湖と子供
晴れている。今朝の霧はすぐ手前が見えないほどであったが、太陽の光が差し込んでくると一気に空気が澄んで、青空と、星と、夜の暗がりがグラデーションを作っていた。
暗幕が上がったようなワクワクする期待が高まって、清らかな空気と共に光に包まれる。
小さな湖が、その身体に纏う水煙を脱ぎ捨てて、陽光と抱擁し、水銀と見紛うばかりの無垢な肌をさらす。
虹と霓の子供が、肌を撫でる。
いや、あれは人だ。
水面を人が歩いて、湖に消えていったように見えた。朝、電車の中からだがはっきりと見えたと思うのだが、人がそう簡単に消えるわけはない、何かと見間違ったんだ。ナマケモノだ。違うここは日本だ。水鳥か。水面に波紋をたてない器用な鳥などいるものか。ああ、水煙が人に見えたんだ、きっとそうにちがいない。でも、あんなに輪郭や目や鼻がくっきりとして見えるときがあるのだろうか。ああ、錯視か。
「そのあたり、子供が一人、行方不明だって話だぜ。」
(こいつ…)
真剣そうな表情をして語りかけてきたのは萩野渡、犯罪者を絵にかいたような悪友だ。
「今日、その池でも捜索が行われるってよ。お前、見殺しにしたな」
(ヴぉケーが)
「帰るときに電車の中から見てみなよ。大人たちが血眼になって捜索しているからさ。」
国語、数学、社会と授業を受け、下校が近づくにつれて不安が増してくる。
「勝尾、おい勝尾、…たかひろ!!」
「はい、」
「なにぼーとしてんねん。教科書、153ページ、はよ読め」
電車の中からの風景が、怖いものに思われる。下校の時間までもうすぐだ。
電車に乗り、トンネルに入る。出るとそこは、大人たちが血眼になって捜索している。
風情もなにもあるものか、いっそ雪国や別天地にでも飛ばしてくれ。
「次は、神繰り、神繰りです。」
ド田舎の電車だから、車内放送があっただけましだ。トンネルを抜けるとそこは、湖にひ…人が…いる。
ブルーシートが被せてあって、何人も大人たちがボートに乗っていた。