第10章 11話
二階層は海のフロア。眩い光、砂浜に寄せては返す波。バカンスに来たくなるような階層。まったく気が抜けるわね……また海鮮バーベキューでもしたくなるわ。『ローパー』って食べられるのかしら。私はマスターリナとの勝負に備えて軽く準備運動をしながら周辺の様子を伺う。
モンスターの気配はまるでない。海を見渡すと少し離れた場所に小さな島も見えた。
「あの島が三階層に繋がるゴール地点ね」
マスターリナが言っていた。「あ、圧勝したらつまらない。す、少しくらいハンデをあげてもいい。そ、そうね、ゴール地点くらいは教えてあげる」
売り言葉に買い言葉。つい勢いで言葉が出てしまった。「ならこちらもハンデをあげますわ。勝負が早くついては面白くないでしょうから私も水竜にはならないし、中級魔法も使用しないことにするわ」
今思うと乗せられた気がしないでもない。正直、絶対零度で海を凍らせてしまえば数分でゴール出来たと思う。しかしながらハンデがありながらも圧勝してこそ水竜じゃないかしら。きっとタカシ様もそう思ってくれているに違いありませんわ。
作戦はどういたしましょう。海の中にはさすがにモンスターがいるわよね。島まで飛んで行けたら楽ですのに水竜にはならないって言ってしまいました。まったく縛りプレイも大変だわ。
「とりあえず、進むしかないかしら」
多分私の体に『ローパー』の針なんて刺さらないと思うの。でも念のため海に向かって魔法を撃っておきましょう。何の魔法を撃つかしら……そうだわ! いいことを思いつきましたわ。私、天才じゃないかしら。
◇◇◇◆◆
モニターには海を文字通り歩いているティア先生が映し出されていた。
氷結
一歩進む毎に魔法を撃つ。自分が進む先の足元のみを凍らせてゆっくり歩いて進んでいるのだ。ティア先生らしくない頭を使った魔法だ。もう島まで半分くらいは進んでいる。
時折、海面から針を刺そうと狙ってくる『ローパー』を見かけるが、すぐに見つかり退けられていた。
「な、なかなか考えているようね。でも次はどう躱すのかな」
ヒュー ジャポン! ヒューヒュー ジャッパン!!
島に生えている木の上から『ローパー』達が『スライム』をティア先生に向かって投げている。命中精度はあまりよくないようでティア先生の手前にジャポン! と落水し、水飛沫が服や髪にかかっている。
いいぞ、『ローパー』! ティア先生の服が水で透けはじめているじゃないか。
「リナちゃん、この攻撃かなり命中率が悪そうだけどなんか意味あるの?」
「こ、これの狙いは直撃じゃないの、半分は嫌がらせ。水濡れの美少女ちゃん悪くない」
この変態め。なかなかやるじゃないか。
「半分? どういうこと」
「『スライム』は『ローパー』から催淫効果のある液体を含み飛ばされている。落水と共にその液体をあの美少女ちゃんに飛ばしているの。目や口などの粘膜を狙ってね。更に言うなら海水にもその液体は含まれている」
「海水にまで……。一体どうやって!」
「海水はダンジョンから生まれたものだから無くならない。この海の底には数千の『ローパー』達が毎日液体を放出しているの。まだ濃度は低いけどアオイなら一発よ」
ふと、アオイちゃんを見ると顔が真っ赤だ。実験済みか……。
「あの美少女ちゃんは当たらないからと躱すこともせずに液体を浴びているし、多少は口にも入ってる。そろそろ違和感を感じる頃」
すると、足元が少しフラつくティア先生。慌てて氷結を唱えて足場を造ろうとするも発動しない。焦り過ぎだ。まさかの魔法失敗に成す術もなく海に落ちてしまう。
ティア先生を囲むようにここぞとばかりに海水に擬態した半透明の『ローパー』が手足に絡み付いていく。海水だと思っていたのが全部『ローパー』だと知り、さらに慌てて海水を飲んでしまう。
ゴポゴポッ
体の力が抜けていく……。
勢いに乗る『ローパー』は針を刺そうとするもレベル差がありすぎてティア先生の体にはやはり刺さらない。刺さらないなら直接突っ込むまでと触手が口の中を押し広げていく。
ゴポゴポッ
「これ以上は見ていられない。勝負ありでいい。助けに行ってくる!」
あれ……数多の触手に絡めとられ海底に沈んでいく。力が入らない……。いつの間にか体にまとわりついているスライムに服を徐々に溶かされていく。くやしい。何も出来ない。くやしい……。
こんな……こんなところで…………こんなところで……! 私がこんなところでぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!
ピコン! スキル、火事場の馬鹿力を習得しました。
眠っていた力が解放される。
リミッターが解除されたのがわかる。
抜けていた力が溢れてみなぎる。
体を抑える何もかもを引きちぎり振りほどき息を吸うためにようやく浮上する。
海上に出て大きく息を吸うとようやく落ち着いた。落ち着いたけどすぐに力が抜けていく。
あぁ、疲れた。このスキルは短時間なのね。しかもこの疲労……これもスキルの影響かもしれないわ。
すると遠くで声が聞こえる。好きな人の声が聞こえてきた……。心配を掛けてしまったわ……。でも嬉しい。安心したら涙が溢れてきた。
「ティア!! ティア!! 大丈夫!? ふぁ、ふ、服ー!!」
「タカシ様ー!! すびばぜぇぇん……ズビー! すびばぜぇぇん!」
い、いや、僕の服で鼻水を拭かないでくれるかな。
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