第8章 12話
リリアが降り立った場所は熊本市内の繁華街だった。しばらく周りを見渡すと自然と商店街の方に足が向かった。興味を引かれたのはきっとアーケードの屋根に囲まれた空間がダンジョン内のように見えたからなのかもしれない。
「お、おい、今、空から降りてこなかったか」
「人が空を飛べる訳ないだろ」
「お嬢ちゃん、ママはどこにいるんだい?」
「いや、空から来たんだって! ママいないって!」
「なんだ、お主らは私に話しているのか?」
「お嬢ちゃん、大人っぽい話し方するんだな。その口調は幼稚園で流行ってるのか」
「その翼、かなり本格的だな。撮影とかやってるんじゃないのか」
「幼稚園が何を意味するのか知らんが、バカにしているのは理解できたぞ。お主、死にたいのか?」
「ぷっ! お主、死にたいのか? だってよ」
ズッシュ……
翼をしまうと今度は細身の先端が鋭く尖った刺突用の片手剣、いわゆるレイピアに形を変えバカにした男の心臓を貫いていた。
「おいおい、死んだふり……じゃないのか……」
リリアは剣を振って血を飛ばすと再び背中に翼を生やした。
「ひっ、ば、化物……」
「どうやらお主も死にたいらしいな」
今度は翼を刃のように尖らせ、包み込むように突き刺した。力が抜けた男の首を顔の近くまで持ってくると口から覗く犬歯で噛みついた。
「ひうっ、あぁ……もっと……もっと吸って」
その血を舌で舐めとるとリリアは顔をしかめた。魔力が全く含まれていないからだろう……それはひどく不味く感じられた。興が冷めたのか八つ当たりだったのか男を蹴り飛ばした。
道に倒れた男達は今のところ酔っぱらって寝てしまったぐらいに思われているようで、騒ぎにはなっていない。大量の血が地面に広がるまでにはまだ時間があるようだ。
「夜に出歩く男共がこんなにも脆弱であるか。わからん。本当に人間がこの世界を支配しているのか」
アーケードをそのまま進んでいくが夜だというのに明かりが絶えない。女、子供も多く見かける。平和な光景に見えるが、なんとも納得できない。こんな弱そうな人間が何故? ここにモンスターを解き放ったらどう考えても圧倒的に征服可能だろう。他のダンジョンマスターは一体何をしているのだ。
「解答を求めるためにもそろそろ北のダンジョンに行ってみるか」
路地裏に入るとそのまま空へと再び飛び去り闇に消えていった。
『佐賀ダンジョン』の前には既にガルフが到着していた。
「姫様はまだか。どこで遊んでいるのやら」
それにしてもあの動物はなんだ? 入口を守るかのように野生のイノシシがたむろしていることに違和感を覚える。まぁいい、邪魔だし殺しておくか。
ガルフは茂みから飛び出すと五頭いたイノシシを一気に殴り飛ばした。近くに倒れたイノシシを見ると首の辺りが曲がっているので間違いなく死んでいるだろう。
「ただ待ってるのも暇だな、食うか」
こう見えてガルフは生よりもしっかり火を通して脂の溶ける甘みと香ばしい香りを楽しむタイプであった。細かい小枝や燃えるものを探そうと森の方へ向かうと。ガサゴソッとした音が聞こえ、すぐに振り返るも死んでいるはずのイノシシが急に起き上がり、ダンジョンの中へと消えていくところだった。
「おいおい、間違いなく死んでただろ。首曲がったままじゃねーか、どうなってる」
「何を遊んでおる。仕留め損なったのか」
空を見上げると銀髪の幼女が降りてきた。
「おっ、姫様。意外に早く到着したな。今、イノシシ肉を食べようと思ってたんだが、死んでたのに急に動きやがったんだ」
「アンデッドでは無さそうだが、どういうことだ?」
「わからん。こいつらダンジョンを守っているようにも見えたんだよな」
「まぁなんだ。他にもイノシシはおるのだ。まずは肉でも食べようではないか。ガルフ、木を集めろ。私はイノシシの肉を捌くとしよう」
しばらくバーベキューを楽しんだ二人は、ゆっくりとダンジョンに向かって歩いていく。
「さて、ダンジョンの中はどうなっているのか」




