愛
次の日、冬の女王様からの手紙をズリエルが受け取りに来ました。日々強くなっていく雪の中を歩いていきます。お城から塔までは少しの距離しか無いのですが、その距離でさえ歩いていくのが辛いです。
ズリエルは扉をノックしました。
「冬の女王様、文をいただきに参りました」
返事はありません。ズリエルはもう一度ノックして、声を張り上げて言います。
「女王様? 文は書けておられますか?」
まだ聞こえていないのでしょうか。
塔は入ってすぐに螺旋階段があり、その上に女王様たちが暮らす小さな部屋があります。部屋には小窓があるだけで、日が入らなければ真っ暗です。
すぐ近くにいるわけではないことはズリエルは知っていたので、相当声を張り上げたつもりでしたが、届かなかったのでしょうか。
「女王様!」
「うるさいわね! 静かに出来ないのですか!」
突然聞こえてきた声に、ズリエルは驚き、そして安心しました。冬の女王様がいることが分かったからです。
ズリエルは問います。
「文は書けていますか?」
「……文? 何のことかしら。私はジェフから文をいただいておりません」
「何を仰いますか。私が昨日、届けに参りましたでしょう?」
「あれは、ジェフが書いたものではないわ」
「え?」
ズリエルは汗が滲み出てきました。ジェフが書いていないと、なぜばれたのでしょうか。
ですが、ズリエルはすぐに本当のことは話しません。
「な、何を仰っているのですか? あれは確かに、私がジェフ様からいただいた文でございます」
「嘘仰い!」
「う、嘘ではございませんよ」
「では、どうして『う、嘘ではございませんよ』と少し怯えたように言うのですか? それに、ジェフはこれほど字が綺麗ではないわ。ジェフは女の子のような丸い文字を書くの。こんなに綺麗に書くのは、執事のズリエル、あなたしかいないわ!」
「うっ、鋭い」
ズリエルは目の前に冬の女王様がいるわけでもないのに、後退りをしました。
王様になんと伝えれば良いでしょう。
女王様の怒りからか、国は今にない大雪に包まれました。渦を巻くように吹き荒れる雪は、竜巻のようです。
「ど、どうなってしまったの? こんなに雪が降るなんて」
すぐに異変を察知した春の女王様は、夏の女王様と秋の女王様がいる部屋に向かいました。もちろん、他の人が気づいていないわけではありません。しばらくしてから、他の人もなんやなんやと声をあげて慌て出したのです。
国民にはまだ伝えていませんが、気付いていないわけがありません。一層家の中に閉じこもっています。
「お母さん、怖いよお」
「大丈夫よ」
冬の女王様が偽の手紙に気付いてこうなってしまったことは、お城の者だけが知っています。この吹雪の中では、国民に伝えることは出来ません。
春の女王様の言葉を聞いた夏の女王様は、窓の外を見つめながら言います。
「本当ね。このままでは、国が埋もれてしまいますね」
「あら夏乃。人間はいつかその環境に対応できるようになるんじゃなかったの?」
春の女王様は、にやにやと笑いながらからかいました。二人が言い合いをしているときに夏の女王様が言ったことです。
「確かにそうは言いました。だけど、ここまで積もってしまっては、手も足も出ませんよね?」
「まあ、そうね」
あれから、二人はしっかりと仲直りをしました。とは言っても、互いに謝ってはいません。兄弟姉妹というのは、それがなくとも仲直りが出来るのです。
二人の様子を見て、秋の女王様は安心してため息をつきました。
(良かったです、仲直りをされて……)
春の女王様は手を叩くと、ある案を出しました。
「よし! お父様のところへ行きましょう」
「お姉さまったら、何かあればお父様のところへ行きたがりますね」
「そりゃあね。お父様が一番事を知っていますから。ここでうじうじしているのならば、お父様に聞いた方が早いではありませんか」
「まあ、その通りですね」
「さあ、善は急げですよ!」
春の女王様は勢い良く扉を開けて、駆け足で行ってしまいました。その後ろを、夏の女王様が追いかけます。
「ふふ、元気ですねえ」
秋の女王様は呑気に微笑んで、あとをついていきます。
三人が出ていった部屋に、男が一人、やって来ました。赤と白の帽子と服を着て、白い付け髭をしています。
「ほぅほぅほぅ! ……あれ? 誰もいないのですか?」
王様はまるで待ち構えていたかのように、三人が扉の前に来たときに内側から扉を開けました。
「おお、三人とも。やはり来たか」
「お父様、冬乃の状態は?」
すると、王様は顔をしかめました。
「……分からぬ。外がこれでは、どうすることも出来ん。じゃから、こうなってから冬乃に食事を届けておらんのだ」
「そんな! それでは冬乃は、飢えてしまうでありませんか!」
「仕方あるまい。外に出れば、この中では無傷では済まんだろう。転倒、凍傷、危険がたくさんじゃ」
「ジェフは? ジェフはまだなのですか?」
「探しておる。じゃが、まだ見つかっておらぬ。ほら、こんなところにおらんと、中へ入りなさい」
王様に言われ、三人は中へ入りました。ソファーに座り、ズリエルが温かいココアを持ってきてくれました。
王様が話を始めようと思ったその時、扉がキイィィと音を立てて開きました。そこから顔だけを覗かせた人物を見て、部屋にいた全員が声を張り上げました。
『ジェフ?!』
「いやあ……こんにちは。久しぶりですね」
「久しぶりですね、じゃないでしょう? 何をしていたの、あなたは!」
「……それはまだ言えません。全てが終わってからで。ズリエルさん、少しよろしいですか?」
ジェフはズリエルを呼んで、部屋を出ていきました。
「もうっ、ジェフったら」
「あらお姉さま、いつのまにか呼び捨てになっていますよ」
「当たり前じゃない! 私にはジェフが何をしようとしているのか分からないわ。腹が立って、敬意を払うことも忘れてしまうわ、もう!」
「お姉さま、そんなに怒らないの。今はジェフを信じて待つしかないわ」
春の女王様は、拗ねたように俯きました。
◇◆◇◆◇
塔の上は、お城に比べるととても寒いです。暖房器具はあるのですが、燃料が切れてしまったのです。この雪のせいで誰も来ず、燃料も食事も届かないのです。唯一ある毛布で体を包みますが、あまり変わりません。
(ううっ、寒い……。冬の女王様だからと言って、寒さに強いわけではないのよね……)
白い息が口から出てきます。
(ああ。私はこのまま、願い事が叶わずに……いえ、そんなことないわ。あの人は絶対に、私のところへ来てくれる!)
その時、窓を叩く音がしました。塔の二階に唯一ある窓です。
始めは、気のせいだと思いました。それは、ここが二階だからです。なぜ、二階の窓を叩くことが出来るのでしょうか。
何もしないでいると、また窓を叩きました。
(まさかっ!)
冬の女王様はおもむろに立ち上がると、窓を近づき、かじかむ手で窓を開けました。
その先にいたのは――。
「――――サンタさん!」
その姿を見て、冬の女王様は寒さなんて吹き飛ばして笑顔になりました。
そこには、赤と白の帽子と服を身に付け、白髭を生やしている、サンタさんがいたのです!
「ほぅほぅほぅ! やあ、こんにちは」
「こっ、こんにちは!」
「今日は、君にプレゼントを届けに来たんだよ」
冬の女王様は、うんうんと、大きく何度も頷きました。
サンタさんは担いでいる白い大きな袋に手を突っ込んで、プレゼントを探します。
その時、冬の女王様は気付きました。ソリにのっていないのです。それに、トナカイもいません。
(……どういうこと?)
よく見ると、サンタさんは何かに掴まって、ぶら下がっているようです。
(まさか、こいつ……!)
サンタさんが手を取り出してプレゼントを渡そうとしたその時、突然、冬の女王様はサンタさんの顔に向かって手を突き出しました。
「うわあ!」
頬を摘まむと、引っ張ります。
「いてててて! 何をするのですか!」
「あなたはサンタさんではありません! 偽物なのでしょう!」
「な……何も言いますか、私はサンタさんですよ!」
「いいえ、偽物よ。ソリにのっていないじゃない! それに、トナカイもいないわ! 私、そんなサンタさん聞いたことありません!」
そう言うとサンタさんは、ギクリ、と聞こえてくるような表情をしました。冬の女王様は鋭い目付きでサンタさんを見ます。サンタは腕を振り払おうと、冬の女王様の腕を掴んで動かします。ですが、離れる様子はありません。
「はっ、離してください!」
「いやです、この偽物め! 私がどれだけあなたを待っていたことか……。それなのに、嘘だなんて、騙すなんて酷いわ! 誰ですか、そんな最低な方は!」
その言葉を聞いて、サンタさんは顔を緩めて冬の女王様を見つめました。そして、長いため息を吐きました。
「……やはり、そうですね」
「え?」
サンタさんはそう言うと、白の袋から一通の手紙を取り出しました。そして、冬の女王様へ渡しました。
誰からかを確認すると、手紙の縁には『ジェフより』と、丸文字で書かれていました。
「ジェフからの手紙……。これを持ってきてくれたの?」
サンタさんは頷きます。
「ねえ、今ジェフはどこなの? お城にいないことは分かっているわ。プレゼントなんて要らないから、ジェフの居場所を教えて!」
冬の女王様はサンタさんの目をじっと見つめます。
サンタさんは口を開きました。
「……それなら、教えなくても大丈夫ですよ」
「どういうことですか?」
「だって………」
サンタさんは白髭に手をやると、それらをとってしまいました。付け髭だったのです。
「僕がジェフですから、ね」
「……え?」
冬の女王様はその顔を見て、首をかしげました。
「あなたが、ジェフ、なの?」
「はい」
「私の、文通相手?」
「はい」
「ジェフは、サンタさんなの?」
「……いいえ。ですが、今はあなたのためだけのサンタさんですよ」
頬を赤らめた冬の女王様を見て、ジェフもつられて赤くなりました。俯いた冬の女王様ですが、すぐに顔をあげました。
「そうなのね、あなたがジェフ。初めて会いましたけど、期待を裏切りませんね」
「どのような期待をしていたのですか?」
「優しいお方。もしかしたら私の気持ちを分かってくださるんじゃないか、そう思っていました」
二人は見つめあい、微笑みました。
すると、どこからか鈴の音が聞こえてきました。二人は外を見回します。誰かが歩いている様子はありません。
どこからその音がしてきているのでしょう。それは、だんだんと近づいてきています。
冬の女王様ははっと気付き、淀んだ雲で溢れる空を見上げました。
「ジェフ! 空を見て!」
そう言って、空を指しました。ジェフは冬の女王様の表情を見て、すぐに見ました。
鼠色の空を彩る彼らは、空を滑っています。
赤と白の帽子と服を着ている白髭の人は、、真っ赤な鼻を持っている動物に牽かれてこちらへ近づいてきています。
「あれは……サンタ、さん……?」
「ジェフ、そうよ! あれはサンタさんよ、本物よ!」
ほぅほぅほぅ。
そう声を上げながら、笑顔でやってくる人物。どれだけ見ていても、それは二人が待ち望んでいたサンタさんです!
興奮した冬の女王様は外へ身を乗り出し、サンタさんに向かって手を振ります。
「サンタさーん!」
「ほぅほぅほぅ」
サンタさんが手を振り返すと、冬の女王様はより身を乗り出します。
「冬の女王様、危ないですよ!」「ジェフ!」
冬の女王様はジェフの肩に手を置き、そしてこう言いました。
「私は、私は生まれて初めてサンタさんを見たわ。貴方は、見たことがあった?」
「いえ……ありません」
ジェフは冬の女王様の威圧で仰け反ります。
「だからね! 貴方もサンタさんに会ったことがなかったから、私の気持ちが分かったのよ!」
「……そうだと、思います」
「ああ、サンタさんは凄いわ! こんなにも気分が高まるなんて!」
サンタさんは空を滑ってくると、二人の近くまでやって来て止まりました。
「ほぅほぅほぅ、初めまして」
「初めまして!」
「元気だのお、ほぅほぅほぅ」
「当たり前です! 初めてあなたに会ったんですから!」
サンタさんは微笑むと、こう告げました。
「では、プレゼントをあげましょう……だけど、お嬢さんには先に貰うものがあるようだね」
そう言って、ジェフの方を見ました。ジェフの心臓は射ぬかれたかのように跳ね上がりました。
「どういうこと?」冬の女王様が問います。
「私はもう、ジェフから文を貰ったわ。これ以上貰うものなんてないわ」
「ほぅほぅほぅジェフ、正直になりなさい」
ジェフは頬を赤らめました。
渋々、ジェフは持っている白い袋から小さな箱を取り出しました。そして、冬の女王様へ渡しました。
「なあに、これは?」
「……開けて、みてください」
受け取った箱を開けました。するとそこには、輝く銀色の指輪が入っていました。 冬の女王様は止まってしまいました。
「……ジェフ、これはどういうこと?」
「これは……手紙越しに、冬の女王様の寂しさが伝わってきたので、僕が一緒に居られたらと思って、あなたに送ることにしたんです」
「意味は、しっかりと分かっているの?」
「……分かっていますよ」
その様子を見て、サンタさんはプレゼントと言って、二人に煌めく光を降り注ぎました。すると、二人は一瞬にして、白い服に着替えていました。
「これは……!」
「ほぅほぅほぅ。それがわしからのプレゼントじゃ。幸せになるんじゃぞ」
そう言って、サンタさんは空の彼方へ去っていきました。二人は消えていくまで、ずっと見つめていました。
◇◆◇◆◇
冬の女王様は、塔から出てきました。
どうやらあの日、サンタさんのことを見た人は、あの二人以外誰もいなかったようです。もちろん、その事はジェフと冬の女王様だけの秘密です。
後日、国民も来られる結婚式が行われました。たくさんの人が訪れ、笑顔で溢れていました。
結婚したのはもちろん、ジェフと冬の女王様です――。
冬の女王様の心を解かしたのは、何だったでしょうか。
それは、感動と、愛――。
あなたにも、たくさんの感動と愛が降り注ぎますように。
『メリークリスマス、そして、marry me……』