文通
「着いた……」
猛吹雪の中、やっとのことでお城に到着したジェフ。横に降っている雪のせいで、身体中真っ白です。つけていた手袋もびしょびしょで、うまく指を動かすことが出来なくなっています。
「寒いなあ。とりあえず、早く中にいれてもらおう」
ジェフは、こんな寒い中でも門の前に立っている門番さんに駆け寄り、話しかけました。
「すみません」
「どうかされましたか?」
「王様に……いや、冬の女王様に用があってやって参りました。どうか中へ入らせてくれないでしょうか」
「お触れを聞いてのことですね。こんな寒い中ご苦労様です。さあ、寒かったことでしょう。中へどうぞ」
「ありがとうございます」
門番さんは大きな門をトントンと叩いて合図を送りました。すると、ギギギギィと音を立てて人一人入れるほどだけ開きました。門番さんに連れられて、ジェフは少し体を強張らせて入っていきました。
王様のお城に入るのは初めてなので、大きなお城に興味津々です。
門からお城まではまだすこし距離があります。だけど回りが壁で囲まれているので、雪は降っていますが門の外に比べると、とても優しく降っています。
(ああ、何だか懐かしいなあ。ここ最近は強く降っている雪しか見てないからな。冬が始まった頃はいつもこんな風で……どうして冬の女王様は閉じこもってしまったのだろうか?)
「こちらです」
目の前にはお城がありました。いつもは遠くからしか見ないので、これほど近くで見ることが出来てジェフは、「うわああ……」と声をあげてしまいました。
お城はきっと、ジェフの家を二つ積み重ねても足りないほど大きいです。見上げてもてっぺんが見えないのですから、ジェフはお城の大きさに少し興奮してしまいました。
「お城って、こんなに大きいんですね。近くで見ると迫力があります」
「そうです。私も初めて見たときは大きくてびっくりしたものです。今ではほぼ毎日見ているので慣れましたけどね」
門番さんはそう言って笑いました。毎日見ていれば他の家が小さく見えて仕方がないことでしょう。
「では、中へ入りましょうか」
「はい」
門番さんはお城への扉を開け、中へ入っていきました。ジェフもそれに着いていきます。初めてお城に入るものですから、無意識に体が縮こまってしまいます。
「失礼します……」
中を見たときは、声も出ないほど感動してしまいました。目や口、穴と言う穴を開いてお城の中を見回しました。
壁は純白で、天井からぶら下がる輝かしいシャンデリアの光を反射して淡い光を放っています。部屋がいくつあるのか分からないくらい扉がそこらじゅうにあります。床はピカピカという言葉が似合いそうなほど光っています。部屋の真ん中から二階へ伸びる階段はおめかしをしたお姫様がおりてきても可笑しくありません。
初めて見る光景に、ジェフは夢ではないかと疑ってしまいました。
「あの……」
足を止めたジェフに向かって、門番さんは恐る恐る言いました。
「どうかされましたか?」
「……あっ、いえ。何でもないです」
ジェフは我に帰ると門番さんについていきました。胸がとてもどきどきしています。
「ようこそお越しくださいました」
門番さんとは違う声がして、ジェフは門番さんの前にいつの間にか居た、黒い服に身を包んだ人を見つめました。
「ここで執事をしております、ズリエルと申します。ここからは私がご案内いたします」
「よ、よろしくお願いします」
ジェフは軽く頭を下げました。門番さんは、「では、よろしくお願いします」と帽子を上げて言いました。外へ出ていった門番さんは軽く微笑み、ジェフも微笑みかえしました。
「では、こちらへどうぞ」
ズリエルは背を向けて歩き出しました。顔をきょろきょろと動かしながらズリエルについていきます。
「では、こちらでお待ち下さい」
ジェフは頷くと、部屋の中へ入りました。ズリエルは中へは入ってこず、そのまま扉を閉めてしまいました。
一番に目に入ってきたのは、白色のソファーでした。家どころか、セバスチャンの家でも見たことがありません。高ぶったジェフは小走りでソファーに駆け寄り、それをじっと見つめます。初めて見たソファーに目が輝いています。
ジェフはゆっくりと腰を下ろします。初めての感覚に、「おおおおぉ」と声をあげました。
(家の布団よりもふかふかだ……。母さんにも座らせたいなあ)
お母さんが家で何をしているのか考えます。
(母さん、見ていて。絶対に春を来させるからね……!)
すると扉が開き、ズリエルが入ってきました。
「お待たせいたしました。用がありました故に、時間をとらせてしまいました」
「いえ、大丈夫ですよ」
用、と聞いてジェフはやはりあの事が頭に浮かびました。
「……あの、用ってもしかして」
「はい。冬の女王様のことであります。考えを出してはいるのですが、出てくる気配はないのです。急がなければ、何が起こるか分かりませんからね」
冬の女王様が塔に閉じこもってしまったこと。ズリエルの様子から、事の重大さがよく分かります。
「そうですか。大変ですね」
ジェフの言葉にズリエルは微笑んで軽く頷きました。前で手を組んで、ズリエルは本題に入ります。
「では、まずお名前を伺ってよろしいでしょうか」
「はい。ジェフと言います」
「ジェフ様、ですね。ご用件をお伺いします」
「はい。あの」
そう言って、ジェフはポケットから家で綴った手紙を出しました。手紙がくしゃくしゃになっているのに気づき、膝の上で延ばそうとします。
「これを、冬の女王様に渡していただきたいと思って来ました」
「文でございますか。王様のお触れをお聞きになってのことで、よろしいですね?」
「はい」
「分かりました」
ズリエルはまた出ていきました。途端に、体の力がスッと抜けていきました。執事の前で、無意識に力が入っていたのです。
(受け取ってくれたということは、ちゃんと冬の女王様に届くのか。返事をくれると助かるんだけどなあ。もしこれで、女王様の機嫌が悪くなってしまったらどうしよう)
三十分後にズリエルが戻ってきましたが、その時間がうんと長く感じてしまいました。ズリエルの手には、冬の女王様からの返信の手紙を持っていました。
それを受け取り、「どうぞ、お読みください」と言われ、ジェフは手紙の封を切り、紙に綴られた文字を読んでいきました。
『文をありがとうございます。お返事を書かないのは失礼かと思い、返信を送りいたします。
ジェフ様が仰っている通り、私はある目的があってここに――塔に閉じこもっているのです。ですが、それを会ったことのない貴方に教えることは出来ません。貴方に教えていれば、お父様に教えているはずですからね。
このような形で私を連れ出そうとしていただいて、私は正直舞い上がっております。城にいる者以外とこのように関わることが出来て、素直に喜んでおります。もしよろしければ、このまま文通を私としていただけないでしょうか? 目的が達成するまでの間です。きっと、あと少しで達成します。どうか、お願いします。
冬の女王様、冬乃より』
ジェフは驚きました。まさか、女王様の方から文通をしてくれないかとの申し出がきたのですから。
顔をあげると、机の上には既に紙と筆が置かれていました。置いたのはもちろん、ズリエルです。
「冬の女王様からのお願いでございます。きっと、貴方になら出来ますぞ」
そう言ってズリエルは笑顔を見せました。そこには、ジェフへの期待が含まれていることに気づきました。
ジェフは手紙を机の上に置くと、早速また冬の女王様への手紙を書き始めました。
それから、ジェフと冬の女王様の文通が始まりました。
ジェフは家に帰らず、お城に泊まって冬の女王様と手紙を交わします。そこでジェフは、女王様と何気ない話を何度もしました。
『冬の女王様は、どんな食べ物が好きなんですか?』
『グラタンが好きです。寒い冬の時は塔の中にいるので、温かくて美味しいものが恋しくなるんです。』
『冬と言えば、サンタさんですね。冬の女王様は、サンタさんから何か貰われましたか?』
『何も貰っていません。去年も一昨年も、サンタさんは来てくれませんでした。もしサンタさんが来てくれるのなら、私のことを理解してくれる、大切な方が欲しいです。』
『塔の中にいるときは、何をしているのですか?』
『本を読んでいます。お父様が選んでくれた本です。』
『もし願いがひとつ叶うとなれば、何を願いたいですか?』
『それを言うと、私が塔に閉じこもっている理由が分かってしまいます。私もそれほど阿呆ではありませんよ。』
『冬の女王様には、婚約者はいないのですか?』
『いますが、会ったことはありません。二十歳になったときに初めて会うんです。結婚するのなら本当に愛した人がいいですが、仕方ないことです。』
『僕が連れ去りましょうか?』
『冗談でしょう?』
『ええ、そうですよ。僕にそんな勇気はきっとありません。』
手紙を交わしていくうちに、ジェフは冬の女王様に会いたくなってきました。女王様なのですから、お城に住んでいる人にはあったことがありません。
そして、冬の女王様の『目的』が分かってきました。ですが、そうだという証拠がありません。下手にみんなに言うことは出来ないのです。
(困ったなあ。せっかく分かったと思うんだけど……)
腕を組んで悩んでいると、扉が開いてズリエルがやって来ました。
「ジェフ様、食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」
ご飯は家で食べたものとは比べ物にならないほど豪華です。
ジェフは、ズリエルに聞きました。
「あのっ、ズリエルさん」
「はい、何でしょう?」
「……女王様達が塔の中に入っているときは、その間にあるイベントには参加できないんですか?」
「……もう少し詳しくお願いしてもよろしいですか?」
「あっと……。例えば、夏の女王様は夏祭りに参加できないとか、そんな感じです」
「そうですね。女王様が塔から出ることができるのは交代の時のみですから。ジェフ様の言う通りでございます」
「……不満とかは出てこないのですか?」
「不満に思っていらっしゃるでしょうが、それが掟ですから。何を言っても変えることはできませんから、言われないとは思います。ですが、絶対に思われていないとは断言できませんね」
「そう、ですよね」
ご飯を食べ終わり、お椀はズリエルが片付けてくれました。
その後、ジェフは考えます。
(ズリエルさんの言う通りなら、僕の考えはきっと間違っていない。文からそう思っていても可笑しくはないし……だけど、やっぱり証拠がなくては……)
しばらく考えて、ジェフは突然立ち上がりました。その目は、何かを決意しています。
「よし! 僕に出来ることは、きっとこれしかない!」
冬の女王様がジェフ宛てに書いた手紙を持って、ズリエルはジェフがいる部屋へやって来ました。
「ジェフ様、冬の女王様からの文でございます……ジェフ様?」
部屋には、いるはずのジェフがいませんでした。机の上には、『僕に考えがあります。しばらくいなくなることを許してください』とジェフの書き置きが残っているだけでした。