冬が来た
これは、どこか遠い国のお話です。
心優しい王様が治めるその国は、誰もが優しく、人のことを想っています。今日も、時はゆっくりと進んで行きます。
もうすぐ、この国には冬がやって来ます。
冬になれば、子供たちは外で遊び、大人たちは家で年越しの準備を始めます。雪に見慣れていない小さな子供たちは、雪が降ると目を輝かせて窓の外の雪を見つめます。
だけど、冬になる前にしなければならないことがあります。冬になると食べ物が育たなくなるので、秋の内にたくさんの食料を蓄えておかなければならないのです。
その準備をしている親子が、道を歩いています。お母さんの息子のジェフは、お母さんよりも身長がぐっと高く、近所でも背が高くなったと評判です。
お母さんとジェフは冬のために蓄えておく食物を箱にいれて抱えています。それに加えてジェフはお手製の袋に溢れんばかりの飲み物が入っています。袋はジェフが七歳になったときにお母さんが作ってくれたものです。
ジェフはお母さんを見て、口を開きました。
「もうすぐ冬だねえ、母さん」
そう言うと、お母さんが答えます。
「そうね。冬は楽しみ?」
「うーん、どうだろう。雪遊びが出来るけれど、年越しの手伝いをしなくちゃいけないからね。楽しみだけど、今から思うと大変かもしれないな」
そう息子が言うと、お母さんは笑いました。
「ふふ」
「どうして笑うんだい?」
「手伝いのことなんて、考えなくても良いのよ。あなたは外で近所の子供たちと遊んできたらいいの。それだけで、みんなは嬉しいと思うわ」
「そうなのかい?」
お母さんはまた笑って、そうよと、頷きました。
さて、この国の季節の巡りかたは、少し変わっています。
国には四人の女王様がいて、それぞれ春の女王様、夏の女王様、秋の女王様、そして冬の女王様と呼ばれています。
王様が住んでいるお城の近くには、先の尖った塔があり、その中の春の女王様が入れば、国には春がやって来ます。夏の女王様が入れば、夏がやってきます。このように、塔の中にそれぞれの女王様が入ることで、この国には季節がやってくるのです。
今は秋の女王様が入っており、もうすぐ冬の女王様と入れ替わります。
やがて、今年も国には寒い寒い冬がやって来ました。
◇◆◇◆◇
「冬が来たね、母さん」
ジェフは昼ごはんの準備をするお母さんにそう言いました。窓の外を見ると、雪がゆらゆらと降っています。
「本当ね。けど、冬が終わるのは早いのよ」
「そうなの?」
「ええ。冬は忙しいからね。何日あっても足りないわ」
それを聞いて、ジェフは頷きました。
「そうかあ。確かに、冬は忙しいね。大人だけじゃなくて、子供も外で遊ぶのに必死だからね。雪が降るのは冬だけだから、今のうちにたくさん遊んでおかないとなあ」
「ふふ。そうねえ」
窓の外を眺めるジェフを見つめながら、お母さんは言いました。その姿に笑顔が止まりません。
「ジェフは今日、外へ遊びにいくの?」
「うん。隣に住んでいるセバスチャンと、雪だるまを作る約束をしたんだ」
「そう。それは、楽しそうねえ」
「とても楽しみだよ。大きな雪だるまを作るから、完成したら母さんも見てね」
お母さんは大きく頷きました。今作っているスープを味見して、お母さんは微笑んで頷きました。お玉に映る笑顔の自分をみて、お母さんはまた言います。
「子供は、冬を楽しみにしているからね」
「そうだね。僕も毎年、冬が楽しみだよ。今も冬が来てくれて、とても心が踊っているよ」
ジェフが嬉しそうに言うと、お母さんは何故か少し悲しそうな顔をしました。
「……他の子供たちは、雪が降ることだけを楽しみにしているんじゃないんだよ」
「え? じゃあ、一体何を楽しみにしているんだい?」
ジェフは顎に手を当てて考えます。
「あ、年越しのそばかな? その日だけはたくさんそばが食べられるからね」
お母さんは、首を縦には振りません。ジェフは、お母さんが考えていることが分かりません。お母さんは困っているジェフの顔を見て、可哀想に思えてきました。
他の子供たちは、冬にやって来るサンタさんを楽しみにしているのです。毎年、何をプレゼントしてもらおうか秋から考えているものです。けれど、ジェフはサンタさんからプレゼントを貰ったことがないのです。生まれて既に十五年以上経っていますが、ジェフにとってサンタさんは夢のまた夢の存在です。恐らくこれからも、ジェフがサンタさんからプレゼントが貰えることはないでしょうと、お母さんはそう思っています。
「子供には、子供の楽しみがあるのよ」
温かいご飯とスープをのせたおぼんを持って、お母さんはご飯を食べる机に向かって歩いてきました。
「さあ、昼ごはんだよ。体を温めて、たくさん遊んでおいで」
白色の上着を着て青色の帽子を被り、お母さんが編んでくれた赤色の手袋をして、ジェフは外へ遊びに行きます。
「母さん、行ってきます」
「いってらっしゃい。楽しんできてね」
ジェフはスキップで外へ出ていきました。隣の家の庭を見ると、既にセバスチャンが雪だるまの体の部分を作り始めていました。
「セバスチャン、おはよう」
「おはよう、ジェフ兄さん!」
笑顔で言うセバスチャンに、ジェフもつられて笑顔になりました。
「そうだジェフ兄さん。もうすぐアルマンとフランがやって来るけど、良かった?」
「うん、いいよ。たくさんの方が楽しいからね」
そう言っている間に、アルマンとフランがやって来ました。
「おーい、セバスチャーン!」
「あ、ジェフ兄さんもいる! やったあー!」
セバスチャンとアルマン、フランは同じ七歳です。同じ学校のクラスメイトで、いつも一緒に遊んでいます。みんなよりも年上の十五歳のジェフは、みんなの良いお兄さんです。
「久しぶりだね、アルマン、フラン」
「うん! ジェフ兄さんがいれば、大きな雪だるまさんが作れるね!」
「そうだね。おやアルマン、そのバケツはもしかして」
「雪だるまさんが完成したら、これを頭にのせてあげるんだ! 帽子がないと可哀想だからね」
「僕は使わなくなった手袋を持ってきたよ。手が凍ってしまうくらい寒いからね」
みんなの気遣いにジェフは、頭を撫でてやりました。
「きっと雪だるまさんも喜んでくれるね」
そう言うと、三人は声を揃えて「うん!」と言いました。
全員揃って、早速雪だるま作りを始めます。セバスチャンとアルマンは体を作ります。フランとジェフは顔を作ります。セバスチャンとアルマンが「大きな体を作ろう!」と張り切っていますから、自然とフランとジェフも体作りに力が入ります。
「ジェフ兄さん、あの二人に負けないくらい大きなものを作ろうね!」
「そうだね。けど、あまり大きすぎるとどっちが顔なのかわからなくなってしまうよ」
「そうかあ。じゃあこれは少し小さめに作らないといけないね」
フランは肩を落としてしまいました。そんな姿を見て、ジェフは耳元でささやきました。
「じゃあ、早く作り終えて雪だるまさんの目と手を探しにいこうか」
すると、フランはたちまち元気になりました。顔が作り終わって、早速探しにいきます。
セバスチャンの家の庭にはそれらしきものがありません。フランとジェフはそれらを求めて庭から出ていくことにしました。
少し出たところには皆がよく利用する広場があります。毎年冬は雪が積もって子供たちが遊びに来るのですが、二人が来たときには誰もいませんでした。
その先をさらに行くと、伐られた枝がたくさん積まれているのが目に入りました。雪が降る前に、国の人たちは重さに耐えきれずに折れてしまうことを防ぐために枝を伐るのです。それらがこの辺りの場所に積まれていることは誰もが知っています。
「ジェフ兄さん。ここならきっと良い手が見つかるね」
「そうだね。雪だるまさんに似合う手を見つけよう」
積もった雪を掻き分けながら、二人は手頃な枝を探します。
「ジェフ兄さん、こんなのはどうだろう」
フランが二本の枝を見せました。
「うん、いいね。けど、こんなのもどうかな?」
「あっ、本当だ。じゃあ、ジェフ兄さんのと僕のこれを持って帰ろう」
手が見つかった二人は元来た道を歩いていきます。その途中に赤い実を付ける小さな木がありました。そこから二つ赤い実を採っていきました。
目と手を見つけて帰ってくると、体は作り終わっていました。
「あ! フランとジェフ兄さん! 一体どこへ行っていたんだい?」
「目と手を探しに行っていたんだよ」
見つけた目になる赤い実と手になる木の棒を、雪だるまの顔と体につけました。そして、バケツと手袋をつけてあげました。
完成した雪だるまを見て、三人は大喜びです。
「うわーい! 雪だるまさんが出来た!」
「やったやったー! とっても大きいね」
いつの間にか辺りは暗くなり、家に帰らなければなりません。
「もう帰らなくちゃくけないね」
「そうだね」
「そういえば、もうすぐクリスマスだね。みんなはサンタさんから何を貰うの?」
アルマンがみんなに聞きました。その言葉を聞いて、ジェフは耳を大きくして聞きます。
セバスチャンが言います。
「僕はね、夜一緒に寝てくれるぬいぐるみを貰うんだ。夜は一人で寝るのが怖いからね。ぬいぐるみと一緒だったら、きっと怖くないよ」
次にフランが言います。
「僕はラジコンを貰うんだ。晴れの日は外で弟とレースをするんだ」
最後に、アルマンが言います。
「そうなんだあ。僕はね、えーとえーと……まだ決まってないや」
そう言って頭を掻きました。
ジェフは悲しくなりました。今までサンタさんからプレゼントを貰ったことがないものですから、ジェフは三人が羨ましくなりました。
「ジェフ兄さんは、何を貰うの?」
「……僕は、貰わないよ」
「そうなの? どうして?」
「……僕の他にサンタさんからプレゼントを貰いたい人はたくさんいるんだ。サンタさんも大変だから、僕は何も貰わないんだよ」
そう言うと、三人は頷きました。
「ジェフ兄さんは凄いな。僕なんて、貰いたいものがたくさんあって困っているくらいなのに」
「僕もジェフ兄さんみたいになりたいなあ」
そう言われましたが、ジェフは素直に喜ぶことが出来ません。
家に帰っても、ジェフはまだ少し悲しそうな顔をしていました。
「おかえりジェフ。楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。とても大きな雪だるまを作ることが出来たよ」
「そう。良かったね」
ジェフは上着と帽子と手袋を脱いで、それらをタンスに片付けました。
ジェフは、幼い頃にお母さんから聞いた話を思い出します。どうして僕のところにサンタさんが来てくれないのと聞くと、お母さんはこう言いました。
『サンタさんはね、たくさんの子供にプレゼントをあげているの。サンタさんにも色々な事情があってね、今年は来れなかったのかな』
去年も、一昨年も、その前も来てくれなかったよ。
『そうだったね。サンタさんは忙しいんじゃないのかな?』
でもね、他の子はみーんなサンタさんからプレゼントを貰っていたよ?
『うーん。サンタさんの事情はお母さんには分からないけれど……。ジェフは良い子だから、きっといつか来てくれるわ』
そう言ったっきり、サンタさんは来てくれませんでした。お母さんも、サンタさんのことは話してくれません。
お母さんが言っていた『楽しみ』を、ジェフはやっと理解することが出来ました。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「……僕はサンタさんなんて来てくれなくてもいいよ。だって、お母さんがいてくれるから」
お母さんは思わず目を涙をためました。そして、ジェフは優しく抱きしめました。
「ありがとう、ジェフ。お母さんも、ジェフがいてくれるだけで嬉しいわ」