんです」
「そいつも神器なら、何かしら不思議な力とかあるんだろ。その鏡と精々がんばれよ」
背を向け歩き出す一華に八柄が言う。
「いやに冷たいな。よかったのか、あれで」
「だって、怪しいだろ。俺はここで、一度も八柄を取り出しちゃいない。もし他の場所で見たとして、どうやって先回りしたんだよ。こちとら、バイクだぞ」
「それはおそらく、あの神器の力だろう。確か沖津鏡は、遠くを見渡す力。先の戦いでは直接会うことはなかったため、詳しくはわからないが」
「それで、俺を探知してここまで来たと」
「そうなるな」
振り向いてみる。彼女は未だ立ち尽くしていた。
「彼女には、同行してもらうべきだと思うぞ。彼女の神器を封印するためにも」
「おいおい、形見を封印するのかよ」
「見殺しにしておいて、よく言えたものだな」
「俺はヒーローじゃない。知らない誰かの面倒事まで、請け負ってらんねぇよ」
悲鳴が聞こえた。そこにいたのは先の少女と、巨大な土人形のような怪物。昔見たアニメのロボットにどこか似ていた。
「なんだ、ありゃ」
「蛇比礼だ」
「この前の伊弉冊と同じようなやつか」
「いや、あれは神器だ。それも契約者と一体になっている」
「奴は神器を狙ってきたってとこか」
「ああ、まず間違いないだろう」
「ならあの子は」
「あの様子を見るに、無事では済まないだろうな」
彼女は、怯えていた。そこに嘘は見当たらなかった。それだけのこと。
「そんな顔してんの見ちまったら、仕事に身が入んねぇだろうが」
腹に宝剣を突き立て変身する。刀で斬りかかるが、刃が通らない。
「固ぇな。胴体ならあるいは」
「胴体?なぜだ」
「コクピットは頭か胴体と、相場は決まってるんだ」
怪物が振りかぶり、足元の彼らを叩き潰そうとする。彼は紙一重でかわす。コクピットがあるであろう場所が、最も近づく瞬間。
「待て、一華」
「どうした」
「このままでは、契約者を死なせてしまう」
「なら、どうすりゃいい」
「代わってくれ」
変身を解き、宝剣を怪物の胸に突き刺す。光が流れ込んでくる。後に残ったのは、ボロボロの布切れと虫の息になった契約者だけだった。二つ目の宝玉が光っている。
「封印、したのか」
「ああ。神器は破壊できないが、力を解放している時なら食える」
「じゃあ、あの鏡は」
「それは後でいい。それより、すべきことがあるだろう」
「そうだな」
震えている彼女に声をかける。
「その鏡を持ってる限り、また今日みたいなことになる。だから、一緒に来てくれ」
「あ、ありがとうございます」
「死なれても寝覚めが悪いからな。そういや、名前は」
「‥‥遙」
「俺は、一華。よろしく」
後ろに彼女を乗せ、バイクは再び走り出す。