第1章 1話
夕方から急に降り始めた雨は、草土の匂いと混ざり独特な香りを辺りに振りまいている。
タカシは、雨宿りのために入った洞窟の中で独り溜め息をついた。山の天気は変わりやすいとはいえ、そんなに高い山じゃないだろう…。
社会人2年目の夏、趣味で始めた登山から一度は登ってみようと富士山登頂に向け練習のつもりで臨んだ千葉県の鋸山であったが、急な雨により登山ルートを外れて雨風を防げる場所がないか探している時に目に入ったのがその洞窟だった。
その洞窟は入口のゴツゴツとした岩の厳つい感じと、奥の見えない深い暗い闇がなんともいえない雰囲気を醸し出していた。
濡れた服をタオルで拭いていると、洞窟の奥から何やら小さな足音のようなものが聞こえてくる。
「あれ、先客がいたのかな」
奥に人がいるのだろうと思い、近づいてくる音に挨拶をしようと振り返るとそこには奇妙な生き物がいた。
えー、何コイツ…。
落花生の形をした、ゆるキャラのような生き物とでもいえばよいだろうか。明らかに地球外生命体の落花生は軽く手をあげ軽快なトークを始めた。
「どうもっす!いやー久し振りに人に会えたっすよー。みなさん自分を見るとすぐいなくなっちゃうし、なかなか話が出来なくて困ってたっす。やっぱ入口をこんな場所に設定してしまったのが悪かったっすかねー。何はともあれ、マスターが見つかってホッとしたっすよ」
いやいやいや、落花生が喋ってる!?
ニュータイプの宇宙人的な奴なのか!拉致されてしまうのか!食べられ…てしまうことはなさそう?とりあえず、見なかったことにして逃げよう。そうしよう。
「ちょっ、待つっす!マスターはしばらくこのダンジョンから出れないっすよー。自分の声を聞けてる時点で適合者でって、説明するから聞いてほしいっす!」
洞窟から急いで出ようとすると、見えない透明の板のようなものが覆っていて外に出ることが出来ない。
後ろを振り返ると、落花生…終わった。短い人生だった。あー、走馬灯が何も浮かばない。お父さん、お母さん先行く我が子をお許しください。
「自分、落花生なんで怖がらないでもらいたいっすよ!まったくマスターはビビり過ぎっす」
いやいや、落花生は歩かないし、しゃべらないからね。
「き、君は何? ら、落花生だよね。なんで動けるの?あと、僕は美味しくないと思うよ」
「いや、食べないっすよ!落花生は人を食べませんから!あと名前はまだないっす。プリチーで素敵な名前が欲しいっす。それから自分は千葉ダンジョンの補佐をする案内人っす。これからマスターを一流のダンジョンマスターにするっす!」
どうやらここは生まれたてのダンジョンとのことで、この落花生は、そのダンジョン案内人だという。ダンジョンは最初に入った適合者をダンジョンマスターと認定し、案内人とコミュニケーションがとれるようにするらしい。
その適合者が僕。つまり、僕はいつのまにやら、ダンジョンマスターというのに選ばれてしまったらしい。
「その適合者ってのは何なの?あと、千葉ダンジョンってことは、他の県にもあるってこと?」
「適合者とは、ある一定量以上の魔力を持った知的生命体のことっす。今はここ以外にダンジョンはないっすけど、適合者が見つかればそのうち増えていくっすよ」
ちなみに、既にあるダンジョンから100キロ圏内には新しいダンジョンは出来ないとのこと。神奈川や埼玉にもダンジョン候補はあったけど、千葉に適合者が見つかったことで消滅したらしい。縄張り的なものだろうか。
千葉ダンジョンのネーミングは落花生がしたらしい。自分の名前はまだないくせに…。
そんな会話をしている時だった。
「じゃあ、失礼して始めるっす。おとなしくしてるっすよ。案内人奥義、落花生ビーム!」
まだ聞きたいことは山ほどあったのだが、突然放たれた妖しげなビームを避けられるはずもなく、そこで僕の意識はブラックアウトした。