鉄の騎士
一華は懐にしまった宝剣と話しながら歩く。側から見れば、それは独りごとを言っているように映っただろう。一華が訊いた。
「早くて丈夫でそこそこ安い乗り物、ねぇかな。受け取った金で軽自動車くらいなら買えるが、軽はあまり好かねぇ」
「持っている免許の種類にもよるな」
「普通自動車と、普通自動二輪」
「ならば、バイクなどいかがかな」
「バイクか、嫌いじゃねぇが運び屋には向かない」
「でも、速さはロマンだろう?」
「なんか、さっきから剣のくせに俗っぽいよな。まぁ、一理あるが」
「神器だって生きているんだ、俗っぽいのも仕方なかろう」
「そういや、なんで今になって動き出したんだ?神器なんてもんは、昔からあっただろうに」
「わからない。私たちは封印されていた、そしてその封印が何者かに解かれた」
「そうか。でも、なんでそいつはそんなことしたんだろうな」
「大体の見当はついている。神器を集めればどんな願いも叶う、そう言われてきたからな。今までにも、私たちを奪い合って多くの命が失われた」
「そいつは気の毒だったな」
「だから、戦いを終わらせなければならない。全ての神器を封印して」
「でも、封印してもまた解かれるかもしれねぇんだろ。今みたいに」
「神器は、人の力では破壊できない。それゆえ、全て集める必要がある」
「どういうことだよ」
「神器が持っている力の種類はさまざまだ。正の力も負の力もある。全ての神器を集めれば、力はゼロになるからな」
「願いが叶うんじゃなかったのかよ」
「迷信だと言いたいところだが、そうとも言い切れない。例えば正の力を持った神器を五つ集めれば、この世界の神になれるかもしれない」
「そんなこと言って、俺が野心を燃やしたらどうするんだよ」
「ないな。君はそんな人間には見えない」
「会ったばかりのあんたに、俺の何がわかる」
「わかるさ。何人の人を見てきたと思っている」
「あんたに、俺はどう見えてる?」
「トランスポーターのなり損ない」
「辛辣な上に、見た目にしか触れてねぇよな」
「長生きするタイプだな。余計なことは知ろうとしない、求めない。目の前のことにしか目を向けず、狭い世界に生きている」
「悪かったな」
「貶すつもりはない。気を悪くしたのならすまなかった」
「トランスポーターの件がなかったら、その言葉を信じてたかもしれねぇな。てか、なんでトランスポーター知ってんだよ。長い間封印されてたんじゃねぇのか」
「十数年前にも、封印は解かれ戦いが起きた。神器の力でその形跡は消されたが」
「恐ろしいな、神器ってそんなことできるのか」
「ああ。何を隠そう、その戦いで起きた全てを消したのは私だ。私の力は邪を祓うこと、悪い状態になったものを元に戻すこと。そして私の前の持ち主は神器を封印したが、それでは戦いを終わらせるのに不十分だった」
「そんな経緯で、そんな戦いをしてたんだな。頑張れよ」
「手伝っては、くれないのだな」
「悪いが、仕事が忙しいんでな」
「それは残念だが、強要はできまい」
「まぁ仕事が一段落ついて、また会う機会があったら手伝うかもな」
歩いていると、一軒のバイク屋を見つけた。中に入る。
「店員さん、この店で一番速いバイクくれ」
奥で何やら作業をしていた店主が、目の色を変えて彼らの方に向かってくる。
「あのねぇお客さん、一口に速いったって色々あるんだよ。サーキットで速いのと街で速いのは全然違うし、だいたい大型二輪の免許はあるのかい?」
「普通二輪なら‥‥」
気圧されてしまい、一華が何も言えなくなったところで八柄が言う。
「スズキのカタナ400はどうかな」
「喋るなよ、怪しまれるだろ。大体、とっくに生産中止されてるよ」
剣が喋っているというのに、店主は訝しむよりどこか嬉しそうな様子だ。
「カタナか、良い趣味してるじゃないか。実はとっておきがあってな。裏から取ってくるから、ちょっと待ってろよ」
奥から出てきたのは、一台のバイクだった。型は古いようだが、よく手入れされているのだろう風化していない。
「今なら出血大サービス、150万でどうだい」
「買った」
札束を手渡す。
「バイクはな、バイクを愛する人が乗るのが一番なんだ。倉庫に大事にしまっておいても、それは宝の持ち腐れってもんよ。自分で乗ろうかとも思ったんだが、歳をとりすぎちまった」
長そうなので、発進することにした。バイクにまたがり、エンジンをかけ走り出す。
「おい待て、まだ話は終わってないぞ」
店主の声を背中に聞きながら、加速する。橋のところに人だかりができている。また、怪物か。この橋を渡らないとなると、かなりの遠回りになる。彼は突っ込むことにした。化け物が飛びかかってくる。ハンドルを切るが避けられない。
「やるしかねぇか」
宝剣を突き立てる。刀を引き出し、それを両断した。人々がどよめく。爆音が戦いの終わりを告げ、彼は目的地へと向かうのだった。
彼らを遠くから見る影が一つ、抱えている鏡と話している。
「なかなか手強いみたいね」
「真っ向勝負では、勝ち目は薄いでしょう。しかし、我らの力をもってすれば」
「そうね、行きましょう」