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閉じこもり

 ところ変わって、王様の城は何やら騒がしくなってきました。兵士は腰につけた剣をかちゃかちゃと音をたてて廊下をはや歩きで進んで行きます。


「騒がしいわね」


 春の女王様は不思議に思います。

 国は既に年越しを終えて、もうすぐ春がやって来ます。春の女王様は塔へ入る準備をしていましたが、騒ぎが気になって準備を止めてしまいました。


「何かあったのかしら」


 春の女王様は部屋を出ました。兵士たちが春の女王様の前を通りすぎていきます。

 いつもはこのようではありません。廊下はほとんど人が通らず、通ると言えば夏の女王様と秋の女王様が追いかけっこをしているくらいです。冬は外で遊べないから、と言いますが、春の女王様は読書の邪魔になって仕方ありません。

 今の騒ぎようでは、いつも以上に読書をすることは出来ないでしょう。

 春の女王様は、夏の女王様と秋の女王様がいる二階の部屋へ向かいました。


「あ、お姉様。どうかしたの?」


 春の女王様が入ってきたことに気づいた、夏の女王様が言いました。二人は手にトランプを持っていて、夏の女王様が秋の女王様の手札を引こうとしているまさにその時でした。


「皆が騒がしいの。何かあったのよ、きっと」

「何かって?」


 秋の女王様が聞きました。


「分からないわ。けれど、大変なことが起こったに違いない。だって、いつもは静かなのに、とっても騒がしいでしょう?」

「それはそうね。けれど、何か分からなければどうにも出来ないわ」


 秋の女王様は、「さあ、ババ抜きの続きをしましょう」と夏の女王様に言いました。夏の女王様は、「いいですよ!」と声をあげて言い、先程引くことが出来なかった秋の女王様の手札を引きこうと手を差し出しました。

 そんな二人を見て、春の女王様は手を頬に当てて首をかしげました。


「うーん。どうして二人は気にならないのかしら」


 その時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは、お城の警備をしている警備員さんでした。


「どうしたんですか?」


 慌ててやって来た警備員さんに、春の女王様が問いました。額から汗を滲ませて、息が荒れています。表情から、どれだけ大変なことが起こっているのか分かりました。

 警備員さんが、息を整えずに言います。


「冬のっ……――!」


 警備さんの言葉に驚いた三人は、目を合わせました。そして、その言葉を大声で声を合わせて繰り返しました。


『冬の女王様が、塔に閉じこもったですって?!』



 冬の女王様が塔に閉じこもったことは、王様によってすぐに広まりました。このまま冬が続くことは、危険だと考えたからです。


「アルマン聞いた? 冬の女王様が塔に閉じこもってしまったんだって」

「そうなの? そうなったら、どうやって春が来るんだい、セバスチャン?」

「僕にも分からないよ。冬の女王様が塔の内側に木をはめて、冬の女王様しか扉を開けることが出来ないようにしたんだ」

「じゃあ、春が来なくなってしまうじゃないか!」

「そうだよ、大問題だ!」


 国の人たちは大騒ぎです。


「冬の女王様が閉じこもってしまって、もうそろそろ食料が無くなってしまうよ」

「うちもそうだよ。いつになったら春が来るんだろう」

「困ったなあ。うちの子はいつまでも雪で遊べると喜んでいるわ」

「うちも一緒よ。機嫌が良くなってくれるのは嬉しいけれど、このまま続けばどうなってしまうことやら……」

「心配だわ、こんなこと初めてだから」


 そこで王様は、こんなお触れを出しました。


『冬の女王様を春の女王様と交替させた者には好きな褒美をとらせよう。ただし、冬の女王様が次に廻って来られなくなる方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない。』


 それを知った国の人たちは、こぞってお城に集まりました。

 一人の男の人が言います。


「冬の女王様! どうして塔から出てこられないのですか? このままでは、食べ物がなくなって困ってしまいます」

「あなたは、自分達の心配しかしていないのね。誰も私のことを心配してくれないんだわ」


 男の人はそう言われ、帰っていきました。

 次に来たのは、商いをしている若い女の人でした。


「冬の女王様、一体何があったのですか? このままでは食べ物の心配だけではありません。寒さで凍えてしまいます。そこで、うちの毛布はいかがですか? そこらの鳥の羽を使用しているわけではないので、温かいですよ」

「あなたは、自分のことしか考えていないのね。誰も私のことを考えてはくれないんだわ」


 女の人はそう言われ、肩を落として帰っていきました。

 その次に来たのは、杖をついた老人でした。


「お嬢さん、どうして塔から出られないのじゃ? 塔の外にはたくさんの楽しいことがあるじゃないか。そんなところに引きこもらずに、外へ出てきてはどうじゃ?」

「冬の女王である私に対して『お嬢さん』とは、随分調子が良いようですね」

「わしはもう先は長くないからのお。だれにどう言われたって、怖くなんかないわい」

「……そう。それでも私はここから出ないわ」


 老人はそう言われ、杖をついて帰っていきました。

 誰がどう言おうと出てこない冬の女王様。次第に塔へやって来る人々は少なくなり、とうとういなくなってしまいました。

 日が経つにつれて雪の降る量は多くなり、今では猛吹雪で外に出ることも出来ません。

 困った王様は、唸り声をあげました。


「どうすれば良いものやら。このままでは皆、食料がなくなって飢えてしまう。だれか、冬の女王様を塔の外へ連れ出してはくれぬのか」

「お父様!」


 音を立てて扉が開きました。その先には春の女王様がいました。それに続いて、夏の女王様と秋の女王様も入ってきました。


「おお、わが娘たちよ。どうしたのだ」


 王様の言葉に、三人は顔をしかめました。


「どうしたのだ、ですって」

「もう、何をおっしゃっているのですか」

「お父様、分かっていらっしゃるでしょう? この騒ぎを私たちが知らないとでも言うのですか?」


 王様はそれを聞いて、手をポンと叩きました。


「ああ、わが娘の『冬乃』が塔に閉じこもってしまったことか」

「どれだけ頼んでもお父様に会わせてもらえなかったのですよ? 私たちも心配しているのです、冬乃は私たちの妹ですわ。何が起きているのか詳しく教えてくださっても良いでしょう?」


 春の女王様は王様にきつく言いました。王様は唸り声をあげて顔をしかめました。


「詳しくと言っても、冬乃が閉じこもってしまったとしか言えんのだ。それ以外に伝えなければならない大切なことはない」

「そんな……」


 その言葉に、春の女王様は肩を落としてしまいました。顔は悲しそうです。隣にいた夏の女王様が言います。


「どうして冬乃は塔に閉じこもってしまったのですか?」

「それが、いくら聞いても教えてくれんのだ。ただ『私はここから出ません』の一点張りでのお。お触れを出したものの、手がかりになるようなことは話さなかった」

「うーん。それではどうしようもないですねえ」


 王様は口ごもりながら言います。


「もし、どうすることも出来なくなったら……塔を破壊することも考えなければならん」

「そんな……」


 するとそこへ、一人の兵士が入ってきました。


「失礼致します」

「うむ、どうした?」

「王様、(ふみ)でございます」

「ほう、誰からじゃ?」

「国に住む、ジェフと言う者からです」

「ジェフ? ううむ、わしは何かしてしまっただろうか」

「いいえ、王様宛ではございません」

「む? では誰に宛てたものじゃ?」

「冬の女王様でございます」



 ◇◆◇◆◇



 これは、少し前の話です。


「母さん。僕、冬の女王様のところへ行ってくるよ」


 ジェフはお母さんに突然、そう告げました。あまりに突然の事で、お母さんはビックリしました。


「ジェフ、本当なの?」

「うん。このまま女王様が閉じこもったままでは、皆困ってしまう。誰かが何とかしなくちゃいけないんだ」


 ジェフの目を見て、お母さんはどれほど本気なのか分かりました。だけど、ジェフを危険な目に会わせることは出来ません。いくらもう大きくなったからと言っても、ジェフはまだ十五歳です。

 お母さんはジェフに言います。


「ジェフ、言っていることは正しいとお母さんも思う。このまま冬が続いてしまうと、きっと国は雪で埋もれてしまうわ。だけどね、ジェフ。あなたが外へ出ることも危険なの。ここから王様のお城までは距離があるわ。何もなく帰ってくることは難しいの。分かってくれるわよね?」

「ああ、分かるよ母さん。だけど、誰かが動かないとこの冬は終わらないんだ。母さんだって困るだろう? 確かに、僕はまだ一人では生きていけない。母さんがいないと、ご飯を食べることも作ることも出来ない。心配するのはよく分かるんだ。

 母さん、これは僕のためなんだ。僕がしっかり成長するように、見守っていてほしいんだ」


 ジェフはお母さんの目をじっと見つめました。そして、


「母さんなら、分かってくれるよね?」


 と、お母さんの真似をして言いました。お母さんは目を見開き、そしてジェフを見つめました。

 大切な一人息子を危険な目に合わせたくない。だけど、このままでは誰かに頼らないと生きていけない人になってしまうのではないか。

 お母さんは意を決して、こう言いました。


「分かったわ。ジェフのしたいようにすれば良い」


 ジェフは強ばらせていた顔を緩めて、微笑みました。


「ありがとう、母さん」

「一つだけ、約束をしてちょうだい。絶対に危ないと思うことはしないで」

「分かっているよ母さん。僕の母さんは、母さんだけだ。悲しい思いはさせない」


 母さんはゆっくり何度も頷きました。

 その後、ジェフは部屋にこもって何かをし始めました。冬の女王様への手紙を書いているのです。女王様に宛てる物だけあって、機嫌を損ねるようなものを書いてしまわないように何度も書き直しました。

 書き終えたジェフは外へ出る準備をして、玄関に立ちました。お母さんはその気配を察知して、駆け足でジェフの元へ駆け寄りました。


「じゃあ母さん、行ってきます」


 笑顔でそう言ったジェフですが、お母さんの顔には不安が溢れていました。お母さんはその腕を掴んで、ジェフが外へ出ていってしまうことを拒みました。やはり、何かあったらと思うと心配なのです。

 その気持ちを察したジェフは、その手を振り払うことが出来ませんでした。

 ジェフは腕を握るお母さんの手に、自分の手をのせました。そして、包むようにして優しく握りました。


「母さん、ありがとう。僕は本当に大丈夫だから。もう子供じゃないってことを知ってほしいんだ。見ててよ、僕がきっと冬を終わらせて春が来るようにして、笑顔で帰ってくるから」


 言い終わると、ジェフはお母さんの手首を掴んで腕からゆっくりと離しました。お母さんの腕は力を無くして腕から離れていきました。


「ええ……気を付けてね」


 顔を伏せたまま、お母さんは言いました。


「母さん、顔をあげて」


 ジェフに言われ、お母さんは躊躇いながらも顔をゆっくりとあげました。


「……うん。母さん、行ってきます」

「……行ってらっしゃい」


 お母さんの顔を見た後に、ジェフは遂に猛吹雪の中へ出ていきました。

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