そのときはこの心臓を喰らって
一筆申し上げます。
この手紙を読んでいらっしゃる時、あなたはどんなお顔をしているでしょう。きっと面映そうにしていらっしゃるでしょうね。
私もあれから手紙の書き方を習って、ようやくちゃんとしたラブレターを綴っているところです。前に差し上げた四通の手紙は、まるで走り書きのような酷い出来でしたもの。あなたがそれを後生大事にしてくださっているのは存じておりますけど、もっとよい出来のものを贈ることが叶えば、とずっと思っていたのです。
ところで、あなたはお気づきでしょうか。
私が今日のこの日に、この手紙を綴り、あなたへとお贈りする意味を。
帰宅したあなたの目に留まるよう、書斎の机の上に置いておいた意味を、ご存知でいるでしょうか。
きっと、今日は特別な日ではありません。まだ終わってもおりませんけれど、恐らくごく平凡で、穏やかな日のままで終わってしまうだろうと思います。だけどこの手紙は、今日お贈りしなければならなかったのです。なぜだか、おわかりになりまして?
答えは、手紙の最後に記しておきます。
でも几帳面なあなたのことですから、もうご存知かもしれませんわね。もしおわかりにならないようでしたら、読みながらゆっくりと考えていただけたら、と思います。
私は以前からずっと、思っておりましたの。
お見合い結婚って、なんて難しくて、ややこしくて、大変なものなんだろうって。
もちろん、お見合い結婚と恋愛結婚の間に優劣なんてないことは存じております。どちらにもそのよさがあって、どちらであろうとも相手の方のことを想えば、そして二人で互いに想い合えば、必ず幸せになれるものだと理解しておりますもの。
どちらがよいというわけではなくて、きっと、どちらもよいのです。
大切なのは結婚をするということだけではなくて、所帯を持つ、日々の暮らしを共にするということだと、私は思っております。あなたは大変優しい方で、私のことを大切にしてくださいますし、幸せにもしてくださってます。結婚相手としては申し分ないどころか、過分なくらいです。
今までさしたる苦労もなく、あなたの妻である幸いを噛み締めてくることができました。
でも、やっぱり、思ってしまうんです。
あなたとはお見合いではなくて、先に恋愛をして、それから結婚をした方がよかったんじゃないかって、どうしても思ってしまうんです。私はお見合い結婚には向いていなかったのだと思うのです。あなたと出会うなら、もっと違う形がよかったと、思えてきて仕方がないのです。
結婚よりも先に恋愛をする場合の利点は、何と言ってもより長い年月を、共にいられることだと思いますの。同じ家に住む前から相手の方を知ることが出来ますもの。じっくりと時間を掛けて一緒にいて、その方と暮らしを、ひいては人生を共にしてもよいのかどうか、見極めることができますもの。
私にはその必要はありませんでしたけど、それでもあなたと、より長い年月を、以前から共にして来られたならと思わずにはいられないのです。
お見合い結婚の不便なところは、あれよあれよという間に二人暮らしが始まってしまうところです。
だって、端から結婚をするつもりでお見合いをするんですもの。それがお互いに了承したなら、恋愛をさせていただく暇も貰えないのです。
あとは結納を済ませて籍を入れて、式を挙げて、初泊まりに行って、と全くめまぐるしい流れの速さでした。もう少しのんびりしていられると思った私は、本当に夢でも見ているようでしたのよ。大急ぎで花嫁修業をおさらいして、あなたのところへ嫁いで参りましたけど、私の主婦としての出来があまりよろしくなかったのはあなたもとうにご存知でしたわね。自分の不甲斐なさを棚に上げて、もう少し時間があればと何度も思いましたの。
それに、もう少し時間があれば、あなたのことだってわかっていたでしょうに。私と来たら、あなたのことをしばらく誤解しておりました。これも十分にご存知でしょう?
あなたがどういうお気持ちでいつもにこにことしていらしたのか、私に繰り返し繰り返し言葉を掛けてくださっていたのか、所帯を持ってからしばらく経つまでまるで気づけませんでした。それも時間があれば、お見合いで出会ったのでなければ、もっと早くに気づけたのかもしれませんのに。
何よりも、私は思うのです。
あなたとお見合いで結婚したのでなければ、あなたと共にあることに、もっと慣れていることができたはずなのです。
恥を忍んでお話しすると、私はいまだに、あなたと二人で暮らしている日々に、慣れた気がしておりません。今でも、朝、目を覚ました時に、隣にあなたがいらっしゃるという光景に、不思議な感じがいたしますの。あなたをお見送りする時も、お帰りになられたのをお迎えする時も、食卓を囲んで一緒にご飯を食べている時も、本当に不慣れで、毎日初めてのことをしているようで、何だか落ち着かないのです。
もう、一年にもなりますのにね。
私は一向にあなたとの暮らしに慣れていないようなのです。
慣れないどころか、お恥ずかしいのですけれど、始終心臓がどぎまぎいたします。あなたといると、何をするにも胸が苦しくて、締めつけられるようなのです。常に気持ちが落ち着かなくて、目が合うだけで頬が熱くなってしまったり、その熱がのどもとまで移ってきて口の中が渇いたりします。この間の雨の日のようにひとたび手を繋いだなら、その場で跳ね上がりたくなってしまいます。
食卓を挟んで向き合っているだけでも居た堪れなくて、心臓がどきどきと喧しいようで、どうしてよいのかまるでわからなくなってしまうのです。
少女のような心持ち、と言ったら、あなたはお笑いになるかしら。
いえ、きっと真面目な顔をしてそのまま受け取ってくださるでしょうね。まさしくそのような心持ちでいるのです。
だから、もっと前から、長くあなたと一緒にいたかったと思うのです。
そうすればあなたと共にある暮らしにも慣れて、始終どぎまぎすることも、胸が苦しくなったり、締めつけられるようなこともありませんでしたのに。お見合い結婚をしたから、こんな思いをしているんだって、毎日悔しくて、気恥ずかしくて堪りませんのよ。
もしくは、あなたが私の心臓を食べてくださったらよいのかもしれませんわね。この胸を開いて、どきどきと常に喧しい心臓を取り出して、あなたが食べてくださったら。私ももう少し穏やかで、落ち着いた、大人らしい心持でいられるのかもしれませんもの。
あなたといるだけで少女に戻ってしまうような、そんな心持ちにはなりませんもの。
私を食べてしまいたいほどいとしいと思ってくださるのなら、そうしてくださいますわよね?
けれど、何事も済んでしまったことはどうしようもありませんものね。
私たちは一年前の明日に、所帯を持ちました。
それからずっと、緩やかに恋愛を始めているのです。
不慣れで、子どもじみていて、落ち着きがなくて、気恥ずかしい恋愛を、夫婦としての生活と共に始めていたのです。慣れなくて当たり前でしょう?
恋愛にも、夫婦の生活にも、一年なんて短過ぎますもの。
もっとたくさん時間がなければ、慣れるなんてとてもとても、無理ですもの。
お見合い結婚って、難しくて、ややこしくて、大変なものです。夫婦になっても心臓がどきどきとして、少女のような心持ちになるだなんて、全く結婚前は思いもしませんでした。あなたといるといつまでも幼いままのようで、いつになったらあなたのように余裕を持っていられるのかしらって、焦れる思いでいっぱいになってしまいます。
だからこそ時間がたっぷり必要なんです。お互いにわかり合い、想い合い、そしてただ二人である、という時間が。
私はあなたと、所帯を持つよりも先に恋愛をしていられたらと今でも思いますけれど、それが決して叶わないことも理解しております。だから、これからもじっくりと時間をかけて、あなたとの生活に慣れていきたいと思うのです。
来年の今頃は、どんな気持ちでいるのでしょうね。私はその日が待ち遠しくもありますし、これから一年くらいでは、まだまだ何も変わらず、あなたにどきどきしているばかりかもしれないとも思います。
どちらにせよ、もうしばらくはのんびりと、あなたとの日々に慣れていくつもりです。
私はこの胸で、この心で、あなたに恋をしているのです。
何だかラブレターらしい言い回しでしょう? だけどやっぱり、大人の書くラブレターのようではありませんね。来年綴るラブレターは、もう少し落ち着きのある文章になるように努めることにいたします。
明日は私たちの結婚記念日です。私たちが所帯を持ち、夫婦としての暮らしをはじめ、そして私があなたに恋をし始めた日です。
もし叶うなら、どうぞ、どうぞ早く帰ってきてくださいませ。あなたの好きなご馳走を拵えて、お待ち申し上げておりますから。
愛を込めて。
追伸
あなたは明日のこと、ちゃんと覚えていてくださったかしら。
忘れていたとしても腹を立てたりはいたしませんから、どうか慌てないでくださいませ。