第2章 2話
「あら、フレンチでも駄目だったようですね」
「さ、沙織は、いつからあの状態に!」
「そんなに慌ててどうされたんですか?」
「顔が青白く、いつもと様子の違うテンションの高さ。これは今ニュースになっている突然死の最終段階なんだ」
「そ、そんな。確か今日は友達に誘われて外出して、戻ってきてからちょっと様子がおかしかった、のかしら。あなた沙織は。沙織はどうなってしまうの!」
「あの状態になってから約一日で突然死する。いつ頃なったのかにもよるが、そう長くはない」
妻のあわてた様子を見て逆に少し落ち着くことができた。絶望した表情の妻を抱きしめどうするか考える。
認めたくはないが、沙織はもう死んでいるのだろう。知らない何かと会話しているようだった。
問題はこのまま明日の朝を迎えずに死ぬのか、それとも明日どこかに出掛けて戻ってから死ぬのか。突然死の人は自宅で亡くなるケースが高い。
得たいの知れない何かは明日朝から用事があると言っている。つまりまだ時間があるはずだ。
私はすぐに電話を掛けた。
「仲田局長、私です。緊急事態が発生しました。今すぐ塩見大臣ほか副大臣と厚生労働省の全ての局長、課長を招集してください。例の突然死になる前段階の状態の人間がいると伝えてください。場所は、えぇ、お任せします。はい。お願いします。では」
「すまない、沙織はもうこの世にはいないだろう。ただ、この現象を事務次官として突き止めなければならない。辛いだろうが明日の朝もいつも通りに接してやってくれ。私は、私達は、沙織の仇をとるために明日ヤツの後をつける」
「わ、わかりました。あなた、どうか無理はなさらないでくださいね」
◇◇◇◆◆
翌朝、沙織は家を出た。妻が辛そうに見送っている。
「8時00分、対象者が家を出ました。麦わら帽子にうすいピンクのワンピース。市川駅方向に徒歩で向かっています」
私は、SP3名と一緒に沙織を追いかける。自身の娘ということもあり、無理を言って同行させてもらった。
バイク2台と車3台も手配していたがどうやら無駄になりそうだ。電車での移動になるな。
駅につくとそのまま改札口に向かう。千葉方面の快速列車を待っている。
「対象者は千葉方面の快速成田空港行きに乗車。8号車です。挟むように7号車、9号車に」
車バイク組も急ぎ電車に合流し、追跡をつづける。
稲毛駅を過ぎて少し時間が経ったあたりで沙織が立ち上がった。どうやら千葉駅で降車するようだ。
沙織は千葉駅の改札からは出ないで、構内にあるカフェに入る。どうやら待ち合わせのようだ。10分ほど経過しただろうか、しばらくすると男性4人組が近寄ってきた。
「沙織ちゃん、久しぶり!待たせちゃったかな?」
「ううん!沙織も今来たとこ。会計済ませちゃうから、ちょっと待ってて!なんか楽しーね。テンション上がるー!」
「沙織ちゃん今日は何だかアグレッシブだね。友達は現地集合なの?」
「うん!早く行こー!」
男性4人組と合流した沙織は内房線に乗り換えて君津方面に向かっている。
娘の合コンをのぞき見しているようで複雑な気分だが、やつは沙織ではない。油断せずに追いかける。必ず何かしらの原因を見つけてみせる。
沙織達が降りたのは浜金谷駅。
そこから徒歩で鋸山に向かっているようだ。こんなところで何をするつもりなんだ。
男性4人組はなんとか無事助けたいが、彼らが原因の可能性もある。はっきりわからない以上は様子見するしかない。
しばらく登山道を進んでいたが急にルートを外れる。さらに進んでいくと洞窟が見えてきた。そして、その洞窟の中に全員が入っていく。
突入するべきか判断に迷う。中の広さがわからないため動けない。この洞窟がゴール地なのかもわからないのだ。
すると10分もせずに、沙織達が洞窟から出てきた。
来た道を戻るように浜金谷駅方向に戻っていく。洞窟でいったい何をしていたのだ。
私達は洞窟を確認するSP3名を残し、残り全員で沙織達を追いかけることにした。
その後は何もなく千葉駅で解散となり、それぞれ別れていった。まったく意味不明である。
ちなみに、男性組はみな自宅に戻りそのまま外出していないという。
私は千葉駅で解散した直後、偶然を装い沙織に近づいた。
「おっ、沙織じゃないか。どうしたんだこんな所で。お昼まだだろう。ちょっと付き合いなさい」
「あれっ、お父さん。うん。その前にトイレ行くね」
この後、千葉大学で沙織の体を検査する予定だったのだが、それが沙織と交わした最後の会話となった。
いつまでも戻らない沙織を女性SPがトイレに確認に行くと閉まったままの個室で亡くなっていたのだった。