消えたジェフ
「ジェフがどこかへ行ってしまった、だと?」
ズリエルは王様にそう告げました。
ジェフが書き置きをしていなくなってしまったことに気づいたズリエルは、すぐに王様に報告しました。黙っておいてほしいとは書いてなかったため、問題ないとズリエルは思ったのです。それに、ジェフは冬の女王様と文通をし、だいぶ仲良くなってきたと思われているときでした。そんな時にジェフがいなくなってしまうと、冬の女王様が何かあったのかと疑ってしまうことでしょう。悪ければ、機嫌が悪くなってしまいます。
ズリエルからそれを聞いた王様は、「むむむむ」と声をあげました。
「突然どうしたんじゃろう」
「考えがあると書かれておりました。これが、ジェフ様が残された手紙でございます」
ズリエルは王様にジェフの書き置きを手渡しました。それを見て、眉を寄せました。
「確かに、考えがあると書いてある。じゃが、その考えが書かれておらぬな」
「はい」
「むむ。一体どんな考えがあったのじゃろうか。わしらに教えられないのか」
すると部屋の扉が開き、女王様三人が入ってきました。
「お父様」
「おお。どうした」
「ジェフさんがいなくなってしまったというのは、本当なのですか?」
「む?」
王様は疑問を感じました。
自分でさえ今知ったことを、どうして三人が知っているのでしょうか。ジェフの書き置きを見つけたのも、まださっきの話です。
「春乃、どうしてその事を知っているんだい?」
「すみません、お父様。盗み聞きをしてしまいましたの」
王様は娘の行動に悲しくなりました。王様自身が育ててきたわけではないのですが、平気で盗み聞きするような娘になってしまったことに思わずため息が出ます。
それに気づいた夏の女王様――夏乃が言います。
「お父様、そんなにため息をつかれないで。しょうがないじゃない、冬乃は大切な妹なんですから」
「ううむ、それはそうだな」
「それで、ジェフさんは本当にいなくなってしまったのですか?」
「ああ。まだついさっき分かったばかりじゃ。お主ら、ジェフを見ておらんのか?」
三人は揃って頷きました。王様は困ります。
「書き置きには探さないでくれとは書かれておらん。……ズリエル、兵士を用意させろ。ジェフを探すのだ、冬乃が気づかないうちに」
「かしこまりした」
ジェフがいなくなってしまったことは、あの場にいた五人の秘密にすることにしました。これ以上国民を不安にさせたくなかったからです。
冬の女王様にも言いません。手紙を楽しみにしている冬の女王様に、いなくなってしまったと言うと、猛吹雪が強くなると考えたからです。
そのためにも、急いでジェフを探す必要があります。
「王様、冬の女王様からの文はどうすれば良いでしょうか」
「うむ。返しが来なければ、冬乃はどうしたのかと不思議に思うだろう。ズリエル、もし明日までにジェフが見つからなければ、お主がそれを読んで返事を書け」
「かしこまりした」
ジェフと冬の女王様の文通は、ほぼ間もなく続いています。少しでも間があくと、冬の女王様は気づくことでしょう。
「どうにかしても、ジェフを見つけなければ」
部屋に戻ってきた女王様たちは、ソファーに音を立てて座りました。――一人を残して。
「もうっ。二人とも、ソファーにはゆっくり座ってと言っているでしょう?」
「あら、ごめんなさい」
夏の女王様の反省の見られない謝り方を見て、春の女王様はため息をつきました。春の女王様は腕を組んで、考えます。
「それにしても、どうして冬乃は閉じこもってしまったの? そして、ジェフはどこへ行ってしまったの?」
「お姉さま、まるで探偵のようですわ」
秋の女王様が言いました。確かに、腕を組んで顎に手を当てている姿を見ると、探偵のようです。
「探偵ねえ。私がそんなものになれるのならば、きっと冬乃が閉じこもった理由もジェフの居場所も分かるでしょうね」
「探偵さん、分かったのかしら?」
「いいえ、全く。検討もつかないわ。だけど、ジェフがいなくなった理由が、冬乃が閉じこもったことと関係があることは確かですね」
「そうなのですか?」
首を傾げる秋の女王様に、春の女王様は言います。
「ええ、そうよ。書き置きには、『考えがある』って書かれていたわ。その考えというのは、冬乃が塔に閉じこもったことへの解決策のことなのよ」
「それでは、ジェフさんは冬乃が閉じこもった理由が分かったということですね?」
春の女王様は秋の女王様に、「その通り!」と言って指しました。少し後退りした秋の女王様の後ろから、夏の女王様が言います。
「……お姉さまは冬乃のこと、どう思っているの?」
「冬乃のこと?」
突然の質問に、すぐに返事が出てきません。
「……冬乃は大切な妹よ」
「そうです。私たち三人にとって、大切な妹です。でもお姉さま、冬乃に塔から出て来てほしいと思っていますか?」
「……どういうこと?」
夏の女王様は吐き捨てるように笑いました。とぼけないで、と言っているようです。強い視線を送る春の女王様に、夏の女王様は怖じけず口を開きました。
「お姉さま、塔の中にいるの好きですか?」
「……何が言いたいの?」
より強い視線を送りますが、夏の女王様は言います。
「私は嫌いです。あの中に四ヶ月もいなくてはならないのだから。もし塔に入らなければ、きっともっと楽しい生活が出来ていることでしょう。冬乃がこのまま塔にいてくれれば、私たちはあの中に入らずに済むのですよ?
確かに冬がこのまま続けば、国がどうなるか分かったものじゃありません。ですが、人間は環境に合わせて変化することが出来るのです。何十年何百年後には、どんな雪にも寒さにも対応できる、そんな強い国が作れると――」
「黙りなさい!」
流暢に話す夏の女王様の言葉を塞いで、怒鳴り声が入ってきました。それは、春の女王様のものです。いつもはこれほど怒鳴らない春の女王様を見て、話していた夏の女王様は話すのをやめ、聞いていた秋の女王様は肩をびくりとさせました。
「夏乃、あなたはなんて最低なことを考えるのでしょう。冬乃が出てこなければいい? そんなこと、考えたこともないわ!
確かに、塔の中で四ヶ月も過ごすのは辛いわ。私だって、出来ることならばずっと塔の外にいて、春を過ごしてみたい。こんなの酷いわって思ったこともある。お父様に何度抗議しようと思ったことか。
だけどね、私の季節を待ってくれている人たちがいるの! 春になると雪が解けて、その下から冬を乗り越えた植物たちが芽吹くの。野原に咲く花を見て、みんなが笑顔になるの。それを思うと、塔の中にいる時の辛さなんて簡単に耐えることが出来るの!」
息を整えて、春の女王様は続けます。
「それなのに、夏乃は……。あなたがそんなことを考えているとは思わなかったわ。あなたこそ、冬乃のことをどう思っているの?」
部屋に沈黙が走ります。二人の鋭い視線が絡み合い、お互いを、そして自分自身を傷付けています。
「……私は、別に……」
「はーい、ストーップしてください!」
突然、黙っていた秋の女王様が立ち上がり、二人の間に入ってきました。
「二人とも駄目ですわ。こんな時に喧嘩をしていては。今は、冬乃さんが塔から出ることを願うしかありませんのではないですか? 四季の巡りかたは、古くから決まっていることです。今更、それをどうこう言っても変わらないと思うのです。ですから、それは冬乃さんが帰ってきて全員の意見が一致した時に、お父様に抗議してはどうでしょうか?
それに、その話に冬乃さんを巻き込むのは、冬乃さんが可哀想です。妹だと、大切な妹だと思っているのなら、冬乃さんの気持ちを考えてください」
二人の荒ぶった気持ちは、秋の女王様の言葉によって鎮められました。恥ずかしくなり口を開けなくなった二人は、顔をしかめてただ頷きました。
◇◆◇◆◇
王様からの命令で外へ出てきた兵士たちが向かったのは、ジェフの家です。しばらくお母さんに会っていないので、会いたくなると思ったのです。それに、もし欲しいものがあったのならきっとお金を求めて家に帰ってくるからです。
強く降る雪の中を、ゆっくりとだけど急いで進みました。
ジェフの家の扉を叩くと、お母さんが出てきました。突然の訪問に顔からは不安が出てきています。早速、お母さんにジェフがいなくなったことを伝えました。
「そんなことがあったのですね」
「はい。ジェフさんは帰ってきていないのですか?」
「……ええ。お城へ行ったっきりで、会っておりません」
「そうですか。では我々は失礼致します。このことは、口外にしないようにお願いします」
「ええ。ジェフはちゃんと貢献しているのですよね。その事はちゃんと耳に入ってきております。きっと、今回いなくなってしまったのも、何か考えがあるのですよね?」
「その通りです」
「ジェフは、何も言わずにいなくなってしまうような子供ではありません。最後まで、きっと頑張ってくれます。なので、ジェフを見つけても攻めないであげてくださいね」
兵士は強く頷きました。
「はい。私共も、ジェフさんには期待をしています。きっと、彼なら冬の女王様を塔から出してくれるでしょう」
「私も、それを信じております」
兵士たちは、失礼、と言うと家を離れていきました。一人の兵士はお城へ報告をしに行き、それ以外は街をくまなく探し始めました。
しかし、明日になっても明後日になっても、ジェフを見つけることは出来ませんでした。
「まだジェフは見つからんのか」
王様はズリエルに問いました。ズリエルは、ジェフの代わりに冬の女王様への手紙を書いています。
「はい、まだでございます」
「むむう。やはりこの雪の中では見つけるのは困難だろうか。だが、ジェフも寒い中外にいるということは考えられん。じゃが、下手に民家を探すのは、ジェフがいなくなってしまったことを皆に知られてしまうことになる。どうすれば良いものやら……」
腕を組んで考えますが、名案は出てきません。
ズリエルは手紙を書き終え、立ち上がりました。
「王様、冬の女王様へ文を届けて参ります」
「うむ、頼んだぞ。ジェフが見つかるまではお前に文を頼もう」
「かしこまりした」
ズリエルは部屋から出ていきました。
入れ違いに、春の女王様が入ってきました。
「お父様?」
「おお、春乃か。どうしたのじゃ」
春の女王様は、小走りで王様に近寄りました。
「ジェフさんは、見つかったのですか?」
「まだじゃ。兵士らも懸命に探してくれているのじゃがのお。………ん?」
王様は、春の女王様が悲しい表情をしているのに気づきました。驚いた王様はすぐにどうしたとは聞きません。そして、頭に手を乗せて撫でました。
「……何か、辛いことがあったか」
春の女王様は、小さく何度も頷きました。そして、こう言いました。
「お父様。私……女王様を辞めたいです」
「む?」
「もう……塔の中には入りたくありませんの……!」
王様はまた驚いて目を見開きました。ですが、すぐに目を閉じて微笑みました。そして、春の女王様を抱きしめたのです。頭を撫でて、傷ついているであろう春の女王様を癒します。春の女王様の目からは涙が滲んできました。
「……すまんのお。やはり、塔の中にいるのは辛いか」
「ええ。いくら……いくら私の季節を楽しみにしている人たちがいても、私自身が春を過ごせないなんて……。私は、春が嫌いです。春なんか、来なくても良いです」
「そうか、そうか」
「どうして、塔の中に入らなければ季節が巡らないのですか? 誰が、こんな辛い掟を決めたのですか?」
「ずっと、ずーっと前の王様じゃ」
「そうならば、その王様はきっと、意地悪なのですね。自分は塔の外でのんびりとなに不自由なく暮らしておいて、季節のことは女王様に押し付けるのですね。ああ、私はなんて醜い先祖さまの元に生まれてきてしまったのでしょうか」
春の女王様は、王様に抱きつきます。いくら強く抱きしめても、辛い気持ちがなくなることはありません。
王様は、口を開きました。
「……春乃、どうしてこの国で季節巡りが行われているのか、知っている?」
「知りません」
「いいかい。季節というのはのお、とても大切なものなんだ。ずっと同じ季節では、我々は飢えてしまうのじゃ。分かるかい?」
春の女王様は、首を横に振ります。
「我々が食べているものは全て、四つの季節を生き抜くことで育つのじゃ。中には二つの季節のものや、三つの季節のものもある。ほれ、春になれば雪の下から植物が芽吹くじゃろう?
冬になって春が来たから、それらは育つことができるのじゃ。お主たちは、皆を生かすために季節を司っているんじゃよ」
「……そうなのですか?」
春の女王様は顔を見せました。
「ああ、そうじゃ。もしお主のうちの一人でも季節が巡らなくなってしまうと、皆困ってしまう。じゃからの、春乃。女王様を辞めたいなんて言わないでおくれ。みーんな、やってきたことなのじゃ。お主らのお母さんも、お祖母さんも、国のために皆のためにな。お主らは、いなくなっては困るのじゃ」
女王様の目から、涙がこぼれ落ちました。それを見た王様は、言いました。
「春乃、大好きじゃ。夏乃も秋乃も、冬乃も。みーんな、わしの自慢の娘じゃよ」
そして、二人は強く強く抱きしめ合いました。
扉の隙間から、夏の女王様と秋の女王様が覗き込んでいます。始めから最後まで、話を聞いていたのです。
二人は目を合わせると、頬を赤らめて微笑み合いました。
一人、塔の中にいる冬の女王様だけは、怒りを募らせていました。
「……どうしてっ」
ズリエルから届けられた手紙を読んで、冬の女王様は餅のように頬を膨らませています。
「……これは、ジェフからの文ではないわっ。字体が全く違うじゃない! どういうことなの?!」