閑話 8
私はリリア・ツェペシ。
吸血鬼の姫である。先日、濃密な魔力に満ち溢れた血を持つ者と出会った。数多くの血に触れてきたつもりだったが、今までで一番濃厚で、それでいて飽きのこない味わい。吸血しているのはこちらなのに逆に体が熱くなり思わず気が狂いそうになった。
正直、吸血した後にすぐおかわりを願ったのも初めての経験だ。吸血鬼の姫である私がなんとはしたない……。それほどあの血はヤバい。中毒性がありそうな代物かもしれない。
それでも、それでも欲しい。すごく欲しい。朝起きたら吸血したい。昼食後に吸血したい。三時のおやつに吸血したい。ベッドで横になりながら眠る前に吸血したい。タカシの首に抱きついて指を絡ませ足を絡ませながら吸い付きたい。
どうしよう。今だかつてない吸血衝動が押し寄せてきている。
一方で感じたのは、血に含まれる魔力濃度だ。タカシの血から感じた魔力からも只者ではない濃い魔力を感じた。吸血鬼の頂点に立つ私を狂わせるほどの質の高い魔力。どうしたらタカシを従えることが出来るだろうか。
「カール!」
「はっ、姫様。ここに」
「話は聞いているな。タカシを従える確実な方法がないか?」
「はい。ただ、流石にたった一人で五階層まで来るというのは難しいでしょう。死にそうなところに温情を与えてやれば話が早いのではないですか」
「私も最初はそう思っていたのたが、あやつの魔力に触れて考えが変わった。タカシは五階層を超えてくるかもしれん」
「それほどでございますか。高レベルだとしても難しいと思いますが……」
「わからん。ガルフはどう感じた?」
「俺にはどう見ても弱そうな人間としか見えなかったけどな」
「お前の強そうはいつも見た目判断ではないか。あれは典型的な魔法使いタイプだ」
「姫様、では単独探索では対応が難しい罠系の設置を増やしてはいかがでしょう」
「やはりそうなるか」
「罠で身動きがとれないところで姫様の眷属化スキルで決めてしまいましょう」
「いや、タカシにはレジストされる気がするのだ」
眷属化スキルとは、魔力を含んだ自らの血を対象者に飲ませることで支配下に置くことができるスキルだ。支配下に置くことで、簡単な命令を与え行動を操ったり、その感覚を自分のものとして受け取ることが可能となる。血に含まれる魔力侵食によって行われるスキルの為、レジストされる場合もある。
「では、罠に嵌めたところをフランケンの一撃で沈めさせましょう。魔法使いタイプならパワーで押していくのが定石かと」
「そ、それだと、タカシが死んでしまうのではないか? それはそれで困るのだ。フランケンに微妙な手加減とか無理だろう」
「た、確かに……おっしゃる通りでございます」
「そうだな。ガルフのスピードで上手く罠に誘い込み、カールの包帯で動きを封じよ」
「えっ! 俺ら二人も出るのか!? ちょっと気合い入りすぎじゃねーか」
「構わん。必ずタカシを手に入れるのだ。わかったな」
「はっ、かしこまりました」
「しょうがねぇな」
「ところで、蓮子とフランケンは何をしているのだ」
「あぁ、あの二人なら持って帰ってきたイノシシを調理してたぜ。ほら、いい匂いがしてきた」
調理場では、蓮子の指示のもとフランケンが包丁片手に大雑把に食材をカットしては鍋に投入していた。臭みを抑えるのにニンニクを使いたいのだが、リリアが苦手なので蓮子が様々な香草をブレンドして味を整えている。
味付けは九州ならではの甘みのある醤油をベースにして砂糖、味噌で調整しながら濃厚な味付けに仕上げてある。鍋の中で猪肉の油が溶けて調味料の甘みと混ざり合い、なんともいえない香りが食欲をそそる。
「蓮子の料理は素晴らしいからな。では、みなで食べようではないか」
「あっ、リリア。生卵と山椒を用意してるからお好みでからめて食べるといいわ」
「うむ。そうしよう」
猪肉に生卵を絡め、軽く山椒を振るったものを口いっぱいに頬張る。甘い醤油の濃い味付けを生卵が包み込み味をまろやかにする。口の中に入れたばかりだというのに、あっという間に肉が溶けてなくなってしまった。山椒のしびれも良いアクセントになっている。
こ、これは箸が止まらない。いや、止められない。なんだこのマリアージュは! 最高じゃないか。
こうして、『熊本ダンジョン』に新しいメニューがローテーションに加わり、熊本近郊のイノシシがかなりの勢いで駆逐されたらしい。




